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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

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〈173〉卒業実習5



 ゲルルフは、突如として現れた、巨大で禍々しい獣に圧倒されていた。その大きさで、眼前の空が見えないくらいだ。

 

 黒い毛に覆われ、上空を串刺しているかのような巨大な角が、頭に生えている。怪しく光るその目は緑で、顔周辺の毛は濃い紫だ。口吻(こうふん)からは鋭い牙が並んで見え、特に大きい犬歯が顎よりも下に突き出ている。四本足を地に付けて広場を見下ろす、バッファローのような姿。背中には体躯の割に小さい黒い羽。一方、体躯と同じぐらい太い尾には、びっしりと硬そうな体毛が生え、その先は刺さりそうな棘状。その黒々とした足の爪一本で、人の二、三人は余裕で引き裂けるだろう。


 

 なぜ、こんな化け物が急に?



 呆然と見上げるその横で、

「団長、アリスター殿下や、来賓の避難誘導完了致しました」

 フィリベルトの冷たい声がする。

 ゲルルフの(かたわ)らには、顔面蒼白で椅子に座ったまま動けないフランソワーズと、不気味に微笑んで立つエドガーが残されていた。


 第三騎士団(隠密部隊)師団長でもあるローゼン公爵令息フィリベルトが、その手腕をいかんなく発揮し、混乱を最小限に留めていた。ペトラにはオリヴェルとヤンが付き添い、ジンライを心配して残りたがる彼女を、ふたりがかりで王宮へと避難させている(かなり暴れたのを無理矢理引きずって)。

 この場には、有志として残ると言い切って動かない、ゼルとディートヘルム。マクシムが護衛としてディートヘルムの背後にぴったりと付き従っていた。

 

 アルヴァーとブロルは、警護のため馬上へ。馬と馬車とで迅速に避難が開始され、その他騎士団員はわずか十数名が広場に残り、団長の指示を待っている。


 非戦闘員はエドガーとフランソワーズ、そして実習中の学生達、という状況か――フィリベルトは冷静にこの場を分析し、巨大な獣に目を向ける。不思議と、避難していく人間達には興味がなさそうに、広場を見下ろし。



 ぐるるるるる



 と、喉を鳴らしている。


 

 ――終末の獣とは、奈落の三神のうちの一体、ベヒモスだったか……


 悟り、驚異と恐怖で肌が粟立っているフィリベルトはだが、それをおくびにも出さず

「奈落の三神ベヒモスよ! 目的は、なんだ!」

 と叫ぶ。

 

 するとその獣があからさまに「ニタァ」と(わら)ったのが分かった。


『さすがだねえ。ぼくが、ベヒモスて、わかったの』



 ――喋った!



 内心の動揺を表に出さず、フィリベルトは問う。

「残る二体はどこだ!」

『ふふふ、フフフ、ぐるぁーはっはっは!』


 ダンッ


 大きな後ろ足が四股を踏むように大地に振り下ろされると、裏山全体が揺れた。

 結界がなければ、その揺れは王都全土に波及したことだろう。


『ヒルに聞きなよ。死ななかったら、だけどね』



 ――ヒルとは、ヒルバーアだな!

 となると、この獣はやはり……!



「サーディス! サービア! どっちだ!」

『ろくばん、だよー』

「サーディス! 何を……」


 また、ニタァと嗤って。

 ガバァ、と大きく開けた口の奥が、メラメラと黒く光って――


 

「っさせねえっ!」


 漆黒のクレイモアを構えたルスラーンが、飛び込んできた。

 ベヒモスの身体を駆け上がったかと思うと、すかさずその顔に斬りかかる。が、前足で薙ぎ払われ、咄嗟にその足を蹴って離脱。くるりと空中で体勢を整えてから着地し、剣を両手で構え直した。


「団長! 殿下の避難をっ!」


 ベヒモスから目を離さずに怒鳴るルスラーン。状況が良く見えているなとフィリベルトは妙なところで感心してしまった。

 ところが……


「倒せばよかろう」

「なっ!?」


 ゲルルフは、口角を上げて両拳をガツガツと身体の前で打ち、首をぐるぐる回す。その不敵な笑みを、ベヒモスが面白そうに見下ろしていた。


「何を!」

 正気か!? と驚くフィリベルトは、ゲルルフが横目でちらりとフランソワーズを見たのを目の当たりにし――



 ――なんということだ!



 眼前でこれほどの獣を倒してみせるなど、危険なパフォーマンスでしかない。つまりは。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()



『ぐるるるっはっは!』


 ベヒモスにもそれが分かったらしい。


『あーあ、もうしゃべれなくなっちゃうの、ざんねん!』


 その眼から、理性が失われていくのが、分かった。


『んじゃ。あーばれーるよー』



 ぐるああああああああぁぁぁ!



 天に向かって、咆哮。


 そして。


 ごうっ



 ――黒い炎を吐き出した。




 ※ ※ ※




「あーあ、まんまと引っかかりよってからに」

「ヒル! ようここが分かったな!」

 

 目尻を下げるヒルバーアが、スラムの魔法陣にたどり着いたのは、ベヒモスが広場に出現した直後だった。

 ナジャことリンジーからの手紙には、自身の兄弟が何かをしようとしている、と書かれてあったためマーカム入りしたわけだが、ヒルバーアはようやくその目的を知ったのである。



 ――世界を滅ぼしたいんやな……自分の魂ごと。



「王都で生け贄探すんなら、まずスラムやろうに。ったく、なっさけないのう。自分、伝説の隠密やないん?」

 

 軽口でも叩かないと、その事実の重さに心が潰れそうだった。

 

「うっさいわ! そこの結界石、壊したらすぐ出られるねん!」

「まーそう、やいやい言うなや。罠あるかもしらん。なあ、かわい子ちゃん?」

 

「あの」

「貴方様は?」

 一緒に結界に閉じ込められていた、ユイとスイが問うと

「ヒルバーア言うねん。アザリーの第五王子」

 軽く自己紹介しながら、ぐるりと結界陣を確認する。

「ほんでどうやら、奈落の三神の一人、やなあ」

「な!」


 リンジーが、驚きの声を発する。


「……自覚あるんか」

「ある。そこの古代文字にも書いてあるやろ? さっき、ベヒモスが起きてもた。ほんで、分かった」


 周囲の確認が終わり、ヒルバーアは溜息をつく。

 

「三つ子が忌み子いうんは、ほんまやったっちゅうわけや」

「ヒル……」

「闇の里とはよう言うたもんやな。なかなかえぐい。つまりは、冥界の入口なんやろ」

「!」

「冥界の(ことわり)が、どうしても漏れてくる。その『口』に産まれる人々に、闇が宿る。そんな場所なんやな……初めは、どうせ軍事利用とかやったんちゃう? マーカムの闇そのものやなあ。薔薇魔女もそうやけど。イゾラに魅入られた若者がたどり着いた、豊饒の地いうんも、どうなんやろなあ」

「それ以上言うたらあかん」

「お、これ壊したら無事にいけそうやな」


 ヒルバーアがリンジーを無視しつつ、ある結界石を蹴り飛ばすと、彼らを閉じ込めていた空間結界がたちまちブンッと解けた。


「空の色が……」

「一体……?」


 ユイとスイが見上げる雲は、濃い紫。


「俺の弟が、暴れようとしとる。止めに行きたいんやけど、行かれへん」

「どういうことや」

「この魔法陣見たら分かるやろ。目覚めるには、生け贄がいる。つまり、三神のうち、俺は()()()()()()()

「!」

「ちゅうことは、今のうちに俺を拘束せにゃならんやん?」

「本気なんか?」

「本気も本気。この世界のこと、好きやし」


 にか、と笑う砂漠の王子。


「どこにでも行ったるから、連れてってーや」

「……なら、ローゼンに」

「分かった。かわい子ちゃん達も一緒に来てや?」

 黙って頷く双子に、ヒルバーアは。


 

「ありがと。すまんなあ――なあんか、寂しくてなあ……」

 と、暗く微笑んだ。

 



 ※ ※ ※

 



「イベントだっ」

 ユリエは、目線の先にベヒモスの頭を見た。

「エドガーに、助けてもらわないと!」

 

 ようやく戻ってきた、正しいシナリオ。

 学院に入って()()()、自分が知っている前世の乙女ゲーム『恋する君を守り抜く~永遠の愛~』、通称コイキミのイベント()()()()が起きている。


 ヒロインは、攻略対象者の目の前で、危機に陥る。そして、助けられる時に「何があっても、君を守るよ」と言われると攻略成功なのだ。

 つまりは――



 ――エドガーのところへ行かないと!



 広場へ移動する必要がある、ということだ。

 ここ、東の池には、続々と剣術講義のため別行動をしていたクラスメイト達や、騎士団員達が合流してきている。そのため人の流れが激しく、多少の混乱も起きていた。今、動くべきだ! とユリエは思い立ち……そっと集団から離れると、森の中へ入って、いったん身を隠す。幸い、誰にも気づかれてはいないようだ。


 ひとまず見つからなかったことに安堵していると

「ユリエちゃん、どこに……」

 ボニーもついてきていた。

「な、あんた!」

「だって……あれが、イベント? てやつ、なんでしょう? 手伝うし、見守りたいよ」


 正直、一人は心細かった。


「ふん、勝手にすれば」

「うん」

「広場いくよ」

「うん!」


 暗い雲の下、二人で歩き出す。


「ねえユリエちゃん」

「なによ」

「危機て、なんなのかなあ?」

「……覚えてない」

「そっかあ。大丈夫かなあ」

「何が?」

「だって、レオナがまだいるよね」

「……」

「ユリエちゃん、あんなに色々、悪口とか、いじめられてるとか、やってみたのに」

「うっさい」


 最初は学院内でのネガティブキャンペーンを頑張ってみたものの、レオナ様がそんなことをするわけがありませんわ! などと言われて、面倒になってしまった。

 ならばと、ドンと押された、足を引っ掛けてきて転んだ、とやってみたが、ゼルに「何やってるんだ? ダンスの練習か? 下手くそだな」と蔑んだ顔で言われる始末。

 挙句の果てに、テオにはわざとぶつかる前に止められ、「そんなに転びたいんなら勝手にすればいいけど、あっちでやってくれる?」と言われてしまった。


 ――思い出すだけで、イライラする!


「あんなの、取り巻きが多すぎんのよ!」

「あはは〜」


 話しながら歩いていると、木々の間から広場が見えてきた。

 近くに寄るほど、大きな獣の圧を感じる。――さすがに怖い。足がすくむ。


「うわあ、すごーい」

 どこか呑気な、ボニーの声で、恐怖心がゆるむ。

「あんたってほんとおめでたい」

「そうかなあ」

「よくそんな、ニコニコできるね」

「んー、怖いよー?」


 笑顔で誤魔化してるってことか。

 

「そう」

「あ、みてユリエちゃん! エドガー様、いたよ!」


 指差す方向に、ゴリラ騎士団長と、エドガー、そしてフランソワーズ。

 公爵令息と、近衛騎士。

 そして、獣の背後からは。


「! レオナも!」


 これは、チャンスかもしれない。

 木陰に身を隠したユリエは、ごくりと唾を飲み込んだ。

「イベントをこなしつつ、なんとかレオナを……」

 



お読み頂き、ありがとうございました!

王国や任務を優先した、ジョエルやルスラーン、ジンライ。

ところがゲルゴリラは騎士団長であるにも関わらず、私利私欲で動きました。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

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