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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第三章 帝国留学と闇の里

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〈146〉復活は突然に、なのです



「え……?」

「ディートヘルム様がお呼びでございます」

「はあ、わかりました」


 タウンハウスに突然やって来た、ツルハ邸執事。

 馬車とともに、ジンライを迎えに来たのだそうだ。


「突然お呼びだてして申し訳ございません」

「あーいや、大丈夫っす!」


 学校が終わる時間に待ち構えられていたので、若干面食らったレオナ達であるが、そのままマクシムら護衛は馬でついて来てくれることになった。

 

「元気になったんすかねえ」

 と馬車内でのほほんと言っているジンライだが、レオナは不安で仕方がない。

「では、こちらへお願い致します」

 執事が案内したのが邸内でなく、庭だったからだ。


 細かい玉砂利道の脇には、手入れが行き届いた青い芝生。

 暖かい季節とはいえ日が暮れ始めているので、少し肌寒く、制服のマントが役に立っている。

 歩き進めていくと、イングリッシュガーデンのような薔薇のアーチの向こうに、白い石で作られたドーム型屋根の大型ガゼボとテーブルセット、そして――


 仁王立ちで腕を組んでいる、ディートヘルム。

 


 ――ボス猿、復活だわぁ……



 すっかり、がっしりした体躯に戻っている。

 組まれた腕の二の腕部分はこんもりと筋肉が盛り上がり、分厚い胸板がこの距離でも分かるくらいだ。

 髪の毛も綺麗に整えられ、顔色も良さそうだ。


「ディートヘルム様。お招き下さりありがたく存じます」


 レオナが形式ばった挨拶をすると

「ああ。突然の招き、申し訳なかった」

 と()()()()()が返ってくる。

 驚きを表に出さないように

「とんでもございませんわ」

 と平静を装った。

「……座ってくれ」



 ――えーと……誰!?



 レオナも、この場の全員も、戸惑っている。

 誰よりもマクシムが、ぽかんとしている。

 

「元気になって、良かったっす!」

 と、ジンライだけが平常運転だ。

「……まあな。ジンライは、立ってろ」

「えっ」

「喧嘩、買うんだろ」

「ええっ!」


 ディートヘルムがそう言って、おもむろに上着を脱ぎ出すので、マクシムが

「ディートヘルム様!」

 と慌てて止めようと前へ出た。

「なんだ」

「一体、何を……」

「喧嘩」

「えっ」

「ジンライ、準備しろ」

「えぇー……わ、わかりました?」



 ――喧嘩っていうか、これ決闘だよね!



「……見守ります」

 マリーが、ジンライの背中をポンと叩く。

「大丈夫ですよ」

「ういっす!」

 ジンライはマントと制服の上着を脱いでマリーへ渡し、袖をまくる。


 本人が応えているからには、とマクシムら護衛達も渋々下がった。

 ガゼボ内のテーブルには、花の香りがするお茶と、品の良い焼き菓子が用意され、そしてブルーベルが飾られていた。



 ――お見舞いの時と同じ……



 レオナはそれを見て、とても嬉しく思いながら、座る。もしかしたらディートヘルムは、前に進み出したのかもしれない、と。


 二人は、少し離れた芝生の上に向かい合って立った。


「遠慮は無用だ」

「ういっす」

「叩きのめしてやるからな」

「うわあーマジすか!」

「お前もかかってこい」

「上等っす!」


 そして、合図もなにもなく、突如として殴り合いが始まった。



「ちぃっ」

「っし!」

「くそ」

「いってっ」

「おらぁ!」

「っぐ」

「まだまだ!」

「しぃっ!」

 


 体躯に恵まれたディートヘルムが繰り出す拳は、『ぶん』と物騒な音を立ててジンライに襲いかかる。

 ジンライはそれを紙一重で避けながらカウンターを狙うが、そう簡単には入らない。

 ジンライの形は綺麗だが、ディートヘルムの場数と経験値には、付け焼き刃では敵わないのだろう。ジリジリと押されてきている。

 だが、ディートヘルムも病み上がり。スタミナが削られて精彩を欠いていき――


「っく、そ……」

「だあー」


 ついに、二人とも汗まみれで芝生に座り込み、どちらからともなく、仰向けに寝転がった。


「ふう、引き分け、はあ、っすねー!」

「ぜえ、し、かたっ、はあ、ねえ、な」


 レオナは優雅にお茶と焼き菓子を(たしな)みながらそれを見ていたわけだが、男の子ってやっぱり分からないや、と思っている。楽しそうに殴り合うのが、さっぱり理解できないのだ。


「くそ。まだ本調子じゃ、ねえか」

 ディートヘルムが上体を起こしながら言うと

「い、言い訳、かっこわりぃ!」

 ジンライが言い返す。

「んだとこら」

「事実だし」

「……またやるぞ」

「いつでも!」


「ね、じゃあ次は家でやったらどうかしら?」

 レオナが遠くから呼びかけると、マリーがやっぱりか、の顔をする。

「あ?」

「あー、いいっすね!」

「俺が行くのか?」

「ええ! 実は、食堂のメニューを開発中ですのよ。試食しにいらして?」

「おま、本気で言ってんのか?」

「? ええ!」

「ちっ」



 ――舌打ち!?



「……マクシムは」

「は」

「俺が行ってもいいのか」

「はっ、レオナ様のお招きであれば」

「ちっ」



 ――また!?



「……分かった」

「楽しみっすねー!」

「殴り合うのが、か?」

「違いますよ、試食っすよ。レオナさんの飯、うまいんすよ!」

「あ? あいつ公爵令嬢だろ?」

「そっす」

「料理すんのか?」

「? そっす」

「意味わかんねえ」



 ――ちょーっとキレてもいいかなぁ!?



「ぶっ」

 ヤンが、吹いた。

「あっ、すみません! レオナ様、あの、顎が!」

「……あ」

 怒ると顎が出る、とシャルリーヌに指摘されていたのを、すっかり忘れていた。――慌てて引っ込める。

 

「あいつほんとに公爵令嬢か?」

 結局ボス猿に、無遠慮に指を差されるレオナである。

「……えーっと、多分?」

「ジーンー!?」

「わー! ほんとほんと!」

「くくく」


  それを見て、ガゼボの脇で、ツルハ邸の執事が号泣した。

「坊ちゃんの笑顔を、本当に久しぶりに、見ました……」

 マクシムはそれを聞いて、

「そうか……」

 と呟いた。



 汗を拭いた後、ガゼボに戻ってきたディートヘルムに

「なんで急に?」

 とレオナが聞いてみると

「好き放題言いやがって、と腹が立った。ぶっ倒してやると思って久しぶりに身体を動かしたら、すっきりした。あと、親父に勝負を挑んだら、全然勝てなかった」

 とケロリと答えるディートヘルム。

「え! 勝てないんすか!?」

「全然勝てねえ。化け物だぞあの親父」

「ひええええ!」


 親子で殴り合ったのね、とレオナはなんだか心がポカポカした。内容は物騒であるが。

 ――おそらく、ジャムファーガスが全部抜けたんだな、と分かって、安心する。


 するとディートヘルムはテーブルに静かについて、レオナの背後に立つマクシムを見つめた。背筋を伸ばすと、さすが風格が漂う。

「マクシムには、謝っても許されないと思う。これから、きちんと償い方を考えて行きたい」

「ディートヘルム様。はい。許しません」

「……っ」

「ずっと、覚えていてください」

「……分かった」


 マクシムにもきっと、分かっているのだろう。

 傷ついて、誘惑に負けて、チャームポピーに手を出して……ジャムファーガスのせいで、正常ではなかったとはいえ、行ったことは全て事実。

 マクシムなりに時間をかけて消化していこう、という一歩なのでは、とレオナは見てとった。

 ディートヘルムもまた、根本の性格は変わらないようだが、過去の自分と向き合っていく、という気持ちは感じることができて……嬉しくなる。


「ジンライに引き分けてるようじゃ、話にならんな」

 綺麗な所作で紅茶を飲みながら、ディートヘルムが溜息をつく。

「デカい口叩いといて、からっきしの初心者じゃねえか、くそ」

 だがとんでもなく口が悪い。

「うわあ、ガラわるっ。ほんとに陸軍大将閣下の息子なんすか?」

 ジンライも、負けじと言い返す。

「うるせえ」

「すぐうるせえって言うし」

「あんだと」

「あ、分かったわ! 図星つかれた時の癖でしょう?」

 レオナの指摘に

「……!」

 途端にディートヘルムは真っ赤になり、

「「「「「「なるほど」」」」」」

 とこの場にいる全員の同意を得てしまった。

「てめえ……」

「もう。口が悪すぎますわ!」

 と、レオナはぷいっ、としてみる。

「仕方ねえだろ、ずっとこんなんだ」

「あら、でも倒れてホンザ先生とお話した時は」

「……あれは忘れろ」

「ちゃんと敬語でしたわよ?」

「忘れろって!」

「なぜ?」

「女と握手して、ぶっ倒れて運ばれるとか、恥でしかねえ!」

「「確かに」」

「くそ!」


 ようやく、同い年のディートヘルムになった気がする。


「ふふ。学校へは、いつから?」

 レオナが聞くと

「……軍の聴取を受けて、戻れそうなら戻るが。最悪は収監される」

 なんでもないかのようにディートヘルムは答えるが、その内容は重い。

「え……」

「自分のやったことに、向き合う」

「そう……」

 軍に動きを掌握されているほどのことを、犯してきたのだ。すぐさま無罪放免というわけには、いかないのだろう。

「一緒に勉強できる日を、待っていますわ」

「待ってます!」

「……」


 ディートヘルムが、目を見開いたまま、固まった。


「お前ら、馬鹿か?」

「む!」

 と頬を膨らますレオナ。

「えぇ……」

 とドン引くジンライ。

 

「あんだけ嫌なことされた相手に言うセリフじゃねえ」

「あら、自覚ありましたのね」

「めちゃくちゃ嫌なやつでしたよねー」

「ぐ……」

「気が向いたら、お相手してくださるんでしたわね?」

「……ちっ」

「なんのお相手なのかしら」

「は?」

「お茶?」


 こいつまじか、の顔をジンライに向けるディートヘルム。

 無情にも、頷かれて、絶句。


「あーとな……」

「違うのかしら?」

「忘れろ!」

「?」

「やめろ! 俺を、そんなっ。純粋な目で見るな!」



 ――笑い声が、ガゼボに響き渡った……




 ※ ※ ※




「なんだ……これ」

 数日後、学校休みの日のタウンハウスに、ディートヘルムがやって来た。

 軍の聴取が終わり、特務機関の監視が常時つくことで、学校に戻れることになったそうだ。


 結局、ジャムファーガスと、サロンで流行していたチャームポピーの存在が、ディートヘルムの罪を軽くした。初犯で学生、ということも考慮されたし、何より軍は女教師でオリヴェルの幼なじみであるエリーゼと、元司祭の娘オルガが薬物汚染を行ったと、既に発表していたからだ。


 特務機関の調べということで、元婚約者の件も冤罪となった。

 暴力的な行為と言動はあれど、犯罪行為とまではみなされず。

 サロンを通じた娼館通いも、違法ではない。

 マクシムを貶めたことは、本人直筆で、サロン会員全員に否定の文書を送ったそうだ。

 

 ディートヘルムは、アレクセイとマクシムの目の前で『何もかも、弱い自分が悪かった』と猛省していくことを誓ったそうだ。マクシムは、元より自身の母親の素行の悪さは事実ですから、とそれを受けて眉を下げ、陸軍大将閣下の部下として、今後もディートヘルムを見守っていきたい、と語った。――なんと、次の査定の時期に中佐になるらしい。アレクセイが強引に押し切ったのだとか。

 

「お口に合いまして?」

「……悪くない」

「美味しいなら、美味しいって言えば。感じ悪」

「なんでカラス女が居る」

「はあ!?」

「まあまあ。みんな居た方が楽しいじゃないすか!」

「「どこが」」


 ペトラとディートヘルムの間にはさまれたジンライが、びっくりするほど冷や汗をかいているのがおかしく、笑いっぱなしのレオナである。


「明日から学校来るとか。来なくていいのに」

 ペトラが、試食用のカツレツを上品に切りながら言うと

「てめえこそ来る必要ねえだろ。単位取り終わってんだろ」

 とディートヘルムが言い返す。

「「単位取り終わってる!?」」

 レオナとジンライが驚くと、ペトラはなんでもないかのように

「簡単だもん。でも女だから飛び級駄目っていうから、暇つぶしに研究所に行ってた」



 ――賢いの次元が違う!



「ねえこれ、カツ? すごい美味しい」

 ペトラが、さくっと話題を変える。

「ほんと?」

「うん。この周り。パンと卵と、油と……」

「小麦粉とチーズ」

「小麦粉って、マーカムの?」

「そうよ! 送ってもらったの」

「だからかー。ブルザークのより風味が良くて美味しい」

「嬉しいわ! 揚げ鶏にも使っているのよ」

「揚げ鶏ってなんだ」

 ディートヘルムが食いつくので

「鶏、好きなんですの?」

 とレオナが聞き返すと

「鶏は、筋肉になるだろ」

 と返ってきた。



 ――の、脳筋!!



「な、るほど」

「食堂に鶏のメニューが増えたら、全員喜ぶぞ」



 ――脳筋学校!!



「へえー、鶏って筋肉になるんすかー」

「特に胸だ。胸を食え」

「えぇ……」

 ジンライに迫るディートヘルムに

「鬱陶しい!」

 とペトラがキレる。

「胸肉かあ……やっぱり鶏ハムかなぁ。お塩豊富だし……」

 レオナが独り言をいうと、

「鶏ハムとはなんだ」

 ディートヘルムがまた食いついた。

「えーと、胸肉の塩漬け?」

「……今すぐそれを食わせろ!」



 ――なんだろ、デジャブだなと思ったら。



「なんか、ゼルさんみたい」

 ジンライが、笑った。

「「ああー……」」

 レオナとマリーの声が揃ってしまった。

 

 

 あっちが獅子なら、こっちは虎かな、とレオナは思わず妄想してしまった。

 


お読み頂き、ありがとうございました!

ボス猿も、過去に向き直って歩き始めました。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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