暁を待つ
お前達が第一部隊だ。
そう言われた時の絶望は計り知れない。覚悟はしていたが、それでも望みは捨てきれなかったらしい。私は自分の愚かさに苦笑した。
中空の回廊で先の部隊が半壊した時、我々の隊が前衛に置かれたその意味を知った。我々は捨て駒だ。
「我が領の宝を守れたのだ。胸を張って勤めようぞ」
我隊には若者が少ない。それは私が領土を想うが故の選択だったが、それが部下たちの命を短くしたやもしれぬのに、私の言葉に部下たちは笑顔で答えてくれた。
「第一部隊、行け!」
突然に現れた城は、得体の知れない者のテムに違いない。
「行くぞっ!!」
そこに何があるかも想像出来ないまま、私は先頭を切り、開け放たれた門の中、暗闇を突き進んだ。
門をくぐれば、直ぐ目の前に我々を拒むかのような壁があった。
「何だ、これは……」
火矢の残り火で見えるそれは、茨のようでもあり、鞭のようでもあった。そう認識した途端、茨は枝をのばし、我々を襲ってきた。
「ぎゃぁぁ!」
「ああああ!」
部下たちの悲鳴が響き、闇雲に茨に剣を奮うも、叶わず、みな、茨に絡まれ束縛されていく。
部下を助けようと茨を握り、引きちぎる私の腕にも足にも、茨は容赦なく絡む。
気がつけば身動きができなくなっていた。
瞬きする間もないほどの速さでの惨敗。
追い打ちをかけるように、目の前で門が閉じたのだった。
助けなど期待してはなかったが、惨めさと、これから襲うであろう、死への恐怖で胸が張り裂けそうだった。
部下たちの恐怖の叫びを聴きながら、全てを諦め目を閉じたその時、私の耳元で声がした。
「黙って話を聞け。抵抗しなければお前らの命は保証しよう」
若い男の声だ。そんな無茶な事言うのは誰だ。と茨に体を拘束されたまま、頭を巡らせると、すぐ近くにその声の主であろう大輪の赤い薔薇が口を開いた。
「!!」
驚いた。しかしこれはテム使いの仕業だろう。
見たことはないが、かつてティルクアーズにいたとされる我々の祖先の長たる者がそうであったと聞いた事があった。私はその恐ろしい術に体を縮ませた。
ゆらゆらと茎を揺らし、重たそうに開かれた花弁の中には、人の唇があり、声を発していた。
これがテムでなくて何だと言うのだ。この声の主は恐ろしいほどの力を持ったテム使いである事は間違いなかった。
「部下を黙らせろ」
声は子供のように若い。
私はこんな若造に負けてたまるかと、茨を解こうと体をがむしゃらに動かす。だが動けば動くほど拘束は強くなる事に気づき、私は力を抜いた。
周りの部下たちを見れば、叫び、もがき、疲れ果て、項垂れるものもいる。長である私が冷静にならなくてどうする、と私は覚悟を決める。
「皆静かに! 動かず好機を待て! 力を抜くんだ! 茨に体を任せろ」
力を抜けば棘が刺さる事もないようだ。部下たちもそう気づいたのか、あたりはやがて静かになった。
「好機を待てか。上手いこと言うな。まあ、来たる時に備えて体力を温存しとくといい。さあ、始まった。聞け」
大輪の薔薇は満足そうにそう言うと、ツルの中へと消えた。
「来たる時?」
私の呟きは、上で始まったやり取りに消された。
我々は茨に身を任せ声に耳を傾けた。
茨の中で上でのやり取りを全てを聞き終えた時、また、あの花が私の前に茎を伸ばしてきた。
大輪の薔薇が言う。
「俺はアンクを欲する理由は二通りあると思っている。お前は支配欲を満たすためにアンクを欲するのか?それとも誰にも支配されたくないから欲するのか?」
まるで私の心の中を読んでるかのような質問だった。上での話を聞き、私は戦う意味を既に失っていたからだ。
「何故そんな事を聞くのだ。攻め込まれる側のお前たちにとってはどちらも同じではないか?」
「いや、違うね。なぜなら俺は負けないから。答えろ。お前はどっちだ?」
あれだけの兵を前に負けないとは大した物言いだ。だが、そんな若造の言葉が、今は羨ましいと思うほど、私の心は凪いでいた。
おかげで言葉は素直に出てきた。
「……後者だ。私はアンクを手に入れれば、我が領土が守れると夢をみていたようだ。だが、先程の話で目が覚めた。私は忘れていたのだ。私だけがアンクを手にする訳ではない事を。アンクを手に入れた所で支配は終わらない。逆に狙われ、奪われ、利用される事になるだろう」
アンクとは何と厄介な物だろう。今ではそう思うほどになっていた。
「なるほど。かといって今のお前らは、俺が茨を解けば向かってくるんだろうな……」
「ああ。領民の命は我々の働きにかかっている。逃げ帰れば、それを理由にたたかれ、我が領土は焦土と化すだろう。ならば我々はここで死を選ぶ」
そうやって絶えた一族を私はいくつも知っていた。だから、私は戦う。
「領土に戻り、領民を守るために戦うという選択はないのか?」
「ふっ。どちらにせよ、死ぬのだ。ならば妻や子を生かす選択をするのが当たり前というものだ。皆、愛しき者を守るためにここに来たのだからな」
「……お前、名前は?」
我が名を聞くその声は、少しの哀愁を含んでいた。
「ヒエレミアス。レジス閣下の領土、ヘスペリデスの隣にある小さき領土の主だ」
聞いてどうすると言うのだろうか。
「ならヒエレミアス、俺が最後の選択肢を教えてやろう。どうせ死ぬと言うのなら生きるために死ぬと言うのはどうだ?」
「どういう事だ」
「俺は今から門を開ける。お前らはただ死んだふりをしていればいい。迷路の通路は狭い。潜み、入って来たものに気づかれる前に意識を狩りとれ」
何という大胆な戦略。だが、それでは……。
「お前たちに加担しろというのか?」
加担した事がバレれば、我領土は……。いや、バレなければ、生き抜けるのか?
しかしそれでは支配権が、レジスからこの得体の知れぬテム使いに移るだけではないか。
「これはお前らが生きる為に勝手にやるんだよ。さっき言った通り、俺は負けない。だからお前らは、より生に近い方を選んだだけの事だ。俺はアンクがどうとか、領土がどうとかより、誤った戦いをしたくないだけなんだ。お前らは黙って拘束されとけばいい」
これは驚いた。支配するつもりはないらしい。
「俺たちを生かしたいと?正しい戦いなど、ないというのに?」
「ああそうだ。……なあ、ヒエレミアス。お前と同じ境遇の奴がまたいるだろ? 出来たらこの迷路におびき寄せられないか? 俺ができる限りの力で拘束しよう」
「……それは豪胆な」
テム使いの力など知らない。でも、それは並大抵の事ではない気がした。
敵兵に囲まれた状態であるにも関わらず、正義をひけらかすことも無く、ただ、生かす為に力を尽くす。
私は顔も知らないこの男に、掛けてみたくなっていた。きっと部下たちも、分かってくれる事だろう。
「分かった。拘束を解いてくれ。今から皆を説得する。その後、近隣の領主を探そう」
「探さずとも、さっきの話を聞いて、外で足踏みしてる奴らがそうだろう? 急げ。俺の仲間は強い。殺られる前に動け」
話を聞いていた部下が、皆の説得にあたってくれる事になり、私は隊の一部を連れ門の前に立った。
直ぐに門は開かれる。だが、茨に臆し、なだれ込んで来る隊はなかった。
なるほど、あの男が言う通り、足踏みをしている者の多くは私の知る者が多く、我隊が姿を見せると、中の様子を聞きに寄って来た。
私はその中から、共に悩みを打ち明けられる近隣領主を見つけ、隊の合流と再突撃を打診した。
我が隊が危機だと思ったのか、いく隊かが、最も危険だと思われている門を目指してくれる事となり、エンキの許可を得た我々は、門の中へと突入した。
そして門は閉じられる。
次に開いた時。そこに踏み込んだ者は、二度と朝を迎える事はないだろう。
我々は茨に身を隠し、暁を待つ事にした。




