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まずはお友達から

「まさか本当に剣で向かってくるとは思わず、楽しくなってしまいまして……。本気になってしまい申し訳ない」

「もういいって言ってるだろ?」

 何度目かの謝罪を聴きながら、俺たちは城へと、来た道を戻っていた。

 さすが騎士団長といった所か、ニックスも戦闘狂だったらしい。楽しくって……。


 あの時、ニックスにアンクを渡せば良かったんだ、と気付いたのはかなり後の事。冷静になってからだった。

 ニックスに渡せ、と言わんばかりのダヴィドの挑発に乗ってしまうなんて……。

 でもさ、もういいとはいったけど、俺の心には何かしら釈然としないものが残ってる。意地でも渡すもんか! って思うのも仕方ないだろ?


 帰りは何故かダヴィドの計らいで、イケメンニックスとタンデムだ。

 俺、さっきこいつに殺られかけたんだけど、大丈夫なのか?

 さらにムカつく事に、街中のお姉様方の熱い視線が、俺を通り抜けて後ろに座る奴に注がれてる気がしてならない。

 俺も同じ人間だからね! 少々造りは違うけど。


「まさか、ニックスに剣で勝つとはな! さすが儂が見込んだ男だ!」

「オッサン黙ってろ。あと、街中で並列行進は迷惑だ」

 すごすごとさがる王。

 ザワつく近衛兵。

 礼儀なんて知るかよ!


「貴方があれほど戦闘慣れしてるとは思いもよりませんでしたよ。普通なら盾とか、武器だとしても貴方の体格なら、リーチのある遠隔武器とかで対処すると思うでしょう。完全なるアンクを持つ貴方なら、もっと大きい物でも創れたでしょうに」

「む……」

 

 そうなんだ……。考えつかなかったんだ。守る物を創れば良かったんだって。

「いやぁ、こんなに愉快だったのは、何十年ぶりだろうか。なぁ! ニックス!」

 オッサン何歳だよ。

「ダヴィド、うるさいな……」

 俺の呟きにニックスが笑っているのが、伝わる振動で分かる。

「あんたも、笑ってていいのか? あんたのアンク、俺が持ったままだぞ?」

 俺が振りかえるとニックスは、意外に真剣な顔で俺を見つめていた。

 

「そのアンクは貴方が勝ち取ったものです。どう使おうと貴方の自由です。俺にはそれを持つ資格がない事は、先程の戦いではっきりしましたしね。実を言いますと俺は、その……情けないことに、ずっとそのアンクを継ぐのを拒んでましたし……」

 ニックスは苦々しげに唇を歪めた。

「え? そなの? じゃ、さっきはなんで奪おうとしたんだよ」

「陛下が選ばせると仰いましたので。俺自身が父と対峙するのか、貴方にさせるのか……。アンクを手に入れた者は、必ず父、レジスに狙われる事になるでしょうからね」

 え? あれ、そういう意味だったの?

「でも、選べないじゃないですか。こんなか弱そうな者を父と対峙させるなど……。畏れ多い事に、あの時の私は、貴方を矢面に立たせてしまうよりは自分が、と思い、アンクを奪おうと。……すいません」

「いや、ホント。もういいんだ、それは。……てか、こっちこそごめん」

 俺の事、守ろうとしてくれたんだよな、荒っぽかったけど!

 

 しかし、レジスのアンクにかける情熱ってそんな凄いのか?

「なあ、このアンクって、そんなに大事? そのさ、戦ってまでも欲しいもの?」

 確かにアイテムを自由に創れるのは便利だとは思うけどな。

「はい。現在、オブシディアンの完全なるアンクは、数える程しか残っておりません。今、そのほとんどは陛下が持っておられます」

 そう言えば、結界を作る時にアンクを割ったって話してたな。

「なるほどな。丸のままのアンクが激レアなのは理解した」

「更に完全なるアンクでも、特に名前を持つものは、神と同じような力を持つと言われてます。私の父、レジスも完全なるアンクを持ってましたが、何故か名前が刻まれる事はなく、その力を発揮する事が出来なかったのです。そのせいで完全なるアンクに名を刻む事に酷く執着してまして、完全なるアンクを集める事に心血を注ぐようになったようです。母から受け継いだアンクを持っていた私の兄も、そのせいで父に殺されたんだと思います」

「え?」

 ゴクリ、と俺は喉を鳴らした。

「兄ってそれ、レジスの……奴自身の息子だろ?」

「はい。その当時騎士団長をしていた兄は、任務中に何者かに殺されました。彼のアンクが見つからなかった事から、アンク目当てのならず者の仕業だと言われていたのですが。父が……レジスが陛下に捕まった時に持っていたんですよ。……兄の名の入ったアンクも」


 わぁ……。人でなし。

「それがこれです」

「え? 今持ってるの?」

 ニックスが俺の腰にまわす左腕の袖を、ちょいとめくると、鈍色のバングルが筋肉……腕にきっちりとはまっているのが見えた。

 それにはめ込まれているのは、何やら文字の書かれた丸いアンク。

「これ……」

「レヴィ。兄の名前が刻まれています」

「そうか……」

 いや、見せないで。泣いちゃうよ?


「私に渡したくなりましたか?」

 眉をひそめる俺の顔を覗き込んで、ニックスがそう言う。

 いや、もうこれ聞いちゃったら逆に返せないでしょ。人でなしとはいえ親だよ?

 親子対決なんて、俺は見たくない。

 

「いや、これは俺の物だ。誰にも渡さない」

 自分でもびっくりするくらい、はっきりと宣言してしまった。

 俺を支えるニックスの腕に、さらに力がこもる。

 お前がいい人なのは分かった。だから渡せない。


「いいのですか? その……結果、あなたにそれを押し付けてしまったようで心苦しいのですが、最悪、殺されるかも知れないのですよ?」

「ああ、死にたくはないから最大限努力はするつもりだけどな」

「どうして……そこまでして……」


 どうして……?

 ダヴィドが俺に手伝えと言ったから?

 違うな。

 このアンクを持ってる限り、この世界で俺は、何らかの危険に晒されるだろう。

 でも逃げて帰りたいとは全く思わない。


 何故だろうな、と辺りに目をやれば、テムで造られたであろう可愛い街並み。この国の夜は早い。仄暗くなった街並みは幻想的で綺麗だ。

 ランタンに明かりを灯す婦人が、王に気付き手を振る。仕事を終えた人達が、肩を寄せ合い笑いながら酒場の扉を開けている。

 何気ない毎日を送る人々。その幸せを守る手伝いを、俺が出来るかもしれないのだ。

 俺自身の力で。

 それって凄くワクワクする事じゃないのか?


 ふっと微笑んだ瞬間、いつの間にか隣に来ていたダヴィドと目が合い、恥ずかしくなる。

 俺たちの話を聞いていたのだろう……さっきから、やけに静かだったから。

 

「ここに来てからずっと、『生きてる』って感じがするんだ。だからここにいさせてくれ」

 今まで親の用意した道だけを、ただ必死に歩いて来た俺が、初めて心から願うんだ。

 誰にも文句は言わせない。

 

「歴戦の戦士の様な事を仰るのですね、あなたは」

「そうか?」

 俺が振り向くと、ニックスが優しく微笑んでいた。何か吹っ切れた様な清々しい笑顔だ。

「分かりました。では、貴方は私が守りましょう。だから、それは貴方が持っていてください」

「守るって……」

 甘いセリフに思わず耳が熱くなる。

 王子様かよ!……俺、まさかの姫枠!?

 

「守る者を得た者は強くなれるそうです。祖父が言っておりました。だから安心して、それを割って下さい。いいですね? 陛下」

「わ……割るってぇ? 何をぉ?」

 あ、なんか色気にやられて声裏返ったわ。

「アンクですよ? あの……アンクを割る意味、お分かりですよね?」

 こてんと首を傾げる俺に、まさか……とニックスが呟く。

 

「リンネ様、そのまま自身のアンクを持ち続けると、元の世界に戻ってしまうかも知れませんよ?」

「ん? 戻る……? 戻るって、この夢から覚めるって事か?」

 ふっとニックスが微笑む。しかし、すぐに真剣な顔を近づけてくる。

「リンネ様、例えアンクが取り出されていても、帰ってしまう事もあるんですよ。ふとした瞬間に」

「――まじ?」

 

 それは、魔が差すと言うやつじゃないだろうか。

 

「はい。ですから我が先祖たちは、自身のアンクを割ったのです。割らずにいた者など、陛下を含め数名しかいません」

 なるほど、完全な形のアンクが希少な訳が分かったわ……。


「だから割っちゃうの? それって勿体なくね?」

「勿体ないって……そんな事……」

「そんな事、言ってる場合じゃない? でもさ、生き物が創れるのは、完全なるアンクだけだって言ってただろ? 俺、やってみたいんだよね。あとは? あとは何が出来るんだ?」

 子供みたいにねだる俺に、ニックスがたじろぐ。

「え……と、創れるものはアンクの大きさに関係するようで、より大きなものが創れると言われてますが……。能力的なものは個人差があるので分かりませんが、名入のアンクなら、陛下のように長い時を生きる事が出来るようになるかもしれませんね。……って、やめてくださいよ。俺は主人を失いたくありません」

 ぎゅっと抱え込まれるように、ニックスは腕に力を入れる。

 うん、いい胸筋だ。

 

「これから戦うかもって時に、自身の戦力を削ぐとか有り得ない。だからこれについては俺の好きにさせてもらうよ、いいな、ニックス」

 俺は振り向きドヤる。

「っそんな、いけません! リンネ様」

「これ、決定事項。それにさ、あんたが俺を守ってくれるんだろ? ならあんたは誰が守るのさ。この国だって……。俺は割らないよ」

 レジスは強敵かもしれない。戦力は大きい方がいい。


 ぎゅ――。

 だから抱くなって。そのスキンシップはやり過ぎだ。

「ニックス、まずリンネ様はやめろ。俺の事は名前で呼んでくれ。凜音だ、リンネ」

 そう俺の名前……。女の子を望むオカンがつけた、キラキラネームだけどな。


「リンネ……分かりました。貴方をお守りすると誓いましょう。命に変えましても!」

 重い……。

「ほどほどに頼むよ……って……お?」


 目の前にあるニックスのバングルが、ふんわり光を帯びている。

 その淡いオレンジ色の光は、バングルにはまるアンクからふわりと抜け出ると、別れを惜しむように小さく震え……。

 俺の目の前で突然パンッと弾けた。


 キラキラと美しい金色の粉が舞う。


 俺はそれが空気に溶け込む前に、慌てて両手を差し伸べた。

 そこに熱はない。でも不思議とあたたかく感じ、俺は消えかけた光の軌跡をぎゅっと胸に抱いた。


 ニックスの腕が緩む。

 振り向くと、ニックスか信じられないといった表情で固まっていた。

 

「よかったなニックス。ようやくレヴィに認められたようだな」

 ダヴィドが馬から身体を乗り出して、バングルにハマるアンクを見ていた。ああそうか……。

「ニックスって、こう書くんだな……」


 俺はこの国の文字は読めない。だが多分間違ってはない。

 アンクの文字は、先程とは違うものに書き変わってたから。

 

「…………うっ」

 押し殺した嗚咽が聞こえ、俺はニックスの腕をポンポンと叩いた。

 

 今は、後ろは振り向かないでやろう。

 肩を震わせ泣いているイケメンへの気遣いだ。

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