飛び立つ
逃げ惑う兵を蹴散らし馬を走らせれば、くそ忌々しい城に向かって走っていたソレは、すぐに見つかった。
両手に血まみれの閣下の手を抱えたソレは、雌の小人、ピグミーだ。
アンクからピグミーへ、よくコロコロと姿を変えるものだ。だが、変えるのならもっとマシな物があるだろうに。
「はっ!馬鹿が!! そんな姿で私から逃げ切れるとでも思ったか!」
エンキは馬から飛び降り、ピグミーへと鞭を伸ばした。
だが、すんでのところでピグミーの前に飛び出し、盾で庇う者がいた。盾で鞭をいなし、立ち上がった男は……。
「騎士団長ニックス……」
「エンキ殿。お手合わせを願いたい!」
そう言い、ニックスは剣を抜いた。
「ふっ、またやられに来たか? 大人しくあのガキを出せば、見逃してやるぞ」
「それだけは出来ませんね。今度はやられませんよ」
不敵に笑うニックスは、殺るのが惜しいと思うほどいい男だ。だが、今はこの男に構っている暇などない。
「ほう――……殺れ!!」
私は控える代表らに合図を送った。
「うっ……!」
「うっ!がっ!」
しかし、返事は呻き声で帰って来た。
振り向けば、ニックスの仲間なのか、男が一人、代表らと部下、十人あまりを相手に大立ち回りを披露していた。
私はその見覚えのある顔を見、眉間に皺を寄せた。
中空の回廊で不死の兵を率いていた大将……。
テム同士は見えないというのに、その影だけで戦況を把握しているのか、的確な指揮を出す男。テムではあるが、かなりの切れ者だと思って見ていた。
だが、不死の兵は全て片付けたはず。
「何故、こんなに所に……まさか!」
そうか、そうなのか。
不死の兵からアンクを盗んだのもまた、あのガキだと言う事実。不死の兵が光となったあの夜の憤りを思い出し、拳を握りしめる。
あのガキも捨て置くのがもったいないと思ったのだろう。体をつなぎ合わせ、兵として使うとは! もはや人として許してはおけない所業だ。しかし……。
「不死の兵がそう簡単に操られるとは思えん」
私の呟きに、筋肉の塊のような代表の胸に足をかけ、剣を引き抜いた奴はニヤリと答えた。
「私は私の意思で動く」
それはテムの常識を逸脱したその答えだった。
だが、眉を顰める間もなく、ピグミーが動くのが目の端に映り、私は鞭を飛ばした。
「させるかっ!!」
ニックスに閣下のバングルの一つを差し出すピグミー。
鞭はピグミーの手に当たり、その手に持っていた地味なバングルを弾き飛ばした。
弾き飛ばされたバングルは宙を舞う。
私は再び鞭を伸ばそうと、手を伸ばした。
その手の先に、どこからかピンク色の小鳥が現れる。そして、バングルを輪の中に頭を潜らせると、そのままニックスの胸へと飛び込んだ。
「よくやった」
ニックスが小鳥を優しく撫で、空へと放つ。
その真の持ち主の腕にバングルが綺麗に収まるのを見て、私はようやく理解した。
そうか、ガキの目的はこれだったのか……。
「これで何もかもが、あの時と同じ条件ですね。いきますよ!」
ニックスはそう言い、すぐに踏み込んで来た。
あの時と同じ……ではないな。
剣を合わせてみて分かる。奴の動きは格段に良くなっていた。
左で持つ剣では追いつかず、右手で鞭を奮うも、盾に絡ませ引かれる。これでは鞭はふるえない。
「貴方との戦いを何度も思い起こし、対策を考えました。もう鞭は効きませんよ」
「ふっ。ならば」
剣を利き手に持ち替え、応戦する。しかし、踏み込む隙が全く見当たらない。
まるで盾が生きているように形を変えるのだ。
踏み込めば体に添い、引けば鈍器となり、突いてくる。
「それだけではないようだな……!」
一旦引き、間合いをはかる。
「ええ、想定外の動きをする人がいたもので、守りに幅がでましたね」
この数日、奴は一体どんな敵と戦って来たのか。
ニックスは完全にテムを自分のモノにしていた。
ならば、と私は創造する。
あのガキが見せた創造の速さ。私ならそれ以上の物が創れる自信があった。
私は瞬時に使い慣れた鷹を創り出し、自身の丸いアンクを埋め込み放った。
「さあ、行け!!」
同時に奴の懐へと踏み込み、注意を自分に向ける。奴が盾を展開したところで、私は後ろから鷹を突っ込ませた。
「チッ!」
奴らしからぬ舌打ちし、盾を空に向けるのを見、私はすぐさま剣を打ちつける。
二方向からの攻撃に、応戦する奴も必死のようだ。これでまともな攻撃ができる、と俺はほくそ笑んだ。
……だがそれも束の間の事だった。
ピンクの小鳥が、パタパタと舞い降り、その小さな体で、私の鷹に挑み始めたのだ。
啄まれる小鳥を目にとめたニックスは、目を見開き、明らかに様子が変わった。
「小鳥が……!!」
まるで別人になったかの様に、次々に重い攻撃を繰り出してくる奴に、私は為す術なく後退する。
気付けば私は引き倒され、喉元に剣を当てられていた。
「番人である、この私が負けた……だと?」
呟く私に応えたのは、忌々しき姿のピグミーだった。
「俺は番人という者が、どんな目的で動いているか知らない。でも、こんな風に人の心や命までもを弄ぶような輩なら、喜んで敵になるよ」
その声は忘れもしないあのガキのもの。
「何も知らない奴が何を言う……私はただ、オルフェウス様に……」
私は力なくパンドラの箱を見やる。
血溜まりに置かれたそれは、もう開くことはないのか? 私はこれを開ける為、それこそ血を吐く思いで尽力したというのに……か?
いや、まだだ。私の努力をこんな形で終わらせはしない!!
「……何処にやった……。あの娘は……?レジスのアンクは何処に!!」
まだ私には叫ぶ力があるのだ。ならば諦めるのはまだ早い。
「最も安全な場所だ。お前の手の届かない所だよ」
ガキは静かにふざけた事を言う。
手の届かない場所だと? 隠したのか?……いや、違う。
最も安全な場所など、ないではないか!オルフェウス様の所以外は!
「そうか……お前。……逃がしたな!! リュカスがいないではないかっ!! そう言う事か――!!」
怒りが膨れ上がる。
膨れ上がった怒りはテムに伝わり、大きく羽ばたき私の元に飛来した。
私のテムは暗き色を纏った大鷹へと変貌していた。
私はニックスの剣が怯んだ隙に、大鷲の足へと手を伸ばす。
「私を謀った事、後悔させてやる!!」
驚き、手を伸ばす奴らを見下ろしながら、私は大鷲の足に掴まり、悠々と空へと舞い上がった。




