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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

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〈108〉やんごとなき人は、楽しむのです



 ――メンズトークから、少し時は(さかのぼ)る。


「なるほど、状況はよく分かった。ありがとう、シャル嬢」

 フィリベルトは、上品にティーカップを傾ける。

 ディナー前のローゼン公爵邸でお茶をする、公爵令息のフィリベルトを筆頭に、レオナ、シャルリーヌ、メイドのマリーと侍従のヒューゴーは、ローゼン自慢の薔薇温室に居た。

 寒い季節も本格化してきており、外套なしに外を歩くのは困難になってきている。

 そんな中、魔道具で温度を一定に保っている温室は暖かく、方々から薔薇の良い香りが漂う。茶葉の風味との相乗効果で、(かぐわ)しいティータイムを過ごすにはうってつけの場所であった。


 が、今は約一名非常に陰鬱(いんうつ)な表情、である。


「レオナ、気にすることはないよ」

 フィリベルトは優しく声をかける。

「ルスも、分かってはいると思う」

「分かって?」

「うん。ゼル君には、困難な状況があったね」

「はい」

「その後、レオナがああいうことになっただろう? あの時にね、守れたはずだと、みんな後悔をしていた。それはルスもだ」

「そんな! あれは」


 誰も防ぎようが、なかった。


「うん。でも、悔いてしまう。騎士なら尚更」

「そう、ですわね」


 王国民を守るのが、騎士の任務であり責務。

 ましてや誇り高き、漆黒の竜騎士ならば。

 

「ルス自身もレオナに寄り添いたいと思っていた時に、ゼル君とのデートのことを聞いてしまって、動揺しただけだと思うよ」

「そう、だったら良いの、ですが……その」

「もし私の愛する妹を、ふしだらなどと思うようなことがあれば、即刻抹殺するから。安心して」

「お、お兄様!?」



 ――冗談だけど、冗談じゃない気がする!


 

「はは。でもそうじゃないと思うよ。大丈夫」

 ニコリとフィリベルトは微笑み、

「さ、ディナーまでシャル嬢とゆっくり過ごすと良い。マリー、頼む」

 席を立った。

 マリーが無言で深く礼をする。

「ありがたく存じますわ、お兄様」

「申し訳ございませんでした」

「シャル嬢、気にしないで。変わらずレオナの側に居てあげてもらえると嬉しいよ」

「はい!」

「では失礼するよ」


 ヒューゴーがフィリベルトの肩に外套を乗せる。

 薔薇温室を出るや否や

「で、あいつは今どこだ?」

 素に戻る上司に、ヒューゴーの背中がブルりと震えたのは、寒さのせいだけではないであろう。

「は。今は王宮巡回任務かと」

「しばらく休みはないんだったな」

「は」

「ならば、もっと働いてもらおうかな。まったく、許せん」


 げえ!


 漆黒の竜騎士といえど、相当厳しい状況になるだろう。

 同情を禁じ得ない、ヒューゴーなのであった。




 ※ ※ ※




 身体が(なま)るという理由で、ブルザーク帝国皇帝ラドスラフが、マーカム王国騎士団の訓練場に姿を現すようになり、実は見習い騎士の全員が大歓迎をしていた。

 

 なぜなら、皇帝がいるとゲルゴリラこと騎士団長ゲルルフが寄り付かなくなるからだ。

 皇帝に付き従っている文官? の鼻息は若干気にはなるが、団長の理不尽かつ無慈悲な(しご)きに比べれば天国のようだ、ととある新人騎士は思う。


「ふむ。其方(そなた)の太刀筋、なかなか良いな」


 気さくにこうして褒めては、相手を所望する皇帝は、


「ほう、変わっている。其の方の体術はなんと言うのか?」

「あの、田舎戦法でお恥ずかしく」

「何を言う。相手の虚をつくのは武の(かなめ)ぞ。余が目線を逸らされることなど希少。誇るが良い」


 このように、畏怖の雰囲気はそのままに、言葉で次々と騎士たちを褒め殺していく。

 今となっては、誰も彼もが積極的に相手をしたいと申し出る始末。


「げー、まだいるー」

 様子を見にきた副団長のジョエルは、演習が終わって落ち着く頃と思ったのになあ、と息を吐く。


 そんな彼は、謹慎処分と自主退職勧告を、ハゲ筋肉ことイーヴォに行ってきたところだ。

 さすがのゲルルフでも、国王陛下宛のローゼン公爵家直々の抗議には、何の手も打てなかった。

 蛮行を目撃した騎士たちからも多数の報告が挙がった、ということもある。レオナ人気を差し引いても、やはり王国騎士として誇りを持つ者からすると、看過できない出来事だったようだ。

 ジョエル自身、レオナに不届きなことをしようとしたイーヴォに対して、物理的に抹殺してやろうという気概で通告した。表向きは大人しく従ったように見えたが、はてさて……と考えながら、気分転換のため訓練場の様子を見に来たのだ。


 ゲルルフ子飼い筆頭のイーヴォが消えたことで、騎士団内の風向きが変われば、とジョエルは思いを馳せながら、鍛錬を見守る。


「お、ジョエル殿。奇遇だな」

「皇帝陛下。本日もご機嫌麗しく」

「はは、さすがマーカム騎士団。退屈せんぞ」

「もったいなきお言葉」


 汗を拭きながら近寄ってくる大国の皇帝からは、男の色気がダダ漏れである。



 ――一昨日は一日中、レオナと仲睦まじかったなー



 公開演習で挨拶をしてから、チラチラと貴賓席の様子を見ていたジョエルは、二人の仲の良さにいささか驚いたのであった。

 ブルザーク皇帝と言えば、誰がいくら積もうと、絶世の美女が来ようと、全て一瞥(いちべつ)もせず跳ね除けることで有名。

 寝所(しんじょ)に忍び込む女性が後を立たず、暗殺対策のためにもころころ場所を変えているほどなのだ。

 それがどうだ、レオナと話している彼は、懸命に口説いているようにすら見える。



 ――ま、レオナは気付いてないだろうけど。



 初めは、薔薇魔女の魔力を狙ってのことか、と警戒心を持っていたジョエルだったが、どうやら本当にレオナとの会話を楽しんでいるようで、安心もした。

 マーカムでは忌み嫌われる存在であっても、ブルザークでは恐らく歓迎される『色』だからだ。そしてそれは恐らく、ベルナルドも念頭に置いているだろう、とも。


「どうだ? 一戦」

 お茶に誘うのと全く同じ感覚で誘わないで欲しい、とジョエルは苦笑する。

「私で良ければ」

 皇帝の誘いを、断れるわけが無い。

 

 手に持った書類をバサリと椅子に置き、ジョエルがザリザリの荒れた砂地に降りると、おお! と訓練場がどよめいた。

 すかさず部下の一人が、自分が持っていた訓練用の剣をジョエルに差し出す。

 ありがとう、と受け取り感触を確かめていると

「ドラゴンスレイヤーと剣を交える機会などない。光栄だ」

 と言葉を投げる皇帝の右肩のずっと向こうで、サシャがあり得ないぐらい飛び跳ねている。――視界に入れないようにした。

 

「こちらこそ、光栄でございます」

 準備運動がてら何度か腕を振ると

「勝ったら、レオナをもらおう」

 ニヤリ、といきなり喧嘩を売られた。

「ご冗談を」

「冗談と思うか?」

「いえ。ですが私のものではございませんゆえ」


 中央で、二人は向かい合う。

 固唾(かたず)を呑んで、騎士たちが見守る。


「ではやはりベルナルドとフィリベルトに言うべきか」

 皇帝が独り言を放つので、ジョエルは珍しく盛大にイラついて

「レオナは、レオナのものですが」

 合図を待たず斬りかかった。


 ガン!

 刃を潰した訓練用の剣は、鈍い音を立てる。

 ラドスラフはジョエルの剣を受け止め、笑った。


「麗しの蒼弓も、そんな顔をするのだな」


 チィッ……ザザッ、ガン、ガン、ガン!


 盾を持たない二人は、柄を両手で握っているため攻撃重視。

 お互いの剣を剣で防ぐ、ド派手で映える、いかにも騎士らしい戦闘だ。

 身のこなしも同様。剣筋を読んで体捌きと足捌きで避け、次の攻撃を繰り出す。振りかぶる、いなす、下段、正眼、上段、そして右手を離して間合いを外し、くるりと(きびす)を返して、柄を持ち直しての袈裟斬り。

 高度な技の応酬に、見習い騎士達は息を飲むしかできない。


 ジョエルは今は『麗しの蒼弓』と呼ばれているが、かつてはずっと前線で斬りまくっていた。

 戦術眼と風属性持ちを見込まれて覚えた弓が、性に合っただけ。本当は剣士としても超一流であるからして、未だヒューゴーはまともに斬り合うと勝てない。むしろ雷槍の悪魔ことヴァジームには『弓の方が冷静でいられるじゃろ』と言われているぐらいの戦闘狂。


 それを皇帝が意図的に煽ってくるのだ。



 ――乗らねえよ!



 頭の中で毒づきながら『接待』を意識するジョエルに、皇帝もさすがに気づいていて。

「クク、やはり無駄か」

 やがて、キリの良いところで動きを止めた。

「恐れ入ります」

「さすが。理性も強固だな。骨が折れる」

「陛下こそ。素晴らしいその腕前に、感服いたしました」

「其方に言われたのであれば、自慢できるな」

「そう言って頂けるのもまた光栄でございます」


 二人の腹芸には終わりが見えなかった。

 

 一方で、この『戯れ』はしばらく騎士団内で語り草となり、見られなかった騎士に、居合わせた騎士が自慢をして小競り合いが起き――ジョエルがしばらく頭を痛めていたのはまた別の話である。


 そうして、皇帝がローゼン公爵令嬢を欲しがっている、という噂も、瞬く間に騎士団から王宮へ駆け抜けていく。


 


 ※ ※ ※


 


 その翌日の王立学院。

 朝から学生達がソワソワしている。


 エドガーが口を滑らせた通り、昨日には「ブルザーク帝国皇帝が学院へ見学に来る」と通達がなされたためだ。

 近衛騎士や巡回の騎士も増員され、学院内全体が浮き足立っている。

「レオナは、何か聞いてるの?」

 コソリと聞いてくるシャルリーヌにレオナは

「いいえ。いらっしゃる、ということだけ」

 と返す。


 皇帝がやってくるのは、ハイクラスルーム。

 

 担任のカミロは、いつも通りの白衣姿で、廊下に近衛騎士とともに待機している。

 それに加えて、いつもは面倒くさがって表に出てこない、学院長のドミニク・アンゾルゲ侯爵も、さすがにお出迎えをと、タキシード姿でかしこまって入口に立っていた。

 

 金髪をのっぺりと後ろに撫で付け、たくわえた金の髭は丹念に手入れをしたのだろう、艶々(つやつや)に光っている。が、ピオジェ公爵が白狸ならこちらは金ビーバー。身長は低いがでっぷりとした身体。その身体の大きさに見合わない小さな目と手で、常にヒクヒクとお金の匂いを嗅いでいる。失礼だがそんなイメージである。


 本来であれば、今日の講義は国際政治学、経済学、剣術(王国史)の予定であったが、皇帝の希望で経済学が攻撃魔法実習(基礎外交/体術)に変わった。

 突然の変更は本来なら迷惑だが、久しぶりにラザールの講義が受けられる! とレオナは前向きに捉えていた。


 それにしても、気合いを入れまくった女子学生達の姿に、レオナはまたも苦笑してしまう。

 髪型もメイクもド派手で、ゼルではないが『娼館』のようだと言われても仕方がないのでは、と思うくらいである。

「これって多分」

 シャルリーヌが眉をひそめて見やる先には、ユリエ。

 同じくド派手なメイクで、エドガーと朝からイチャイチャしている。

「あの影響よね……」

 流されやすい思春期の女子達は、インフルエンサーに弱い。このクラスの女子達も、第二王子の寵愛を受ける女子を目の当たりにすることで、自然とそちらへ寄っていってしまう。

 

 結果が見えている(ように見える)。

 それは、現実的な女子にとって最重要。

 メイク、(たたず)まい、言葉遣い、所作。

 その全てで、より高貴で富のある殿方に見初めてもらうのが大目標の、この世界の女の子達にとっては、特に。



 ――なんだかなぁ。



 貴族女性に『自立して働く』という選択肢はない。

 だがレオナの根底には、必死で台帳管理をしたり、伝票整理、電話応対、検算をしたりしていた経理OLの毎日も、身に付いたままである。時々その選択肢のなさに、どうしても違和感を覚えてしまう。



 ――嫁入り以外の選択肢、少なすぎよね。



 入念に髪型を直したりしている女子学生達をぼうっと眺めながら、前世ではそういえばギャル事務員がいて、比べられたなぁと思い出した。ギャルは外線電話を取らなくても許されるけれど、レオナは許されない。理不尽なことがたくさんあった。地味は悪のような扱いだったなあ、と思い出し

「男性は、ああいう感じが好きなのかしらね」

 ふと、そう呟いてしまい――しまった、と口を塞いだが遅かった。

 

「レオナ?」

 驚くシャルリーヌ。

 振り向くゼルが

「何を言う!?」

 と驚いている。

「あ、ごめんね。深い意味はないのよ!」

 レオナも慌てて返すと、ヒューゴーが

「気にする必要ねーよ。品がない女性には品がない男が寄るだけだ」

 ビシリと言い放つ。


 ヒューゴーの声が、周囲の女子学生達の耳にも入るくらいの声量だったので、ド派手な子達が激しく動揺しているのが見てとれた。――せっかく気合い入れてたのに、ごめんね、とレオナは悪いことをしてしまった気持ちになる。


「ヒューったら」

「あー、スマセン」

 マリーはそのままで可愛いもんね、とレオナが目だけで言い、ヒューゴーはそれを読み取って苦笑する。

「ぬぬ。俺もその……はあ」

 ゼルは言いかけたが、やめた。

「ゼル?」

「なんでもない」

 と、前に向き直ってしまった。

 どうしたんだろう? とレオナが疑問に思うと

「まだ気にしてるのね」

 シャルが小さく呟き、ゼルの肩がビクッと揺れる――なるほど、それはそうか、と。


 

「皇帝陛下! ようこそ! あの、ワタクシ学院長の……」

 気づくと、ハイクラスルーム入口でドミニクがわたわたしている。

 


 ええー、学院長? いきなりミスってる!

 まずは、ご入場の先触れでしょう?

 その後、ルーム内へご案内、ご紹介の発言許可を頂くのでしょうよ!


 

「あれが、学院長?」

 案の定ヒューゴーが呆れている。

「ええ……正確には二代目、ね」

 レオナの溜息は、とてつもなく深い。絶対に後で『あんなのに教わっているのか』とか言われるやーつー、と想像だけで疲れたからだ。


「ブルザーク帝国皇帝、ラドスラフ陛下の御親臨(ごしんりん)です。皆、立礼!」


 咄嗟に近衛筆頭のジャンルーカが、クラスルーム内に指示を飛ばす。

 慌てて学生達が立ち上がり礼をする中、何人かが入ってきた気配がした。

 

「――学生達よ、(おもて)を上げよ」


 

 ブルザーク帝国皇帝の、おなーりー!

 レオナは頭の中で、前世で見た時代劇を思い出したのであった。


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