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ラビス

「ボエ、トイレに行きたいのなら行ってこい」

 リンネを見送ったハリアロスの前で、モジモジとするボエ。ハリアロスは、見かねて声をかけた。すると、

「いえ……あ、の……すいません!!」

 ボエは突然、床に手を付き頭を下げた。


「どうした! 男が、そんな格好をするでない!」

 私に叱咤され、あげたボエの顔は涙で濡れていた。

「ずびません。領主直々サイン入り特例書は、既に使用されていました」

「ん? ああ、そうか……ん?」


 私は門を見る。

 さっき出ていったよな、リンネ殿。


「あの者らが使ったんじゃないのか?」

「いいえ。皆さん入領証書を持っていらっしゃいましたし、リンネ殿はこちらの手違いで入領させたので不要かと。特例書は別の者が、かなり前に使用したようです。時刻からすると、発行されて間もあけずに……」

「なに!?どこのどいつがっ!」

「その時対応した門番が言うには、二頭立ての馬車を引いた商人風の男が。しかし、怪しんだ門番が、荷物の確認に幌をあげるのを頑なに拒んだらしいのです」

「何が乗っていたんだ?」

「チラリと見ただけで、よくは見えなかったらしいのですが、エルフの青年とその護衛のように見えた、と。しかも、その青年が、オルフェウス様によく似ていたらしくて」

「なぁぁ――にぃぃ――?」


 ゴゴゴゴ……。


 その時、下から突き上げられるような地響きがし、門に取り付けられた鉄板が、ガラガラとやかましく鳴り始めた。

 その音に負けぬように、部下が何やら叫びながら走って来る。

「ハリアロス様ぁぁ……!」


 地響きはすぐに止まった。しかし、突然の地響きに怯える領民の声が随所から聞こえる。いや、それだけじゃない。外から何か……。


「ハリアロス様ぁぁぁ――!敵襲です――!」

「なぁぁぁ――にぃぃぃ――?」

 私は門に走り寄ると、門の端に設置された通用口の小さな扉の、またその小さな窓から外を覗いた。


「ん?何も見えんぞ」

 しかし声は聞こえている。まるで戦が行われている様な音だ。

「ハリアロス様。モヤモヤです!我々にはそう見えます」

 下の窓から覗く部下が言う。

「テムか。で?敵は?」

「モヤモヤ越しに見えたのですが、武装した人間です!相当数います!」

「人間だと!?」

「モヤモヤの範囲が広く、モヤっとしか見えなかったのですが、間違いありません!」

「クソっ……テムが邪魔だ。敵の数は特定出来そうか?」

「モヤモヤしているが為に見えにくいのですが、数百人……千人はいるかと」

「千だと!?」

 何故だ! 何故、いきなりギンヌンガガプが……と、ここで私は思い出した。

 

 リンネ殿が言ったではないか。

 目を瞑り、見なかった事にしろと。

 ……これが?

 これがリンネ殿の言った戦闘か?

 いや、規模が違うくないか?

 

「領主様に報告を!」

 走り出そうとする部下の肩を慌てて掴み、止める。

「待て。私が外を見てから……」

「ハリアロス様が!?……そんな……我々をお守り頂けるのですか?!」

 部下がキラキラした目で振り返った。

「え?……あ、チラッと見て……」

「なんと!! さすがハリアロス様!! 頼りになるお方だ!!」

 窓を覗いていた部下が感極まったように叫ぶ。

「ハリアロス様がいれば百人力!いや、千人力だ!」

 それを聞いた部下が喜びに飛び跳ねた。

「聞け――!みんな――!ハリアロス様が追い払って下さるぞ!!」

 門番長が両手をあげ、大声で宣言した。

 皆の視線が期待に変わる。

 

「……ハ、ハ、ハハハッ――!私に任せろぉ――!」

「「「ワァァ――!!」」」

 

 涙目。

 これで安心だ、と頷き合う部下たちに、押される様に通用口の前に立たされる。

「ま……待て、お前ら。ボエ! ちょっ、ちょっとこっち来い! 領主に手紙を書かせろやぁ――!」

 押しまくる部下を払い、ボエを抱えあげ領主への言付けをする。

「え? それでいいんですか? まるで遺書……いえ、なんでもありません」

「戸締りは頼んだ! 誰も入れるなよ! 外にも出すな!!」

「「「はい!!」」」

 いい返事だ。

 

 俺は泣く泣く通用口から押し出された。


 

 外に出ると、目の前は、石造りの壁で覆われた狭い空間だった。

 ふわふわとランパスが舞っており、真っ暗ではないが、寂しい気分にさせられる場所だった。戦いの音が聞こえているので、とりあえずテムを纏わせ準備しておく。

「ふん!肉面硬化!」

「え?ハリアロスさん?」

 壁から声がした。リンネ殿だ。

「リンネ殿、先程ぶりです。すいませんがこの状況を……」

「ごめん!今、手が離せなくて……こちらまで来ていただけませんか?」

「あ……はい」

 素直に返事をすると、すぐ目の前に扉が現れた。


 やはりこの空間はリンネ殿のテムだったのか。

 流石だな、と頷くと、向こう側で声がする。

 リンネ殿は早速誰かに私の事を告げてくれているようだ。


「このお方は大丈夫。通してあげてってみんなに伝えてくれる?」

「はい。了解致しました」

 その誰かが答える。

 私はそっと扉を開けた。


 そこは茨で覆われた狭い回廊のようだった。

 その茨の中に、その誰かは潜んでいるのだろう。ヒソヒソと声がした。

「このお方は大丈夫です。お通してあげて下さい」

 確かに伝わったようで、私は進む。

 

 すると、角を曲がると、突然目の前に剣をかかげた敵兵であろう者が現れた。

 私を見て、剣を構えた、と思ったら

「ぎゃっ!」

 茨に引き込まれていた。

 突然の事に驚いていると、またヒソヒソ声がする。


「このお方は大将軍。だからお通ししろってよ」

「了解致した」

 誰かが小声で返事をした。

 

「ん……む?」

 どうやら、口頭での伝達。故に若干のズレが生じているようだ。

 まあ、仕方ないと、少し歩けば、また敵兵が現れ、構える間も無く茨へと引き摺り込まれた。

 

 リンネ殿は一体どれだけの兵を隠し持っていたのだろうか。茨は迷路になっており、迷い込んだ者を駆逐する仕組みの様だ。

 

 どんどん現れる敵兵に、私もたまに応戦し、茨に敵兵を埋める。すると、茨の中から小声がする。

「このおバカは大将軍だからお通ししろってよ」

「「了解!」」

 

「ん……?」

 ズレが……。

 

 迷いながらも敵兵を倒しながら進むと。

「このおバカは大将軍だから恐ろしいってよ」

「ほぉー」

 

 違う方向へと、伝わってないか?

 

 一体どの位の時間、迷っていただろうか。

 気が付くと……。

「ああ。恐ろしいバカが来るって……あんたか。こっちだ」

 

 どうしてそうなった。

 

 茨から出た腕に手招きされ、ようやく私は迷路から脱出出来たのだった。



 

「お!迷路の打破者が出そうだぞ!」

 玉座の隣の椅子で、だらしなく寛ぐリンネ様が、嬉しそうに叫んだ。

「いや、リンネさん。打破されちゃったら、ここ、危なくなるから、喜ばないで。ニックスさんもキリルさんも居ねぇんだからよ」

 復活したテランスが体をほぐしながら扉の方へと駆け寄った。

「いや、あんまり来ないからさぁ。作り方間違えたかと心配になってたんだよ」

「あんな複雑なの、普通創れねーから!アホかよ」

 自身のテムである狼にヌースを込め終わったのか、フィービも立ち上がると、大広間の梁を登り始めた。


 この大広間の一階部分には窓はない。二階……というのか、梁に登れば狭間があり、外の様子が見れるのだ。


「いや、気分がのってさ……なっ、ラビスなら分かるだろ?」

「ええ。イメージが湧くとどこまでも凝りたくなるものですよねって、私如きが語る資格などありませんが」

 キリルから返してもらった自分の剣の調子を確かめていたラビスは、急ぎリンネ様の近くにある、通用口へと急ぎ、外の様子をうかがった。

 

「チッ!一人じゃねーぞ。こりゃ、完全に攻略されたな」

 扉に耳を付け、テランスが毒づくと、リンネ様が答える。

「ああ。もう茨は飽和状態なんだよ。流すしかなかった。大半はループさせてるが、それも限界だ」

「出るか?俺はもう行けるぞ」

 テランスが言うのを、リンネ様は手で征す。

「待ってくれ。……ラビス、そこはもういい。封鎖するから」

 リンネ様がこちらを向いた、と思ったら、目の前の扉は消えていた。さすがリンネ様だ、と見た先で、リンネ様はゆっくりと体勢を変えようとし、諦めて、椅子にそのまま身体を預けた。私は慌てて駆け寄る。

「リンネ様。横になられますか?」

 華奢な体に手を添え、楽な体勢を取らせる。


 気付かなかった自分が腹立たしい。

 これだけのテムを維持しているのだ。消耗しないわけはない。

「ん――横になったら寝ちゃいそう」

 そう言いながらも目は遠くを見つめていた。眉間にシワが寄っている。

 きっと私の計り知れない何かを動かしているに違いない。

 ダヴィド陛下が玉座で寝てしまう理由が、今分かった気がした。


「叩き起こせ! 寝せるなよ、俺らが行く」

 テランスがそう言い、扉に手をかけるのを見て、私は覚悟を決めた。

「いや、私が行きましょう。いえ、行かせて下さい」

 私は腰に下げた剣に手をかけ、立ち上がると、扉へと急いだ。

 リンネ様が横でニヤリと笑った……気がした。


「お? ラビスさん、もう体はいいのかよ」

 そう言うテランスの肩を叩き、私は軽く剣を降って見せた。

「はい。このままでは、なまってしまいますし、私も何かお役に立ちたいのです」


 この状況で私がどれだけ役に立てるか心配でならない。だが、これ以上リンネ様を煩わす者を近寄らせたくはなかった。


 リンネ様に何人たりとも触れされたくない!


 そう思った時、今度は私が守る番だと悟った。

 キリル、クレタス。見ていてくれ。


 『さあ、若造。お前の実力を見せて貰おうか』


 頭の中に声がした。

 私の新しい腕が疼く。


 そうか……リンネ様は、私に勇気を下さったのか。

 なんと頼もしい事だろう。

 私はニヤリと笑った。

 

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