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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

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〈102〉砂漠の王子35



 会場の熱気は最高潮。

 闘神と漆黒の竜騎士との対戦なんて、滅多に見れないぞ! と、方々から興奮冷めやらぬ声が響き合う。


 公開合同演習は、あっという間だが、これで全てが終わったことになる。

 あくまでも『演習』なので、どちらが勝った、負けた、は重要でなく、それぞれの国のそれぞれの部隊が、特色を打ち出せれば、それで良いのだ。



「みな、大儀であった!」

 締めの挨拶のマーカム国王ゴドフリーは、大層上機嫌であった。一番最後が一番盛り上がったのだから、大成功と言えるだろう。

「今回の合同演習で、大陸四国の絆も、より深まるであろう! 是非また会える日を、楽しみにしようぞ!」


 観客たちも大満足のようで、しきりに拍手をしたり、歓声を上げたりしていた。きっとこの後はどこかのレストランや酒場で、一杯飲んで帰る者がほとんどだろう。

 観客達の誘導を、マーカム騎士団が対応し始め、一気に解散のムードとなった。

 

 それにしても、さすがルスラーンは英雄の息子でドラゴンスレイヤー、認知度はマーカム随一(ずいいち)なのだと、レオナは改めて実感した。

 ゼルも王子であり、かつその黄金の瞳を明らかにしたことで、闘神の名が一気に広まった感がある。ここまで存在を認知された以上、暗殺は考えにくくなったのではないか、と希望的観測をしてしまう。


 

 ――アザリーの抱えていた(うみ)を全て出し切った、と信じたいわ……


 

 ガルアダ傭兵部隊と第二騎士団は、演習そのものよりも酒の席での交流が盛んに行われたため、魔獣討伐の巡回協力がよりスムーズになるだろう、とヒューゴーが補足していた。


 ブルザーク帝国軍は、後から皇帝のもとに挨拶に訪れたアレクセイが

「魔法とは、凄いものでありました」

 と驚嘆していた。

「正直、人であるからには、自分たちには到底(かな)うまいと思っておりましたが……あれが道具の補給なしに、人としての休息のみで、部隊として機能するのであれば、かなりの脅威」

「ふむ。これはお互い、人材と技術のやり取りも始めるべきかもしれんな」

「否やなし」

 


 ――魔道部隊と魔術師団がコラボったら、大変なことになりそう〜熱いオヤジのアレクセイと、クールなラザールって相性大丈夫かな!?



 幸い今は、マーカムとブルザークの関係は良好だが、はっきり言ってベルナルドとラドスラフの関係に依存している部分も多い。仲の良いうちに相手の特性を掴んでおこう、ということだろうとレオナは予想した。

 ちなみにサシャは本当にアレクセイが苦手のようで、一生懸命空気になっていた。


 アザリーのナハラ部隊は、ゼルの登場を全く聞かされていなかったが、闘神信仰はやはり噂通りに凄まじかった。特に全員がゼルの前で平伏する勢いで(ひざまず)いている光景は、上から見ても『圧巻』の一言。隣で複雑な表情をしているタウィーザは、きっと後で愚痴りに来るだろう、とレオナは心構えをする。

 

「薔薇魔女と闘神が同じ学院で学んでいるとは、なかなか面白いな」

 ラドスラフがニヤニヤしている。

 


 ――あーもう! これ絶対見に来るでしょ!

 参観日に、来て欲しくない保護者が来る気分……

 止めてよ、サシャ君!


 

 そのサシャは、

「踊る筋肉もまた……あの腹筋すごい……ぐふふ」

 とブツブツ言っている。全く頼りにならない。


 

 こりゃダメだわ……警備の近衛の人達やジャン様、せっかく演習終わったのに休めないね……お疲れ様っ!

 


 ゲルルフは、王族席で国王をはじめとした貴賓全員に武骨な挨拶をしている。所作というものは、後からいくらでも矯正できるものなのになぁ、とレオナは残念な気持ちで見ていた。ゲルルフはただでさえ身体が大きいので、良くも悪くも、目立つのだ。

 そんな騎士団長は、横目でしきりにフランソワーズを見ていたが、残念なことに欲しかった反応はもらえなかったようだ。それどころか、まるで能面のように表情が抜け落ちている彼女の様子に、大して親しくなくてもレオナは心配になってしまう。


「レオナ様、そろそろ」

 耳元でヒューゴーが囁いた。

「ええ……」


 実はレオナには、もう一つ仕事が残っていた。


「ラース様」

「ん? 時間か?」

「はい。残念ですが、そろそろおいとましなければなりません」

「うむ、どうなることかと思ったが、無事に終わってほっとしたな。影で色々動いてくれていたのだろう? 感謝する」

「私ではございません。兄と、友人達ですわ。ですが、もったいなきお言葉、大変嬉しゅう存じます。皆にお伝えさせて頂きますわ」

「ふむ……だがまだ憂いは晴れぬようだな。余の力が必要か?」


 全てを見透かす皇帝の前で、レオナは思わず唇を噛み締める。

 今、レオナの心を占めているのは、アザリーの政情不安だ。

 ザウバアは収監されているとはいえ、残虐な国王が再び目覚めたという。そして、フィリベルトいわくは、黒幕が別にいる。まだ()()()()()()()、と。

 既に深く関わってしまったタウィーザ、ヒルバーア、そしてハーリドすらも救いたい。もちろん、一公爵令嬢にできることなど、何もない。だがどうしても、そう思ってしまうのだ。


「タウィーザ様への、……いえ、なんでもございませんわ」

「それほど胡椒が欲しいか」

「……いいえ」

「闘神のためか?」

「いいえ。私のためですわ」

「レオナの?」

「私は、平和が好き、なのです」


 ラドスラフが、珍しくきょとりとする。


 前世――日本では平和が当たり前で、それが特別なことだと意識したことなどなかった。だがこの世界はどうだ。こうして保持している武力があり、隣国の情勢不安があり、魔獣と隣り合わせ。いつだって人々は不安の中で逞しく生きている。だからせめて、争いなど無くしたい、と願うのは、レオナにとって自然な思いだった。


「ゼルのためでも、胡椒のためでもなく」

 キリッと、ラドスラフをその深紅の瞳で見つめた。

「ただ皆で笑い合いたい。それだけですわ」


 皇帝はしばらくその瞳をぱちぱちと瞬かせた後

「皆で笑い合う、か……」

 呟いた。

 

 ラドスラフを迎えに、国王付きの近衛がやって来たので

「私の勝手な独り言ですの。どうか忘れて下さいませ」

 ふわっと笑んで、それから立ち上がる。

「それでは、ご無礼にて恐縮でございますが、お先に失礼を」

「ああ。またな」

「本日は大変楽しいひとときを共に過ごせましたこと、心より感謝申し上げます。またお会いできる時を楽しみにしておりますわ。ごきげんよう」

 レオナのカーテシーに、ラドスラフは短く

「……ああ」

 と応える。


 ヒューゴーが深深と礼をした後、先立って歩き出したので、近衛騎士達に軽く挨拶をして後ろに従った。

 

「……既に動かれているようです。馬車へ」

「分かったわ」


 早歩きでヒューゴーについていきながら、レオナは気持ちを切り替える。

 騎士団演習場最上段の貴賓席から下に降りていき、馬車止めへと向かう。


 目的の人物は、遠目でもすぐに分かった。

 きらきらと夕日を反射する、色とりどりのたくさんの宝石を縫い付けた水色のサッシェ。白い礼服は復興祭の時と同じ、金髪の王子。さてどう話し掛けてもらおうか、とレオナが考えていると、あらぬ方向から声を掛けられた。

 

「レオナ嬢!」

「っ! アリスター殿下」

 さっとカーテシーをするレオナに、マーカム第一王子は微笑んで応える。

「その様子だと、元気そうだね。何よりだ」

「はい。殿下におかれましても、ごきげん麗しゅう存じます」

「フィリベルトは、大丈夫だろうか」

「お陰様でゆるりと休ませて頂き、回復に向かっているところでございます」

 

 アリスターとレオナの兄のフィリベルトとは、長い付き合いだ。様子が気になるのは分かるが、今は――とレオナが逡巡していると

 

「ちょうど良かった。カミーユ殿下!」

「!」

 

 悟ってくれたのか、意図せずか。

 

 不明ではあるが、呼んでくれたことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。

「良い機会だ、ミレイユともども、挨拶を」

「ありがたく存じますわ」

 アリスターにエスコートされているミレイユは、ガルアダ王族の特徴である水色の瞳の可憐な王女だ。ふわふわとした金髪に潤んだ瞳の、本当に人形のような見た目の、いわゆるお姫様。

 それがレオナに微笑んでいるので、当たり障りなく微笑みを返しておく。

 

「やあ、こんにちは」

 カミーユからは、軽く声を掛けられた。

「ローゼン公爵家のご息女、レオナ嬢だ」

 アリスターがすかさず紹介をしてくれたので、すぐに形式通りの挨拶をする。

「ご機嫌麗しく、カミーユ殿下」

「知っているよ、薔薇魔女と噂だね!」


 うっ……


「わあ、本当に赤いな! すごい!」

 いきなり至近距離でずいっと目を覗き込まれて、思わず()()ったレオナは、悪くないはずだ。ヒューゴーが二人の間にすっと手を挟み入れて、無言で牽制してくれる。

「お兄様! ご無礼を、レオナ様」

「ミレイユ殿下、恐縮でございます」


 カミーユは、アリスターとミレイユの二歳年上の二十四歳。

 だがこの通り屈託がなく、無邪気、と思いきや鋭い政策も打ち出す、フィリベルトいわく「不思議な」人物。天真爛漫という意味ではエドガーに似ている。が、大きな違いがある。それは、自身を王子だと思っていないところだ。このような態度も、日常茶飯事らしい。


「あーごめんね! 僕いつもこんなんで!」

「私の方こそ失礼を致しました。殿方に近寄られるのに慣れておりませんので、どうかご容赦下さいませ」


 レオナの仕事は、彼の本意を少しでも探ること。


 フィリベルトは「今回のアザリーの件には、少なからずガルアダの人間も関わっているはずだ」「ミレイユ王女の襲撃、ルビー鉱山の占拠……いずれもカミーユ殿下に動きがなかったのが気がかりだ」とレオナに語り、できれば()()()()を見て来て欲しいと頼まれたのだった。



 ――私は、あまり人を見る目はないのだけど……



「わかったよー!」



 か、軽っ! ……無理かも……

 

 

 復興祭では挨拶のみだったこの隣国の王子が、思っている以上に気安すぎて、むしろどう接したら良いのか分からない。これは、とレオナは方針転換を決めた。

「ガルアダはお隣でありますのに、カミーユ殿下、ミレイユ殿下に相見えることも少なく、ご無礼を致しておりました。もしもしばらくマーカムにおいででしたら、是非お茶会にでもお誘いをさせて頂けますと、嬉しゅうございますわ」

 


 ――ミレイユの方が、マシ! たぶん!



 すると、

「!! (ぶんぶん)」

 音が鳴りそうなほど、頷く王女。

「嬉しいわっ! ねね、アリスター、早速王宮のガーデンで!」

「はは、そうだね。ありがとう、レオナ嬢。ミレイユはずっと貴方と話してみたいと言っていたのだが、その……」



 ――ザ・フィリベルトガードですね。分かります。鉄壁です。



「まぁ! 私がデビューするまでは、家族に甘えておりましたの。それは申し訳ございませんでしたわ。是非殿下もご一緒に、兄の快気祝いとして(もよお)させて下さいませ!」



 ――さりげなく、兄・召喚の術!



「うん、それは良い考えだね。せっかくだし、私の方で整えさせてもらうよ。フィリベルトにも会いたいから」

「アリスター殿下のお心遣い、兄も喜ぶと存じます。早速お伝えさせて頂きますわ。お言葉に甘えて、お手数をお掛けしまして大変恐縮ですが、宜しくお願い申し上げます」

「うん。宜しく伝えておいてくれ」

「えー、それ僕も出る感じ?」

 カミーユが、だいぶ残念なことを言う。

「お兄様っ! フィリベルト様とちゃんとご挨拶なさらないと!」

「うー、僕、頭良い人怖いんだよねー」



 ――えぇー……



「はあ……レオナ様。兄は私が引きずってでも」

「ふふ。ミレイユ殿下。では、お任せ致しますわ」

「はい!」

 


 ――このお姫様も、年上だよなぁ、しかも七つも……ま、この可愛さだからアリスター殿下も夢中なのかも。私にはないものだわ……



「お引き留め致しまして、申し訳ございませんでした」

「とんでもない。ありがとう、レオナ嬢。また」

「はい。ごきげんよう、皆様」

「ごきげんよう、レオナ様」

「またねー!」



 ――これ、どう説明しよかなー



「くくく」

 ヒューゴーが、全員を見送った後、笑いを噛み殺していた。

「口の端、すげーピクピク……くくく」

「ヒュー?」

「スマセン。久しぶりにレオナ様の公爵令嬢っぷりが見られて、眼福(がんぷく)でしたよ」

「むー」



 絶対褒めてない。こんにゃろめ。

 


「あっ、やっぱり! レオナさん!」


 聞きなれた声に振り返ると、そこには。

 小柄と大柄、でこぼこコンビ。

 

「テオ! ジン!」

「わー、今日も素敵だねー!」

「ふふ、ありがと、テオ。二人とも、楽しめたかしら?」

 ゼルからは、アザリーの貴賓席に誘うと聞いていた。

「すっごかった! 迫力が。めちゃくちゃ近かった!」

「いやー、ラザール先生の魔法、俺、感動したっすよ!」

「ね! ゼルさんたら大変なんだよ、急に神様扱いでさー、酒場に連行されてった!」

「あれ、明日絶対二日酔いっすよ! 俺が面倒見ることになりますよねー」


 騒動をともに乗り越えてくれた二人のそんな顔に、レオナの目には思わず涙が滲んでしまう。


「えっ、レオナさん!?」

「どしたんすか!?」

「ふふふ、ごめんね。気が、抜けちゃった……」

 


 嬉しい。

 無事で、楽しんでくれた。

 みんな、無事で。ゼルも、ルスも。

 ジョエルも、タウィーザも。

 みんな、みんな。――よかった。

 


「あわわ」

「あわわ」

 ヒューゴーが無言で差し出すハンカチで拭くが、止まらなくなってきた。

「わわわ!」

「あわわわ」

「んふっ、ふたり、あわわしか、言わないっ! ふふふ」

「だって!」

「あうー、どーしたらいーんすかー」

「わー! ジンまでもらい泣きだよ! レオナさーん!」

「あはは!」

 二人がすごく慌てているのがおかしくて、レオナは泣きながら笑う。




 ――みんな、ありがとう……


 

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