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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

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203/229

〈190〉膿んだ過去


※残酷な表現があります。

※不快な表現があります。

苦手な方はご注意くださいませm(_ _)m



 王宮敷地内でまさか騎士が襲われるなど、誰が予想できただろうか。


 もちろんヒューゴーとテオは咎められなかったが(貴族女性一人に格子付き収容馬車。目立たぬよう搬送は騎士一人でとの判断であり、馬車用路でなく徒歩用通路を使ったのも問題にはならない)、責任を感じて、夜通し駆けずり回っている。


 一方で、騎士団本部に着いたエドガーには、すぐに解呪が行われ、その強固な暗示を解くのには時間がかかることが判明した。

「決して強くはないものの、長い期間に渡りすり込まれている、(たち)の悪いものだ」

 レオナの破邪の魔石に頼り、何度も魔力を使うはめになったラザールが「膨大な魔力を使わされるぞ、これは」と苦笑する。

 


 決定打は、やはりカミロの頭痛だった。

 以前から、ゼルやシャルリーヌが時々頭痛に悩まされているという報告を、ヒューゴーから受け取っていたフィリベルト。レオナの『解呪』のお茶で痛みが落ち着くことからも、当然闇魔法を疑っていた。症状が軽く実害もないため様子を見ていたわけだが、カミロのは倒れるほどの強烈なもの。しかも『成績評価の改ざん』まで行うに至っていた。明らかに『暗示』ではないかとの見方を強めていた矢先。


「フィリベルト……闇魔法を検知したよ」


 アザリー襲撃に備えてカミロが作った、闇魔法記録魔道具。ヒューゴーから借りていたそれを持って公爵邸を訪問し、カミロ本人が告げた事実は。


「信じたくはないが、私の学生だ。知っている通り、ユリエ嬢と――」


 フィリベルトは、それを聞いて確信を深めた。プロムで恐らく何らかの『こと』を起こすだろうと。そして、万事に備えたのだった。

 


「この行き所のない苛立ちと、薔薇魔女への憎しみは……暗示だったというのか……」


 王宮の自室に戻るや否や頭を抱えるエドガーに、黙ってジャンルーカが付き添っているが、その表情は険しい。教育係として、エドガーの異変に気づけなかった、と責任を感じているのだ。


「ユリエ嬢はどうなる? どうか話をさせてくれ」


 その懇願は、聞き入れられないだろう。王族に危害を加えた挙句に逃走したのだから、かける温情はない。

 だがエドガーへの影響を考慮して「まずは解呪に集中しましょう」と、本人了解のもと、そのまま自室に軟禁することとなった。


 ラザールは、エドガーの部屋の前で、ジョエルに苦々しく報告する他なかった。

 

「私の半眼鏡(はんがんきょう)は、闇魔法には弱い。カミロに依頼して、改良してもらう他ない」


 長期間に渡ってすり込まれた暗示は非常に厄介で、自己申告で「治った」と言われても、客観的に判断する(すべ)が『瞳の色』ぐらいしかない。エドガーの曇った(まなこ)も、近づいて覗きこまなければ分からないくらいのもの。王族に対してそんな行為は不敬にあたる。それゆえに、気づけなかった。

 

「殿下が落ち着いたらさ、レオナに会わせてみようよー」

 ジョエルの提案に、ラザールは頷く。

「……そうだな、それが一番確実だ。レオナ嬢には負担をかけるが」

「レオナも気にしてるから、大丈夫だよー」

「……ふ、どこまでも」

「お人好しだよねえ」


 二人の騎士は、王宮から本部に向かいながら、お互いを労い合うのだった。

 

 


 ※ ※ ※




「さむ……」

 気絶していたのか。

 ユリエは、草の上に敷かれたブランケットの上で、目が覚めた。

「ここ、どこ……?」


 せっかくの卒業パーティだったのに、訳の分からない疑いをかけられて、捕まって、馬車に押し込められて、そして誰かが馬車の扉を開けてくれて……頭にモヤがかかったように、昨夜のことははっきりと思い出せないが、助けられたのだろう、ということは何となく分かった。


 身を起こしてキョロキョロ辺りを見回すと、さわさわと風が通り抜けていく森と草原、そして大量の水が寄せては返しているのが見える。ざーん、ざーん、と定期的に、水際の砂利と波とが戯れているかのようだ。


「海……?」


 なによ、ここどこなのよ、と苛立ちつつ自分の身体を目で確かめると、怪我はないようだ。外だというのに暖かいのは、着せられた外套のお陰。しかし、ドレスの裾に泥や枯れ草、その草の汁がこびりついていて、途端にユリエは不機嫌になった。


「あーもう! いよいよこのドレス、ダメになっちゃったじゃん……」


 エドガーと婚約するどころか、犯罪者? 冗談じゃない! なんとか逃げて、助けてもらわなくちゃ……て、誰に? 誰が助けてくれるんだろう……とまで思い至ったところで、周辺に人影が全くないことに違和感を持つ。


「ここどこよ! 誰が連れてきたの! ねえ!」


 キレながら、叫んで見るも……声は大気に吸い込まれてしまう。ピチュピチュ、と鳥の鳴き声しかしない。太陽の傾きから考えると朝? などと考えながら、どんどん不安になっていくユリエはだが、叫ぶ以外の(すべ)を持たない。


「ねえ! 誰かいないの!」


 叫びながら、立ち上がる。

 

「あたしが、何をしたって言うのよ!」


 じわり、と涙が出る。

 心細くて、理不尽で、不安で。

 

「……なーんにも?」


 そんな、笑いを含んだ声が返ってくるまでは、泣き崩れそうだった。


「!?」

「なーんにもしてないよ、ユリエちゃんは」

「ボニー?」

「うん」


 ニコニコと笑みをたたえたユリエの異母妹が、背後から少しずつ歩いて近づいてくる。手を後ろに組んだ、学院の制服姿で。


「良かった、ユリエちゃん。無事だね!」

「……ボニーが、助けてくれたの?」

「んーん。彼だよー」


 ニコニコした彼女にどこか薄ら寒いものを感じながら、ボニーと真逆を見やるとそこには

「セリノ……」

「はい」

 近衛の制服の胸の部分が、黒いペンキのようなもので染まっているセリノが、静かに居た。珍しく平民出身のエドガー付き近衛騎士で、ユリエとも二年間ほぼ一緒に居たと言っても過言では無い。

「どういうこと……?」

「ユリエちゃんに説明しても、分かんないよ」

「は?」

 ニコニコしながらボニーは、ユリエまであと二歩の距離まで来て、立ち止まった。

「せっかく前世? の記憶があるのに、なーんにもできずだったねー。薔薇魔女って悪役なんじゃなかったの? レオナばっかり注目されてさ。ほんと哀れだよねー」

「はあ!?」

「それでも、ただお母さんがそうってだけで、あなたは男爵令嬢。あたしは平民。父親一緒で同い年なのに」

「何言って……」

「助けてあげたんだから、黙って聞きなよー」


 セリノが、あっという間にユリエの手首を後ろ手に縛った。


「は!? ちょ、なによ! なんなの!?」

「ねえ、誰のお陰でハイクラスに入れたと思う?」

「あたしの親父が!」

「ちーがーうー」


 ボニーが、ユリエの鼻先を人差し指でぴん、と弾く。

 

「っ」

「あのすけべじじいに、そんなこと出来るわけないでしょー? あ・た・し・よ?」

「は?」

「あたしのお陰なのよ? 知ってる? 学院長って救いようのない変態でさー、小さい女の子しか好きじゃないの。あたし、ずーっとあいつの相手、させられてたんだー」


 ニコニコしているボニーはだが、その目は全く笑っていない。


「あたしのお母さん、闇の里出身なんだけどー、()()がなくて使い捨てられたんだってー。死んじゃう寸前に、うちの親父が拾って助けてくれたなんて言うけど、嘘、嘘。売春宿で働かせようとして、手を出したらあたしができたの。ほーんとクズ! 人間のクズ! でもおかげでー、あたし水と闇属性持ってる! あははー!」


「な、に言ってるの……」


 矢継ぎ早に語るボニーに、ユリエの思考はついていけない。

 

「最後まで聞いてよユリエちゃん。分かんなくてもいーから。ねね、ユリエちゃん属性なにー?」

「……水」

「不正解ー! ほんとはなんと、無属性なんでーす!」

「は?」

「無属性って、なんにでもなれるのよ! 希少中の、希少! すごいねー! 属性判定が水なのは、あたしのおかげだからね! あとー、四歳の時も、あたしの影響でーあははーアハハハハ!」

「よん、さい……?」


 ユリエは必死で、記憶を辿る。

 前世の記憶を思い出した、その年。


「なんと! スタンピード、起こしたのー! ギャハハ! ギャハハハハハ!」


 スタンピード。その単語は知っている。


「ど、ういうこと?」


 さきほどまでゲラゲラおかしそうに笑っていたボニーが、急にすん、とまじめな顔をする。

 

「あたしはたった四歳で、売られるって決まったのよ」

「っ」

「小さくても、それが絶望的なことだってわかった。この世の全てを呪ったわ。ユリエちゃんにそれが伝播(でんぱ)して、二人してわんわん泣いて。水と闇が霧みたいにふわーって空に広がったのを覚えてる。あたしの恨み。呪い。全部を乗せて、ユリエちゃんが国中にばらまいてくれたんだー。さすがヒロイン、だっけ! すごいね!」

 


 こんな世界間違ってる。なくなれ!

 みんな、死んじゃえ‼︎

 

 記憶が戻った時、そう、願った――



「そ……んな」

「ねね、その手の甲のやつ、死蝶て言うんだけどね。人を道連れにして一緒に死ぬ呪いなのー。元々はあたしのお母さんが宿主だったんだけどね、もらってあげたんだ。ふふ。公爵令息もアザリーの王子も、あたしの魔法で死にかけるとか、すごくない!?」


 死蝶、別名『悲恋の禁呪』。

 闇属性の宿()()から授かり、授かった者は自身の命を(にえ)として、対象を()()()()()()、無理心中(しんじゅう)の秘術である。ヒルバーア(実際はボニー)が宿主であり、与えられたアドワはアザリー国王とフィリベルト、ハーリドは第八王子タウィーザをそれぞれ道連れにしようとした。


「それでね、その手の甲のやつ、あたしがユリエちゃんにあげたの! エドガー殺したらおもしろいと思ってー」

「エドガーを、ころす?」


 な、にを……言っている?


「前世の記憶は役に立たないし、あんなに暗示かけてあげたエドガーと婚約もできない。進級すらできない。ほんっと面倒見るの大変だった。カミロを洗脳するの、めちゃくちゃ大変だったんだからね」

 妖艶な目つきで、近衛騎士のセリノを呼んで、その首に両腕を絡ませるボニー。

「平民同士、愛し合うあたしたちがいなかったらさ。ユリエちゃんたら、とっくに売春婦だよー」

 うっとりと見つめあって、ねっとりと見せつけるようにキスを交わす二人の(よこしま)な空気が、この雄大な自然に言いようのない違和感をもたらしている。

 

「んふん。だからさ、最期くらいは役に立って?」

「は?」


 ふぉん、と不思議な音がして。


「さーすが無属性。あっという間に~ご令嬢のでーきあーがりー!」


 きゃっきゃと笑うボニーが、水面を見ろと促すので、ユリエは手を後ろ手に縛られたまま恐る恐る歩き出し、覗きこむとそこには――


「え? え!? えっ……」

 どんなに角度を変えて見てみても、変わらない。

 揺れる水面に映るのは、自分の顔ではない。

 自身の肩に揺れる髪色も、自慢の桃色ではなく、鮮やかな金色に変わっている。

「フランソワーズ……?」

 

 ユリエの顔が、フランソワーズになっている。

 

「これはねえ、サーディスに教えてもらった魔法なの。生きてる、会ったことのある他人になれる魔法。すごいでしょ!」

「ちょっと、なに? なにをさせようって言うの……」

「いーけーにーえー! ギャハハハハハ!」


 ひゅ、と息が止まった。

 いくらユリエでも、その単語の意味は分かるからだ。


「ねね、ほら。見てあれ! あの木の下!」


 今度は指をさされた方を、素直に振り向くユリエが見たものは。


「あ、れは」

「マーカムの誇る王国騎士団騎士団長、ゲルルフでーす! あ、()か」


 木の幹に縄で身体を括りつけられて座っている、ゲルゴリラことゲルルフ。

 気を失っているようで、(こうべ)が垂れていて、その表情は見えない。

 

「ちょっと、まって、な、な、な」


 息が苦しい。呼吸が浅く、酸素が足りない。恐怖で、膝がガクガクする。

 水際で、両手が不自由なまま、ユリエはしゃがみこんだ。


「……やめ、て! いやよ! やめて!」


 泣き叫ぶしかできない。

 あいつが目覚めたら――


 にやー、と(わら)った後で、ボニーは空に向かって両手を広げて見せた。

 

「奈落の神よ! 今こそ、この(にえ)を受け取れ!」


 その声を合図に、セリノがその木のもとへと歩いて行き、ゲルルフを縛る縄をナイフで切った。

 そして、目覚めるゲルルフの脇に膝を突いて

「団長、ご無事でしたか」

 と殊勝に声をかける。

「セリノ……か?」

「は。あちらのフランソワーズ様のご要望で、お助けいたしました」

「!!」


 ゆらり、と立ち上がるゲルルフ。


「おぉ……」


 ざん、と一歩踏み出す、その大きな歩幅が、ユリエの恐怖を煽った。


「やめ、て」

「我が愛しき人よ! おお! もう離れまいぞ!」


 ざく、ざく、ざく。


「いや、いやああ」

 

 手は後ろで縛られている。膝には力が入らない。着実に近寄ってくる恐怖に、ユリエはただ首を振ることしかできない。


「かわいそうに、縛られているのだな。今ほどいてやろう」


 舌なめずりをするゲルルフが、縄を解いて……覆いかぶさってくる。

 

「いや、やめ……」

「恐怖の顔も美しいな、フランソワーズ。今すぐ、()()()()()()()()()

「いやあああああああああああああああああ」

 

 空を掴もうとするユリエの細腕は、何も掴めずにただ震えるしかできない。

 びりびりと服の破れる音が木霊し、ユリエの泣き声がかすれていく。

 

 恍惚に顔を歪めてそれを眺めるボニー。それを後ろから抱くセリノは無表情だ。


「ああ、今こそひとつに……!」

 ゲルルフのうっとりとした声を、ユリエはめちゃくちゃに暴れて打ち消そうとする。

「っっやめてえええええええ!!」

 

 その、次の瞬間。


 鋭い風の音が全員の耳を襲った。

 フッと、眼前に飛び込んできた黒い大きな獣。黒ヒョウのようなそれが、やがて言葉を発する。


「こんな()()()()()()()()で、それはダメだよ」

 

 グルルルルル。

 喉を鳴らすその獣が、ユリエにのしかかるゲルルフを即座にその爪で弾き飛ばす。


「ここはトール湖。オイラは雷神トールの守護獣、グングニル」

「グング……ニル?」

 言いながら、ユリエは破れた服をかき抱く。

「オスカーともいうけどね。()()()なんて、させないよ」

「はん! 騎士団長! 魔物です! フランソワーズを襲う気です!」

 すかさず叫ぶボニーに、

「うおーのれえええええ!」

 弾き飛ばされたゲルルフが、闘気をみなぎらせて立ち上がった。


「はあ。やるしかないか……アウの魔力で、たりるかなあ」

 

 オスカーは、舌なめずりをした。

 


お読み頂き、ありがとうございました!

これから、怒涛の展開が続きます。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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