表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/229

〈189〉とりあえず、卒業です



 プロムでの怒涛の解決劇。学生たちの動揺はもちろんあったが、瞬時に対応した騎士団のお陰で、大きな混乱は起きずに済んだ。

 

 その場に、副団長のジョエルが居たことが非常に大きい。

 

 卒業生ひとりひとりに声を掛けるようにして周り、騎士団入団予定の者たちとざっくばらんに交流をする副団長は、学生たちの羨望のまなざしを集めた。もちろん、その隣で微笑む、仲睦まじい様子の婚約者、シャルリーヌもだ。

 怪我からの復活を遂げたアザリー王子であるゼルと、ブルザーク帝国陸軍大将子息のディートヘルムも、今後のマーカムとの交流をアピールした。そこでジンライとペトラの婚約も明かされ、祝福ムードが一気に高まった。

 

 おかげで、心が落ち着いた彼らは、それぞれの婚約者や、想いを告げたいパートナーとダンスを楽しむことができた。


 さて、レオナはというと

「お、お兄様……? あの、あの」

 動揺しつつも、隣の真っ赤な顔をしたフランソワーズと交互に見て尋ねる。

「もしか……して?」

「ああ、うん。婚約を申し込んだよ」

「え!」

「でもなんか、保留にされちゃってるんだけど。レオナからも何か言ってくれないかな?」

「保留? ほりゅう? ほりゅー!?」



 ――大事なことなので、三回も叫んじゃったよ! YOYO!

 

 

「ええ!? えっ、なんで? なんでなのフランソワーズ様!」

 


 ――ちょっとその肩を掴んでグラグラ揺らしてやりたいけど、ここは我慢だわよレオナ! あなたは公爵令嬢よ!


 

「レオナ様……が、その、お嫌なのではと……」

「へ??」

「わたくしの家は、父の行いによって廃爵になると思いますわ。致し方がないとはいえ、とても不名誉なこと。それに……わたくし個人は貴女様に、たくさんの嫌なことをしてまいりましたわ」



 ――おっほう! それで遠慮しちゃうのねー! オーゲーわかった! どんとその背中、押しちゃうよ!


 

「私が一番嫌なことは」

 レオナが口を開くと、びくっとフランソワーズの肩が揺れた。

「そうやって、私の気持ちを勝手に言われることですわ!」

「!」

「フランソワーズ様。お家のことは関係ありません。兄を愛しているかどうかです! 私は、貴女様の高貴な立ち居振る舞いは、尊敬しておりましてよ。それに」



 ――覚えてるよ。友達のために、怒れる人だって。



「とってもお友達思いなお方。あちらのお二人、いつもあなた様を慕ってらしてよ」

 伯爵令嬢ザーラと、子爵令嬢クラリッサが、祈るようにこちらを見ている。

「そのようなお方をどうして拒絶いたしましょう。歓迎いたしますわ、お姉さま」

「レオナ様……!」

「もう、妹ですからね?」

「……ううう、ごめんなさい……ううう」


 フィリベルトがようやく肩から力を抜いた。

「ああよかった。もしかしたら、断られるのかと」

 すると、キッ! といつもの強気を取り戻したフランソワーズが

「そんな……わたくしは、子供のころからずっと!」

「うん?」

「ずっと、ずっと、お慕い申し上げておりました!」

 清々しく言い切った。

「うん。ありがとう。君が貫いてくれたから、誰か一人を愛するのも良いものだなって、素直に思えたんだよ」

「……」


 かああああ、とさらに真っ赤になるフランソワーズ。

 気が強くてヒステリックではあるが、フランス人形のような整った容姿は、氷の貴公子フィリベルトと並ぶと美男美女でお似合いである。


「あー、いちゃいちゃは、あっちでやってくれないか」

 ルスラーンが、むすりと言う。

「ああルス。……お先に?」

「っ、フィリてめえ! とんでもねえ裏切りだぞ!」

「お前が遅いのが悪い」

「うっ!」

「あっはっは! 合同結婚式になったらいいんだけどねえ」


 ぐわし、とフィリベルトとルスラーンの背後から肩を抱きながらウインクするのは、ジョエル。


「ジョエル兄様!」

「ぐう!」


 だがそこで私も! とならないのが、レオナである。


「お()()のお幸せを、心からお祈りいたしますわ!」

「あ、のさ、レオナ」

 言いかけるルスラーンを遮って、レオナは言う。

「申し訳ございません。私、ゼルとお話しなければなりませんの。少々失礼いたしますわ」

「……そ……か」

 これは完全にフラれたに違いない、とがっくりと肩を落とすルスラーン。

 だが、レオナの本心は



 ――ゼルに、ちゃんとルスが好きだって言わなくちゃ!


 

 である。

 そして周りは、『あのドレス見ても察しないとか、どんだけ鈍感なんだ!』と、ルスラーンに哀れみの目を向けるのだった。




 ※ ※ ※




「ゼル?」

 壁際の休憩用の椅子に腰掛けて、一人静かに水を飲んでいるゼルは、さすがにしんどそうだ。

「レオナ……大変だったな」

「ううん。ゼルこそ、疲れたでしょう?」

 ゼルはタイを乱暴に外すと、大きく息を吐き、左膝をさすった。本当に疲れているようだ。

「はあ、さすがにな。だが、来られて良かった。心から感謝している。ありがとう」

「そんな! 感謝だなんて」


 正直言うと、レオナは石を握って祈っただけなのだ。

 お礼ならリサに! と言いたいところである。

 

「俺はレオナに、何が返せるだろうか」

「返す必要は」

「って考えてしまうから、ダメだ。対等な立場でレオナを愛することは、できなそうだ」

「ゼル……」

「そんな顔をするな。とっくに分かっていた。ディートも言っていただろう?」

「そんなに分かりやすい?」

「側で見ていたからな」

 

 ゼルは向かいに立つレオナの両手を取って、真剣な面持ちで見上げる。

 

「なあレオナ。俺はお前に、幸せになって欲しいんだ。例えそれが俺自身の手で、でなくとも良い。あきらめるな。遠慮もするな。思うがままに生きるレオナが、大好きなんだ」


 ゼルの金色の瞳が、シャンデリアのようにきらきらと煌めいている。この人の想いに応えられたら、誰もが幸せになれるんだろうな、とレオナは思う。それでも、レオナが選びたいのは、彼ではないのだ。

 

「ありがとう、ゼル。私もゼルが大好きよ。でもね、男性としてじゃなくて、戦友としてなの」

「うん。光栄だな」


 そして、少し躊躇ったのちに、ゼルは言った。


「……抱きしめて良いか?」

「もちろんよ」


 よ、と立ち上がるゼル。レオナは両手を広げてそれを待つ。


 ぎゅ、と正面から抱きしめられた。鍛えられた肉体と、ココナッツのような甘い香り。力強くて、熱いくらいの体温。全てを委ねたくなるような包容力を感じる。

 

「レオナ……大好きだ」

「うん……ゼル……ごめんなさい……」

 耳元で囁く甘い声に応えられないことが、レオナは切なくてたまらない。

 やがて身体を離したゼルが、困ったように笑う。

「いいんだ。だから、頼むから殺さないでくれ、て言っといてくれないか?」

「へ?」

 

 目で促されて振り向くと、殺気に満ち溢れたルスラーンが、ジョエルとフィリベルトになだめられていた。


「えーと。分かったわ?」

「なるほど、さすがに気づいてはいるんだな」


 レオナは返事の代わりに、肩をすくめて見せた。


「はあ。ほんと黒ポンコツだなぁ……もっと煽るか? だがそうなるといよいよ命懸けかな」

「ちょ、ゼルったら!」

「ははは! いつでも、俺に乗り換えて良いんだからな?」

「んもう! 乗り換えるだなんて……それに、あの人のああいう不器用で奥手なところも、好きだから」

「……そうか」

「ゼル、本当にありがとう」

「ああ。行ってこい」

「ええ!」

 レオナはゼルの手を離して、再びルスラーンのもとへと歩いていく。


「幸せになれ」

 ゼルは、じくじくとした胸の痛みとともに、その背中を見送った。




 ※ ※ ※


 


「いやあ! 離してよ! 闇魔法とか、知らないってばあ!」


 暴れて泣き叫ぶユリエは、ダンスホールの外に止めてあった格子付きの馬車内へと押し込まれた。騎士団員が馬を操り、そのまま騎士団本部へと運んでいく。ヒューゴーとテオは、馬車とは別の道を歩き出した。王宮のダンスホールからなら、本部へは徒歩で問題ないくらいの距離だ。まさに目と鼻の先である。


「極刑……ですよね……」

「王国法に基づくなら、そうだな」

「……」


 マーカム王国法では、王族に危害を加えた者は、絞首刑になる。


「あの様子では、本当に知らなかったんじゃ」

 テオとて、同級生を死罪になどしたくはない。が、王国法には誰も逆らえない。王国民である限り、王族に害を及ぼすなど、絶対にしてはならないことなのだ。

「けど、死蝶は本物だった。意図せずに使っていたのか、もしくは」

「……利用されたか、ですね」

「ラジさんは、そう言ってる。ユリエの頭じゃ、悪巧みは無理だろうから、良いように操られたんだろうと」

「ですね」

「学院長が捕まれば学生名簿の閲覧ができる。そうすれば、属性の測定結果も分かる。それで真犯人を吐ければ、恩赦(おんしゃ)もあるだろうって」

 ヒューゴーはそう言って、慰めるようにテオの肩をぽんぽんと叩く。

「ヒュー兄さん……」

「苦しいだろうけどな。本当に()()に入るんなら、友人を殺す命令だってありえるんだぞ」

「……」

「とはいえ、俺は臨時所属だからなあ……あとはナジャに色々聞くと良い」

「……はい」

「とりあえず、引き渡す。収監まで見届けてから戻ろう」

「分かりま……あれ? 様子が……」

「!?」


 騎士団本部手前で、先程見送ったはずの格子付き馬車が止まっている。が、傍らに誰かが倒れ、扉が開けっ放しだ。


「おい!」

 駆け寄ったヒューゴーが、慌てて抱き起こすと、その男は胸を深く切られていて、出血が酷い。

 馭者(ぎょしゃ)をしていたのは、騎士団員の若手。この短い距離で一体何が!? と動揺している暇はない。この暗がりだ。見失えば、捜すのは難しい。

「テオ! 逃げた! 治癒士! あと周囲を捜せ!」

「はっ、はいっ!」

「大丈夫か! 身体を見るぞ!」

 血止めをしながら、声をかける。弱々しい彼の呼吸は頼りなく、身体がどんどん冷えていく。血が失われているのだ。

「くそ! 頑張れ!」

「ぐ、すみま……」

「しゃべんな! 今すぐ治療を!」

「こ、この……え」

「ああ!?」

「この……え」


 バタバタと足音が鳴り響いてきた。

 ここは騎士団本部。もちろん、魔術師団本部も近い。

 

「おーい! どこだ! 怪我人は、どこだ!? はあ、どこだあ!」


 あの声はブランドンだな、とヒューゴーはすぐに気づき、上空に火の玉を放り投げた。


「運が良いぞ! 第二魔術師団長様だ、回復の専門家だぞ!」

「んぐ、は、は、は……」

「がんばれ! あきらめんな!」

「う、ごば」


 ごぽり、と口の端から血の泡が流れる。

 肺にまで傷が到達している証拠だ。かなり深い。

 

「っくそっ! ブランドンさん急いで! 肺まで傷ついてる!」

「! ハイヒール!」

「く、は!」

「もいっちょ! エクストラヒール!」

「!!」

「うは、すっげー」


 最高位の回復魔法。この王国で唱えられるのは、ブランドンとブリジットだけだ。イゾラ聖教会には、国王の名前で届け出ている。再三、聖教会所属にしろと言われるらしいが、その度にラザールが莫大な寄付をして逃れている。


「は! う、……」

 団員が、目を開けた。が、まだ起き上がれはしないようだ。

 

「あー、疲れた! お前、ほんと運が良かったな」

 ブランドンが、地面にへたりこんで笑う。

「俺、帰り支度してたんだぞ」

「……ありが……」

「うそうそ。間に合って良かった。テオに感謝だな。まだ起きるな。傷が開く」


 ブランドンの後からやってきていた魔術師団員たちが、担架を用意している。

 

「ゼーハー、まわ、り、ゼーハー、いません!」

 戻ってきたテオは、さすがに全速力で走り回った後で、膝に両手を突いてキツそうに肩で息をしている。

「くっそお、逃げやがったか!」

 ヒューゴーが怪我人を引き渡しながら悔しがると、

「近衛、でした」

 彼が、血が乾いて動かしづらそうな口で、あえぐように言う。

「は!?」

「近衛の、制服……」

「「!!」」


 そして彼はがくり、と意識を失った。

 当然だ、致命傷を負って、急回復したのだ。精神も肉体も休息が必要だろう。

 魔術師団員たちが、そっと担架に乗せて運んでいくのを見ながら、

「近衛騎士が、逃がした?」

 ヒューゴーが独り言のように発すると

「……なら納得です。いくらなんでも、このわずかな時間で騎士団員に致命傷を与えて、痕跡を残さず逃げるなんて」

 テオが同意した。

「だな」


 マーカムの近衛騎士は、いわゆるエリートだ。家柄も、容姿も、腕前も、超一流の選りすぐりしかなれない。


「ち。アザリーん時の、近衛の間諜がいるって話、まじだったかもなあ! この格好じゃ、俺は会場には戻れねえ。テオ、ジョエル副団長に伝えて、指示を仰いでくれ」

「はい!」

 ひゅん、とまたすぐに走って行くテオを見送りながら、ブランドンが伸びをした。

「追跡隊は既に指示したぞ。あの子、裏山の時も活躍してたね。優秀だなあ。無駄がない伝令で助かったよ」

「っすね……」

「ヒュー君。大丈夫だよ。誰の落ち度でもない。着替えておいで」


 いずれにせよ、血まみれタキシードでは動けない。


「はい……」


 ヒューゴーは、嫌な予感を覚えつつ、予備の制服を借りるため騎士団本部へと向かった。




 ※ ※ ※




「逃げ……た? ユリエ嬢が近衛と?」

「「「!!」」」

 

 会場に舞い戻ったテオから第一報を受け取ったジョエルは、瞬時にルスラーン、テオとともに会場を抜けて本部へと向かうことにした。フィリベルトは、公爵邸に戻り()()の体制を整えることにし、フランソワーズに途中退席を詫びる。


 レオナは、ルスラーンに今こそ気持ちを伝えようとしていた訳だが、こうなれば全てを片付けてから! と思い直した。そしてそれはルスラーンもであった。たとえレオナが、ゼルの元に行くと決めたとしても、この想いだけは伝えよう! 送り出そう! と密かに決意をしたのだった。

 

「レオナ……」

 シャルリーヌが、不安げにレオナの腕に寄り添う。

「大丈夫よ、シャル。マーカム王国騎士団を、信じましょう?」

「うん……そうね!」


 だが言葉と裏腹に、胸騒ぎがする。

 レオナは、ゾクゾクする背筋の寒気を感じつつも、笑顔で卒業パーティの閉幕を迎えるべく、友人達の輪に戻った。


 

 ――せめて今日だけは、平和に。



 そうして無事、レオナ達は卒業したのである。



お読み頂き、ありがとうございました!

不穏ですね……!


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ