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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第三章 帝国留学と闇の里

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〈153〉シナリオの向こう側



 マーカム王立学院、裏庭のガゼボ。

 季節は花から風に移り変わり、日差しもきつくなってきた。

「やっぱ来ないなー。はー」

 ユリエは一人、ぼうっとしている。


 待ち人来らず。


 それもそのはず、エドガーは、かなり国王から怒られているのだ。

 ちっとも良くならない成績。第二王子としての知識はもちろんのこと、所作や言葉遣いなど、王子たる自覚はあるのか、と毎日のように説教されているらしい。

 放課後は家庭教師を付けられていて、何度かサボったら文字通り近衛のジャンルーカに監禁された。で、放課後デートすらできなくなってしまった。


 ユリエは、鞄からボロボロのノートを取り出す。

 何回もめくって、書き足して、修正して……

 何かをきっかけにしてふと思い出したことや、夢に見たことをすぐに書くようにしていた。

 ()じはほつれかかっていて、インクも前後のページに染みているし、何より書き殴っているので、とても汚くてユリエ以外に読めないシロモノになり果てている。


「悪役令嬢が留学するなんてシナリオは、無かった……」


 ぽつり、と独り言。

 ガゼボの屋根の向こうには、青々とした空に白い雲。

 名も知らぬ鳥が何羽か連れ立って、飛んでいく。


 この世界は、ユリエの認識では『恋する君を守り抜く~永遠の愛~』、通称コイキミと現代日本で呼ばれていた、人気乙女ゲームの世界だ。


 舞台は、マーカム王国にある王立学院。

 恋愛シミュレーションゲームで、会話によって攻略対象者の好感度を上げていき、恋愛フラグが立つとスチルと呼ばれる、特別な静止画をゲットできるという王道ストーリー。

 

 ヒロインはユリエで、薔薇魔女のレオナという悪役令嬢が、その恋路を全部邪魔してくる。

 特に一番最後の卒業実習イベントで、ヒロインは危機に陥るのだが、最も好感度の高い攻略対象者とフラグが立っていれば「何があっても君を守るよ」のセリフがあり攻略成功。一方「逃げるんだ」だと失敗、ヒロインと攻略対象者が大怪我を負うバッドエンドになってしまう。

 

「ヒロインは、卒業パーティで悪役令嬢を断罪して、エドガーと婚約する。そのための二年目のイベントは……」


 ぱらぱらノートをめくって、過去の出来事を振り返り、未来のメモを指でなぞる。


「はあ。この頃のはボタン連打してたからなあ……覚えてるわけないか」


 エドガールートは、別名チョロルー。チョロいルートで、プレイヤーのチュートリアルも兼ねたものと言われていた。ほぼイエスを選択すれば、学院生活ではチヤホヤされるし、是非婚約を! と攻略対象者達から次々口説かれつつも、最後はエドガーと婚約するのだ。


 前世のユリエは、キャラクターのセリフを全く理解しようともせず、絵を見て楽しんで、良いと思われる方の選択肢を選び続けた。ただの暇つぶしであったし、残酷な日常を忘れるためのイベントが見られれば、それで良かったからだ。


「攻略対象者の公爵令息は、確か成績トップにならないとダメで、それは無理だから置いといても」


 ユリエは、ノートを閉じて頬杖をつき、よく晴れた空をまたぼうっと見上げる。


「テオも、ゼルも、カミロも、あの強面近衛騎士も、全然近寄って来ない」


 ヒロインというだけで、チヤホヤされるはずなのに、テオと近衛騎士は完全無視。ゼルは、隠していた身分を明かすと脅している内は良かったが、今は自ら明かしてしまった。カミロには、成績をなんとかしろと詰め寄った結果、なんとかはしてくれたようだ(だから通っていられる)が、皇帝の兄ということをバラすと脅したにも関わらず、未だに特別扱いはしてくれない。


「こんなの……分かるわけない……」

 ユリエの手元には、数学と国際政治学のレポート。

 講義の内容は聞いてもさっぱり分からないし、何をどう書けば良いかも分からない。

 

 フランソワーズのことも、公爵令息への恋心をバラすと脅して、最初のうちは宿題を写させてくれていた。が、

「……次またユリエ様と同じ内容を出したら、退学にすると言われてしまいましたの……申し訳ございません」

 と断られてしまった。

 フランソワーズには、あのゴリラ団長と結ばれてもらわなければならない。エドガーの婚約者候補に名を連ねている以上、側で様子を見て適度に邪魔をしたり、ゴリラ団長に応援の手紙を書いたりしないといけない。だから、宿題ではもう頼れなくなってしまった。


「あたし、これからどうなるんだろ」

 風の季節、月の季節、雪の季節、でまた花の季節が来る頃、卒業実習と卒業パーティがある。

「エドガー、あたしのこと好きなのかな」


 ユリエにだって、恋なんて分からない。

 エドガーは、ベタベタくっついたら嬉しそうだし、褒めたら、赤くなる。


「でも、好きって、言われたことない……」


 王立学院の寮で、家から離れて暮らしているうちに、現実のことを忘れかけてしまう日もある。

 けれど、もしあの家に戻ったら、地獄が待っている――絶対に、婚約しないといけないのだ。


「ユリエちゃん、またここに居たんだ」

「うっさい」


 結局近寄ってくるのは、異母妹のボニーしかいない。

 寮でも同室で、ノートを見られて、うっかり()()()()をしてしまった。

 笑われると思いきや、とても真剣に聞いた後に


『ユリエちゃん、辛かったね』


 なんて同情されて。ムカついたけど、どこか嬉しくて。

 きつく当たっても、後ろをついてくる。

 フランソワーズの友達は、伯爵や子爵だから、男爵家でマナー教育もされていないユリエとは、振る舞いが全然違う。面と向かって言われたことはないが、どこかで蔑まれているのを感じて、同じクラスでも話したくない。

 その点ボニーは平民だから、やりやすい。

 

「あんた、これもうやった?」

 ユリエがテーブルの上のレポートを指差すと

「え? えへへ~」

 ボニーは笑って誤魔化す。

「あんたにも、分かるわけないか」

「難しいねー」

 ボニーの頭もだいぶ残念なのだ。

 よく進級できたなと思う。

 

「ねね、次は何が起きるの? イベント、ていうんだっけ」

 ワクワク顔でボニーが聞いてくる、目線の先には、ボロボロのノート。

「……思い出せなくて」

「そっかあ」


 熱気をはらんだ風が、身体にまとわりつく。


「なに、知りたいの? 未来」

「うん。だって知ってたら、便利かなって」

 ボニーが、そばかすの目立つ顔でニコニコと笑う。

 相変わらず地味で、なんの特徴もないモブ顔だな、とユリエは冷めた目で見つめる。


「便利、ねえ。前も言ったけど、卒業実習で、なんか大きい怪物に襲われるんだよ」

「うんうん」

「それまでにエドガーと、良い感じになってないとダメなの」

「そうなんだ」

「あと一つか二つなんかイベントあった気がするんだけど、思い出せない」

「ユリエちゃんなら、そのうち思い出せるよ!」


 暑いなあ、息苦しいなあ、と思っているうちに、くらくらと目眩がしてきた。

 外にいすぎて熱中症になったかな、とユリエは頭を両手で押さえる。


「大丈夫!?」

「うん……寮戻る……」


 水分を摂らなきゃだよね、とユリエは前世の記憶を思い返す。

 ゆらゆら揺れる景色が、歪んでいく。

 

「……やっぱり悪役令嬢のせいだよ」


 ユリエは、フラフラとテーブルから立ち上がりながら、独り言を放つ。


「だって、あたしの知ってるシナリオではさ、魔法使いまくって……邪魔してきて……嫌われ者で……」


 芝生を、寮に向かってフラフラと歩く。


「あんなに陰口したのに、へこたれないし……なんかゼルにもテオにもチヤホヤされてるし……」


 だんだん、ユリエは腹が立ってきた。


「ヒロインはあたしなのに! そうよ!」


 歪んでいた視界が、またクリアになった。


「全部レオナのせいだわ!」

「ユリエちゃん?」

「勝手にさあ、シナリオにない行動ばっかするんだもん! 絶対あいつのせいでストーリーが狂ったんだ。戻ってきたら、復讐してやる! あいつが居なくなったら、ちゃんと元に戻る気がする!」

「えっ……でも、公爵令嬢だよっ!?」

「考える。エドガーをうまく利用して、何かできないか。あんたも、協力しなよ! あそこに帰りたくないでしょ!」

「う、うん……」


 ユリエは、ノートを握りしめて、歩き始めた。

 心の中に、強い復讐心が芽生えてきて。

 なぜか、レオナのことが憎くてたまらなくなった。


「分かった……わたしも色々調べてみるね」

 ニコニコついてくるボニーに鞄を持たせて、ユリエは寮に向かう。


 強い日差しが、じりじりとうなじを焼いて、痛かった。




 ※ ※ ※




「へえ……ユリエちゃんてば、相変わらず愛くるしい単細胞だねー」

「ディス、一体何がしたいの?」


 ブルザーク帝国、最南端。

 のどかな港町に、双子は居た。

 潮風にバサバサとはためく便せんを、雑に渡してくるサーディスに、サービアは顔をしかめた。

 

「んー……何だと思う?」

「……復讐?」

「ふふ。ビアは、したい?」

「ううん、別に興味無い」

「ぼくに付き合ってくれてるだけだもんね」

「そうでもないよ。持て余してるんだ」

「持て余す?」

「時間も、魔力も、……命も」

「うん、それだよ、ぼくの答えも」

「え?」

「ビアと一緒。退屈なんだ。だから」

「使い切りたいんだね、()()

「そ」


 

 欠落している。だから。余らせている。

 

 

「ふうん。次は――ガルアダ?」

 サービアは、便せんの束を手のひらでグシャリと丸めて、闇の炎で焼いた。

「そーだねー」

「その次は」

「マーカムで、仕上げ」

「ふうん。帝国は、もう良いの?」

「うん。思ってるよりしょぼかった。せいぜい、ちまちま嫌がらせするしかできない規模だね」

「相当叩きのめしたみたいだね」

「血の匂いが、大地に染み付いてる」


 サーディスが珍しく顔をしかめた。


「特に南は怨嗟(えんさ)が過剰。酔いそう」

「サーディスにはキツいかもね」


 ニコニコと、サービアがサーディスの肩をさする。

 

「あーあ、もうちょっと面白くなると思ったのに。キャンプもさあ、仕込むの大変だったんだよ? マーカム騎士団、優秀すぎだよ」

「……ドラゴンスレイヤーは、さすがにね」

「ユグドラシルの加護じゃ、闇堕ちもさせられないしなあ」

()()()の邪魔なんじゃないの?」

「そこはほら、ユリエちゃんに頑張ってもらうよんっ」

「あー。宿()()も、相変わらずだね」

「そだねー。ぼくらのようでいて、ぼくらとは相容れない」

「復讐の闇、かあ」

「目的が純粋なだけ、ぼくらよりすごく強いよ」

「遊べるなら、それでいい」


 潮風が強まってきた。

 天気が変わるのかもしれない。


「はは、サービアも、たいがいだよね」

「冥界で魂ごと、黒い炎で焼かれたいだけだよ」

 鮮やかな青い海と、相反する黒い笑顔でサービアは言う。


「二度と」

「生き返れないように」



 ――双子の願いは、波間に消えていく……

 


お読み頂き、ありがとうございました。

薔薇魔女のダークサイドを垣間見るお話でした。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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