〈134〉急展開、なのです
「あ、あ、あ、貴方様はっ!」
「シモン、私の護衛の、ナジャ君よ。よろしくね」
「ども、よろしゅう。勝手に入らしてもろて」
フィリベルトとの通信後、レオナの私室までお茶を持ってきたシモンに、ちょうど良いわね、とレオナはナジャことリンジーを紹介した(ナジャは任務名で、レオナもリンジーという名前は知らない)。
黒装束で顔を隠したままのナジャを見るや否や、シモンは急に両手で顔を覆って、悶えはじめた。
「……しばらく世話になるで、執事はん。て、その様子じゃわいのこと知っとるようやな」
「! やはりその話し方は! し、知ってるも何も……まさか、ご本人様にお会いできるなんて……」
今度は見上げて祈りの姿勢。
ナジャはそれを悠然と見下ろし
「ふられシモンにまで知られとるとはなぁ。てか西のあそこは、わざとザルやからええけど、北のあそこ、わざとちゃうやろ? 結界はり直しといたで」
と告げた。
すると途端に弾けた笑顔のシモンが、ナジャの両手を掴もうとして――さ、と避けられた。
「伝説の隠密、黒霧の紫蛇様! わたくし、貴方様のことを大変溺愛、じゃなかった尊敬しておりまして! ありがとうございます!」
「なんや? けったいなあだ名付けよってからに」
「はあ! 冷たい! かあっこいい!」
「なんなん自分、きっしょいわ。レーちゃん、こいつ大丈夫なん?」
「えっと、わかんないけど、とにかく来てくれてありがとう?」
「はあ、せやな……来て良かったわ」
「ナジャさん、かっこいいすもんねえ」
「くっ、ジンライ様! 貴方様もでしたか! 友よ!」
「……これ、蹴ってもいいんでしょうか」
――マリーったら。
「ええんちゃう?」
「はあうっ!」
「いいからさっさとお茶淹れなさい(げしっ)」
「いったああああい! でも、しあわせええええ!」
「ねえジンライ、これって何なのかしら?」
「えーと、あー……わかんねっす」
なんでこう、私の周りって、濃いキャラしかいないのかしら……
「はー、アホはほっといてやな。ジャムファーガスは、環境さえあれば育てられる。けど、相当キツいはずや」
「キツいって?」
「まず匂いやな。育ててると仮定して、暗くてジメジメした、匂いが漏れない場所にあるはずや。あと、粉にすんのが手間くうねん。採取して丸三日乾燥させて、ごりごり石臼か、魔道具で、てな。んで挽いた粉も一日持たん。話聞いた感じやとそこまで強く作用してないようやから、学校に出入りしてもおかしない人間が、学生達が頻繁に口にする何かに、少し入れるとか、ちゃうかな」
「そう。ホンザ先生にも色々聞いたのだけど、先生方は、割と普通なのよ。主に学生達が、よく口にするもの……なんだろう?」
「わいも探ってみるわ」
「ありがとう、ナジャ君」
「礼はいらんで。レーちゃんが今のわいのご主人様やし。なんでも言うて」
ひいー! 最強の隠密を従えちゃう、この気分!
形容しがたいわ……すごく不謹慎だけど、怖いけど楽しい、みたいな?
「あとあの猿軍団は、殺したらあかんのやんな?」
「あかーん!」
「やっぱあかんかー。……我慢するわ」
思わず言ってもうたがな!
ていうか、いつ見てたんや!
「猿軍団……ぶふふ」
あ、マリーのツボ入っちゃった。
「だいーぶイキっとったし、おしおきぐらいは」
「ナージャーくーんー?」
「っ、ほな!」
まさしくドロン、と黒煙で消えた。
「すっ、すっげえ!」
ジンライがますます彼のファンになったのは、言うまでもないし、シモンに至っては
「黒霧見ちゃった……おしおきされたい……」
である。
――ま、扱いやすくなって良かった、かな?
なんだか前以上に頭が痛くなったのは、気のせいだと思いたい、レオナであった。
※ ※ ※
翌朝、私服で玄関ホールに立つのは、若干緊張した表情のヤン。
「ヤン様、おはようございます」
迎えるは、笑顔の執事、シモン。
「おはようございます」
「朝食を御一緒に、とのことで、皆様ダイニングでお待ちです。どうぞこちらへ」
「あえっ!?」
突然の招待に、ヤンの手足は、ギクシャクと同じ側が前に出るはめになった。
「ヤン、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます!」
「っはようございますっ」
「どうぞ、おかけになって」
レオナが促すと、ガタピシと示された椅子に座るヤン。
「あの、自分は!」
「ふふ。作法とか気にしないで。そのパンは、私が焼いたのよ? 食べてくれたら嬉しいわ」
「え! レオナ様が!」
「ええ!」
「感動であります! 頂きます! ……うまいっ!」
「まあ、お口に合ったかしら?」
「えっ、う、うまい! すごい! やわらかっ」
「おかわりも、あるの」
「んふぁわり、んぐ、ください!」
「まあ! うふふ、嬉しいわ」
「っはー、うまい……ふわふわ……あまい……」
元気に食べる人を見るだけで、元気がもらえる気がする。
「ヤン軍曹、昨日は大丈夫でしたか?」
マリーが私服でお茶を淹れながら話しかけると、ぼん! と赤くなってから
「は! ディートヘルム様の具合が悪くなり、バタバタと付き添いをした、そのために休講になった、と報告済です」
シャキンと答える。
「そのため、本日軍医と衛生兵が、ディートヘルム様を訪問します」
「! 分かりました」
「ありがとう、ヤン。良かったわ……」
「いえ!」
レオナの狙いは、そこにあった。
学校で薬物汚染の疑いとなると、いきなり問題が大きすぎる。だが陸軍大将の息子になんらかの症状があったとしたら、秘密裏に軍が介入するだろう。多少強引な手段だったが、ディートヘルムには、倒れてもらった。
そんなわけで、今日はジャムファーガスをデトックスする材料を買い出ししたい、とレオナは思っていた。
(一刻も早く猿軍団を大人しくさせないと、命の危険がある。)
「ヤン」
「はい」
「薬草はどこで買えるかしら」
「え? えーっとそうですね……」
「あと、大きなお鍋」
「はあ」
「瓶をいくつかと……」
「へ? あ、あの、多分揃えられますけど、何をされるので?」
「ふふ! マーカム料理を作るのよ!」
「へえ。薬草で?」
「薬草で」
「料理?」
「料理」
首をひねるヤンが、とりあえず案内してくれることに、なった。
※ ※ ※
「大変申し上げにくいのですが」
診察を終えた軍医が、アレクセイに向き直る。
ベッドに大人しく寝ているのは、その息子ディートヘルム。早朝から暴れたので、沈静作用のある薬草で作られた、魔弾を撃ち込まれていた。魔獣用なので二日は目覚めないが、致し方なかった。
「なんらかの薬物を摂取されている可能性がございます。これは、その、禁断症状かと」
「……まことか」
「は」
レオナが昨日わずかに治癒魔法を施したものの、根治したわけではなかった。むしろ常用している量に満たなくなったことで禁断症状が出て、暴力衝動が抑えられず、家の中で暴れ回った。アレクセイが力ずくで押さえ、やって来た軍医に、緊急措置で沈静魔弾を打つよう指示した。
「この……馬鹿息子が……!」
アレクセイは、ベッドサイドの椅子に座ったまま、膝の上でギリギリと拳を握りしめる。
「……ご報告の義務がございますが、いかがされますか」
陸軍書記官が、言いづらそうにアレクセイへ窺う。
「隠す必要はない。が、学校内が気になる。ローゼン公爵令嬢を受け入れる前に、内部調査は行ったはずだ」
「その通りでございます」
陸軍書記官が肯定すると、アレクセイはますます眉間の皺を深めた。
「報告の前に、校内を秘密裏に調べろ。あと、当時の記録を洗え。いいな、マクシム」
「御意」
アレクセイの脳裏には『引退』の二文字が浮かぶ。
が、皇帝には後継が育っていない、と断られている。
実際、アレクセイの後に据えられるような人材が、いないのだ。
准将は空位、少将は戦争好きの暴れん坊で、人望もない。ならばと大佐、中佐、少佐の中から将来有望な者をすくい上げて、という矢先にこれである。
マクシム少佐もその一人だが、ディートヘルムが『マクシムを養子にする』と勘違いをして、こじれてしまった。マクシムはイエメルカ伯爵家の一人息子。少し考えれば養子は有り得ないと分かるはずだが……慣例的に、海軍や州軍から人を呼ぶわけにも行かず、頭を抱えている。
州軍総大将ヨナターンの元には州軍五将がおり、そのうちアーモスとボジェクは大変優秀で、叶うならどちらかを貰い受けたい。だが海軍大将ボレスラフとは犬猿の仲で、そんなことをした暁には、不公平だなんだとまた内戦が起こるだろう。
「マクシムには、苦労ばかりかける」
「もったいなきお言葉」
「とにかく、今すぐ動いてくれ。できれば薬物の出どころを特定して、他にも対象が……」
「大将閣下」
マクシムが、躊躇いつつもキッパリと言う。
「……なんだ」
「お任せください。閣下は、どうかご子息様を」
「分かった」
びしり、と最敬礼をして退出する、その若き少佐の背中を、目で追うしかできない自分が情けなく……アレクセイは再び拳を握りしめる。
全員が退室した後、
「どうすれば良かったんだ」
――嗚咽した。
※ ※ ※
帝国学校の礼拝所地下室で、ある女性教師が亡くなっているのが発見された、という一報が入ったのは、レオナ達が買い物を済ませて帰宅し、ヤンを帰した後に薬草のチキンスープを試作している夕刻だった。
「亡くなった!?」
レオナのその声で、作業をしていたジンライ、マリーが驚き、お互いに顔を見合わせる。
「はい。残念ながら大量のジャムファーガス、粉砕の魔道具とともに、遺体が見つかりました」
シモンが、静かに報告する。
「告白文が置いてあったようです。その内容は、軍が徴収してしまいましたので……」
「途中までやけど」
ふわりと現れたのは
「ナジャ君!」
「さっと読んだで。なんやイゾラ聖教会の枢機卿の息子がおるやろ? ミハルとかいう」
「ええ」
「その女教師な、ずうっとそいつに惚れとってんて。で、ローゼン公爵家から令嬢が来るのは、婚約のためやと思い込んで、とにかく陥れたかったんやと。ついでにディートヘルム達や他の学生達にもだいぶ酷い扱いされとったらしくて? まあ、恨みつらみがてんこ盛りやったで」
ブルザークは、男尊女卑が根強い。
教師であっても、女というだけで……
「私の……せい?」
自分が来なければ、その教師は思い込みで暴走して、こんなこともしなかった? などと思ってしまう。
「ちゃうで」
ナジャがあっさり否定する。
「会ったこともない人間やろ。レーちゃんが気にするこたぁない。まー、軍がちゃんと調べるんかもしらんけどな、なーんか臭うねんなー」
「臭う……て、まさか!」
マリーが、驚愕の表情。
「さーすがマリーちゃん」
「暗……示」
レオナも気づく。
「そー。どんな誤魔化しても、やり口ってやつは、似るもんなんよね」
ハーリドやザウバアと直接対峙したナジャなら、その痕跡に覚えがあっても不思議ではない。
「わいの予想でしかないけどな。同郷の腐った残りカスやから、その臭いは、よお覚えとんねんなー」
ごわ!
「許せない……だとしたら、人の命をなんだと!」
ここが、キッチンで良かった。
耐火設備だ。レオナから漏れ出た炎での被害は出なかった。――シモンが、無言で恐れおののいているが。
「まあ、ざっと調べただけやけど、今回は仕込みだけぽいわ。レーちゃん達来る前に、さっと逃げたんとちゃうかな。時期もおうとる」
「そんな、ことって……酷いっす……」
ジンライが、肩を落とす。
レオナは、今日買ってきた薬草を見やる。
体の水分を外に出しやすくなる作用と、気持ちを落ち着かせる効果を持つもので、在庫が足りない分は、冒険者ギルドに募集をかけてもらった。事件となり軍が介入したなら、軍がまとめて買い上げるかもしれない。
「ナジャ君」
「ん?」
「軍が介入したなら、私達が出来ることはそんなにないわ」
「せやな」
「どんな結論が出るかは分からないけれど、私達は、身近な人達を、できるだけ助けましょう」
皆が黙って頷く中、ナジャが
「あの猿軍団も?」
おどけて言う。
「誰でも」
「お礼も謝罪も、なんなら心を入れ替えたりも、ないと思うで?」
きっとナジャは、調べるうちに、何かを見ているのだろう。
「いいの。自分がやりたいように、やるだけ」
「……まー、ご主人様やし、従うけどな」
「ありがとう、ナジャ君」
「ん。ただ、わいのご主人様に手ぇ出したら、容赦はせんで、ことで。ほな、また調べときますわ」
黒霧とともに、消えた。
「レオナ様……」
「レオナさん……」
「うん、大丈夫。さあ、せめて皆のために、美味しいスープ、作りましょうね」
無理矢理心を整えるしか、今はできない。
会ったことはないが、その亡くなった、という教師の、冥福を祈りながら。
――それからしばらくして。
「た、たいへんです!」
ヤンが、薬物とともに教師の遺体が発見された、と伝えに来てくれた時には、既にスープができあがっていた。
「これからの対応を、お聞かせくださる? 良かったら、味見していって」
ヤンは、その情報の正確さと対応の速さに驚愕し
「本当に、ただの公爵令嬢なのですか?」
と聞いてしまうのだった。
お読み頂き、ありがとうございました!
まさに急展開、いかがだったでしょうか。
そしてなんで変なキャラしか出てこないのか……
少しでも面白いと思って頂けましたら、
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