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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第三章 帝国留学と闇の里

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〈134〉急展開、なのです



「あ、あ、あ、貴方様はっ!」

「シモン、私の護衛の、ナジャ君よ。よろしくね」

「ども、よろしゅう。勝手に入らしてもろて」


 フィリベルトとの通信後、レオナの私室までお茶を持ってきたシモンに、ちょうど良いわね、とレオナはナジャことリンジーを紹介した(ナジャは任務名で、レオナもリンジーという名前は知らない)。

 黒装束で顔を隠したままのナジャを見るや否や、シモンは急に両手で顔を覆って、悶えはじめた。

 

「……しばらく世話になるで、執事はん。て、その様子じゃわいのこと知っとるようやな」

「! やはりその話し方は! し、知ってるも何も……まさか、ご本人様にお会いできるなんて……」

 今度は見上げて祈りの姿勢。

 ナジャはそれを悠然と見下ろし

「ふられシモンにまで知られとるとはなぁ。てか西のあそこは、わざとザルやからええけど、北のあそこ、わざとちゃうやろ? 結界はり直しといたで」

 と告げた。

 すると途端に弾けた笑顔のシモンが、ナジャの両手を掴もうとして――さ、と避けられた。

 

「伝説の隠密、黒霧(くろぎり)紫蛇(ナジャ)様! わたくし、貴方様のことを大変溺愛、じゃなかった尊敬しておりまして! ありがとうございます!」

「なんや? けったいなあだ名付けよってからに」

「はあ! 冷たい! かあっこいい!」

「なんなん自分、きっしょいわ。レーちゃん、こいつ大丈夫なん?」

「えっと、わかんないけど、とにかく来てくれてありがとう?」

「はあ、せやな……来て良かったわ」

「ナジャさん、かっこいいすもんねえ」

「くっ、ジンライ様! 貴方様もでしたか! 友よ!」

「……これ、蹴ってもいいんでしょうか」



 ――マリーったら。



「ええんちゃう?」

「はあうっ!」

「いいからさっさとお茶淹れなさい(げしっ)」

「いったああああい! でも、しあわせええええ!」


「ねえジンライ、これって何なのかしら?」

「えーと、あー……わかんねっす」



 なんでこう、私の周りって、濃いキャラしかいないのかしら……

 


「はー、アホはほっといてやな。ジャムファーガスは、環境さえあれば育てられる。けど、相当キツいはずや」

「キツいって?」

「まず匂いやな。育ててると仮定して、暗くてジメジメした、匂いが漏れない場所にあるはずや。あと、粉にすんのが手間くうねん。採取して丸三日乾燥させて、ごりごり石臼(いしうす)か、魔道具で、てな。んで()いた粉も一日持たん。話聞いた感じやとそこまで強く作用してないようやから、学校に出入りしてもおかしない人間が、学生達が頻繁に口にする何かに、少し入れるとか、ちゃうかな」

「そう。ホンザ先生にも色々聞いたのだけど、先生方は、割と普通なのよ。主に学生達が、よく口にするもの……なんだろう?」

「わいも探ってみるわ」

「ありがとう、ナジャ君」

「礼はいらんで。レーちゃんが今のわいのご主人様やし。なんでも言うて」

 


 ひいー! 最強の隠密を従えちゃう、この気分!

 形容しがたいわ……すごく不謹慎だけど、怖いけど楽しい、みたいな?

 


「あとあの猿軍団は、殺したらあかんのやんな?」

「あかーん!」

「やっぱあかんかー。……我慢するわ」

 


 思わず言ってもうたがな!

 ていうか、いつ見てたんや!



「猿軍団……ぶふふ」



 あ、マリーのツボ入っちゃった。



「だいーぶイキっとったし、おしおきぐらいは」

「ナージャーくーんー?」

「っ、ほな!」

 まさしくドロン、と黒煙で消えた。


「すっ、すっげえ!」

 ジンライがますます彼のファンになったのは、言うまでもないし、シモンに至っては

「黒霧見ちゃった……おしおきされたい……」

 である。


 

 ――ま、扱いやすくなって良かった、かな?

 


 なんだか前以上に頭が痛くなったのは、気のせいだと思いたい、レオナであった。

 


 

 ※ ※ ※



 

 翌朝、私服で玄関ホールに立つのは、若干緊張した表情のヤン。

「ヤン様、おはようございます」

 迎えるは、笑顔の執事、シモン。

「おはようございます」

「朝食を御一緒に、とのことで、皆様ダイニングでお待ちです。どうぞこちらへ」

「あえっ!?」

 突然の招待に、ヤンの手足は、ギクシャクと同じ側が前に出るはめになった。


「ヤン、おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます!」

「っはようございますっ」

「どうぞ、おかけになって」

 レオナが促すと、ガタピシと示された椅子に座るヤン。

「あの、自分は!」

「ふふ。作法とか気にしないで。そのパンは、私が焼いたのよ? 食べてくれたら嬉しいわ」

「え! レオナ様が!」

「ええ!」

「感動であります! 頂きます! ……うまいっ!」

「まあ、お口に合ったかしら?」

「えっ、う、うまい! すごい! やわらかっ」

「おかわりも、あるの」

「んふぁわり、んぐ、ください!」

「まあ! うふふ、嬉しいわ」

「っはー、うまい……ふわふわ……あまい……」


 元気に食べる人を見るだけで、元気がもらえる気がする。


「ヤン軍曹、昨日は大丈夫でしたか?」

 マリーが()()でお茶を淹れながら話しかけると、ぼん! と赤くなってから

「は! ディートヘルム様の具合が悪くなり、バタバタと付き添いをした、そのために休講になった、と報告済です」

 シャキンと答える。

「そのため、本日軍医と衛生兵が、ディートヘルム様を訪問します」

「! 分かりました」

「ありがとう、ヤン。良かったわ……」

「いえ!」


 レオナの狙いは、そこにあった。

 学校で薬物汚染の疑いとなると、いきなり問題が大きすぎる。だが陸軍大将の息子になんらかの症状があったとしたら、秘密裏に軍が介入するだろう。多少強引な手段だったが、ディートヘルムには、()()()()()()()


 そんなわけで、今日はジャムファーガスをデトックスする材料を買い出ししたい、とレオナは思っていた。

 (一刻も早く猿軍団を大人しくさせないと、命の危険がある。)


「ヤン」

「はい」

「薬草はどこで買えるかしら」

「え? えーっとそうですね……」

「あと、大きなお鍋」

「はあ」

「瓶をいくつかと……」

「へ? あ、あの、多分揃えられますけど、何をされるので?」

「ふふ! マーカム料理を作るのよ!」

「へえ。薬草で?」

「薬草で」

「料理?」

「料理」

 

 首をひねるヤンが、とりあえず案内してくれることに、なった。


 


 ※ ※ ※




「大変申し上げにくいのですが」

 診察を終えた軍医が、アレクセイに向き直る。

 ベッドに大人しく寝ているのは、その息子ディートヘルム。早朝から暴れたので、沈静作用のある薬草で作られた、魔弾を撃ち込まれていた。魔獣用なので二日は目覚めないが、致し方なかった。

「なんらかの薬物を摂取されている可能性がございます。これは、その、禁断症状かと」

「……まことか」

「は」


 レオナが昨日わずかに治癒魔法を施したものの、根治したわけではなかった。むしろ常用している量に満たなくなったことで禁断症状が出て、暴力衝動が抑えられず、家の中で暴れ回った。アレクセイが力ずくで押さえ、やって来た軍医に、緊急措置で沈静魔弾を打つよう指示した。


「この……馬鹿息子が……!」


 アレクセイは、ベッドサイドの椅子に座ったまま、膝の上でギリギリと拳を握りしめる。


「……ご報告の義務がございますが、いかがされますか」

 陸軍書記官が、言いづらそうにアレクセイへ(うかが)う。

「隠す必要はない。が、学校内が気になる。ローゼン公爵令嬢を受け入れる前に、内部調査は行ったはずだ」

「その通りでございます」

 陸軍書記官が肯定すると、アレクセイはますます眉間の皺を深めた。

「報告の前に、校内を秘密裏に調べろ。あと、当時の記録を洗え。いいな、マクシム」

「御意」


 アレクセイの脳裏には『引退』の二文字が浮かぶ。

 が、皇帝には後継が育っていない、と断られている。

 

 実際、アレクセイの後に据えられるような人材が、いないのだ。

 准将は空位、少将は戦争好きの暴れん坊で、人望もない。ならばと大佐、中佐、少佐の中から将来有望な者をすくい上げて、という矢先にこれである。

 マクシム少佐もその一人だが、ディートヘルムが『マクシムを養子にする』と勘違いをして、こじれてしまった。マクシムはイエメルカ伯爵家の一人息子。少し考えれば養子は有り得ないと分かるはずだが……慣例的に、海軍や州軍から人を呼ぶわけにも行かず、頭を抱えている。

 州軍総大将ヨナターンの元には州軍五将がおり、そのうちアーモスとボジェクは大変優秀で、叶うならどちらかを貰い受けたい。だが海軍大将ボレスラフとは犬猿の仲で、そんなことをした暁には、不公平だなんだとまた内戦が起こるだろう。


「マクシムには、苦労ばかりかける」

「もったいなきお言葉」

「とにかく、今すぐ動いてくれ。できれば薬物の出どころを特定して、他にも対象が……」

「大将閣下」

 マクシムが、躊躇いつつもキッパリと言う。

「……なんだ」

「お任せください。閣下は、どうかご子息様を」

「分かった」


 びしり、と最敬礼をして退出する、その若き少佐の背中を、目で追うしかできない自分が情けなく……アレクセイは再び拳を握りしめる。


 全員が退室した後、

「どうすれば良かったんだ」

 ――嗚咽(おえつ)した。


 


 ※ ※ ※




 帝国学校の礼拝所地下室で、ある女性教師が亡くなっているのが発見された、という一報が入ったのは、レオナ達が買い物を済ませて帰宅し、ヤンを帰した後に薬草のチキンスープを試作している夕刻だった。


「亡くなった!?」

 レオナのその声で、作業をしていたジンライ、マリーが驚き、お互いに顔を見合わせる。

「はい。残念ながら大量のジャムファーガス、粉砕の魔道具とともに、遺体が見つかりました」

 シモンが、静かに報告する。

「告白文が置いてあったようです。その内容は、軍が徴収してしまいましたので……」

「途中までやけど」

 ふわりと現れたのは

「ナジャ君!」

「さっと読んだで。なんやイゾラ聖教会の枢機卿の息子がおるやろ? ミハルとかいう」

「ええ」

「その女教師な、ずうっとそいつに惚れとってんて。で、ローゼン公爵家から令嬢が来るのは、婚約のためやと思い込んで、とにかく(おとしい)れたかったんやと。ついでにディートヘルム達や他の学生達にもだいぶ酷い扱いされとったらしくて? まあ、恨みつらみがてんこ盛りやったで」


 ブルザークは、男尊女卑が根強い。

 教師であっても、女というだけで……


「私の……せい?」

 自分が来なければ、その教師は思い込みで暴走して、こんなこともしなかった? などと思ってしまう。


「ちゃうで」

 ナジャがあっさり否定する。

「会ったこともない人間やろ。レーちゃんが気にするこたぁない。まー、軍がちゃんと調べるんかもしらんけどな、なーんか臭うねんなー」

「臭う……て、まさか!」

 マリーが、驚愕の表情。

「さーすがマリーちゃん」

「暗……示」

 レオナも気づく。

「そー。どんな誤魔化しても、やり口ってやつは、似るもんなんよね」

 ハーリドやザウバアと直接対峙したナジャなら、その痕跡に覚えがあっても不思議ではない。

「わいの予想でしかないけどな。同郷の腐った残りカスやから、その臭いは、よお覚えとんねんなー」


 ごわ!


「許せない……だとしたら、人の命をなんだと!」

 ここが、キッチンで良かった。

 耐火設備だ。レオナから漏れ出た炎での被害は出なかった。――シモンが、無言で恐れおののいているが。

 

「まあ、ざっと調べただけやけど、今回は()()()だけぽいわ。レーちゃん達来る前に、さっと逃げたんとちゃうかな。時期もおうとる」

「そんな、ことって……酷いっす……」

 ジンライが、肩を落とす。


 レオナは、今日買ってきた薬草を見やる。

 体の水分を外に出しやすくなる作用と、気持ちを落ち着かせる効果を持つもので、在庫が足りない分は、冒険者ギルドに募集をかけてもらった。事件となり軍が介入したなら、軍がまとめて買い上げるかもしれない。


「ナジャ君」

「ん?」

「軍が介入したなら、私達が出来ることはそんなにないわ」

「せやな」

「どんな結論が出るかは分からないけれど、私達は、身近な人達を、できるだけ助けましょう」

 皆が黙って頷く中、ナジャが

「あの猿軍団も?」

 おどけて言う。

「誰でも」

「お礼も謝罪も、なんなら心を入れ替えたりも、ないと思うで?」

 きっとナジャは、調べるうちに、何かを見ているのだろう。

「いいの。自分がやりたいように、やるだけ」

「……まー、ご主人様やし、従うけどな」

「ありがとう、ナジャ君」

「ん。ただ、わいのご主人様に手ぇ出したら、容赦はせんで、ことで。ほな、また調べときますわ」


 黒霧とともに、消えた。


「レオナ様……」

「レオナさん……」

「うん、大丈夫。さあ、せめて皆のために、美味しいスープ、作りましょうね」

 無理矢理心を整えるしか、今はできない。

 会ったことはないが、その亡くなった、という教師の、冥福を祈りながら。



 ――それからしばらくして。

 


「た、たいへんです!」

 ヤンが、薬物とともに教師の遺体が発見された、と伝えに来てくれた時には、既にスープができあがっていた。

「これからの対応を、お聞かせくださる? 良かったら、味見していって」

 

 ヤンは、その情報の正確さと対応の速さに驚愕し

「本当に、ただの公爵令嬢なのですか?」

 と聞いてしまうのだった。



お読み頂き、ありがとうございました!

まさに急展開、いかがだったでしょうか。

そしてなんで変なキャラしか出てこないのか……


少しでも面白いと思って頂けましたら、

是非ブクマ・評価★★★★★・いいね

お願い致しますm(_ _)m

いつもありがとうございます!励みになります♡

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