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精霊

 ダヴィドが旅立ってから一週間。寝る間もない程忙しかった。

 オブシディアンの大臣らはかなり優秀で、ダヴィドが旅立った後も政に大きな混乱はなく、文字のあまり読めない俺でも、どうにか宰相に落ち着く事が出来た。これはダヴィドが自由人だったおかげだと言えるだろう。

 

 そしていよいよ今日は、新たなる王の戴冠式だ。

 

「リンネ様、此度はお招きありがとうございます。ティルクアーズ王、グレオルの代理として、参りました」

「モーリス!!久しぶりだな。あの時はアンクの欠片をありがとう。お陰で命が繋がったよ」

 

 新しく貰った俺の執務室の中。真新しいソファに座ったモーリスが、はっはっはっ、と腹を揺らす。

「いえいえ、こちらこそ。息子がたいそうお世話になったようで、ありがとうございます。お礼が遅くなった事、どうかお許し願いたい」

 相変わらず謙虚な人だ。

「いいんだよ。こうやってまた会えたんだから!しかし、モーリスには騙されたな。グレオルさんの部下だったとは!」

「ふふっ、身分を隠す必要があった為、お叱りはご勘弁を。リンネ様、本日はグレオルよりこちらを預かって参りましたので、どうぞお納め下さい」

 そう言い、後ろに控えていた執事さんが持って来たのは、ずっしりとした本の山だ。

 

「おおおっ!これはすごいなっ!!グレオルさんが書いたのか?」

「ええ。貴重な本も多い故、管理は厳密に、との事です」

「ああ、了解した。お礼は手紙に書く予定だけど、モーリスからも感謝を伝えて貰えると嬉しい……はあ、早く読みたいな」

 早速一冊手に取る俺の前に、カップを置く執事服姿のリック。

「リンネ様、仕事を片付けてからにして下さいよ」

 

 俺がリックに苦笑し、顔を上げると、モーリスはリックを凝視し、固まっていた。

 リックはその視線に綺麗なお辞儀で返す。

「モーリス様、お久しぶりです。ご息災の様子で何よりでございます」

「これは驚いた……英雄リック様。会えて嬉しゅうございます!」

 モーリスは慌てて立ち上がり、握手を求めた。俺は慌てる。

「え?リックって英雄だったの? ごめん!俺の補助なんか頼んじゃって……」

 リックは眉を顰めて、俺から本を取り上げる。

「リンネ様、私は私ですよ。これは後のお楽しみです」

 頬を膨らます俺に、モーリスはまた腹を揺らし、立ち上がった。

「はっはっはっ。いい関係をお築きのようですね。では、リンネ様。後ほどまた」

「ああ。ゆっくりしてってくれ」


 モーリスが扉に向かうと、入れ替わりにフィービが、リュカスとテランスを連れて入って来た。

 二人を見て目を大きくするモーリスに、軽く会釈しながら入って来るのはリリだ。

 

「お!よく来たな、三人とも。久しぶり!」

「大袈裟だな、まだ一週間じゃないか……」

 リュカスはふっと吹き出しそう言うと、リリと仲良くソファに座る。そしてその向かいには、今回友好を結んだレテの代表として、どこの紳士だよ!って感じに仕上がっているテランスが、どかりと座る。

 フィービが自分の定位置である出窓に腰掛けるのを見て、俺はようやく気を抜くと、執務机にだらりと座った。

 式の準備に関係のない俺たちは、ここで戴冠式が始まるのを待つ事にした。

 

「リリ――。エーレクトロンはどうだ?慣れたか?」

 誰の趣味なのか、リボンいっぱいのフリフリドレスを着たリリは、俺の問いにゆっくりと思い出す様に大きな瞳で宙を見る。

 リリはオルフェウスに招かれ、アイリスの行く予定だったエルフの里に滞在していたのだ。

 

「繊細な装飾で飾られた白く輝く建物。もの静かで主張の少ない国民。とっても優しい時間の流れる国よ。私には天国。……でも、ちょっと物足りないわ」

「リリは番人になると言い出してさ、仕方ないから訓練を手伝ってやってる」

 リュカスが横で嬉しそうに言うのを見て、俺はちょっとほっこりする。

「ハハッ、なるほど。……リリ、お前、戦闘もいけるのか?」

「ヒーラーなんて、火力を出してなんぼよ」

 リリが俺にしか分からない様な事を言う。

「ヒーラーが攻撃してどうするんだよ。パーティ組みたくねぇ……」

 俺はこの世界に来る前にやってたゲームを久しぶりに思い出し、苦笑した。

 

 だが、リュカスは俺達の会話に不満げに眉を顰める。

「そうか?こいつ、飲み込みが早いし、動きは独創的だが使えるぞ」

 ほぉ……とリリを見れば、褒められたと言うのに、リックが紅茶を置いてくれるのをじっと見ていた。この様子だとリュカスの努力はまだ足りないらしい。

「オブシディアンはイケメンだらけ……」

 そして俺を見てつぶやく。

「……和む」

「あ――そうかいっ!まったく、一言多い。……まあ、リリが少しでも戦えるのはありがたいかもだけど!リュカス、先に言っとくが、今日はヤツに狙われやすい……分かるか?」

 リュカスはニヤニヤ笑いながら頷く。

「ああ、オルフェウスが俺をここに寄越したからな、そういう事だろうと思ってるよ。だから、連れて来たくはなかったんだが……」

 リリを見る。

「大丈夫よ。自分の事くらい、自分で守れるわ。ねっ、ダイフクっ!」

 そう言いながらリリは、肩に乗せた、ひと回り小さくなったダイフクを撫でる。

 どうやらリリは、ダイフクをペットか何かだと思っているらしい。まあ、それなら何かあっても大丈夫だろう、とリュカスを見ると、リュカスも同じ事を思ったのか、笑っていた。

 

「で?警備は誰がやってるんだ?ミロン様がいないから、大変だろう?」

 カシアさんに泣き付かれ、渋々レテに戻ったテランスが、俺に熱い視線を送りアピールしてくる。いや、俺もカシアさんは怖いから、もう抜け出さないでくれ。

 

「城は近衛隊長キリルが。街の方は、騎士団長クレタスに任せてあるぞ」

 俺の人事に、ほう、と二人が思案する。

「やっぱキリルか。それと……クレタスが新しい騎士団長?」

 俺はニヤリと笑う。

「クレタスを侮っちゃいけないぞ。物流や、人の流れを見て的確に人を采配出来る。空から確認できるってのも大きい。まあ、指示を出すのは副団長のラビスだがな」

「ラビス?前に出るタイプには見えなかったが……」

「あいつ、体面はいいぞ。ワイン店で何か目覚めちゃってさ。だが、身内には厳しい。ラビスを怒らせると怖いって事はみんな知ってるから、びっくりするくらい騎士団員の態度が良くなった」

「へ――なるほど。二人で一人前って感じか」

 


「おい!そこぉぉぉぉ――!お客様になんという態度だぁぁぁぁ――!」

「げっ!」

 ダヴィド王の次代の王の戴冠式を、ひと目見ようと押しかけた来訪客で賑わう城壁の門の前、先輩騎士団員のケツにラビスの容赦のない蹴りが入る。

 

「お客様、申し訳ありませんでしたぁ!城への道なら、ここを真っ直ぐ行かれまして――ええ、はい。お気を付けて!」

 態度の悪い騎士団員の代わりに、キラキラスマイルを客に振り撒いたラビスが、一息つき顔を上げると、遠くからぴょんぴょんと楽しそうに手を振る金髪が見える。

「ラビス――!」

 その声に、近くにいたクレタスとゲオルゲも手を止め、情報交換が始まった。

 

「テオ。どうだ?街の方は」

 クレタスが疲れた様子で声をかける。

 騎士団長に就任したクレタスは、オブシディアン始まって以来のこのお祭り騒ぎに、神経をかなり削られている様子。

「色々面白い物が入って来てるっすね。リンネ様の言う通り、結構な数のティルクアーズの傭兵がコソコソと何かやってるよ。これ、リンネ様に報告する必要ある?」

 不運な動きもなんのその。本当に楽しげなテオに、皆苦笑する。

 

「そうだな、俺もむーちゃんで空から見たけどさぁ……リンネ様から、なるべく穏便に済ませたいって言われてるから、手を出してはいないけど。テオ、監視は付けてるんだろ?」

「もっちろん!でも数が多くて、人手がたりないよ!」

「だよな……ゲオルゲさん、やっぱ動かない方がいいです?」

 クレタスが思案しゲオルゲに顔を向けると、ゲオルゲは短く伸ばした顎髭をかき、低く唸る。

「怪しいと言うだけで捉える訳にはいかないしな。報告をして判断を仰ごう。あのお方の事だ。奴らの企みも読めるやもしれん」



「ん?ああ、酒の入った瓶が?布で蓋してるって?あ――それ、割と大きく布、はみ出てない?……ったく、いつのヤンキーだよ……あ、科学者なのか?どちらにせよ面倒だな。その酒、多分、火がつくぞ」

「何!?火だと?」

 大きな声がし、ソファの方を見ると、いつからいたのか、今回の事で謹慎をくらってたマチューが険しい顔をして立っていた。

 

「おっ、マチュー!やっと出てこれたのか……って、どうした?」

 その顔は、ようやく謹慎が解けたというのに青ざめている。

「リンネ様!それは一大事ですわ!」

 後から入って来たアイリスも慌てた様子で駆け寄って来る。

『大丈夫っすか!?』

 城門側とはゲオルゲと繋がったままだ。俺はちょっと待てと、ゲオルゲを通じての報告を一旦保留する事にした。

「すまん、クレタス。今からこっちで対策練るから、しっかり目を光らせておいてくれ。決まり次第すぐ連絡する」

 ……そうだよな、と俺は頭を抱える。

「この国は火事に弱い造りなんだな?」

 俺の呟きに、マチューは頷く。

「ああ、リンネ。実は五年前に大火事があったんだ……」


「――なるほど。……じゃあ、以前、この国を襲った火事では、シールドが開けられ、雨の力で消火されたって訳か」

 マチューの話は五年前、この国を襲った大火の悲しい結末で締めくくられていた。

「ああ、時間はかかったがな。お陰で失った物は多い」

「マチュー様の御家族も犠牲に……お痛ましい事ですわ」

 顔を伏せるアイリスの頭を撫で、マチューは続ける。

 

「リンネ、どうする?その火炎瓶とやらをばらまかれたら、オブシディアンは過去の大火を繰り返す事になる。しかも、今回はシールドを開けられる者は、もう……」

 マチューは昔を思い出したのか、苦しそうに眉を寄せた。

 国を脅かすほどの大火だ。その傷はきっと、国民の心の中にまだ残っているに違いない。だけど……。

 

「確かにこの国のシールドを開けるのは、アンクを引き継いだ俺でも無理かもしれない。ダヴィドの愛国心は半端ないからな。だけど俺は、ダヴィドが先の教訓をそのままにしておくとは思えないんだ。何らかの手を打ってあると思うんだが?」

 俺はアイリスを見る。

 

 話を振られたアイリスは、ちょっと驚くも、すぐに、はい、と大きく頷いた。本当にアイリスは逞しくなったと思う。

「リンネ様。お父様は、オブシディアンにいる精霊についてのお話を、よくされていましたわ。残念ながら、私には見る事はできませんでしたが」

「精霊?――すげぇ!ここに来てファンタジックな生物登場とかアガるわ。で? その精霊が今もオブシディアンを、守ってくれているのか?」

「はい!お父様は精霊は人の純粋な気持ちに応えてくれると申しておりましたわ。私にはそれがよく分からなくて……。いくらお祈りしても、精霊は姿を見せてはくれなかったのです。お父様は、見えないのが普通だ、と言って下さいましたが……」

「そうか、残念だな。祈り、か……」

 

 俺は考える……。

 人が祈るのは、その存在を信じたいものに対して、ではないだろうか。

 存在していると分かってるものに手伝いを頼むのだったら、祈りではなく、願い、なんじゃないか?

 

 この世界では、願いは叶えられる。デオ兄が見守っていてくれてるはずだから。

 テムという創造物があるくらいだ。精霊だって現れるに違いない。

 この世界に来て、俺は信じる事の強さを知った。

 

 この世界は本当に面白い。俺の知らない事ばかりだ。

 俺はもっと色んな物を見たいし、知りたいと思う。

 俺はそこらにいるであろう精霊を探すように周りを見渡す。……そして、吸い寄せられるように窓へと近づいた。


 今日は新しい王を祝福する様な、晴れ晴れとしたいい天気だ。シールドの中だと言うのに、その優しい光はこの国全体を照らしてくれる。これは奇跡だ。

 よく考えれば、髪を揺らすこの風も奇跡。シールドに囲まれているとは思えない程、純粋な水をはらんだ新鮮な空気が、この国にはいつも流れていた。

 

「そうか……ごめんよ、気付かなくて。お前達はずっとここにいたんだな」

 俺は窓枠に足を掛ける。

 誘うように、風が手を引くから。


「ちょっとこの子らと遊んで来るわ。すぐ戻るよ!」

 俺は背中に羽を創り、慌てて駆け寄る仲間の手から逃れ、宙へと踏み出した。

 この子らがいれば、空気だって安定するに違いないから。


「「リンネっ――!!」」

 仲間の声を背中に聞きながら、俺は五階からダイブしていた。

 羽を広げれば、俺の周りに色とりどりの小さな妖精が集まってきて、ふわりと俺を持ち上げてくれる。……ああ、妖精じゃない、精霊だったな!

 

「ありがとう!この国を、守ってくれて。これからもよろしく頼むよ!」

 俺は挨拶をするように次々に現れる精霊たちにもみくちゃにされる。

 体は自然に宙に浮かんでいた。

 気付けて本当に良かった。心からそう思う。

 ――気分は、最高だった。



「隊長――っ!天使が飛んでいます!!」

 新王の部屋の前、ウービーの指さす窓の向こう。キリルは慌てて窓から顔を出し、上空を見上げた。

「何処だ!?」

「もっと下です!」

 視線を落としていくと……。

 あの人は再び宙を飛んでいた。蝶のように、フワフワと。……有り得ない。

 

 見なかったことにしよう。

 

「気の所為だ!!そろそろ時間だ、気を引き締めて行くぞ!!」

 キリルはその光景を頭から振り払うようにそう言い、振り返る。

 ……だが、遅かった様だ。

 新王ニックスは既にキリルの真後ろに立っており、リンネ様を見、固まっていた。

 

 ゴテゴテに着飾られた、この世で一番美しいと思われる男は、眉を寄せ、情けない顔で呟く。

「リンネが攫われる……」

「何に!?……あ、申し訳ありません。直ぐに回収させましょう」

 フィービを呼べ、と言おうとした口はニックス国王の手により塞がれる。

「私が行く」

「いえ、時間がありませんから!」

「待たせておけばいい。リンネがああしているのには訳がある筈だ。話を聞かないと落ち着かない。それに、お前も気になって身が入らないんじゃないか?」

 完全に見透かされている事に、キリルはため息を付いた。

「分かりました。では、急ぎましょう」

「え!?間に合いませんよ?」と慌てる部下たちをそのままに、二人は階下へと急いだ。

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