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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第三章 帝国留学と闇の里

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〈168〉蠢(うごめ)くもの

※不快で残酷な表現があります。





 

 ジョエルが去った後、入れ違いに近衛の詰所に戻ってきたのは。


「戻りました」

「ルス。戻って早々すみませんが、椅子の発注をお願いしたいのです」

 眉をひそめる近衛筆頭。ルスラーンは壁際に置かれた壊れた木くず(椅子)を、意外そうに見やる。

「やっときますけど、何かありました?」

「あーいえ、ジョエルを煽ろうとして、その、やり過ぎまして」

「え! 筆頭、珍しいすね。見たかったっす!」

「反省してます……」

「いやあ、たまには良いですよ。副団長、やる気になりましたか?」

「どうでしょうねぇ……」

 腕を組んで、苦笑するジャンルーカの背後から

「抱えるものが大きいと、踏み出すのは難しいものです。発注は、教えてくれたら私がやっておきますよ」

 シモンが机を布巾でふきながら、笑顔でフォローする。

「すんません、シモンさん。発注用紙はここの引き出しで」

「はい、はい」

「五日に一回、ギルドの人が出入りしてるんで」

「ええ」

「これ書いて、本部に」

「んふふふふ」


 いつの間にか近寄っていたシモンに、思わず後ずさりするルスラーン。


「なんすか!?」

「いえ、今日はね、ラザール様の護衛で学院へ行ったんですよ。レオナ様は相変わらず、ゼル様やディート様に迫られていましてねえ。モテますねえ」

「そ、すか」

「一応ご報告しときますね。では」


 発注用紙を受け取ると、シモンは(きびす)を返してスタスタと行ってしまった。

 額に手を当てるルスラーンは、これにどう反応して良いか分からない。

 

「もしかして、まだ会いに行っていないのですか?」

「……ええ、その、はい……」


 マクシム達をローゼン公爵邸へ迎えに行った日以来、全く会っていない。

 レオナは卒業実習に向けて忙しいだろうし、自分も任務や訓練、雑用で相変わらず忙しい。


「休暇が欲しい時は、遠慮なく申請してくださいね」

「……はい」


 それらは、単なる言い訳なのだが。


 留学から戻ってきたレオナは、一層輝いて見えた。帝国軍人にも慕われ、新たな魔道具を開発し、さらに帝国名門家の学友を連れての凱旋帰国。

 その手腕に、今まで薔薇魔女と蔑んできた貴族の中にも、手のひらを返して褒めはじめる者たちが、出てきている。

 

 さらに、学院では下位貴族や下級生との交流もしているようで、勢いのある新興貴族がローゼンとの繋がりを持っていく橋渡しにもなっているらしい。


「全然追いつけないな……」


 自然と独り言が出てしまったが、本人は気づいていない。


 ルスラーンは、ブルザーク帝国での従軍キャンプ実習で、ダークサーペントに襲われるレオナ達を救った際、彼女から溢れ出た闇を目にしていた。

 同行していた隠密のナジャが『封印している』と言っていたが、膨大な力を感じ……いざと言う時に滅することができるよう、さらなる修行をしてきたし、過去の文献を調べたりしてきた。嫌悪感とかはないの? とジョエルに心配されたが、不思議と全くなく――ただただ、力になりたいと思っている。


 王国のために近衛騎士として日々まい進していく一方、その身のうちに闇を抱えている愛しい人を、自分はどう支えられるのか? と自問自答してしまい、なんとなく会いに行く勇気がわかないまま、今になってしまった。


「ルスは、真面目ですね。良いところなのですが、悪いところでもある」


 ジャンルーカが、愛用の剣を腰に差し、装備を確認しながら、目尻を下げる。


「何も考えずに飛び込んだら、案外うまくいくものですよ」


 では、と詰所を出て行くその背中を、ぼうっと見送るルスラーン。


「飛び込む……てどうすれば……」


 かつてドラゴンの口に飛び込んだ男が、踏み出せずに迷っていた――




 ※ ※ ※




 横で上下する、学院長のでっぷりとした白い腹を肘でこづいて、ベッドから下りて服を着る。

 金ひげビーバーのような見た目の王立学院長は、昨晩も呼びつけてこの身体を好き放題にして……その後

「もうほとんど大人になっちゃったなあ。残念」

 と、のたまった。


 

 ――僕、大人には興味ないんだよね。君の父上に次の子頼んであってさ。やっと見つかったんだあ!

 


 笑顔で、あっという間のお役御免。

 宿()()が四歳の時から好き放題しといて、あっさりと。

 


 ――卒業? 知らないよ、僕。成績評価には関知してないもん。



 その前歯、へし折ってやろうか。



 ――ほらあの、学生台帳? 魔法属性とか魔力量とか書いてあるやつね。あれは、隠しといたままにしてあげるからさ。あとなんだっけ、高位クラスに無理矢理入れた子も、そのままで良いし。お金? じゃ、これあげるから。もう二度とここには来ないでよね!



 よくもまあそれで無防備に寝られるものだ、と鼻で笑う。

 こんな醜悪な獣が教育者だなんて、笑わせる。

 マーカムも、学院も、薔薇魔女も、ぜんぶ! 滅んでしまえ!!



 終末の獣、間もなく来たれり――


 

 じわり、とわき出す黒霧を、必死で我慢して微笑んだ。


 


 ※ ※ ※




「ふんふんふーん」

「楽しそうだね、ディス」

「だって、やっとだもの」


 マーカム王国、王都の繁華街には、一部スラムのような場所がある。

 第一騎士団が、治安の悪い場所として、その入口を頻繁に巡回しているものの、入り組んだ裏道は迷路のようになっていて、怪しい取引をする者や、家のない人間たちの吹き溜まりになっていた。


 サーディスとサービアは、この一角に潜んでいる。


「下ごしらえに時間かかっちゃったけど、間に合ったのが嬉しくてさ」

「あのツルツル、うるさかったね。薔薇魔女に恨み晴らすって言いながら、お金欲しかっただけだったね」

「うん、まさか王都までついてくるなんてさ。しつこくてがめついから、思わずやっちゃった。でもさすが腐っても元騎士団員だよね! こんなに生け贄調達してくれた」

「お金払ったんだからこれぐらい……スラム潰してあげたんだから、国王には感謝して欲しいくらいだよね」


 二人の横には、うずたかく積まれた、人、人、人。

 そのてっぺんには、かつてハゲ筋肉、と呼ばれていたイーヴォが、仰向けでだらりと横たわっている。色を失った瞳は、見開いたまま。


 二人は向かい合わせに坐禅を組み、額と額、手のひらと手のひらを合わせた。手の甲には、青黒いあざが広がっている。


「「ルタ・マウナ・クータスタ」」


 息もできないほど凶悪な汚臭は、不潔だからだけではない。よく見ると、積み上げられた人の下には、何らかの魔法陣が描かれている。

 その近くで焚くのは、魅了草、別名チャームポピー。

 

「ジャムファーガス入りのご飯、美味しかったよね」

「最期にお腹いっぱい食べられたんだから、感謝して欲しいな」


 煙がそれらを覆うと、みるみる人の山が白骨化していく。


「バアルへ届けよ」

「バアルよ、冥界神よ、我らの願い」

 

「「叶たまえ」」



 ――黒い光が一筋。


 

 スラムから変な光が上がったのを見た!

 スラムのやつら、なんか減ってないか?

 などと人々は噂したが、すぐに忘れてしまった。




 ※ ※ ※




 魔術師団副師団長である、ラザール・アーレンツは、副長であるブリジット、トーマスと共に王立学院を訪れた。

 トーマスが、攻撃魔法実習を教えている際、屋内演習場の結界の(ほころ)びに気づいたからだ。

 

「ここと、あとあそこもです」

「なるほど……」

「何度か修復したのですが」

 トーマスが報告をすると、ブリジットが

「変ですわ。結界を壊すのが目的ではないようです」

 と深刻な顔を返す。

「壊すのが目的ではない?」

「ええ。魔道具か何かで、強引に結界の役目を変えようとした痕跡があります」


 ラザールが、指摘箇所を確認する。


「だが、まるで素人だ」

「ええ、副師団長の仰る通りです。少しでも知識がある者の仕業ならば、結界の変質で目的も分かるのですけれど」

「むしろ素人だから、やってることも適当。それで何をしたいのか分からないってことか……!」

 トーマスが、悔しげに歯噛みする。


 学生か、学院関係者か、騎士団か。


「とりあえず、巡回強化を申請しよう」

 ラザールは、嫌な予感に背筋が冷えるのを感じていた。


 すると

「ラジ様!」

 背後から明るい声がし、振り返るとそこには。

 

「レオナ嬢」

「お久しぶりですわ!」

「久しぶりだな」


 後ろにヒューゴーとテオを従えているレオナが、制服姿で簡易なカーテシーをするのに併せて、ラザール、ブリジット、トーマスが騎士礼を返す。

 

 久しぶりに見たその魔力は……

 

 ラザールは思わず鑑定の魔道具である半眼鏡(はんがんきょう)を指で押し上げた。


「! レオナ嬢、その魔力は」

「さすがラジ様ですわね」


 少し、気まずそうにされてしまったので、慌てて取り繕う。


「ああいや、その、責めたいわけでは」

「ふふ。――我慢するのを、止めたのです」


 以前にはなかった闇属性が、七色に黒を加えた、夜のオーロラのように見えている。その力は強大で恐ろしいが、美しく思えた。


「そうか……体調は大丈夫か? 頭痛は……」

「うふふ、お優しい」

「うわー、副師団長、相変わらずレオナ様だけ特別扱い! ずるい! ボクにも優しく!」

「んん!」

「こら! トーマス!」


 ブリジットがまた、書類を挟んでいる板の角で、トーマスの頭を叩く。


「いだあ! 角はヤメテ!」

「まあ!」

「お気になさらないで、レオナ様。この子、お調子者なので」

「お調子者だな」

「「なるほど」」

「ちょお! その公式認定、辛い!」


 だがトーマスの明るさが、レオナをいつも助けてくれるのだ。


「いつもありがたく存じますわ、トーマス様」

「ほえ!?」

「女子学生たちからの評判も良くってよ」

 レオナが言い、素直に赤く頬を染めたトーマスに

「話しかけやすい、子犬」

「間違っても絶対叱らない、ヘタレ先生」

 ヒューゴーとテオが、追撃する。

「それ、褒めてるの!?」

「「たぶん」」

「ふくざつっ!!」


「あ、ラジ様、よろしければ、攻撃魔法のおさらいをしたくって」

 レオナが申し出ると

「ふむ。少し待ってくれるか? 結界を修復してから、存分にやろう」

 ニヤリ・ラザールのご降臨である。

「はい!」

「うおー。見たーい!」

「はあ。お調子者と私で見学させて頂きますわ」

「ぶ、ブリジットさーん!?」

「「がんばれ」」

 

 レオナは、ラザールに空間結界を直接教えてもらうことにしたのだが、ついでに移動魔法も、と特訓されたのだった。

 



 ※ ※ ※




「頭痛が酷くて起き上がれないんだ」

 カミロが、学院の休養室で辛そうな青い顔をしている。

 研究室を訪れたフィリベルトが、カミロ不在を不思議に思って探した結果、なんと倒れて運ばれたのだという。


「大丈夫そうではないですね。一人では不安でしょう。我が邸に来て頂ければ、治癒士も呼べますから」

 申し出た公爵令息に

「申し訳ない……」

 と、ただただすまなそうな、カミロは額を苦しそうに押さえている。


「あ、しまった……! フィリ、すまない」

「どうしました?」

「たぶん、研究室の鍵を掛けられていないんだ」

「!」

「君の方は大丈夫だけど、私の……」

「何か危険な物は置いてましたか?」

「大したものはないと思うが……魔石と、あ!」

「まさか」

「破邪の結界の応用で、拘束具を作っていた! 未完成だが机の上に」


 フィリベルトが宙を睨むと、影が動いた気がした。


「それは、どのような?」

「肉体ではなく魔力だけを封じるものだよ。レオナ嬢は制御できているが、そうではない人が普通に暮らせたらと思いついて、研究していたんだ。まだ調整できていなくて。拘束できるかも検証していない」

「……その話、どこかでされましたか?」

「いや。ただ、予算取得のため学院長には詳しい書類を提出している」

「そう、ですか」



 ――フィリベルトの懸念通り、その研究中の魔力拘束具は、何者かに盗まれたか何かで、紛失していた……



お読み頂き、ありがとうございました!

昨日のジャンルーカ様がご心配だったと思いますが、ご安心ください。わざとでした♡


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ最終章ですね。 レオナの恋の行方、キャラたちそれぞれの結末、どうなっていくか楽しみにしてます。 [一言] 応援してます!
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