表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/229

〈204〉終末の獣10

※ とてもとても、残酷な表現があります。




「ククク、なかなか心地良いな、絶望の味は」


 バキバキバキバキ。



 ヴリトラを握り壊しながら、ゲルルフが、にやにやと出てきたのだった……


 右肩から先を失ったヒューゴーが、どさりと地面に倒れる。

 びくびくと、体が波打っている。ショック状態だ。


「っ、ジョエル! はよ連れてこいやっ!」

「は!」


 ナジャの叫び声で、ジョエルが放心状態からようやくハッとした。

 急いで抱きかかえるが、

「無駄だ。即死だぞ? クックック」

 ゲルルフの言に心が折れかけている。立ち上がれない。

 

「うそ、うそだ……」

 テオが、ナジャの隣でぶるぶると震えている。

「信じない! 信じない!」

 ダッと走り出した。

「テオ!」

「あかん!」


 レオナとナジャの制止を振り切り、テオは全速力でヒューゴーの体をジョエルから奪い取るようにして抱き、また戻ろうと振り返る。

「クハハハ、死ね、ちびっこ」

 ゲルルフが指を差すと、その背中から黒く太い針が、体を串刺しにした。

「が、ふ……」

「いやああああああああああああ!」

 

 だがテオは、歩みを止めず、全速力で戻ってきた。


「レオナ……さん……なおし……」

「あああああああああああああああ」


 レオナの絶望が、身から溢れ出る。


「アハアー! うまいなあ! 最高だなあ!」


 それに呼応するかのように、ゲルルフがさらに力を増していく。


「ぐ、くそ……」

 ゲルルフの間近にいるルスラーン、ジョエル、ラザールは、闇の威嚇で行動を縛られ、立て直すことができない。


「今度はそうだなあ、お前だなあ」

「いや! やめてええええ!」

「ゴハ」

 ラザールが、串刺しになった。

「次はあ、お前ぇ」

「ギャッ」

 じゅわあ、と肩から上を焼かれる、ジョエル。

 ふたりとも、無残に倒れた。

 

「……そう来たか……」

 ナジャは一人、唇を噛み締める。

 薔薇魔女の闇堕ち。リヴァイアサンは、それを誘っている。

「どないせえっちゅうねん。こんなん、絶望やんか……」

 隣で泣き叫ぶレオナに掛ける言葉が、思いつかない。


「最後はぁ、くくく、なーにが英雄の息子だ……いい気になりおって……」

「く、そ……」

「ハハハハハ! その首を、ヴァジームに届けてやろう!」

 ゲルルフが、長い爪を振りかざした。レオナはもう狂気の一歩手前だ。叫んでイヤイヤと首を振るしかできない。


「……ええ加減にせえ」

 

 その時、冷たく鳴り響いたのは。


「この、駄々っ子が」

 いつの間にかジズが、三人を抱えて飛びながら、上空で羽ばたいていた。

「全部、見せろ」

「あ? やめ、やめろ」

「その脆弱な心、さらけ出せ」

「やめろおおおおおおおお!」


 ばさり、ばさり、と羽であおられると、ゲルルフは悶絶した。

 突然頭を抱えて苦しみだす。

「見るな! 見るなああああああ!」

 顔の周りに、黒い霧があふれ出す。


 ジズはそれを見下ろしてから、そのままナジャとレオナのそばまで飛んで来ると、ヒルバーアに戻った。


「間に合わんくてすまん……最強の精神汚染、かましたった。けど、最後の力、使い切ってもうた……なんとかこれで、こらえてくれ……」


 三人を下ろしてナジャの肩をぽん、と叩くと、地面に倒れこみ、そのまま目を閉じた。――気絶している。

 

「レーちゃん」

「いや、いやよ」


 ナジャが優しく呼ぶが、届かない。

 唯一無事だったルスラーンが、ばっと立ち上がった。

 

「……レオナ!」

「うああああ! いやあ! みんな、みんなが!」

「俺の目を見ろ!」

 ルスラーンが、レオナの肩を掴んで強引に引き寄せる。

「いやああああ!! 死んじゃった! 死んじゃったよおおおおお!!」

「レオナァッ! 戻ってこい! まだだ! まだやらねえとっ」


 だがレオナの深紅の瞳は、焦点が合わない。半分黒ずんでいる。


「戻ってこい! 頼む――くそっ、愛しているんだ!」

「……!?」

「レオナ。聞いてくれ。俺はレオナを愛している! 頼む。一緒に生きたいんだ」

「愛? 生き、る……」

「レオナ。そうだ! 俺と一緒に生きて欲しい」

「ル……ス……?」

「そうだ、ルスラーンだ。レオナ。愛している。この世界の誰よりも」

「う、うそ! うそよっ! ……わた、し……わたし……こんな、おそろしい……!」

「誰よりも、愛していると言っただろう?」


 ぎゅう、と抱きしめる。


「レオナがいいんだ」


 耳元で、心から告げる。


「俺は、ずっとレオナだから、大好きなんだ」

 また離れて、目を覗きこんで、微笑む。

「大好きだ。何もかも含めて、全部愛している。何回でも言う。愛している」

「ああ……ルス……」

「まだ足りないか?」

「……いいえ」


 深紅の瞳が、瞬いた。

 涙で濡れて、まるで朝露の中で咲きたての、美しい薔薇のような――


「わたしも……わたしも――愛しているわ!」



 ぶわ、と大きな光がレオナを包んだ。



「ぐ」

 眩しさにルスラーンが思わず目をつぶると、

「戦いが終わったら、ちゃんと言い直してね?」

 いたずらっぽく、耳元で言われた。その後で。


「すべてを! いやせ!」


 凛としたレオナの声が鳴り響く。


 レオナを中心とした、巨大で力強い光の波動が、円状に広がっていった。


 ドン! とレオナの頭上に光の円柱ができ、暗雲を突き刺したかと思うと、どんどん青空が見えていく。


「光――や」


 いつぶりなのだろう?

 ほんの一日の出来事のはずが、そう思わせた。


「ギャアアアアア! やめろ! 照らすな!」


 ゲルルフの肌が光に当たると、焼けただれる。じゅわ、と音がして、のたうち回る。


 ヒューゴー、テオ。

 ラザール、ジョエル。

 元の姿に戻って、ナジャの足元でスヤスヤと眠っている。

 

「みんな無事や。治っとる……失くした腕まで……まさに奇跡やな……」

「レオナ。ありがとう。――いってくる」

「ええ。ルス。貴方にイゾラの加護のあらんことを」



 七色の光が、ルスラーンを包んだ。



「……ニーズヘッグ」

 七色の竜騎士が、すらりと漆黒のクレイモアを構える。


「寄るな! 見るな! やめろおおおおお!」


 


 ※ ※ ※


 


「はあ、せめて見目さえよければなぁ……」

「あなた、言っても始まりませんよ……」

 

 

 ――おまえらが、こう産んだんだろうが!

 

 

「うわ、きもちわるい。目が合っちゃったわ」

「逃げましょう。こわいわ」



 ――見ただけだろう! 誰も襲おうとなんてしていない!



「うちはもうダメだ。商売もうまくいかないし」

「ごめんね。田舎で細々、畑でも耕すわ」



 ――俺はどうなるんだ! くそ、こうなったら体格を生かして騎士団に行くしかない……



「ごーりらー」

「よっわ!」

「さっさとやめれば?」

 


 ――やめても行く場所がないのだ。耐える。耐えるぞ。絶対にこいつらを見返してやる……



「英雄にしっぽ振ってるるだけじゃねえか」

「あいつが副団長だなんて、終わりだな」



 ――実力だ! 何が悪い!



「スタンピードのおかげで団長になったくせに」

「いやあの、過去のことはさ、ほら、水に流してさ」

「クビにだけはしないでくれ! 田舎の家族が!」



 ――ふはははは! 媚びへつらうがよい! だが、退団だ! ばかものども!


 

「げはは、団長~さすがっすね~」

「団長強い!」

「団長かっこいいすねー!」



 ――ほめろ! ほめろ!



「だ、だいじょうぶですよ、騎士団長なら女だって、寄ってきますって」

「どっかりしときゃいいんすよー」

「あー。娼館なら? ほら、えっと手軽っすよ?」


 

 ――くそう、なぜだ! 身分さえあれば良いのではないのか!



「ドラゴンスレイヤーでもないのに、いつまで団長なんだろ」

「ジョエル様が団長ならなあ」

「あれが団長って、恥ずかしいよな」



 ――どいつも、こいつも……殺す! 皆殺しにしてくれる!


 


 ※ ※ ※ 



 

「少なくとも親父は、あんたのこと、認めてた」


 ルスラーンは、静かに構えて言う。

 太陽光を浴びて、黒い皮膚がぐしゃぐしゃに爛れてきたゲルルフは、地団駄(じだんだ)を踏んでいる。

 仕草だけを見れば、ただ駄々をこねる子供のように思える。


「ゲルルフなら、実力もあるし、下の人間たちとうまくやるだろうって思ったって。真面目に修行してただろう?」

「嘘おぉ、つくなあああああああ!」


 とびかかってきた爪を、剣で防ぎ、ルスラーンは凄んで言う。

 

「嘘じゃねえ!」

「ぐるああああ! 俺は! どうせ嫌われ者だ!」

「そうか。なら、好かれる努力は? 嫌われても、誇れるものはあったか? 愛する人は?」


 脳裏に浮かぶのは――人形のような、冷たい目をした令嬢。

 彼女も自分と同じように、自分を殺していると思ったから、手に入れたかった。

 だが愛する? 愛ってなんだ?


「欲して、殴ってばかりじゃ、誰も近寄れねえよ!」

「うるさい! 拒絶したのは、おまえらだ!」

「てめえもだよ!」

 

 ぎりぎりと、ルスラーンをその大剣を押し込めていく。

 ゲルルフが、初めて後ずさりをした。


「気に食わないやつらなんてなあ、誰にでもいるんだよ! けどなあ、それでも譲れないもん、愛する人、大事に抱えて生きるのが人間だろうが!」


 ルスラーンの闘気が膨れ上がる。

 ニーズヘッグの真骨頂(しんこっちょう)だ。ゲルルフが、じりじりと押されていく。

 

「ぐ」

「勝手に全員悪者にすんな! 滅ぼしたら終わりじゃねえだろ!」

「うるさい! 殺す!」

「……馬鹿野郎がっ」


 ルスラーンは、剣を振り切って再び間合いを取る。ぼろり、とゲルルフの爪が落ちた。


「殺せば、満足なのかよ! その後何もない世界で、ひとりで! 生きていくのか!」

「うるさい! おまえに何がわかる!」

「わかんねえから、聞いてんじゃねえか!」


 ゴン、バキ、ゴキャッ!


 言葉と同様、激しい戦いが繰り広げられている。

 鈍い戦闘音が、こだまする。

 レオナとナジャはただ祈るように、二人を見ている。


「何をして欲しかったんだよ! 本音は!」

 ルスラーンが、叫びながら剣を大きく振り下ろした。

 ズガン! と剣先が土に埋まる。

 ぱきい、とゲルルフの額が、割れる。

「!」



 ――サビ……シイ……



 何かが、漏れ出た。

 


 ――ああ、そうだ……ただ……認めてほしかった……



「ふは、ふははは。なんとくだらん……くだらんな……そうか……だが、認めたくはない……」

 

 ゲルルフは、グオン、と魔力を膨らませた。


「あかん!」

「ルスッ」


 爆発した魔力が、ルスラーンを巻き込んだ。咄嗟に腕で顔を覆ったのは見えたが、無事かどうか、ここからは定かではない。

 黒く大きな炎が燃え上がり、竜巻状になって空を貫いている。

 おそらくゲルルフとルスラーンは、その中心にいる。

 

 ナジャは目を見開いた。

 その黒い炎は、リヴァイアサンが吸い上げた命たちの、怨念の声が渦巻いているものだと分かったからだ。

 

「……ちい、最後に余計な仕事残しよってからに……」

 

 えっこらしょ、とナジャは立ち上がった。

 

「ナジャ君?」

「あんなん、冥界へ帰ってもらうしかないねん。急やけどお別れや、レーちゃん」

「ナジャ君、いやよ」

「ま、死んだ後か生きてるうちかの違いしかないやん? ちょっと早まっただけやって」

「いや。いや」

「黒ポンコツと、レーちゃん賭けた勝負できへんのが、残念やなあ」

「いや! いや! いやよ!」

 

 ぎゅう、とレオナがナジャに抱き着く。


「わいもな、レーちゃんのこと愛してるんやで」

「うん。うん! だから、ずっとそばにいて!」

「……おるよ。心の近くに、ずっとおる」

「いやよ、離れたくない!」


 ふ、と()()()()の体から力が抜けた。


「あ!? ナジャ!? まてや! 逝くな! わいも!」



 ――あほやなあ。幸せになれって、言うたやろ。

 十分楽しかったで。おおきにリンジー。残りの人生、その子についてあげーや。な。



「まてえ! ナジャ!」

 

 

 ――ほんま優しいやっちゃなあ。ゼブブがな、還ってええて言うとるから、安心しい。せやから……そのうちまた会おな!



「還るて……うそやろ……」

 すっと()()()()から抜け出た何かが、黒炎の竜巻に向かって飛んでいく。

 

「ぐす、いいよ、だって」

 リンジーに抱き着いたまま、レオナが泣きながら告げた。

「ゼブブが、もういいよって。(たま)休めもいらないから、還ればいいよって」


 リンジーは、開かない右目からも温かい涙が流れてきたのを感じた。

 

「ほっか……ほなら、最後の仕上げだけ、一緒にしよか。レーちゃん」

「うん!」


 二人並んで、手をつないだ。

 すう、と息を大きく吸うと、リンジーが唱える。


「闇よ。我が真名を受け取れ。ナーガ・リンジー」


 この時のためにずっと施してきていた名封じが、今、()かれた。

 レオナは、ただただ、祈る。

 

「どうか、安らかに」


 リンジーから溢れる魔力は、闇。だがどこか優しい。

 柔らかく包み込むような、夜の静寂。母の胎内のように、安心する、暗さ。

 

「輪廻へ還れ。孵れ。帰れ」


 それがリンジーとレオナの身体を取り巻いたかと思うと、竜巻の方へ向かっていった。

 

「「オーム」」」

 

 パア、と竜巻の中心に光が現れたかと思うと、天空に向かって一筋の軌跡を描いて、駆け抜けていく。

 彷徨える魂たちを引き連れていくかのように。

 そして黒炎が、かき消えていく。――ルスラーンが、だらりと首をもたげたまま、宙に浮いているのだけが残った。

 

 どさり。


 やがて、その身体は無重力を失って、落ちてきた。


「ルスッ!」

 

 叫んで飛び出そうとするレオナ。だがリンジーは、握っている手を離さずに止めた。


「待て、レーちゃん」

「行かせて、リンジー! お願い!」


 リンジーは、躊躇したが、周りを見回すと……静かだ。

 驚くほど音がない。


「……気を付けるんやで」

「ええ!」


 リンジーにはもう、歩けるほどの気力がない。

 どしゃり、と膝を地に突いた。

 自身の影が、大きく伸びていく。

 

「夕方――夕焼け、か」

 

 赤い太陽が、首筋を焼く。リンジーは、疲労感で立てなくなり、スヤスヤと寝ている全員の寝顔を眺めながら――自身も壁にもたれて、やがて目を閉じた。

 

 

「ルス! ルス!」

 レオナは、ルスラーンの肩を揺すって声を掛ける。

 ぴったりと閉じられているその瞼は、ぴくりともしない。

「嘘よ……やめて……いやよ……」

 騎士服の胸元をつかんで、ぐらぐらと揺すってみる。

「起きて……ルス……」

 

 ルスラーンの頬に、触れてみる。冷たい。

 肌が、硬い。

 動かない。


「ねえ、起きて? 一緒に生きよう? 私の夢、叶えてよ。どうか、私のもとに帰ってきて……」


 固い胸元に覆いかぶさって、顔はルスラーンの方に向ける。


「ね。笑って? また一緒に本を読みましょう? おいしい紅茶を飲むの。それから、たくさん焼き菓子を焼くわ。そうだ、イチゴもね」


 胸の音が、しない。上下も、しない。


「ねえ。ねえ。ちゃんと、言い直してって言ったじゃない……ちゃんと、聞かせてよ……」


 レオナの両眼から涙があふれる。

 ――温かい雫が、ルスラーンの騎士服を濡らす。



 と。


 何かが光った気がした。


 ルスラーンの懐に、何か固いものが入っている。

 レオナは身を起こして、手で触れて、取り出してみる。


「あ……これ……」


 レオナが渡した、復興祭交流試合優勝記念の贈り物。願いを込めて刺繍をした、黒い布巻きのナイフケースだ。


「持っててくれてたのね……うれしい……」


 優しく手で撫でる。

 すると、ダイモンの家紋が光を放った。

 その光は、小さな光の玉となって浮き上がり、ルスラーンの胸に吸い込まれていく。


 ぴくり、と体が動いて。

 ゆっくりと瞼が開いて。

 少しだけ上体を持ち上げたルスラーンは。


「ぐ、は。あー? え? おはよ?」


 優しい紫の瞳で、笑った。

 

お読み頂き、ありがとうございました。

恐らくあと二話で完結致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ