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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第三章 帝国留学と闇の里

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〈143〉真実は、人の数だけあるのです


残酷なお話です。






「ディート!」

 アレクセイが、目覚めたディートヘルムを見て、下唇を噛む。

「おまえという奴は、どこまで……!」

 握りしめた拳を振り上げ、殴る勢いだったが

「いや、……(わし)が悪かった」

 と項垂(うなだ)れた。

「まーまー。ちょいと復帰まで時間かかるし、それからゆっくり話しーやー」

 ソファにだらりと腰掛けるナジャが言うには。

 

「ふう……そいつな、身体中の水分持ってかれててんけど、わいの術で無理矢理補給した状態や。油断は禁物。軍医がおるんやったら、定期的に見てもらってや。大丈夫とは思うけども、歩けるまで三日はかかるよって」

「分かった。助かったぞ……礼を言う」

 アレクセイが、ナジャに向き直って礼を言う。

「いやいや、わいやなくて。ご主人様がのー」

 ナジャは、手を力なく振ってそう返事をしたが、レオナはキッパリと

「いいえ。ナジャが頑張ってくれました。本当にありがとう、ナジャ君!」

 と彼を(ねぎら)う。

「レオナ様……一体儂は、どのようにお礼をすればよろしいか……」

「お礼だなんて。ただ、私はこの留学で様々なことを学びたいんですの。できれば同じ学ぶ環境にいる方達とも、できるだけ仲良くしたい。それだけですわ」


 またお見舞いに来ます、とアレクセイと握手をして、ツルハ邸を辞した。

 


 ――その帰りの馬車にて。

 

 居残って、軍医の手配や大将業務の振り分けなどの、補佐を申し出たマクシムを置いて、レオナ、マリー、ジンライと共にナジャが珍しく乗っている(シモンは、馭者(ぎょしゃ)台)。

 それほど疲れたのか、とレオナが気遣うと

 

「ちょーっとな……嫌なもん見てもーてん」


 珍しく、迷っている。


「ナジャ、まず私が聞きましょうか」

 マリーが提案するが

「それも考えてんけどな……レーちゃんがあのボス猿を救いたいて、ほんまに思ってるんやったら……」

 とナジャはまた悩んだ。

「思っているわ」

「あんなあ、無視しとってもバチは当たらんし、言うとくけど、かーなり胸糞悪いで」

「でも……」


 

 ――正義感? お節介? 出しゃばらない方が良い?


 

「俺も聞きたいです。……前に悪い人じゃないと思うって、言ったじゃないすか? 気になるんすよ」


 ジンライが、背中を押してくれた。

 

「……はー。分かった。まずちゃんと調べてからや」

「うん……ナジャ君、ごめんね」

「んー?」

「無理、させて……」

「せやな」

 レオナの向かいに座ったナジャは、おもむろに覆面を取った。


「!」

「な!」

「え? ナジャさん、それはっ」

 

 その右眼が、真っ黒に染まっている。


「ちーと闇に魅入られすぎてな。後で解呪してくれるかいな」

「……」

「責めとるんやないで。レーちゃん。何かを叶えたい時には、何か差し出さにゃーならん。それを知って欲しいだけやで」


 いつも飄々(ひょうひょう)としているナジャが、こんなに辛そうなのだ。


「ナジャ君……私は、何を差し出したらいい?」

 レオナの真剣な瞳にナジャは微笑む。

「せやなあ。美味しい食事と、膝枕でなでなで……」

「調子に乗るな」

 マリーが視線でナジャを刺す。

 

「ふふ、いくらでも、なんでもするわ!」

「あかんでレーちゃん、そんなん簡単に言うたら。わるーい男はな、がーっと食べちゃうねんでー」

 両手で襲うフリをするナジャの隣で、ジンライがぽつんと

「そっか……」

 と独り言を呟いた。

 そしてやがて目に力を入れて顔を上げ、正面を見据える。

 

「叶えたいなら、何かを差し出せ、って俺も思います。なんかずっと、すげーモヤモヤしてたんすけど、そういうことだ! ナジャさん、ディートさんのこと、俺も……見えたんで、俺なりに何ができるか、考えます。そんで、ディートさんにもちゃんと差し出させたいって、思いました」

「見え……たんか?」

「はい。結界から闇? が出そうで。触っちゃったんすよ」

「おま、あほう! 見してみい! あだっ」


 ナジャが隣のジンライの様子を見ようとして身体をひねり……肘をどこかにぶつけた。


「あー、大丈夫すか?」

「いだー! ええから手ぇ見せぇ!」

「はい! こっちっす!」

「んんんん」

「大丈夫すよ」

「見た目はなんともないが……少しでもおかしいことがあったらすぐに言いや。雷神の加護がある言うても、闇の力は恐ろしいんやで」

「わかりました!」


 タウンハウスに馬車が着き、シモンがその扉を開けると――


「はう! ナジャ様のご尊顔んんんん!」

「……あー、しもた」

「ああああ! かあっこいーーーー」

「あかん、蹴る気力ないわ」

「……では、失礼して」


 げしぃ!


「はあう! なんでえ!」


 マリーの遠慮のない蹴りで、シモンの悲鳴がタウンハウスの馬車止めに響き渡り、バサバサと鳥が数羽飛んでいった。


 レオナとジンライは

「「飛び蹴りだ……」」

 と馬車の中で戦慄していた。


 


 ※ ※ ※



 

「体調はいかがでしょうか。軍医を呼びましょうか」

「いや、寝ていれば治る」

「はい……」


 ミハルはベッドの上で、本を読んでいた。

 度々様子を見に来る執事には、同じ返事を繰り返す。


「全てを愛する、ね……」


 自身の父親は、オクタ・セナタスと呼ばれる元老院の終身議員であり、イゾラ聖教会の枢機卿、という帝国でもトップレベルの家柄。


 だが、家柄や権力とその人格は必ずしも同期しない、ということをミハルは身をもって学んできている。愛だの慈悲だのには、欲が伴うのだ、と間近の存在が見せつけてくるのだから。


 色素が薄い、とレオナが評した通り、彼は白髪に近い銀髪で肌の色も白い。その瞳はアイスブルーで、まるで宝石のよう、と周りからは言われている。

 浮世離れしたそのルックスは、信者たちや聖職者たちから敬虔(けいけん)を通り越して()()()な信仰を集めるのに役立ち……エリーゼとオルガは勝手に暴走するに至った(とミハルは思っている)。


反吐(へど)が出る」


 思わずそんな独り言が漏れるくらいに、ミハルは消耗していた。

 

 同じクラスの学生たちですら、ミハルの視界に入ろうと必死で、彼が少し祈ったり、触れたりするだけで幸せそうな顔をする。衣服を脱ぎ捨て全てを(さら)したい、と恍惚(こうこつ)とした表情で身を捧げてくる信者たちすらいる。父はそれを全て受け止めるが、ミハルは優しく微笑んで、「よくできたね」と褒める()()だ。


「この手に、言葉に、一体何があるのだか」


 ミハルは、空虚だ。からっぽだ。


 だからあの燃えるような力を(みなぎ)らせるディートヘルムのことは、嫌いではなかった。が。


「薔薇魔女……」

 あの、常に溢れ(あふれ)ている何かが、ミハルは恐ろしい。


「頼むから、いなくなって欲しい」


 自身の欲を決して祈らない彼が、そう祈った――




 ※ ※ ※




「また、隠してしまわれる……」

 

 レオナに解呪してもらったナジャ。

 さすがに消耗してしまった彼女を寝かせ、しばらく様子を見て、寝息を立てたのを確かめてから、キッチンに水を取りに来た。それを執事のシモンに目ざとく見つかったわけだが、再び顔を隠していたので、残念な顔をされたのだ。

 

「なんやシモン」

「まだ信頼されてないのですね。がんばりますよー!」

「……ちゃうで。逆や」

「へ?」

「わいは、生きとったらあかんねん」

「え?」

「生きとるのがバレたら、えらごとやねん。せやから気にせんでええ」

「はう!」

「そんなことより」

「ディートヘルム様ですね」

「知っとるのか?」

「……ええ。『真実』は、陛下にしか伝えておりません」


 ナジャは、あったかいお茶よろしゅう、と言って、キッチンの適当な椅子に腰掛ける。シモンは、嬉々としてお茶の準備を始めた。


「シモンが特務を辞めた理由、か?」

 腕を組んだナジャが、シモンに顔を向ける。

「おや、もう見抜かれましたかー。私もまだまだ」

 ニコニコしながら、湯を沸かすシモンは、穏やかだ。

「……いいのですよ、辞め時を探してましたからねえ」

「ボス猿と、なんの関係がある?」

「ディートヘルム様にはかつて、想い人がいらっしゃいました」



 とある伯爵令嬢。小さい頃からディートヘルムとは何度も会っていて、可憐な見た目に大人しい性格。常にディートヘルムの二歩後ろをついて歩くようなしとやかさ。ディートヘルムは、その彼女を大切に思い、将来は、と考えていたことは、周囲の目にも明らかだった。


 だが――


「中身は、魔性の女、でしたねえ」

「なっ」

「どうやらお家が傾いた時に、ね……胸糞悪いですが、サロンにはそういう『闇取引』もございましてね。ご令嬢に食指(しょくし)が動く(やから)もおるのです」

「そんなん、普通はイヤイヤやろう」

「ところがそうでもなかった。サロンでの客は、上客です。身分も高い。自分に女としての価値があり、大金が入る。快楽も得られる。悲しいことに、そうなってしまわれた。だがその家は、ディートヘルム様にも嫁がせたい。そのためには清廉でなくてはならない、が」

「アレクセイが、気づいたんやな」

「さすがですね。それとなく、ご縁談を潰すよう働きかけ、ディートヘルム様は激高されました。ご令嬢は、アレクセイ様がご存知ならば、と()()()()()()のです」

「それが、あれか」

「ええ。結ばれないならばせめて、とその令嬢はディートヘルム様をお誘いし、抗えずに応えてしまわれた。……やがて、ディートヘルム様に襲われた、純潔を奪われた、と金品を要求し始めました」

「はー」

「アレクセイ様は、支払って縁を切ることを選ばれた」

「ま、そうなるわな」

「それで終わりなら良かったのですが……」


 欲深いその一家は、執拗に金品を要求し続け、支払いを渋ると、挙句の果てにはディートヘルムの悪評を流し始めた。


「ディートヘルム様の耳にも、入りました」

「それはまた、きっついのう……」

「アレクセイ様は、誠心誠意対応しようとされたのです」


 悲劇は、そんな時にこそ起こる。


「その一家は、別の家も脅迫していました。サロンで得た情報を元に」

「寝所で口が軽くなる奴もおるからのー」

「ええ。そしてご令嬢以外、暗殺されました」

「へえ! 思い切ったもんやな」

「ディートヘルム様は、それをアレクセイ様のご指示と思っていらっしゃいます」


 なるほどな、とナジャは器用に覆面の隙間からお茶を飲む。


「それでなんでシモンが辞めるんや?」

「そのご令嬢、自暴自棄で皇帝陛下を狙いましてねえ」

「うわ」

「普通ならたどり着きすらしないんですが、よりにもよって、アレクセイ様の書類を捏造して、入り込んだんですよ。メイドとして」

「……誰か手引きしたな」

「はい。すぐに捕まったんですが、身ごもっていらっしゃった」

「!!」

「陛下がすぐに気づき、皇城の医者にみせたんですがね」

 シモンの眉が、動いた。

「……月の数からいって、ディートヘルム様のお子の可能性が高いと」

「な……んなもん、他にも」

「いいえ。彼女もまた、ディートヘルム様を愛してらしたのかもしれませんね。かのこと以降は、一切そういったことはなかったと」


 シモンが、ようやく背中の荷物を下ろした、というような顔をする。


「で、私が()()()()()()()()()()()()

「おま!」


 ナジャにも、それが言葉通りの意味ではないことは、分かった。

 恐らくシモンは、()()()()()()()()。そしてそれを最後に引退するぐらいに、心の傷を負った。



「いやー、もう女性はこりごりですよ!」

「シモン……」

「ふふ。陛下には感謝しております。アレクセイ様への忠誠心を果たし、灰になっていた私を拾って下さった。そして、レオナ様たちの純粋さや明るさに、毎日救われております」

「残酷やなぁ」

「ええ、欲というものは、様々な(ひず)みをもたらします。それをレオナ様たちにどうお伝えすべきか、私には答えがありません」


 ふー、とナジャは大きく息を吐いた。


「今さらやけど、それ言うて良かったんか?」

 ぐ、とその拳を握る。

「そう警戒しないでくださいませ。隠密なら、口は堅いでしょう? ……私も、苦しかったのですよ。お許しください」

「そ、か。忘れさせよか?」

「くふふふ! お優しい! でも、抱えてゆきたいのです」

「分かった」



 ディートヘルムは、アレクセイを憎んでいるのだろう。愛する人と、金で別れさせたと。

 それを恨みにしたかつての愛する人に、悪評を流されたが、それを享受して、その通りに振舞っている。それが償いかのように。


 アレクセイは、彼なりに息子を愛している。守り続け、どんなに素行が悪くなろうと、見捨てていない。が、言葉が圧倒的に足りていない。


 その令嬢は、家に翻弄されて、金と欲に翻弄されて――正常な価値観はとうに失われていた。



「生きてるからには、生きにゃあかんからな」

 ごちそうさん、とナジャはカップを置いて――黒霧とともに、消えた。

 


「優しい隠密など、聞いたことがないですねえ」

 シモンは、それからしばらく、涙を止めることができなかった。



お読み頂き、ありがとうございました!

久しぶりに、重いお話になってしまいました。


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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