表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

190/229

〈178〉もうひとりの



「閣下。力を貸して頂きたい」

 王宮の宰相執務室に、珍しくノックをしてから入ってきたジョエルは、騎士服をきちんと着込み、その覇気を隠すことなく漂わせていた。


 ベルナルドは、咄嗟に無表情を装うものの、その申し出に思わず心が弾んでしまった。


 ――(うるわ)しの蒼弓(そうきゅう)が、ついに動くか。


 この不安定な情勢にあっても、前のめりで進んでいく次世代を、後押ししないでいられるはずはない。


「ほう? なんだ、言ってみろ」

 タダでは貸さんぞ? と楽しく圧をかけながら、ベルナルドはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。




 ※ ※ ※




「ヒュー兄さん」

「んー?」

「これ、どうかな?」

 テオは、届いたタキシードを、公爵邸で試着して見せている。

 

 これは、プロムと呼ばれる卒業パーティに備えてのものだ。レオナの誕生日パーティの時、フィリベルトからお下がりをもらっていたテオは、それで良いと思っていたのだが「贈らせて欲しいんだ。我が家へようこそ、だしね」と申し出てくれたフィリベルトに甘えることにし、新調してもらった。

 

「ん。似合ってる」

 力なく笑うヒューゴーは、自身の手でゼルの命とも言える脚を切ったことから、当然まだ立ち直れていない。


 ゼルには二度会いに行ったが、二度とも

「俺が頼んだことだ。むしろ背負わせてすまない」

 と逆に謝られてしまい、悲しさや無力感、後悔の持って行き場がなくなってしまった。

 

 はあ、と溜息をついて、らしくなくぼーっとするヒューゴーを、どうしたら……とテオも頭を悩ませている。

 


 コンコン。

 遠慮がちなノック音がして。

 テオの私室に、珍しくやって来たのは――

 

 

「ヒューゴー、ジョエル様から手紙が届いていますよ」


 わざわざ? と疑問に思う前に、執事のルーカスが封筒を手渡しながら、ヒューゴーの手を両手で握りしめた。


「……貴方は、私の誇る息子です」

「え……」

「例え貴方自身でも、私の息子を傷つけるようなことは、してはなりませんよ」

「!」

「大切で信用できる友だからこそ、だったのでは? ゼル殿下から託されたものを、真摯に背負って生きましょう」

「……っっ」


 ルーカスの言葉は、とてつもなく重く、そして説得力がある。

 

 かつて、『英雄』ヴァジーム・ダイモンとパーティメンバーであった彼は、冒険者時代、過酷な旅をしていた。世界を巡り、戦い、仲間を喪い。ヴァジームがマーカム王国の騎士団長に就任することを決意したため、パーティは解散。ルーカスはベルナルドに雇われた。


 今やシワの目立つその手の中に、たくさんの友の命がある、と彼はいつだったか、寂しそうに笑っていた。


「ヒューゴー。貴方には、まだまだやることがあるのですよ。薔薇魔女として覚醒してしまったレオナ様を、誰が護衛するのです? テオに譲りますか?」


 ルーカスが、にっこりとテオを見つめると、テオはタキシードを着たままビクッとその肩を震わせた。


「顔を上げて、周りをご覧なさい、ヒューゴー。これで終わりですか? レオナ様達は、次の災厄こそ強大だと、必死で備えていますが……貴方はこのまま何もしないのですか?」

「!!」

「せめて、全てが終わってから悔いなさい。その時は私も一緒に」

「と、……父さんっ……」


 ヒューゴーは、ジョエルの手紙と、ルーカスの手を握りしめて、ひとしきり泣いた。

 後悔をとりあえず押し流して、前を向くために。

 そして涙を拭いて、立ち上がった。


「レオナ様の、護衛にいきます!」


 扉から勢い良く飛び出ると、廊下でマリーが

「ったく。遅いわよ」

 と微笑んで――そっと抱き締め、背中をポンポンと叩いた。まるでおかえり、と言われているようで、ヒューゴーの心が温まる。

「中庭にいらっしゃるわ。お願いね」

 妻が何も言わずにずっと寄り添い、見守ってくれていたことを知っているヒューゴーは、

「……おう! マリー」

「ん?」

「愛してる」

 がぶ、と噛み付くような口付けをして

「ん! もう、ばか!」

 

 ――脛を、蹴られた。




 ※ ※ ※




「やれやれ。娘を二人共騎士団に取られるとはなあ」

「……絶対に、幸せにします」

「わかっているよ。むしろ、決意してくれてありがとう」

「良いのですか? ガルアダの」

「誰が、好き好んで他国へ娘をやると?」

「……」

「バルテ侯爵家の愛国心を舐めてもらっては困る。――後押しさせてもらうよ」

「!」


 バルテ侯爵は、その場で婚約届に署名をし、ジョエルに託した。


「ま、娘の気持ちが一番大事なんだけどね。頑張りたまえ。バルテ家は、女が一番強いんだ」


 とウインクしながら、早速義父としてのありがたい忠告をくれる。


「は、肝に銘じます」


 苦笑するジョエルは、そうしてバルテ侯爵邸を辞し、その足で王宮にあるゲストルームへと向かった――



 その部屋は、王宮でもかなり奥の方にある豪華な作りのものだ。友好国の高位貴族にあてがわれる区画にあって、配備されるメイドや侍従も、身持ちのしっかりした男爵や子爵の令嬢令息で固められている。


 ジョエルが足早に廊下を歩いていくと、皆完璧な所作で脇に寄り、礼をしたまま顔を上げず見送ってくれるのだ。


 

 白地に金の縁取りが施された、豪奢なドア。

 部屋付きの近衛騎士がノックをすると、

「はーい」

 間延びした返事があるので、名乗る。

「ジョエル・ブノワです」

「……どうぞー」


 近衛騎士が恭しい態度で扉を開け、入室すると、ガルアダ王太子カミーユは、お茶をしていたようだ。テーブルに焼き菓子と、手にはティーカップがあった。


「突然の訪問、申し訳ございません」

「いーよ。どうぞ、座って」

「失礼致します」

 向かいに腰掛けると

「……シャル嬢のこと?」

 開口一番これである。

 

 勘の鋭さは一級品だな、とジョエルは内心舌を巻く。

「はい。婚約届にバルテ侯爵から署名頂きました」

「へえ。他国の王太子を無視して、強引に進めたんだね?」

「残念ですが、私の動きは数年前からです」

「シャル嬢の成人を待ってたってわけ?」

「その通りです」

「げー」


 ティーカップを綺麗な所作で持ち上げて、カミーユは続ける。


「引いてあげてもいーよ」


 えらくあっさりだな、とジョエルはむしろ警戒心を強めた。


「条件が二つあるけどね」

 にい、とカミーユは笑う。

「……なんでしょう」

「そう、硬くならないでよ。僕だって、できればドラゴンスレイヤーを敵にしたくないしー」


 

 ――よく言う。今まで散々煽ってきたくせに。


 

「ひとつ。最後にシャル嬢とお茶がしたい」

 こくり、とカミーユはお茶を飲み下す。

「……それは本人にお聞きください」

「うん。じゃあもうひとつは……シャル嬢とのお茶会で言うよん」

 


 ――こいつー!


 

「婚約のことは、まだ黙っておくからね」


 

 ――もうひとつの条件があるからだな。


 

「は。では」


 長居するつもりはない。ジョエルはすぐさま立ち上がった。

 

「まーたねー!」

 

 できればそのお茶会で会うのを最後にしたいが――隣国、しかも友好国の王太子。つまり国王になるということだ。

 そうはいかないんだよなー、と、廊下を足早に戻りながらジョエルは、大きな溜息をついた。

 



 ※ ※ ※




 それから二日後、シャルリーヌは、レオナとともに王宮の中庭に向かっていた。

 

 

 カミーユから突然

「帰国するから、その前に会いたい。お茶会に来て」

 と誘われたシャルリーヌ。

 迷ったものの、他国の王太子の誘いは断れない。これもまた侯爵家令嬢としての任務よ、と気合いを入れて、行くと返事をすると、じゃあ明後日ね! とのことだった。


「ねえシャル……」

 馬車の中で、レオナが心配そうな顔をする。

「大丈夫? その、私にできることがあれば……」

「ありがとう、レオナ。一緒にいてくれるだけで、心強いの」

 猛烈なアピールをかわしまくってきた。

 今日は、もしかしたらガルアダに強引に連れて行かれるかもしれない、と危機感を持ちつつ、シャルリーヌはやって来たのだが。

「ごめんね、色々大変な時に」

 レオナが連日、ゼルのためにと魔法書を読み漁っていることを知っているだけに、共に来て欲しいとお願いするのは、非常に心苦しかった。

 アザリーの王子の方がよっぽど大事だというのに……と思ってしまうのだ。

 

「そんなことないわ!」

 レオナはだが、がっちりと向かいの席からシャルリーヌの両手を握りしめる。

「私の大切な親友の、一大事なんだから! 絶対、守るから!」

「ふふ、ありがとう」


 王宮中庭に備えられている温室は、フィリベルトの快気祝いに使われた場所。つまり、カミーユがシャルリーヌに一目惚れした場所である。


 その中に整えられたテーブルに、既に着席していたのは、カミーユとジョエル。カミーユがいわゆるお誕生日席でジョエルは左側の真ん中。

「え? ジョエル兄様?」

 レオナは、挨拶の前に思わずそう声が出てしまい、非礼を詫びた。

「ふふ、驚いたよね、大丈夫だよ。さ、堅苦しい挨拶はいらないから、座って座って」

 にこやかに促すカミーユに戸惑いつつ、二人は椅子に腰掛けた。家格順のため、レオナの席次の方がカミーユに近く、シャルリーヌはその隣。

 そのためジョエルは、自然とシャルリーヌの向かいの席になった。今日は隣国王太子の護衛ではないのだろう、騎士服ではなく、タキシードを身につけている。


「急な誘いでごめんね」


 カミーユは相変わらずかなりくだけた口調だが、慣れてしまうとこちらの方が楽だなと思ってしまうのは、レオナの前世の記憶があるからか。


「商談も終わったし、そろそろ帰国しないといけなくて」


 紅茶の準備をするメイド達が慌ただしい。

 それもそのはず、時候の挨拶や形式ばった所作などを全てすっ飛ばして、本題が始まりそうだからだ。


「殿下、まずはお茶を待ちませんこと?」

 レオナがメイド達を(おもんぱか)って扇の影から進言すると、

「わあ、レオナ嬢もそんな貴族令嬢ぽいこと、するんだねえ! 初めて見た!」

 と素直に驚かれた。

「あら、これでも公爵令嬢でしてよ」

「はは、そうだった……ごめんね、気が走っちゃってさ。これでも緊張してるんだ」

「左様でしたか……ひょっとして、お人払いが必要でしょうか?」

「! ……うん」

「かしこまりました。では、私がお茶をお淹れ致しましょう」


 す、とレオナが立ち上がると、メイドや侍従がギョッとした。手ずからお茶を淹れる公爵令嬢など、いない。

 

「うん、助かるよ」

 カミーユが言ったことで、メイド達は戸惑いながらも、礼をして出て行き……温室内には、正真正銘レオナ達だけとなった。護衛も、ジョエルがいれば不要だ。


「じゃ、レオナ嬢は、用意しながら聞いてくれるかな」

「ええ。お気遣いなくですわ」

 レオナは、慣れた手つきでカップを温め、ポットに湯を注ぐ。

 シャルリーヌは、何を言われるのかと顔面蒼白で、微かに震えていた。


「シャル嬢、そんなに怯えないで……悲しいけど、君が僕のところに来てないのは、分かってたんだよ」

 カミーユが目尻(まなじり)を下げて、静かに淡々と語り出す。

「可愛くて、お嫁さんになってくれたら嬉しいなと思ってたのは、ほんと。無理に色々誘って、ごめんね」

「! いえ!」

「今日のこの場が、()()()()()()()、強引にしちゃった」

「?」

「ジョエル殿が、思ったよりも臆病だったから、どうなるかとヒヤヒヤしたけど。良かった」

「……っ、あの、何を……」

 ジョエルも、カミーユの発言に戸惑っている。

「ふたつめの条件だよ、ジョエル殿」

「!」


 レオナが、全員分のソーサーとカップを並べ、順番にお茶を注ぎ……自席に戻ると、カミーユはテーブルの上に肘を突いて、顔の前で両手を組んだ。かなりの無作法だが、微かに肩が震えているのが分かり、三人とも指摘はしなかった。

 

「ホワイトドラゴンを、討伐して欲しい」

「「「!!」」」


 全員、息を呑んだ。


「……恐れながら殿下、ホワイトドラゴンのねぐらは、長年判明しておりませんでしたが」

「うん。覚えているかな。我が国で、金鉱山の大規模な崩落事故があっただろう?」


 ローゼン公爵ベルナルドが、事故を起こした主犯だと疑いをかけられて、拘束されたのは記憶に新しい。

 

「実はあの時に、入口が出てきたんだよ」

「なっ!」

 ジョエルは、思わずがたりと立ち上がった。

 どん、とテーブルに両手を突き、カミーユにすごむ。

「事実であるなら!」

 ドラゴンの住処は、『世界の(ことわり)』だ。どんな場所であれ、公表することになっている。だからジョエルは憤ったわけだが

「公表は、君達が討伐してからだ、ジョエル殿。既にブラック、ブルー、レッド、ときて、ホワイトで四種、つまり全種討伐だ。これが、何を意味するか知っていて、頑張って来たんだよね?」

 カミーユが、淡々とそれを諌める。

「っっ……ご存知でしたか」

「うん。レオナ嬢こそ、それを知るべきだよ」

 ジョエルが、再び席に着いた。

「? わたくし?」

「うん。ドラゴンを全種討伐した者にだけ与えられるものがある。『ユグドラシルの加護』だよ」

「「!!」」

「薔薇魔女のために、(うるわ)しの蒼弓(そうきゅう)銀灰(ぎんかい)の魔術師、そして漆黒の竜騎士が、その加護を得る」

「殿下っ」



 ――隠しステージだからさ、出すのすんごい苦労したんだよ……


 

 ポツリと漏れた、カミーユのその愚痴は、確かにレオナの耳に入った。


「……っ、隠し、ステージッ……て」


 は、とカミーユは頬を強ばらせた。


「あーうん、気にしない……で? あれ? え?」


 そしてレオナの表情を見て、

「え? まさか……? レオナ嬢! 今から質問するから、正直に答えて!」

 とまくし立てる。

「え? え?」

「えーと、何が良いかな……七つ集めて願いが叶うのは、何てボール?」


 

 ――!!!!


 

「……ドラゴン」

「よし。念のためもうひとつぐらい……えーっと」

「っ、では私が。ミルクティーに入れるお菓子で、黒いつぶつぶのもちもちした……」

「ぐは! かろうじて知ってるー! タピオカ!」



 ――カミーユも、異世界転生者だ!



お読み頂き、ありがとうございました!

カミーユの伏線は、

〈118〉破天荒王太子は、最強なのです

にて。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ