〈13〉令嬢だって剣術を習うのです 後
うわっ
マジか……
間近で見るの初めてだよ!
デケェッ
怖ぇ!
学生達が、そうザワつくのも無理はない。
実習が始まるまでは、騎士団の成り立ちや組織、訓練方法、過去の討伐記録などを座学で学んでおり、実習の担当講師は未だ不明だったわけだが……どう見ても、あのものすごくゴツくてデカいゴリラ顔は、騎士団長ゲルルフ・ランゲンバッハその人だ。
そしてその右隣に立っている、左目だけ隠れるように伸ばした、長い前髪の蒼髪(後ろは刈り込んでいる)の美青年が、副団長ジョエル・ブノワ。
ジョエルは、ブノワ伯爵家の四男で、ローゼン公爵家の侍従を経て、王立学院卒業。
ベルナルドの推薦で華々しく騎士団入りし、輝かしい功績でもって去年副団長に昇任したばかりの、ルーカスの弟子だ。
出世頭でヒューゴーの兄貴分でもある。レオナの十三歳年上なので、現在二十七歳のはずである。
それにしても、団長と副団長揃って、部下三人も伴って来るとは、騎士団は意外と暇なのだろうか? と一瞬考えたレオナだったが、ラザールと同様『宰相直々のお願い』の影響ではと気付き、またまたションボリである。
自分の父親の影響が強すぎると、いたたまれない気持ちになるのは何故だろう? と思う。
開き直って、エッヘンとふんぞり返れれば楽なのだろうが、レオナにそういった性分はなかった。
その辺りが、実は周囲に舐められ、悪意のある噂を許してしまう原因でもあるのだが、本人は気づいていない。
「オホン! 騎士団長、ゲルルフ・ランゲンバッハである! 学生諸君、剣術の道は大変に険しく厳しいが、共に励んでいこう!」
騎士団長は、武功や討伐にしか興味がなく、政策などの話が非常にやりづらいと某宰相が愚痴っていたな、とレオナは思い出す。
角刈りで筋骨隆々、顔の各パーツが大きく、まさにゴリラな見た目で、確か三十代前半の子爵位。
残念ながら現在まで縁談が全くまとまらないらしい。
どんな女性も裸足で逃げ出す、と揶揄されており、凱旋パレードでもジョエルばかり女性にキャーキャー言われるから拗ねるとか何とか。
まるでどこかの白狸公爵みたいだな、と想像だけでレオナがウンザリしていると
「貴殿がローゼンの娘か」
とかなり不躾に問われ、咄嗟の反応が出来なかった。
学生達からも注目を浴びる。
いきなり呼ばれる意味も分からず、無言で身構えてしまった。
「剣術実習で女性は一人だけだ。途中で王国史に変えたくなったら、いつでも言うが良い。無条件で振替を認めてやる」
カッチーーーーーン!
なんかゴリラにいきなり喧嘩売られたぞ?
ああん? 今すぐ動物園に帰れっ!
「……ゴ……ご配慮に感謝いたしますわ、騎士団長」
あっぶねー!
怒りで思わずゴリラって呼びそうになったよ、ギリギリッセーフッ!
後ろに並んだ三人の部下のうち、ハゲた筋肉男がニタニタしてこちらを見ている。
さては女を見下すタイプだなと感じ、こんな下品な人間が王国の騎士とは、と信じられない思いになる。
ジョエルの口元がギリギリしているのにも、気が付いてしまった。毎日ストレス凄そうだな、後でお茶でもご馳走しよう、とレオナは心に決めた。
ゲルルフは満足そうに頷くと、学生達を見渡しながら声を張り上げた。
「この実習は騎士団入団への足がかりでもある! そのつもりで気合いを入れて臨め! 辛ければいつでも離脱して良いが、入団したければついてこい!」
「「「「はいっ!」」」」
やる気溢れる男子諸君が初々しい。
レオナは、あんなのに潰されないでね、と心から祈った。
「あいつ、体術の……」
すると、テオが珍しく横で殺気を出していた。
――まさかあのハゲ筋肉か? そうなのか?
背後でボソリとゼルが
「またあのハゲか。やっとくか?」
と物騒なことを言って、ガルガルしている。
是非! と言いたいところだが、剣を習いに来たのであって、猛獣使い志望じゃないんだよなあと、レオナは思わず半目になった。
「では早速だが、騎士団入団を考えているものはこちらへ」
ゲルルフが自身の前を指差す。
「それ以外は、副団長のところへ並べ」
と命じた。ジョエルが右手を上げると
「副団長様は、お優しいから安心しろよ〜ゲハハ」
と下卑た蛇足をするハゲ筋肉。
――やっぱやっとくか?
「僕、あいつ無理だから、副団長のところ行くよ。レオナさんもでしょ?」
「テオ……」
「安心しろ、ハゲは俺がやっとくから」
ゼルが指をポキポキしている。
「嬉しいけど、単位もらえなくなりますよ? ゼルさん」
「うぐ……」
気持ちだけもらっときますね、とテオは迷いなくジョエルのもとへと向かった。
レオナはそれを追いかけながら、何かできることがあれば良いのにと思う。
だがまずは、きちんと講義を受けよう。話はそれからだ、と思い直す。
学生達は、ほとんどが騎士団長前に並んだ。
家を継ぐ予定のない貴族の子が生きて行くには、女なら嫁ぐ、男なら士官するか、事業を立ち上げるか、騎士団に入るか、がこの国ではメジャーな将来設計だ。
勉強が苦手なら騎士団一択になるだろうし、初期教育で剣術の基本を習わせる家も多いと聞く。ジョエルのもとに並んだのは、結局テオとレオナだけだった。まあ、そもそも初心者は、剣術を選択しない。
二つのグループに分けられた学生達を前に、騎士団長が続ける。
「では、この二つの組でそれぞれの実力に応じた訓練を行っていく。最終的には魔獣討伐に行く訳だが」
一旦そこで言葉を切り、訓練用の片手剣に模した木刀を、何度か振って見せる。ブンブン、と不穏な音が演習場に鳴り響く。
「訓練の様子や、実力次第で討伐には参加を許可されない者も出てくるだろう。訓練に残っている限り、単位は与えてやるから安心しろ」
騎士団には入れないと暗に言っているのは、誰にでも分かる。
入る気がない人間にとっても、カチンとくる言い方だなとレオナは思った。
「強い者は、積極的に取り立てていく! まずはイーヴォのもとで学ぶように!」
イーヴォと呼ばれたハゲ筋肉が、両腕をムンッと曲げて力こぶを作る。暑苦しい。
挨拶を終えると、騎士団長は部下を一人連れて、演習場を去った。
残ったのはイーヴォとおっさん、そしてジョエルの三人だ。
「うーし、早速はじめるぞ、お前ら! まずは軽く準備運動してから、演習場二十周走れ!」
イーヴォが声を張り上げる。
即座に従う学生達。
おっさんが肩に木刀を担いでスクワットし始めた。ひたすら暑苦しい。
それにしても、貴族の子息とはいえ、体育会系のノリに慣れている男子達に感心する。
素直に従っており、よく見るとみんなガタイが良い。恐らく幼少時から、騎士団を目指してきた者達なのだろう。
「初心者組は邪魔すんなよーゲハハ」
――さっきから、ほんっとうに一言余計!
下品だし!!
思わず睨みそうになると
「……やれやれ。二人ともこちらに来てくれるかい?」
ジョエルが渋い顔のまま、演習場の脇にテオとレオナを誘導した。
「ごめんね。うちはあんなのばかりじゃないんだけど、団長の一存でアレに決まっちゃってさ」
二人しかいないせいか、家での兄貴モードで話してくれるジョエルに、レオナは少し肩の力を抜くことができた。
「ジョエル兄様の日々の気苦労がうかがえますわ。どうかお気になさらず」
「そう言ってもらえると助かるよ」
破顔するジョエルは、副団長になった今でも、家で侍従をしてくれていた時と変わらなくて安心する。
「え? レオナさんのお兄さんなの? ……ですか?」
とはテオ。
「あーそっか、誤解するよね。違うよー。僕は騎士団に入る前は、ローゼン公爵家で侍従をしていたんだ。レオナが小さな頃だったから、その時の名残で兄様って呼んでくれているんだよ。残念ながら、血の繋がりはないんだー」
ちなみにヒューゴーは、頑なに兄弟子のことをジョエル様と呼ぶので寂しいそうな。
おにーちゃんって呼んで欲しいとか、絶対無理だとレオナは知っている。
「君の名前を聞いても良いかな?」
「テオフィル・ボドワンです」
「身のこなしを見ると、初心者ってわけではなさそうだけど、どうしてこちらに?」
ジョエルは、あくまでも優しく聞いてくれる。
「……あの、ダメですか」
「ダメではないよ?」
眉尻を下げて、副団長は説明する。
「剣術クラスは、先程団長が言った通り、王国騎士団の登竜門なんだ。幹部候補生としての、ね」
騎士団の幹部は実際貴族の子息がほとんどだから、そういうことだろう。
「イーヴォの、正確には団長の組に入らないということは、その選考から外れることになるよ……申し訳ないけれど、そういう不文律があるんだ。強い貴族の推薦があれば別だけどね。従士から始めるということになると、今度は平民でも腕自慢の子達と、騎士になるのを争うことになる。君にとっては、多少厳しい道のりになってしまうかもしれないよ」
テオは苦しそうな顔をする。咄嗟に声が出た。
「ジョエル兄様、テオは」
「大丈夫だよレオナさん。自分で言うから」
テオは、まっすぐに副団長を見た。
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2023/1/13改稿




