戦いの果て
リンネはハリアロスさんを先頭に、フィービ、テランス、ラビスを連れ、ボケーッと茨の迷路の中を歩いていた。
ボケーッとするのも無理はない。操るアンクの数が許容出来る範囲を大きく超えているからだ。
ダイフクに、ヨモギに、ピグミーに、ゲオルゲさん。アレス、ディオン、エドガールさんの分もフル活用。
今やっと、その殆どを皆に任せる事が出来、どうにか動けるようになったのだ。
(アレスさん、すまないが、キュクロープスが落ち着いたら、拘束している皆を離してやってくれ)
『黙れ。私に指示するな、分かっておる』
(キリル――ヒエレミアスさんが死んだフリしてるから……)
『もう居ませんよ、茨の中で待機するそうです』
(そうか――なら、拘束解けたら皆に避難を……)
『ヘスペリデスの次男、ファニスにやらせます』
(おぅ。……あ、大広間の玉座にはまったアレスさんのアンクを頼むよ。日の出と共に、城は消すからなっ)
『『はぁ!?』』
(よろー)
これで城の方は片付いた。あとは……。
(エドガールさ――ん、アルさんの救出ありがとう!)
『レジスがいないではないか!!それになんだ?このキュクロープスの数は!』
(お酒が効いたのかなぁ……あ!ステロだ!)
『バカか、手を振っても見えんぞ!テムである事を忘れるな。お、テオと言ったか、レジスを見つけた様だな。使える奴だ』
(エドガールさん、殺しちゃダメだ!)
『何故だ?』
(俺は今回の事についてはレジスは被害者じゃないかと思っている。番人が介入しなければ今回の事は起きなかったから)
『番人か……。おぬしの言う事も分からんでもない。確かに、レジス一人では何も出来んからな。だがな、奴はただの大人のなりそこないだ。シグルズという偉大な親を持ってしまったが為に、自分も偉大だと勘違いをし、周りを蹴落とす事しか考えてない、大馬鹿者だぞ。そんな奴に同情したところで、お前が殺られるだけだ。……ユノの様にな』
(ユノ?)
『ああ、可愛いユノ。アフロディの美しくも儚い娘』
エドガールさんは感情なく淡々と話す。
だけどそれはとても悲しそうに聞こえた。
ああ……そうか。
(ねえ、エドガールさん、一つ聞いていい?アフロディの事だけど)
『何だ?』
(俺の予測では、アフロディはダヴィドの奥さんなんじゃないかと……違う?)
俺とニックスが初めて出会った時、俺のアンクを見てニックス言ったんだ。陛下は我が一族を見放されたのですか?と。
ニックスは王族だ、と、俺はその時思った。
そして、ニックスはアンクは祖母、アフロディから受け継いだ、と言う。だから、二人は……。
『違うな。確かに、二人の間にはユノという子どもがいた。しかし、結婚する前にアフロディは亡くなってしまった。
ユノを育てたのはイーリアスであり、そのユノと結婚したのが、レジスだ』
そこで不思議に思う。ダヴィドは何故、大事な娘、ユノを手元に置かなかったのか。
(ねえ、どうして、ユノは王族として認知されていないの?)
『ティルクアーズでの戦いの時、ダヴィドは娘に火の粉が降りかかるのを避けたかったんだ。だから、ユノを私に預けた。……って、おぬし、そこまで予測して、私に喋らせただろ』
(ああ、まあ、予測はついてた。そっか、ユノ、か。その娘も若くして亡くなったんだろ?俺、そこがひっかかってて、ニックスに聞くに聞けなくてさ。ニックスは絶対母親似だろうし)
『ああ。ユノは息子二人を産んですぐに亡くなった。優しい娘だった。あのレジスに寄り添い、愛を説き続けたのは彼女だけだった。だが、それは結局レジスに届く事はなかった』
ダヴィドはユノの大切な人を罰する事に躊躇したんだろうな……。
俺は考えた。レジスをどうすべきなのか。
『考えるな。我々に任せろ。エドガール、頼めるか?』
アレスさんのチャットだ。
『アレス、私には無理だ。この体の主はリンネだ』
『そうか……』
『待て、俺がやろう』
『ディオンか。お前になら任せられる。我が相棒よ』
頭の中で声が重なる。
俺は胸が苦しくなり、目を覆った。
『リンネ。お前は未来だけを見ていろ』
俺は小さく頷き、頬を伝う雫を拭った。
脳内いっぱいいっぱいな俺の顔を、心配そうにテランスが覗きこんできた。
「リンネさん?全容を話せとは言わないが、何処に向かっているかだけは教えてくれ。あんたが倒れる前に運ぶから」
「ニックスの所に――」
俺のその答えに、フィービが両手を上げた。
「そいつが何処だか分かんねーから聞いてんじゃん。ダメだ……リンネさんアホになってる。ほら、ラビス……だっけ?こいつを抱えろよ」
「りょ!」
後ろにいる、ラビスが頷き、抱えられる。フラフラだから、助かるけど。
「いつもこんななの?この人」
「まあ、だいたいこんな感じだな……」
「マジか……」
俺の認識、間違ってるから!
「どちらですかな?リンネ殿」
茨の中は複雑だ。分かれ道なのか、先頭を歩くハリアロスが振り返った。
「右――で、次左――で、ゴール!」
答えるも、意識はここにはない。
ニックスがエンキと戦っているんだ。気になって気になって……。
「おお!やっと出れましたぞ」
「すげぇな」
「すげぇー」
「リンネ様可愛い……」
「すげぇ子供だな」
「おめでとう」
「一人、感想がおかしいぞぉ……しかも、何か増えてる!」
テランスがそう言い、フィービがキョロキョロと見回す。
「茨の中から声がしたような……しかも、敵いねぇ」
動かなくなったリンネを抱え、首を傾げながらも、一行は堂々と正門から外に出た。
「ハリアロス様ァ――!!」
門を出て直ぐに、敵がいない理由が分かった。
飛び跳ね、喜びながら走り寄るのは、しっかりと武装した数十人のドワーフの皆さん。
「お前らぁ――!軍は出すなと!」
「違いますよぉ、ハリアロス様!これは義勇軍です!集めるのに時間がかかりましたが、間に合って良かったです!よくぞご無事で!」
ブカブカの装備で報告するのはボエだ。
「お前らぁぁぁ――!なんていいヤツらなんだぁぁぁ――!」
感無量といった様子で咽び泣くハリアロスさん。それを横目にテランスは剣を抜いた。
「オッサンの泣き顔、汚ぇ……よっと、おい!まだ気を抜くな!」
どういう指示を受けているのか、キュクロープスに追い立てられてもなお、敵兵は攻撃の手を緩めてはいなかった。
フィービが、嬉しそうに駆け出す横で、俺はガッツポーズをしていた。ニックスが勝ったのだ。だが……。
「やべぇ!エンキが逃げた!」
思わず俺は叫んだ。
空を見上げる俺に釣られ、皆、上を向く。
西の空に向かって飛んで行く大鷲がみえた。
「なに!?ぶら下がってるのがエンキか?」
テランスに頷き、俺はラビスの胸から離れた。
俺に頷き、どこかへ突っ込んで行くラビスを見送ると、俺はバングルに手をのせる。
「そうなんだよ……俺、飛んでみるわ」
今、このフラフラな状況で、更に飛べる物を創れるだろうか。不安はあるが、やるしかない。
だって、アイリスが危ないんだ。
これ以上ダヴィドに悲しい顔はさせられない!
「待て待て待て、あんたいなくなったら、ここどうすんだよ」
テランスに腕を取られる。
「でも……」
「お、おい!あれっ!」
誰かが叫び、俺は再び空を見上げる。
白み始めた夜空に浮かぶ白い影は……。
「ムネーモシュネー!?」
「せんせ――って……んん!?」
クレタスは眼下に見える正門の前に見つけた仲間達が皆、何かを指差しているのに気付いた。
同時に、正面に見えていた鷲が、恐ろしくデカい事にも気付いた。
「マジか……どうしろと?……ん?首カット?」
皆、首の下で手を横切らせている。なるほど。
サイズではこちらが勝ってる。
……ならば!
「突――進――!!行けぇ――む――ちゃん!!」
「ん――。かすった、かな? 男は脚を押さえてました!」
双眼鏡を覗く小さなドワーフが呟いた。
この彼が、ムネーモシュネーに乗っているのがクレタスだと教えてくれたお陰で、指示は出来たが、そこまでの効果はなかった様だ。
皆、肩を落とす。
だが、思わぬ所で効果は出ていた。
「ムネーモシュネーが出たぞぉぉぉ――!!」
「わぁぁぁぁあ――!!」
「逃げろぉぉ――!!」
敵兵がその影に戦き、散り散りに逃げて行く。
「何?!どうした?!」
驚き戻って来たフィービに、テランスは答える。
「ああ、アンクを割った俺たちとは違い、自分のアンクが丸いと信じる、ティルクアーズの者達にとって、ムネーモシュネーの存在は恐怖以外の何物でもないんだ」
「なるほど……」
「クレタス、やってくれたな!」
空を旋回し、降りる場所を探すクレタスに、皆がエールを送っていた。
それを横目に、俺は冷や汗をかきながら必死にエンキに追いつける物を考える。
そんな俺に、いつの間に戻ったか、後ろからマチューが怒鳴りつけてきた。
「おい!リンネ、何もなかったじゃないか!って、お前、大丈夫か?」
俺を心配そうに顔を覗き込むマチューの表情は、以前より余裕があり、とても逞しく見えた。
俺は嬉しくなって微笑むと、横に連れている、ペガサスを見た。
マチューなら、アイリスを守ってくれる。
俺はそう確信した。
「頼む、マチュー。西に飛んでくれ。エンキを逃がした……エンキの鷹がアイリスを……」
すぐに、マチューは顔色を変える。
「分かった、すぐに追う!お前は寝てろ!」
まるで白馬の王子様。飛び立つマチューを見送った所で、俺は意識を保つのが難しくなってきた。
あともう少しなのに……。
だけど、不安はなかった。
だって、俺にはみんながいる。
俺の意識はそこで途絶えた。
崩れ落ちるリンネに、皆が手を伸ばす。
ニックスがリンネを抱えあげ、それをステロが受け取り、大事に抱えた。
朝日が昇る。
みんなが見つめる中、オブシディアン城は霧と化した。
城のあった場所からは、朝霧と共に多くの兵が現れた。
一瞬、身構えたニックスらだが、兵からは戦闘意欲は感じられず、様子を見る。
皆が、戸惑う中、兵を割るようにキリルとゲオルゲがこちらに向かって来た。後ろには、その代表らしき者を二人連れていた。
「こちらがリンネ様ですか?」
壮年の方の兵が言い、ニックスが頷くと、彼らはいきなり片膝をつき、頭を垂れた。
後ろに控えた兵らが全員それに習う。
その数の多い事!!
見れば、ドワーフ達もならい、皆一様に頭を下げていた。
ニックスらが息を飲む中、若い方の兵が声高らかに唱える。
「此度の事、心より感謝申し上げます!」
若者はしばらく頭を下げ、そして、立ち上がると、ニックスらにも深くお辞儀をし、他の兵を連れ、城のあった場所へと戻って行った。
「今の誰?何事?」
「リンネ様に聞くしかないでしょうね」
「起きるのは二日後、かな?」
「今回はもっとかかるかも」
皆の疲れた顔に、微かな笑顔が戻っていった。




