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任命される

楽しく読んで頂けると嬉しいです。

 すっかり辺りが暗くなった頃、俺たちは城門をくぐった。

 松明の照らされた中庭に入ると、そこで待っていたのは、人、人、人。

 来る時にはスッキリしていた中庭は人で溢れ返っていた。


「陛下!」

 早速、前を行くダヴィドに駆け寄る文官らしき人達。奔放な王を持つと大変だなぁと、見ている前で、ダヴィドは早速、人に囲まれ、そのまま城の中に連行されて行った。


 お嬢様らしく、ニックスに馬から降ろさせた俺は、松明でライトアップされた城を眺める。

 正面西側に見えるのは、城の中央に位置しているであろう、一番大きな建物だ。

 どうやらその、世界遺産の様な石作りの建物の中に、五十は居るだろう人だかりが、どんどん吸い込まれて行ってるようだ。


「さあ、リンネもこちらへ」

「へ? 俺も入るの?」

 俺には縁のない場所だと思ってたが、違う様だ。

「まずは着替えましょうか」

 俺はニックスに従い、石造りの階段を上がると重厚な扉をくぐった。

 

 建物内は天井が高く、上の方は暗くてよく見えない程だ。フレスコ画がある訳ではなく木の梁が巡らされたゴツイ建物だ。壁に取り付けられた松明の光で人の影が幾つにも揺らめいていた。

 

 正面には王様らしく、玉座にダヴィドが座っているようだが、文官に囲まれて見えない。

 俺はランプを手にしたニックスにくっつき、そのまま玉座を左手に見ながら、横にある小さな扉をくぐった。

 中は暗く、窓もないようだ。武器庫らしく、壁には槍や、剣、甲冑なんかが並んでいた。夜には絶対来たくない場所……この甲冑、動き出しそう。


「さ、これに着替えてください」

 ニックスにシャツと兵服らしき服を渡される。

 どうか、気を利かせて部屋から出ていかないでください。とか思いながら、オドオドと着替える。

 脱いだ上着はきちんと畳んでニックスに渡した。

「あ、コレ、返しといてくれない? 赤髪の子に」

「赤髪の子、ですか?誰でしょうね……」

 そう言いながらニックスは俺を見て、首を傾げた。

「袖を折りましょうか。一番小さいサイズのはずですが……」

「一番小さいって。おかしいな」

 確かに俺はMサイズだが、それにしてもブカブカだ。外人サイズかよ。

「……まあ、今はこれで大丈夫でしょう。さあ、髪を整えて」


 コンコン……。

 その時、ノック音と共に扉が開き、豪華な服を来たオッサンが声をかけてきた。

「ニックス、急げ! 陛下が寝てしまわれるぞ!」

「あんなに人がいるのに寝ちゃうの? すげーな、ダヴィド」

 俺の素直な感想に、ニックスが苦笑する。マジらしい。

「急ぎましょう」

 俺はニックスの後を追い、王のいる大広間に入った。


 俺が入った途端、ざわついていた大広間がシンと静まり返る。ちょうど玉座に座っていたダヴィドが立ち上がったところのようだ。


 玉座を前にし、中央にちょっと派手目の衣装を着たオッサンが十数人。

 その右手に、若干古そうな甲冑姿の兵が。

 左手には若手の騎士が、それぞれ二十人くらい、片膝をついて頭を下げていた。


 俺はどこに行くべきなのか?

 キョロキョロしてたらニックスに背中を押される。

「え? ええ??」

 あれよあれよという間に玉座の横に立たされた。

 出てくる冷や汗。なんで俺、こんな場所に立たされてんの?

 

「皆、聞いてくれ」

 ダヴィドの声が響き、皆が顔を上げる。

 ビクッてする俺に、皆さんの視線が突き刺さる。

「こやつはリンネ。アンクに引き寄せられ、この地に降り立った、新しき夢見る魂だ。皆、よしなに頼む」

「「「はっ!」」」

 高い天井に響き渡る返事。

 その迫力に体が震えた。ついでに目が潤むのを止められない。

 

 これは……俺、挨拶しなきゃだめなやつ?

 何を言うべきなんだ? 誰か教えてくれ、と、見れば、ニックスまで傅いている。

「ニックスめ……」

 

 今までいくつものディスカッションには参加したが、ここまで自分の分野とかけ離れてしまうと言葉が出ない。

 すると、正面向いて固まってしまった俺の目の前に、ダヴィドの顔がにゅっと出てきた。

 もちろんその手は頭に乗せられてて……ぽんぽんってさぁ――。

 途端に涙が引っ込んだ。


「……何やってるんだよ、オッサン」

 ダヴィドがニッと笑う。

「お前も緊張するのだな、と」

「するに決まってんじゃん! どうすんだよ、これ。何か挨拶とかいるなら、先に言っといてくんない? これじゃあ俺、何に着任したのかも分かんなくね?」

 思わず、ついさっきまでの調子で食ってかかってしまう。


 そんな俺にダヴィドは嬉しそうに目を細めると、そうだなあ、と顎に手をやり考え始めた。

「そうだ、お前は宰相にしよう」

 さも良案だとばかりに手を打つ。

「はぁ!?」

 大声で聞き返す俺にダヴィドはハハハッと笑うと、声を張り上げた。


「と、言う訳だ!」

 どういう訳だよ。

 

 王が背筋を伸ばす。

「長年不在だった宰相に、このリンネを任命する! 以上、解散!」

 声高らかにダヴィドはそう宣言した。


「へ?」

 呆然とする俺の肩をダヴィドは抱くと、さっさと正面扉まで、引き摺っていく。

 振り返るも、皆さんは不動のままだし。

「おいおい、いいのかよ。いい加減だな。宰相って日本で言う総理大臣だろ? そんな重要なポストにアラサーな子どもがなっていいのかよ!」

 あ、自分で子供って言っちゃった。

「誰も文句は言わんよ。前の宰相がアレだからな」

「アレ?」

 ああ、そういう訳か。

「俺、レジスさんよりマシ認定されたのね」

 なんか解せない。


 衛兵によって開けられた扉をぬけると、慌ててついて来たニックスの後ろで扉が閉じられた。

 瞬間、分厚い扉から漏れ出る程のザワつきが耳に入る。

 

 確かに手伝うとは言ったけどさ。


 固くなる肩に気付いたのか、ダヴィドは足を止めると、眉間にシワを寄せた俺の顔を覗き込んだ。

「まあ、そんなに気負う事もなし、お前らしくやればいい」

 そう言うと、ダヴィドは機嫌良さげにどんどん進んで行く。

「俺らしくって、何だよ」


 今の俺の中には、日本の教育制度に乗っ取った知識しか詰まってない気がする。

 だけど、半ば無理やり押し込んだそれは、自分の努力で勝ち取ったものだ。今回も、努力でどうにかなるものなのか?


 考えても答えは出てこない。

 ……そうだよな、やって見なきゃ分からない。

 でも、期待されてないなら、その分やりがいがあるって事じゃね?

 俺はグッと拳を握る。

 王がそう言うのなら、俺らしくついて行こうではないか。

 俺は慌ててダヴィドを追う。

「なら、俺、頑張るよ。あ、でも、宰相は(仮)で頼むな! ちゃんと俺が機能出来るまで」

「ははっ。そうか、分かった。まあ、楽しめ!」

 俺は頷いた。


 大広間の隣の建物は居住棟らしく、ダヴィドは階段を登ると、その最上階と思われる部屋へと俺を案内した。

 ニックスとはここまでのようで、俺は手を振ると、扉の横に立つ近衛兵のミロンさんをじっと見た。

 大きな剣を床に突き刺し、悠優と立つミロンさんはピクリとも動かない。


「リンネ、そ奴はいいから開けてみろ」

 眼を付ける俺をみて、ダヴィドが可笑しそうに言う。

「ん?なんだよ」

 何かあるのか?と思いながらも、俺は豪華な扉を開けた。

「普通に開くじゃん」

 何もないじゃないか、と、振り向けば。

「はっ!はははは!ミロン!こいつは確かだろ?」

「はい。信じられませんが……」

 ダヴィドの爆笑していた。ミロンさんの肩を叩きながら。

「え!?何? 笑う要素あった?」

「ああ、これは儂のテムなんだ! これから面白くなるぞ、ミロン!飯だ!」

 ミロンさんはちょっと嫌そうな顔でため息をつき、頷いた。

「……ああ、リンネ、こやつは近衛隊長のミロンだ。何かあったらこやつに聞くがいい」

 隊長だったのか。

「どもっす」

 俺は去ろうとするミロンさんに頭を下げた。ふっと微笑まれた……気がした。ミロンさんは表情の見えない人だ。

「で? テムって事は門と同じギミックか。入場制限かけたんだろ?教えろよ」

「まあ、中で話そう」


 ダヴィドに背中を押され、入った部屋の中は真っ暗だった。

 だが、次第に目が慣れると、窓から入る月明かりに照らされた部屋は、居間なのだろう、とても豪華な家具で揃えられているようだった。

 

 俺はダヴィドが部屋中のランプに火を入れ歩くのを目で追いながら、興味が抑えきれず、開け放たれたもう一つの部屋をも覗いてみる。

「天蓋付きベッド!」

 豪華!!……寝てみたいぜ。

 ランプをつけ終わったダヴィドは、暖炉の前に屈む。

 誰も入った様子のない暗い部屋。鍵のない扉。

「なるほど、かなり厳しい制限かけたな」

 条件が気になるところ。

「ああ、お前は自分の部屋に入れるなら、どんなやつがいいか?」

 暖炉に火を入れるダヴィドの隣に座り、見学しながら考える。

 明るくなった部屋は中々居心地が良さそう。

「ん――そうだなぁ。可愛い女の子だな」

「そういう事だ」

「…………マジか」

 ちょっと距離をとる。

「ははっ。安心しろ、そう言う意味ではない。儂の全てを託していい相手、という事だ」

 ……重い。ニックスといい、全力で心を許しすぎじゃね? でも、嬉しいと思う自分がいるのも確かだ。

「ありがとう」

 ダヴィドはうむ、と頷くと、ふっと優しく笑った。

 

「でさ、俺、明日から何したらいい? 来たばっかでなんも出来ないけど、何か俺でもやれる事ある?」

 立ち上がり、棚の方へ行くダヴィドの代わりに、暖炉の火をつつきながら俺は訊ねる。

「ああ、お前には頼みたい事がある」

 棚から酒瓶を持ってきたダヴィドは、俺の隣に座ると、ポケットから何かを取り出した。

 

「儂の代わりに、この者たちの継ぎ手を呼んで欲しい。……ほら、手を出せ」

 ダヴィドはそう言うと、俺の差し出した手に、何かをコロコロと落とした。

 よく見れば丸いアンクじゃないか!

「うぉっと……いいのかよ」

 アレス、ディオン、エドガール。大事な仲間だろ?

「その方がこいつらも退屈せんだろう。頼んだぞ」

 退屈しないって……。さも、まだ生きているかのような言い方だ。

 ちょっと胸が痛い。

 ダヴィドの顔を覗くと、いつになく真剣な瞳とぶつかった。

 なるほどこれが俺の役目か。頷く。


「薔薇の中庭の水盆に沈めるんだよな?」

「ああ、だが、ステュクスの水は毎日かえるのだが、寝室に置いてある分で最後でな、汲みに行ってはくれんか?」

「それってステュクスの泉に行くって事だよな。遠いのか?」

「ああ。ステュクスの泉は夢見る魂の近くにごく稀に現れるものなのだ。しかも、出現場所は山の麓、サティロスの森の中と決まっておってな……どうだ?」

「面白そうだな。分かった、頼まれた!」

 即答。冒険は大歓迎だ。

 俺の答えに満足したのか、ダヴィドはふっと表情を緩め、どこからともなく木のジョッキを取り出した。多分テムだ。


「さ、仕事の話はここまでだ。今からは飲むぞ!っとその前に、そのままじゃ落としかねんな」

 そう言うと、俺の左手を掴み、俺のダボダボの服の袖を捲りはじめる。

「恐ろしく細いな……娘の様だ」

「悪かったな」

 俺が頬を膨らませるのをチラッと見て、ダヴィドは口の端を上げる。

「そうだな……目立たんのがいいか」

 そう言うとダヴィドはゆっくり目を閉じた。

 

 フワッと温かさを感じ、腕に重みが生じる。

 次の瞬間、バングル、と言うのだろうか。パンクバンドもびっくりな重厚なやつが、俺の二の腕にハマっていた。何処が目立たないやつなんだ。

「さあ、アンクを嵌めてみろ」

 俺は、手に持っている三つのアンクをバングルにひとつづつ埋めた。まるでゼリーの中に押し込むかのように簡単に沈められるが、バングル自体は硬い、不思議素材だ。

「これ、ステュクスの水に沈める時、どうすんの?」

「願えば取れるだろう」

「そういうものか?」

「ああ」

「便利なもんだな」

 俺は最後に、足の親指に挟んでおいた自分のアンクを取り出す。

「もう二度とそんな所に隠すなよ」

「なんでだよ?」

 悲痛な顔をするダヴィドは置いといて、名前が見えるようにアンクを嵌める。

「おお、カッコイイじゃん! ありがとう」

 バングル自体に大した重さはないようだが、石、四つ分の重みは、なかなかだ。これで少しは筋肉が着くかもしれない。

 ダヴィドは何かの儀式のように最後にもう一度、優しくバングルを触ると、手を離した。


「さあ、飲むぞ! 部屋の外にメシもきているはずだ。取ってこい」

 そう言うとダヴィドはテムのジョッキに、なみなみと酒を注ぎ入れた。

 俺は、激レアアイテム四つ分の重さを感じながら、立ち上がると、この先の冒険の予感にワクワクとしながら入口へと走った。


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