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ボエ

『領主直々サイン入り特例書』

 そんなものは見た事がない。

 どんなものだろう、と思いながら、ボエはいつもとは違い、人間で溢れかえった町を抜け、門へと急いでいた。

 

 ギンヌンガガプの門は自然の岩の裂け目、自然そのままの岩に、厚い鉄の扉がついているという無骨な物だ。

 しかし、通用口以外の上の部分は美しく装飾された鉄格子で塞いである。

 急場には補強出来るよう、鉄の細い板が幾つもギロチンの様に上からぶら下がっている様子は、入って来るものに畏怖を与える。

 私のような小心者は風の強い日、その鉄板が擦れ合い、響く音が怖くて眠れない。出来れば門には近付きたくなかった。

 しかし、ハリアロス様の命令。断る事など出来ない。

 私は背中を丸めたまま、槍を持った門衛の近くに立った。

 

 夕刻のこの時間。

 入って来るのは高い宿賃を払える商人が多い。

 逆に出ていくのはこの領地の物価を知らなかった冒険者や、旅人だ。

 

 ギンヌンガガプでは、入って来る時には細やかな検問を行い、入領証書を発行するので時間がかかるが、出る時はそれを回収するだけだ。よって、出ていく者をチェックする時間は少ない。

 目を凝らしていると、目の前を遮る者がいた……槍兵だ。

 

「ん?何だ?文官が何の用だ」

 その目は私の持つ書類にいっている。

 あ……また持ってきてしまった。もはやこれは職業病だろう。

「ハリアロス様に人探しを頼まれまして。ここ、邪魔でしたか?」

「いや、構わんぞ。だが、外から来た者がキマイラが出た、と言う噂を持って来てな。もしかしたら、これからは再入領手続きでごった返すかもしれん。お前も手伝っては……あ――まあ、無理は言わんがな」

 また残業?と、顔を青くする私の頭をポンと叩くと、槍兵は検問官の方へと去って行った。

「キマイラ……恐ろしい……あ」

 そうか、検問所で入領書類を集める所を見た方が早いのではないだろうか。

 

 私はどこか抜けているな、とつくづく思う。

 でも、領主直々サイン入りの特例書なんて、そんな大層な書類、すぐに使ってしまったりはしないだろう。

 それでも真面目なボエは検問所まで走って行った。

 

 ボエが山積みになった書類の、一番下の方から、領主直々サイン入り特例書を見付けるのは、ずっと後の事。閉門後、残業に涙する門兵達の手伝いをしている時だった。


 


「こいつ、昔からバカなんだよなぁ」

 フィービが笑いながら言う。

「馬鹿ではない!いつもお前が無駄に絡むから!」

 ハリアロスさんも、満更ではない感じだ。

 リンネは同郷だと言う彼らのやり取りに、ふわりと顔を緩めていた。

 

 俺たちは落ち着いたハリアロスさんと話をすべく、食堂に向かっていた。

 途中、ほっこりしている俺に、キリルからの連絡が入った。

 

 俺は彼らの中のひとり、ゲオルゲさんの頭部と腕をテムで包み、黒猫に偽装させると、キリル、テオを共に、急ぎ彼らの体の救出に行って貰っていた。

 本当は自分で行きたかったが、逃亡中の身。しかも、ギンヌンガガプから出るのに必要な書類とやらは、捕まった俺だけ持っていなかったのだ。

 悲しむ俺のわがままを、キリル達は快く聞いてくれたのだ。

 

「いいか、俺が腕を持って来るからここで待機だ。見つかっても無理はするなよ」

「あんた、誰と話してんだ?」

 立ち止まった俺を見て、フィービに言われるが、キリルたちの方に意識を持っていかれてて、動けない。ニックスがすぐに気付き、俺を抱え上げた。

「なあ。ホントこの人、宰相なの? 大丈夫か? オブシディアン」

「ええ。確かに肩書きはそうですが、リンネはそれ以上の資質をお持ちだと思います」

 ありがとう、ニックス。歯が浮くけど。

「へぇー。まあ、面白い奴は好きだけど……」

「やめろ、フィービ。照れるではないか」

 ハリアロスさんが隣で頭をかいている。フィービが汚いものでも見るかのような目をして呟く。

「……気持ち悪い奴は嫌いなんだよな」


 


 ――少し前の事。

 ギンヌンガガプの門を守る守衛の横を、スッと通り抜ける、丸く膨れた黒猫がいた。

 その後ろを追うように、二人の青年が門から出てくる。キリルと、テオだ。 

 黒猫になった俺は、お腹に隠したゲオルゲさんの指示の元、キリル達を連れ、残りの彼らのヌースを追っていた。


 門を出ると、前の広場を抜け、しばらく歩く。

 大きな木々の茂るサティロスの森の入口にたどり着くと、後ろを着いてきていたキリル達に、声をかける者がいた。

 森の中から現れたその者達は、ドワーフではなく、くたびれた装備を着けた人間の兵士だった。

 

「キマイラが出たんだとよ。野営を考えてるなら他を当たりな」

 ギンヌンガガプの宿は高額だと聞く。外に寝床を求める者も少なくないのだろう。

 親切な兵士の忠告に、普通の者なら感謝し、引き返したに違いない。

 だが、俺たちは知っている。既にキマイラは討伐済みだ。

 サティロスの森には、まだ沢山の狼がいるようだったし、凶暴なモンスターが複数いるような生態系では無いように思えた。

 森に近づけたくない理由でもあるのだろうか?

 

「そうか、親切にどうも」

 キリルも不審に思ったのだろう。すぐに手を振り、踵を返す。

 俺は……黒猫になった俺は、兵がキリル達に気を取られている隙に、キリル達から離れ、スルリと森の中へと駆け込んだ。


「大きな木の側でした。周りは割と開けていて……」

 彼らを率いてきたというゲオルゲさんの説明は具体的で的確だった。その場所で、彼らは袋詰めされたと言う。

 森の中をポテポテと少し彷徨うと、門の東側。森に入ってすぐの場所で彼らの体は見つかった。

 しかし問題は、その近くに滞留する者たちがいた事だ。

 

 ステロの雷のおかげで静かになったサティロスの森の中。ひっそりと陣を貼る軍隊がいたのだ。

 豊かな木々の間。胡座をかき、休む者たち。

 その兵たちは各々違った装備で剣を抱えたまま、皆、項垂れていた。

 

 彼らを全滅させたのはこいつらで間違いない。

 だがこの数はありえない。千人近くいるんじゃないか?

 サティロスの森は兵で溢れていた。


 追って来るとは思っていたが、まさかこんなに早く、この数を揃えてきたのは想定外だった。

 しかしかなりの強行軍だったのだろう。ようやく取れた休息に、みな疲れ果て、ぐったりとした様子だ。

 

 そんな兵たちから少し離れた場所。

 荷物と一緒に置くのは憚られたのだろう。

 戦利品である彼らの体は森の中に放置されていた。


 場所を確認した俺は、一旦黒猫を近くの木の影に待機させ、キリルに持たせたヨモギに意識を移した。

 キリルの懐からニョロっと出てきた俺は、キリルの首に巻き付き辺りを伺う。どうやらキリルたちは上手く回り込み、森に入った様で、木の影に姿を隠していた。さすがだ。


 俺は飛び降り、うねうねと形を変えてゆく。

 かなり集中力のいる作業だが、テムの扱いに慣れてきた俺は、遠隔でテムの形を変えられるようになっていた。

 今回目指すのは小人。小さな人型になるのも二度目、練度は上がっているはずだ。


 思い描くのは俺のゲームアバター。

 毎晩、睡眠を削って遊んでいたゲームのアバターは、俺の分身と言っても過言ではない。おかげでスムーズに動かせられる物が出来た。

 

 小人になった俺は、キリル達を黒猫の所まで案内し、一緒に隠れると、作戦を練る。

 「アンクを指しますので、回収をお願い致します」

 テムであるゲオルゲさんには彼らの体は見えない。アンクだけが見えるのだ。俺はゲオルゲさんの言葉に頷き、彼の唯一動かせる指を黒猫の口から、ちょっとだけ出した。

「う……」

 口を押さえ呻くキリルには見張りを頼み、俺は彼らの体の入った袋にそっと近付くと、それをゆっくりと倒した。

 

 散らばった四肢の中、ゲオルゲさんの指を頼りに、残る彼のアンクのある部分をテオと共に一箇所に集める。

 近くに大勢の兵がいると思うと、かなり緊張する作業だ。見つかれば黒猫と小人という、俺の痛いほどメルヘンな世界観が、バレてしまう。

 全てを集め終わると、今度は黒猫の口をあんぐりと大きく開け、腕を収納する。

 

 眉を顰めるテオと共に、猫の口にどんどん押し込んでゆく。

 人の腕の重さは三キロほどか。それが二十余り。全ての腕を収納すれば限界だった。

 すでに黒猫は豚を超え、極上の肉を排出してくれそうな容姿に育っていた。

 一度キリル達の所に戻り、預けて来るかと重たい体を引きずっていると、突然テオに押された。


 声が聞こえてくる。

 俺は二人に引っ張ってもらい、慌てて森の中に姿を潜めた。

 

 兵士が二人、森の中から毒づきながらやってきた。

「いくら探してもアンクが出てこねぇんだってよ!全く……人じゃないって分かってはいるが、あれを切り刻めと命令された奴が気の毒でたまんねぇ」

「これを運んだら、俺らもその仲間入りなんじゃねぇか?」

「有り得るな。どうする?……って、おい! これ、誰がばらまいたんだ?」

「動物だろ。こんな所に放置するから……」

「仕方ねえ。詰めて持ってくか。そんで、残り探してきます、って言ってトンズラするぞ」

「りょーかい!……って、これなに?」

「!!」

 

 気付かれた。小人の方だ。

 デバイス二体を紐付けしてなかった事が悔やまれる。

 逃げたいが、逃げた先には黒豚……黒猫がいる。

 

 兵が寄ってくる。

 小人の俺は、冷や汗をかきながら後ずさった。

「ピグミーか?珍しいな」

「いい値がつきそうだな」

 いいねは欲しいが、ここは消えたい。

 なるべく不審がられないように去ろう、何かいい方法が……。

 

 俺は考え、覚悟を決めた。

 ここはファンタジーな世界だ。なら、きっとコレもアリだろう。

 俺は両手を掲げてからくるりと回り、なるべく可愛く見えるようにポーズを決める。

「ぼ……ボク、ラッキーピグミー!見たものに幸運をもたらすよ!」

 俺は裏声でそう言うと、掛け声と共に小さなヨモギに戻り、落ち葉に紛れ、ぷにぷにと尺取虫の要領で最速で逃げだした。

 

「「え……!?」」

 惚けてるのか? 幸運にも兵たちは追ってこなかった。

 助かった……。

 

 俺はこれ以上の救出をやむ無く諦め、安全な場所を求め、急ぎ森から離れた。

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