〈118〉破天荒王太子は、最強なのです
「今日の茶葉は、南方から取り寄せた、味わい深いものなんだ」
アリスターが、気を遣って話題を提供してくれるのだが、場の空気は冷えたままだ。
マーカムでのお茶会は、交流がメイン。
主催者が自ら淹れるお茶を、お代わりしに行きながら会話を弾ませるというもの。
ガゼボで一通り挨拶を済ませると、次に温室内に整えられたテーブルセットに案内された。さすが王族が複数いるせいか、近衛騎士、侍従、メイドがゾロゾロ大所帯である。
中央に丸テーブルが置かれ、一人用椅子がたくさん用意されており、自由に座る形式だ。カップをソーサーごと持ち歩いて、脇のテーブルに並べられた軽食を、好きなタイミングでメイドに取ってもらい、つまむ。
三段プレートにはサンドイッチ、スコーン、クッキーなどが用意されていた。
温室内の草花を愛でても良いし、立ったり座ったりも自由。それぞれが、思い思いの椅子に腰掛け、アリスターはホストとして立ったまま説明を始めた。
「私のオススメは、蜂蜜を入れることかな。少し刺激がある茶葉でね。身体の芯が温まるんだ」
ジンジャーやシナモンみたいな? と、レオナがワクワクしていると
「レオナ様は、お茶がお好き?」
ミレイユに話しかけられた。
「ええ、自分でもお菓子を作るようになりまして、それに合う茶葉を考えるのが楽しいのです」
と答えると、
「えっ! ご自分で?」
大層驚かれた。
「ええ、そうなんですの。お食事も作りますのよ」
「凄いわ! マーカムでは、そのようにお料理などされる方もいらっしゃるのね?」
さらなる王女の質問に口を開きかけたが、
「マーカムでは、キッチンに上流階級の女性が入るだなんて、聞いたことありませんわね」
なぜかフランソワーズが冷たく答えた。
「え、と、やっぱり珍しいことなのね?」
「有り得ないことです」
――空気、凍るんだけどー?
私まだ……出してないよね?
お兄様も……出てないわね。あれえ?
「……ローゼンでは、なんにでも挑戦することを信条としておりますので」
フィリベルトがにっこりとフォローすると、ミレイユが
「さすが宰相閣下のお人柄ですわね」
と肯定してくれて、助かった。
ほ、とレオナが息を吐くと
「いいじゃん、好きなことすれば。感じ悪い人だねえ、えっと、フラン? なんだっけ?」
カミーユが、爆弾を落とした。
ミレイユが、ひゅ、と息をつめている。
「……フランソワーズ、と申しますわ。カミーユ殿下」
青筋を隠せないまま、返事をするフランソワーズ。
「ま、どうでもいいけど。君さー、笑顔もないし、挨拶もろくなもんじゃないし、そんなにつまらないなら、帰れば? そこの連中と一緒にさ」
「なっ!」
「公爵令嬢のくせに、まともに愛想笑いも交流もできないの? それに、そこの男二人も。フィリベルト殿にお見舞いの言葉もないじゃん? 何しに来たの?」
「お兄様っ!!」
「え? 僕、間違ったこと言ってる?」
――う、う、う、うっそーん!!
「エドガー殿下も、騎士団長もさ、フィリベルト殿に良かったね、とか怪我大丈夫だった? とか何にもないんだもん。僕、気になっちゃってさー。ごめんね? でも今日のこれってさ、快気祝いだよね? 違う?」
アリスターは額に手を当てているし、ミレイユは下唇を噛んでワナワナしている。
一方、呆気に取られた三人は、誰も反論が思い浮かばないようで、目をパチクリさせているのみだ。
――アリスターの背後に控えている、ジョエルの肩が盛大に揺れているが、見なかったことにしよう。
「おーい。何かご意見は?」
「……しっ、失礼する!」
エドガーがドカドカと出て行ったので、その後ろをジャンルーカが、さっと追いかけている。お疲れ様である。
「……私も」
フランソワーズも立ち上がった。
「ごきげんよう」
「えー? 反論なしー?」
き、と睨んで去っていく。
――一応この人、隣国の王太子だよ?
「あ、その、し、失礼する」
フランソワーズを慌てて追いかけるゲルルフは、テーブルの淵に若干肘をぶつけて行った。まだお茶を淹れる前で良かった。跳ねたカップがソーサーをガチャンと鳴らしただけで済んだからだ。
あんなに大きいのに、今日は空気だったなぁ、とレオナはその筋骨隆々の背中を目で見送る。やはり貴族の集まりは苦手なんだなー、と分かったくらい。肩透かしだ。――温室の入口で笑いを噛み殺しているルスラーンと、目が合う――ぱちり、とウインクされて、ぼ、と頬が熱くなってしまった。
フィリベルトは苦笑、シャルリーヌは半目である。
「よーし、お掃除終わりー! はー、スッキリした」
「お兄様!」
「だってさあ、やつら感じ悪すぎじゃない? 時間の無駄だよ」
――ヤバい。
「ふふ、ふふふふ」
「お? レオナ嬢?」
「殿下、素晴らしいご手腕でし……たわ……ふふふふふ」
――破天荒すぎる!
「だって別にお菓子くらいさ、好きに作ったらいいじゃんね? あの子すげー性格悪いね。びっくりだよ」
「カミーユ……」
「なんだいアリー。君が言いづらいことを言ってあげただけだよ?」
「はあ……そうだね。ありがとう」
これでも義兄弟(予定)は、仲が良いようだ。
「もう! カミーユ兄様は、失礼すぎます!」
「えー。だって、お葬式みたいなお茶会楽しくないし。みーちゃんだって、困ってたでしょ」
「みーちゃんて呼ばないで!」
「えー。可愛いのに」
あ、お兄様、毒気抜かれてる。
シャル、肩震えてるよ。我慢してー。
「ま、それじゃ、今から仕切り直そ? えっとフィリベルト殿、ご快復おめでとー」
「ありがたく存じます、カミーユ殿下。お気遣い、痛み入ります。ではアリスター殿下、お茶を頂けますか」
「はあ、うん、そうだね……」
眉を下げた第一王子が、ポットに湯を注ぎ、茶葉を蒸らす。
「最初から、この顔ぶれにすれば良かったね……」
と吐き出しながら。
「殿下、私は正しかったと思いますよ」
フィリベルトが、皆のカップにお茶を注いでまわるアリスターに向かって、にこやかに言う。
「彼らは自分の意思で立ち去りました。呼ばれなかった、と後から大騒ぎされることよりも、何倍もマシです」
「それもそうだね」
「というか、主催はアリーだし、主役はフィリベルト殿でしょう」
「「……」」
「文句言う方が間違っているんだよーん。このスコーンうまっ。お茶ぴりっとする! みーちゃん蜂蜜取って」
「んもう、お兄様!」
なんていうか、自由人とはこのことか、と。
だが――
「ま、僕のこと気になってるんでしょ? 邪魔者は排除しなくちゃ、喋れないしね。ふんふんふん〜」
「!」
「先に言うけど、ローゼンに何かしようだなんて、少しも思ってなかったよん」
「それはどうでしょうか」
「ほんとだって。信じてよーん」
「お、おい、カミーユ? フィリベルト? なんだ、一体」
「ま、アザリーがウザいと思ってたのは、ほんと。でも僕何もしてないよ?」
――ウザい?
「……うざ? そうですね。何もしなかったですね」
「分かってくれてたら、オッケー」
「おっけ?」
フィリベルトが、ぱちくりする。
「お兄様!」
「あ」
カミーユは、少しだけやっちゃった、という顔。
「大丈夫ってこと! 誰かが使ってて気に入った言葉なんだ」
――オッケー!?
「ど、どなたが」
レオナは動揺を懸命に隠して尋ねる。
「ん? ……忘れちゃったよ。お! サンドイッチもおいしー!」
――まさか……!
同じような人間が、別に存在するというの?
私と同じ世界の記憶を持つ人間が、この世界に!?
いやでもそうよね、なぜ私だけと思い込んでいたんだろう……他にも当然、居るかもしれないわ……
「ねね、シャルリーヌ嬢」
もぐもぐサンドイッチを食べながら、カミーユはマイペースだ。
「はい」
「貴方には、婚約者とかって、いるの?」
「は、い……?」
「あー、やっぱもう居るのかー」
「いえあの……おりません……」
「ほんと! ねえ、僕のことどう思う!?」
「へ!?」
「わー! びっくりした顔も可愛いっ!!」
――! やっば!!
あっ、なんか向こうに小さい竜巻起こってる……そのうち魔眼矢飛んでくるかも!?
「僕、君に一目惚れしちゃった!」
――ぎゃあああああああああ!!
「カミーユ……」
「お兄様っ!」
「え? だめ?」
デジャブだ、デジャブだよ。
ものっすごいデジャブだよ!
「カミーユ殿下」
フィリベルトが、咄嗟に間に入る。
「本日は私の快気祝い、ですよね」
「あー……そうだね」
「病み上がりに目の前で女性を口説かれるのは、御免こうむります」
「はいはーい。シャルリーヌ嬢、後でお手紙書くね!」
「……かしこまりましたわ」
「ふふ! 来て良かったー!」
――良くなーい!
副団長! それ以上は外交問題に発展するから!
殺気竜巻、収めて下さいませ!!
「あの、シャルリーヌ様。無視してかまわなくてよ。兄はこうと決めたら、突っ走ってしまいますの。多少の無礼はお気になさらずに」
「ミレイユ殿下……! あの、その……頼りにさせて頂いても?」
「もちろんだわ! いつでも何でも言って!」
「ありがたく存じますわ!」
さすがシャルリーヌ。
しれっとミレイユとの友情を育んでしまっている。
「え、ちょっと待って。僕ひょっとしてもう振られてる?」
「うん、察しが良いね」
アリスターが乾いた笑顔である。
「さ、今日のお茶、どうだろう?」
「んふふふ。美味しいですわ、殿下。身体が温まりますわね」
レオナが答えるが
「いや待って! 検討ぐらいしてよー!」
カミーユがうるさいので、フィリベルトが
「殿下。お言葉ですが、シャルリーヌ嬢は私にとって妹のようなもの。まずは私の説得からお願いしたく」
と斬って捨てる。
「さすが氷の貴公子! 冷酷無慈悲!」
「なんとでも」
――え、これ、じゃれてる?
「カミーユ殿下」
シャルリーヌが、とっても良い笑顔で
「私、落ち着いた大人の男性が好みですの」
と告げると
「……分かった。頑張る」
途端に静かになり……フィリベルトをじ、と睨んだ。
あっ、これ勘違いしたな!
お兄様じゃなくってー。ま、いっか!
竜巻は――なくなってるね、オッケー!!
「僕、頑張るから! ねっ」
――最強ストーカー王子誕生の瞬間、な予感がするぅ。
※ ※ ※
「大丈夫? シャル」
帰りの馬車で、レオナがシャルリーヌを気遣う。
お茶会はなんとか無事に終えたものの、終始シャルリーヌをカミーユから守る布陣になってしまったのは否めない。
正直に言うと、レオナはカミーユよりも、ジョエルが怖かった。
フィリベルトも、
「外交などは気にしなくて良い。自分を大事に」
割と真剣に言っていた。だいぶ頑張ってターゲットになってくれていたように思う。
「ありがたく存じますわ。でも」
「でも?」
――えっ! まさか好きな感じ!?
「情報を引き出すのに有利であるのなら」
「シャル嬢、それは駄目だ」
フィリベルトが、その無謀な提案を止める。
「言っていただろう? 彼は何もしていないんだよ」
「それが、分からないのです。何もしていないことが、どういったことに繋がったのですか?」
レオナもその意味を聞きたい。
「私も、知りたいと存じます」
「……うん、そうだね」
フィリベルトは、眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「ミレイユ殿下所有のルビー鉱山が占拠された時に、ガルアダが動かないことが、どれだけザウバアの思惑に沿っていたのかは、想像でしかないが」
レオナもシャルリーヌも、ごくりと唾を飲み込んだ。
「もしもジョエルが間に合っていなかったら、アザリーが利権を奪い、一気にガルアダと緊張状態に陥っただろう。そうなると今度は、ザウバアとミレイユ殿下の会談に留まらず、国同士の争い……最悪は戦争になった可能性もある。それでも、マーカム入りしている王太子が動かないのなら、アザリーに有利にことが進むように見えるが」
「違い……ますの?」
レオナが恐る恐る先を促すと
「うん。きっともっと大きなことになっていたかも、ね。でも起こらなかった未来だから、私の予想でしかないよ」
曖昧に濁された。
「とにかくシャル嬢は、気にしなくて良い。カミーユ殿下は、油断のならない策略家。それは間違いないことが、今日分かった。それだけで十分だよ。二人とも、ありがとう」
「とんでもございませんわ」
「お兄様……シャルを……」
「うん、もちろんだよレオナ。シャル嬢、今日の件は私の方からもバルテ侯爵に連絡を入れておこう。もし前向きでないのなら、しっかりと守るように手立てしておかないとね」
「うっ」
「絶対拒否で、お願い致しますわ!」
レオナは、強くシャルリーヌの手を握りしめた。
「……別の問題を引き起こしてしまって……」
「気にしなくて良いよ」
「そうよ!」
――ジョエルが外交問題を起こす前に、帰国してくれたら良いけれど。
レオナは、馬車の窓から外を眺める。
綺麗な夕焼けが、山の縁を焼いていた。
お読み頂き、ありがとうございました!
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