会談
テーブルのロウソクに火が灯され、会食が始まる。俺は人に囲まれたダヴィドが、アイリスの肩を抱くのを確認すると、取り巻きから脱出し、食べ物の乗るテーブルへと急いだ。
「こんな所にいたのか。小さいから見えなかったよ」
奇しくもウービーと同じ事を言いながら俺に近づいて来たのはオルフェウスさんだ。
「うわっ!リュカスがデカくなったみたいだ!」
俺はソーセージを皿に盛りながら、お返しに失礼な事を言ってみる。薄絹を重ねたような、サラリとしたローブを着ているから、女性のようにも見えるが、事実その顔はリュカスそっくりだった。
オルフェウスさんは眉をひそめた。
「噂通りの男だな……。だが、それは賛辞だよ。リンネ殿、君が帰って来るのを待ってた……って、どんだけみんなを待たせるんだい。何故、空路を使わなかった?」
空路って、飛んで来いってか?
「俺は安定感のないものは信用しないタイプなんだよ。オルフェウスさん、待たせたのならすまなかった。話があるみたいだけど……まず食べていい?」
途端に破顔するオルフェウスさん。
「ああ、食べるといい。そして大きくなるといい!」
「余計なお世話だよっ!」
「あ!リンネ!……やっと見つけた。早く大きくなれよ。見えないだろ?」
「ほら、カシアもそう言ってるぞ?」
「うるさいなぁ……俺はコレで完成形なんだよ!」
オルフェウスさんとカシアさんに、これ食えあれ食えと世話を焼かれながら、落ち着かない飯を食ってると、俺たちを遠巻きに見ていた人垣が割れ、文官らしき長身のほっそりとした中年男性が近づいて来た。
眼鏡にくちゃくちゃとした茶色い巻き毛。その男は俺の前に来ると、スライディングする勢いで膝を折った。
「リンネ殿!此度は……!」
後ろから人を割り、駆けつける衛兵を見て、俺はソーセージを口にくわえたまま、慌ててしゃがみこんだ。手には皿を持ったままだ。
「……食べる?」
急ぎ咀嚼してからの一言目がこれ。間抜けだ。
しかし何か言いたそうな口をポカンと開け、目の前の男、グレオルはコクンと頷いた。
すぐにグレオルの側近により、部屋の隅にソファが用意され、俺はグレオルの正面に座らされた。
オルフェウスさんと、カシアさんが俺を挟むように座る。居心地の悪さから、俺は用意はされたものの、嬉々として進まない食事をとりながら、目を泳がせていた。すると、遠巻きにこちらを気にする人垣の中に小さなドワーフの姿があるじゃないか!
「ボエ――!!お前もこっちに来いよ!!」
俺は仲間を見つけて手を振った。
「!!」
顔を青くするボエを捕まえようと、俺が立ち上がると、それに気付いたグレオルの側近がすぐさま椅子を用意してくれる。
ボエはガタガタ震えながら、グレオルの隣に座らされた。……うん!これでどうにか落ち着けたな。
「リンネ殿、此度は我が力が及ばず、そなたに迷惑をかけてしまった事、誠に申し訳なかった。ヘスペリデスに加担した諸侯については、厳しい処分を下す故、今回の事は、そなたの腹の中に収めて頂けないだろうか」
腹に収める、か。
「それは無理だな。アレはまだヘスペリデスにあるし、諸侯らはそれを知っている。アンクへの欲求をを再認識し、それを持つこの国、オブシディアンへの不満を募らさた諸侯らを、今後貴方が抑え続けられるとは思えない」
アレがヘスペリデスにある、の下りで両隣の二人がニヤけたのは見逃さない。
「失礼な!!」
だが、側近の一人が声を荒らげ、会場が一瞬静かになり、和やかな雰囲気がいっきに緊張感のあるものに変わる。
グレオルが片手で側近を抑えるのを見ると、皆、息を吐き、動き出した。
グレオルは周りが落ち着くのを待ち、話し始める。
「……その通りだ、リンネ殿。実はね、私がここに来たのはそなたに謝る為だけではないのだよ。実はそなたには相談があって……良ければ聞いて欲しいのだが?」
腰の低い王だ。だけど、お付きの者たちは恐ろしい形相で俺を睨んでるぞ。面白いな。
「分かった。でも、相談なら、長くなるだろ?その前に、ここにいるボエの話を聞いておきたいがいいか?」
俺はボエを見る。
「ヒッ!わ……私の話は後でも!」
話を振られたボエは今にも死にそうな顔をしていた。
「分かりました。では、相談は後で」
「ありがとう。で?ボエ。何を預かってきたのかな?」
キョドるボエを心配しながら、落ち着かせようと、優しい声で話しかける。
「あ……はい。リンネ様への謝罪と感謝状。後は……その……」
おどおどとグレオルを見る。
「オブシディアンと国交を結びたいとの打診を……。リンネ様、詳しくはこれを」
何らかの働きかけはあるだろうな、とは思っていたけど、急いで使者を送るくらいだ。思ってた通りの成果に俺は心の中でガッツポーズをしながら、クルクルと巻かれ、しっかりと封蝋された手紙を受け取った。
「ありがとう、ボエ。後で詳しく話を聞かせてくれ。お待たせした。グレオルさん、そちらの相談とは?」
大国ティルクアーズはこれで大きな顔を出来ない筈だ。
「はあ……貴方もお人が悪い。……分かりました。その事についてのお話は、今は出来そうもありませんので、正式な書面を持ち伺えるよう、尽力すると誓います。ですので、どうか今日は私個人の願いとして聞き入れて欲しい。実は私は歴史が大好きでしてね。出来ましたら貴方の知る歴史を知りたいのです」
その言葉をカシアさんが眉を潜め、嫌そうに補足する。
「リンネ、こやつは歴史を綴る者と言われててな、要は無類の知りたがりなんだ」
「……なるほどな。それは俺しか知らない知識って認識でいいんだよな」
俺はチラリとオルフェウスさんを見る。
恐らく彼も同じ目的で、俺を待っていたであろうから。オルフェウスさんは俺にニコリと微笑んでみせた。
よくある現代の知識でウハウハは、実は危険だ。
グレオルさんの眼鏡位なら広まってもいいが、マチューの持っていたクロロホルムとかがそうだ。その使用法が間違って伝わっていた可能性を考えると、オルフェウスさんは夢見る魂を番人という、自分の駒にし、しっかりと管理する必要があったのだと思った。
恐らくエンキは夢見る魂だ。いつの時代から来たのかは分からないが。
「ああ、そうだ。実は君を家に呼びたいとダヴィドに相談したのだが、断られてな。仕方なく出向いて来たのだよ」
「お前に捕まると、何年も帰って来れなくなるからだろう?リンネ、気をつけろよ。こいつはしつこい」
カシアさんの補足に俺は苦笑いで応えた。
グレオルさんの本題はどうやらこっちだったらしい。純粋な探究心なのだろう事が伺えた。
だが、これでグレオルがティルクアーズの王である理由が分かった気がした。
過去の経験を知るものは、思慮深く、間違いを起こしにくい。ティルクアーズを立て直すにあたり、反乱者達は第三者的立場で物事を見れる人物を王に据えたのだ。
「分かりました。では文通なんてどうです?……まあ、俺が文字を覚えてからですが」
俺の提案にグレオルさんは破顔した。
「おお、それはいいですな!では、私が先生になろう!」
「え!?いいの?」
思ってもみなかった申し出に俺は身を乗り出した。
「勿論だとも!」
グレオルさんは大きく頷いた。
「やった――!!実は不安だったんだよね。ダヴィドの部屋には殆ど本ないし、開いた様子もないから。何も書かれてない本まであるんだぜ」
俺が声を抑えて喜ぶ横で、何故かオルフェウスさんが頭をかいた。グレオルさんも口をとがらせる。
「ダヴィドめ、私の本を読んでなかったな……では、リンネ殿……リンネ。これからもよろしく頼む」
グレオルが握手を求め、手を差し出す。
「ああ、グレオル先生よろしく!」
俺はその手をしっかりと握った。
その後、明日には帰るというボエを交えて、ギンヌンガカプでの事を中心に情報交換が始まった。
談話が進むにつれ、ボエがあんまり俺を褒めるから、照れ隠しについ飲み物に手がいった。
「じゃ、ボエはハリアロスさんのテムで来たのか。ハリアロスさんのテムって何だ?」
「はい。紙飛行機のようなものです。それを恐ろしい勢いで、山の上から飛ばされて……ああ、恐ろしい……二度とゴメンです」
ボエは思い出したようで、ガタガタと震える。
「あはははっ!気の毒にっ!」
まさか、風の谷のあの人が乗っている様な乗り物に、ドワーフが!?想像しただけでもうダメだった。
「全然気の毒そうに聞こえませんよ、リンネ様。って笑い過ぎです!」
笑っているうちに、どんどん楽しくなってくる。
「きゃはっ!俺も何か楽しい物創りたいなっ!空かぁ。ちょっと飛んでみたいかも!」
俺の笑い声に、どこに隠れていたのか、テランスとフィービが飛び出して来るのが見えた。
「誰だよ!この人に酒飲ませたのは!!」
「テランス!お前、真っ先にわしに顔を見せんか!!隠れおって」
カシアさんの嬉しそうな怒鳴り声が聞こえる。
「おい、リンネ!止めろ!!お前また変な物を創ろうとしてないか!?」
フィービの制止にオルフェウスさんが目を細めるのを見ながら、俺は今までにない高揚感を感じ、解放を求め、外へと駆け出した。
大きな羽を広げて空を見る。
下弦の月だ。
空気は澄み、宇宙中の星が見えるんじゃないかと思うほどの星たちが、夜空を埋めつくしていた。
この世界はどこまでも美しい。
見事な星空に向かって駆け出し、俺は羽ばたく。
「ヒャッハ――!!最高――!!」
その声は空に消えた。
「マジか……行っちまった……」
「帰ってくる……よな?」
テランスとフィービが空を見上げると、天使の様に背中に真っ白い羽を広げた酔っぱらいが、透明なシールドの中を旋回していた。
空を見上げる二人の横に、ニックスとクレタスが駆けつける。
「今の、リンネか!?」
「え!?あれって先生?」
「あ――。ごめん、抑えられなかったわ」
テランスの言葉にニックスがすぐに反応する。
「クレタス!!小竜を飛ばして、リンネが外に行かないよう、見張ってくれ。危なそうなら咥えて持って帰る事!!」
「りょっ!!」
荷物かよ!とは誰も突っ込まない。
皆、諦めと共に空を仰いでいた。
その日、突如オブシディアンに現れた天使に、国民は皆、祈りを捧げ、幸せを祈ったのだった。




