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レジス

 好機は突然にやって来た。



 その日、私の元に送られてきた手紙を持つ者は、堅物なあの男らしい姿をこの城の衛兵に晒し、門の前に留め置かれていた。


「本当に通してよろしいのですか?」

 この国、ティルクアーズの最も西に位置するヘスペリデスの領主が不安そうに私に問う。

 私にへつらうこの男が、私の優越をこの城に雇われた傭兵達にいつも知らしめてくれる。私は豪奢な椅子に身体を預けたまま大仰に頷いた。


 通されて来たのは鎧。中身のないただのテムだ。

 ガシャガシャと動き、私の前にかしずくかのように膝を折ると、手紙を差し出した。本当にあの男は趣味が悪い。

 私は眉を顰めながらそれを受け取り、その羊皮紙を開く。

 しかし私が平然としていられたのはここまでだった。中に書かれてある内容は信じ難いものだったのだ。


「ダヴィドめ!!ワシのアンクを使いおった!!」

 私は立ち上がり、目に付くもの全てに当たり散らした。そうでもしないと、この怒りで頭がおかしくなりそうだった。領主が部屋から逃げて行くのが見え、さらに苛立つ。

「信じられん!あの……あの、ジジィめ!」

 しかし、私の投げたランプを片手で受け取り、テーブルをきちんと直す男がこの部屋にいた。その事に気付いた時には……私の怒りは幾分か落ち着いていた。


「何があったのですか?」

 黒い髪に黒い瞳を持つ大男が言う。なんだ、この男は。

「お前は、誰だ?どうしてこの部屋におるのか!?」

 領主には私の許可なく人を通さないよう言ってある。外には衛兵が、おそらく窓の外に、遠く見えているオブシディアン城と同じ数ほどは配置されているだろう。それでも入って来たと言う事は、この男が恐ろしく強いという事だ。

「勝手に入ったのか!?無礼な!!」

 恐ろしさは感じるが、怒りが勝る。

「ノックはしましたが、聞こえなかったようですね」

 そう言いながら大男は、床に散らばる様々な破片を避け、私の前に来ると膝を付き頭を下げた。

「失礼しました。私はエンキ。あなた方が番人と呼ぶ者です。オルフェウス様の願いを叶える者として、あなたに助力したく参じました」

「番人……が?私に?」


 番人とは、最も古き人間であるオルフェウス様の信者であると聞いている。戦が起こる場所に現われては、それを収める存在。我々は彼らをこの世界の番人と呼ぶ。その番人が、私に?

 先程までの苛立ちが嘘のように引いてゆくのを感じる。

「ハハッ、これは失礼した。どうぞ顔をあげるがよい。これ、誰かおらんか?……部屋を変えよう」

 慌てて駆けつけた領主はオドオドとしていた。このエンキと言う男を通してしまった事を怒られるとでも思ったのだろう。

 しかし、エンキは領主を目で制すと、この部屋で唯一、マシな椅子に私を導き、座らせる。出来た男だ。

「いえ、ここで十分です。所で、何が貴方をそんなに苛立たせていたのですか?」

 苛立ちがぶり返す。

「ああ、それを見るがいい」

 破り捨てなかった自分に感謝しながら椅子の横に落ちた手紙を指す。エンキはそれを拾うと眉をひそめた。


「オブシディアンに夢見る魂が降りた、と。媒体は貴方のアンクですか」

「名前が刻まれた、とある。信じられん」

 私がどれだけヌースを込めようが、あのアンクの名は私の父の名を変えることはなかった。それがどうしていまさら。

「神のみぞ知ると言った所でしょうか。しかし、気になるのはその後ですね。どうやらそのアンク、ダヴィド王の手を離れるようですよ」

 手紙の後半など読む気もしなかったが、何やら重要な事が書かれていたらしい。

「なんと書かれておる?」

「新しい持ち主の名はリンネ。子供のようですが、貴方の威光を傘にするつもりなのか、宰相に成り上がったようですね」

「ふんっ、ダヴィドめ。ワシを苛立たせるつもりでワシの席を与えたな」

「そのようですね。早速、彼をステュクスの泉に向かわせるようだと書いてますが……もしかしたら、彼は捨て駒かも知れませんね。ダヴィド王はまだ部下の復活を信じていると聞き及んでます。なら、ステュクスの水はいくらあっても足りないでしょうから」

「なるほど。なら、少人数で向かうはず。これはアンクを手に入れるチャンスに恵まれたようだな」

「その通りですね。私に指揮を取らせて下されば、この私が貴方のアンクを必ず取り戻して差し上げましょう」

 なんだと?番人自らが手を下し、わしのアンクを取り返してくれるだと?

「はっ!なぜじゃ。お前たち番人は何を考えておるのじゃ?」

「オルフェウス様はこのヘスペリデスをオブシディアンの属国にしたいと仰られました」

「ほお、それでワシを?」

「はい。先ずは貴方様にアンクを。それから、やってもらいたい事がございます」

「ん、何じゃ?ダヴィド王を助ける様なマネは出来んぞ」

「分かっております。先ずはアンクを手に入れて差し上げましょう」

 言わんつもりか。……まあいい。

 アンクさえ戻ればなんとでもなる。何せ、引き継いだのは子供だというじゃないか。

 今度こそ、わしの名前を刻ませてみせようぞ。

「待て、どうせならステュクスの水ごと貰いたい。その、リンネとやらの顔でも拝みにワシも出ようではないか」

「しかし、貴方様が出る程の事では無さそうですよ。手紙には、まだ先がございます。この手紙の主はどなたですか?自身の孫に後を継がせ、役立たせると書かれておりますが」

「はっ。とうとうあの男も隠居か。城から動けぬ奴より、その孫とやらの方が幾分かマシな事を祈ろう。さぁ、エンキとやら。出立の準備をしようではないか!」


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