小さな願い
「リック、グッジョブ!どうしてここにいるか聞きたいが、まずは逃げよう」
審問官みたいなやつを、リックにトンッと落として貰って、服を脱がし着込む。出来ればスパイみたいにカッコよく偽装したい。だが、コイツ、かなりガタイがいい。
「うーん……バレない?」
「良くお似合いだ」
裾をわちゃわちゃと丸めまくる。袖がなくなる。
もうひとり、細身ドワーフの文官を見る。こっちの服の方が小さくて動きやすそうだけど……使い物にならない様だ。
「なんでこいつ、漏らしてんだよ。あ――そっか、リックはテムだから、ドワーフには見えないのか。幽霊と間違えられたな」
諦めてデカい奴のズボンを脱がす。履こうとして悟る。……無理。まずウエストが違いすぎる。
「ま、いっか。これで行こう」
ぶかぶかの兵服は膝まで丈がある。それより今は、扉の向こうから漂う酒の匂いが気になった。
「酔いそ。早く出よう」
しかし室内から出ただけでもうダメだった。脚にきた。
「リック、一人か? 俺……」
「リンネ様、失礼します」
抱えられた。
「こうやって運ぶように、と皆さんから指導されました」
「……はい。よろしくお願い致します」
変装の意味はなかった。
ずり上がる兵服に半ば埋もれながら、リックの首に腕を回す。濃すぎるアルコール臭で頭に霞がかかる。
「リンネ様。あなたのヌースが……私もボンヤリしてきたようです」
「キャハッ。お前もか!俺もだっ!」
「キャハハハハハッ!真っ暗――!見えなぁ――い!」
「リンネ様、服に埋もれてしまったからですよ。じっとしてください」
「「ギャァァァァ――!!」」
「人が浮いてるぞぉぉぉ!」
「頭がねぇ!幽霊だァァァ――!」
「キャハッ――!幽霊どこ――?」
「多分、私達でしょうね」
「キャハハハハ――!マジ――?」
その日、領主の館の地下から出てきた、首無し兵士の幽霊は、陽気な笑い声を響かせ、館中を恐怖に陥れた。
「あなた……何やってるの。面白過ぎるわ」
「そりゃどうも……」
目が覚めると、知らない場所。いつもの事だ、もう慣れた。
ただ今回は周りに仲間の顔が見えない。
立派なベッドの上、起き上がり目を擦りながら声の主を見る。
「う――デオニュソス」
「……私を呼び捨てにするの、あなたくらいよ」
「じゃ、なんて呼べばいんだよ。DNAみたいな名前しやがって」
「何よ、それ」
「デオキシリボ核酸。子供の頃好きだったポケットに入らなかったモンスターがそれっぽい名前でさぁ」
「デオしかあってないじゃない」
「じゃ、デオ兄。ここどこ?みんなは?」
「はぁ――私の店よ。あなたの仲間なら、下に押しかけて来ているわ。私の店が人間だらけになるなんて……ほんと最悪」
「お、すげぇ!デオ兄、店持ってんだ。何売ってんの?」
「聞いてないわね……。決まってるじゃない。ワイン、売ってるの。用意しましょうか?」
「遠慮させていただきます」
「でしょうね。さ、起きて。あなたを待っている者がいるわ。まずは湯浴みをしなさい。相手は女の子よ」
何気にとても親切なデオ兄に、くちゃくちゃの頭を撫で付けられながら、風呂場に連行された。
「そうか……じゃぁ、少しづつ毒を?」
「ああ。ミロン様は先を見越して動いてらっしゃった」
「凄いな……。なあ、後で血液を摂取させてはくれないか?もしかしたら救える命があるかもしれない」
「好きにしろ」
「ありがとう。じゃ、後は寝る事だな。よく頑張った」
「ふんっ!お前に褒められても嬉しくない」
「ははっ。照れてんか?可愛いやつ」
マチュー様ってツンデレ。そして、痛いセリフ、リンネね。
『リリ、起きましたの?』
ええ、ボソボソとした話し声で目が覚めたわ。
とても気分がいい。何かしら、温かい気持ちと言うの?石けんの匂いと、暖かいベッド。それだけじゃない。空気が柔らかいの。
スっと衣擦れの音と共に、私の寝ているベッドがきしんだ。背中に声がかかる。
「ごめん、起こしたみたいだな」
こっちに来たわ。どうしよう……。見てみたいような、見たくないような、不思議な気分。
だって、目を開けたら、普通のおっさんが見えちゃうかも……幻滅したくないじゃない?それに、本当に久しぶりにちゃんとしたお布団で眠った体は、直ぐには起きたくないって言ってるわ。
『リンネ様とお話したいですわ。またお会い出来るなんて、思ってなくて……夢のようですの』
そう?そこまでないと思うわ。確かに配信見てた私は、芸能人に会うくらい興奮してるけど、この人、多分、普通の日本人よ?
「リリ……寝たフリか?」
「無駄だよ、そいつは喋らない」
離れた所から声がする。あら、リュカスもいたのね。
「そっか。なら、そのままでいい。聞いてくれ。アイリス、リリ、本当に済まなかった。……アイリス、ダヴィドに頼まれていたのに、君の悩みに気付けなくて、泉に入ると言う辛い選択肢をさせてしまった事。……リリ、君がこの世界に来ていると知りながら、ずっと連絡を後回しにしていてごめん。泣かせてしまった事も、謝って済むことじゃないけど。……本当に俺は馬鹿だから、色々気付くのが遅かった」
真摯な声。何故あなたが謝るの?確かにもっと早くあなたに会えていたらこのゲーム、イージーモードだったかもしれないけど、それは結果論よ。
『リンネ様……』
「馬鹿だなんて、そんな事ないですわ!」
突然、自分の声が聞こえた。
驚いた。
だって、私なのに、私の思いもしなかったセリフが口から出てきたの。
気付けば、勝手に体が起き上がっていた。
「リンネ様、私が黙っていたのがいけないのですわ。ごめんなさい!」
「アイリスか?」
リンネはそう言いながら、私の……アイリスの髪を撫でた。あ、見ちゃった。
うわぁぁぁ――美人……。
目の前にいたのは、ピンク色の髪をした、整った顔をした若い男の人だった。
「嘘だろ……。アイリス、話せるのか?」
驚くリュカスの声がした。私も同意見よ。
「だって、リリが喋らないから。……リンネ様!私、言えなかったのですわ。みんなに嫌がられるのが怖くて。だって私……私の体は……」
アイリス……。そっか、アイリスは人ではない事を気にしてたのね。
「言わなくていい」
リンネがニコリと笑った。
「でも……」
「そうだな……では、こう言おう。俺は、命は神様からの贈り物だけど、身体は親からの贈りものだと思っている。アイリス、君の身体は、ダヴィドからの贈りものなんだろ?なら、間違いなく君はダヴィドの子だ」
「そうなの?……私はお父様の子……でいいの?」
アイリスの心が揺れるのが分かる。
「そうだ。さらに言うと、俺はその身体の中で心というものが、ゆっくりと育つんだと思っている。だから、アイリスも、リリも、少しでも心が育っていると感じるのなら、ちゃんとこの世界で生きているって事なんじゃないかな」
この世界で生きるてるって……私も?
「心は育つのですか?」
「そうだよ、アイリス。逞しくなったな。出会った時は、ちゃんと話が出来るかさえ不安だったのに、リリを押しのけて話せるくらい、しっかり者になってる」
「そうですの?確かに、リリは時折ちょっとだけ困った事をするから、しっかりしなくちゃって……」
……まあ、誰がへっぽこですって?
「ふふっ。私はちょっとへっぽこなリリが大好きですのよ」
私もしっかり者のアイリスが大好き!
「仲良しなんだな。リリはアイリスを助ける為、残ってくれたんだな。向こうに引っ張られただろうに、よく頑張ってくれた」
「そんな事、ないわ。……あれ?」
『ふふっ。リリも話したいでしょ?』
あら?アイリスったらいつの間にバトンタッチ?
「リリか。……リリ、ありがとう。ダヴィドの代わりにお礼を言うよ。だけど、リリ。お前、体はどうしたんだ?願わなかったのか?」
「願い?」
「そうだよ。願えばお前はここに体を持つことだって出来たはずなんだ」
そうなの?確かに、アイリスもそう言ったわ……でも私。「体なんていらない」
「え?なんで?」
リンネがキョトンとする。いいわ。ちゃんと説明してあげる。
両手を組み、頑張って口を開く。
「アイリスが言ったの。誰かの中にヌースが残るって。私、ヌースって何かは分からないけど、そばにいたい誰かの中に、ほんの少しでも何かが……ホタルみたいに、ふんわりと暖かくなるような何かが残るのって素敵じゃない?」
「……そうか……確かにそうだけど」
そう言って、リンネはちょっと下を向いた。
「そりゃ神様さえも見落とすほどの小さな願いだな」
「そんな事ないわ。私、叶えられるように頑張ったのよ。ね、アイリス。私、ホタルくらいには役にたってる?」
『ええ、もちろんよ!』
「リリにとっては願いは叶えるものなんだな」
そう言って、リンネは再び私を撫でた。でもちょっと泣きそうな顔をしてるわ。どうしたのかしら。
「リリ、良かったな。アイリスに成長を認められた。これでお前もこの世界の一員だ」
育つってそう言う事なの?
「じゃあ私……この世界でちゃんと生きていたのね」
リンネが頷く。
初めて自分の存在を認められた気がした。
体なんかなくても、私はここにいるのね。
心がギュッてなる。嬉しい。
『生きているのね!私も!』
ええ!素敵ね。とても、とても素敵な事ね!
「さあ、これで君たちの存在を否定するものはなくなった。少しでも自信に繋がるといいんだけど……。アイリス、リリ。まだ途中の任務があるんだろ?二人で協力してやれそうか?」
任務?あ、そうそう、何かを運ばないといけないのよね?
『リンネ様にはお話したいわ、私』
でも、お父様に口止めされているんでしょ?
「あ、内容は言わなくていいよ。君たちならきっと出来ると信じてる」
言わなくても分かってる見たい。
『ふふ、さすがリンネ様ね』
「あ――たださ、その……出来れば最後までサポートさせてもらいたいんだけど、俺、オルフェウス様って何処にいるか、知らないんだよな。後で誰か教えてくれない?」
誰かって、リュカスをしっかりみてるわ。……まさか、リンネって、ちょっとへっぽこなの?
「そこは他人任せかよ……」
ね、リュカスが眉をひそめている。ね、そう思うでしょ?
「無知ね……」
あら、もう一人、辛辣なのがいたわ。
振り向けば、なんだか中性的な容姿の子供が扉の近くに立っていた。くるくるの茶色の巻き毛に小さなお顔。いつからいたのかしら?
「もう話はいいでしょ?食事を取りなさい。あなたも、魂にも栄養はいるのよ。食べるでしょ?」
こっちを見ている。私に言ってるみたい。
でも、そうね。この世界に来て初めてお腹が空いた気がするの。……これも育ったって事かしら。
「返事は?」
「……はい。あ……りがとう……ございます」
手を伸ばされる。顔を見上げると、少し微笑んでて……。
私はなんだか嬉しくなって、その子の手をしっかりと握った。




