キュクロープス
酔った。
スケボーしたのは覚えてる。それからデカい子どもの怪我を見て、いや、キマイラの傷に蛇毒を塗り込んだのが先か?で、あのデオニュソスにいきなり亜空間に閉じ込められて……。あ、閉じ込められたのはヨモギか。
俺は必死に手を動かしながら記憶を生理していた。
亜空間には時間が存在しなかったのかの様に、ラビスの状態はそのまま保存されていた。おかげでどうにか命は助かりそう。だが、この状況はかなりヤバめだと思う。
「クレタス、他の奴らは大丈夫なんだろうな?」
怖いのか、俺の手元も見れず、ただ横でランプを掲げ、しゃくり上げてるクレタス。余程ショックだったと見える。
「あ……」
「しっかりしてくれよ」
「こっちは大丈夫だ」
後ろからテランスの声がする。こいつには本当に助けられた。
「隊長らはただの気絶だよ。じき、気が付くだろうよ。それよりキリルが……まあ、後で声掛けてやれ。おい、クレタス!てめぇしかいねぇんだよっ!こい!」
テランスが、げぇぇぇ、また出た。とか言いながら、クレタスを引きずっていく。
俺は止血を終えたラビス見て考える。どこまでが治療と言えるのだろうか、と。考えながら、血で汚れた手を左腕にはまるバングルに伸ばす。
手に取ったのは、丸いアンク。アレス、ディオン、エドガール、その三人の内の、誰か一人の物だ。
「頼む、力を貸してくれ」
俺はアンクをラビスの抉れた肩に埋め込み、創造する。人体を正しく動かせる形になるように、と。ただ、俺でも人間の身体全てを知っているわけではない。だから、アンクに残った人間の記憶を借りる。中空の回路で出会った彼等が、アンクの記憶から出来た姿だとすれば、これも可能なはずなんだ。
「思い出してくれ、頼む」
ラビスにはまだたくさん教えたい事があるんだ。
俺は願った。
願えばそれは唐突に胸に響いた。
『ダヴィドか?呼ぶのは……』
声ではない。でも、頭では声、と認識しているものが、俺の心に響く。
いや、俺は違う。と、心の中で答える。すると……。
『ふぅん。でも、同じヌースを感じる。助けたいと心が叫んでるね』
まるで目の前にいるかのような反応がある。
チャットしてる感じだな。俺は嬉しくなって続けた。
ああ、俺はこいつを失いたくないんだ。頼む。力を貸してくれ。
『いいよ。俺は退屈が嫌いなんだ。せっかく目覚めたんだし、好きに引き出すといい。俺の記憶を』
ありがとう!えっと……。
『俺はディオン。ダヴィドの剣だ』
夢を見ているようだった。
スルスルと俺の欲しかった身体の記憶と、ディオンの身体の記憶が合わさり、ひとつに紡がれる感触。
ふわふわとした酩酊感の中、ラビスの身体の欠損を繋いでは織り込んでゆく。
全てを繋ぎきるまで時間を忘れ没頭し、完了と共に俺の意識は遠のいた。
ただ、消えゆく意識の中、デオニュソスが俺の額にキスをしたのを感じていた。
私のものよ、と。
気が付けば辺りは明るく、暖かい日差しが降り注いでいた。目の前のラビスはまだ青い顔をして横たわっている。でも確実にその鼓動が刻まれているのを、その埋まったアンクから感じとれた。
「良かった……ん?」
疲れきった体は重くて動かない。だが、包まれるような温かさは感じる。
そう、この感触には覚えがある。体育祭での組体操。ピラミッドの時にやられたやつだ。
俺のポジションは頂上。毎回落とされてはキャッチされ、わざとか!ってくらい、みんなにもみくちゃにされた。この熱のある感触は人の体だ!
「誰だよ……触ってるのは」
上を見る。
ブォッ!
人ではなかった。俺を覗き込む瞳はひとつ。そして、俺を撫で回すのは、大きな指。一本一本が俺の腕より太く大きい。
冷や汗が出る。違う意味で動けない。
「あっ!リンネ様、起きたっすか」
その声にちょっと顔を動かす。テオが少し離れた所で火を片付けていた。助けて。泣きそう。
「テ……テオさん?今、俺、どういう状況でしょうか?」
「え?膝枕っすけど、あ、枕じゃないか。全身乗ってるからベッドっすね」
なんてこった!人生初の膝枕が巨人だよ。じゃなくて。
「いや、問題はサイズじゃないんだ。このお方は?」
「リンネ様が昨日助けたんじゃないんっすか?キュクロープスのキューちゃんですよ」
安易だな!誰がつけたんだよ、その名前。
「キューちゃん?」
とりあえず呼びかけてみる。
『ううん。ステロだよ』ブルルン。
可愛い男の子の声。
「おい!違うじゃねーか!ステロっつってるぞ?」
「へ?何を?」
俺はゆっくり体を起こして、象より大きなステロの体を見る。少しぽっちゃりした五等身。座り方は幼児で、俺をおもちゃの人形の様に囲っている。サイズはデカいが、この骨格は。
「あ――そうか!繋がれてた子か!」
記憶が蘇る。そうそう、足枷で怪我してた子供だよ。酔ってたから、ブレてデカく見えてただけかと思ってたが、こういう容姿だったんだな。納得。
「そうかそうか。ごめんよ、忘れてた訳じゃないんだ。ちょっと酔っ払ってたからさ。さあ、怪我の様子を見せてくれないか?」
「流石リンネ様。適応能力っぱないっすね。俺、未だビビって近寄れないのに。あ、あんまり動かないで下さいよ。俺、ちょっと捜し物してくるっすからね。すぐにテランスさん呼んで来ますんで」
テオが何処かに走って行く。
「あ――テオ!ニックス達は?」
「クレタスと二人で、先に工房に行ってアイリス確保しとくらしいっすよ――!だから飯食ってていいっすよ――!」
忙しい奴だ。
さて、下りてみるか、とステロくんの人差し指に助けられながらのろのろと立ち上がり、膝から降りていると、体にまとわりつくものがある事に気付いた。
「ん?何だ?」
何故かしっかりと俺の腹にロープが結えられている。ロープを目でたどると……ステロの影に座るキリルと繋がっていた。こんな所でどうしたんだ?このロープもだが。ラビスに寄り添ってるのは分かるけど。
「おい!キリル」
反応がないから、ロープを引っ張って見る。
「すいませんでした……」
「は?」
恐ろしく暗い表情だ。
「申し訳ありませんでした!」
俺に気付き、立ち上がったキリルは、土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。
あ――こいつ、何となくだが、今まで失敗した事なんてないんだろうな、と思った。
「なんでお前が謝るんだよ」
俺はなぜかそんな姿に無性に腹が立って目をそらした。
ステロの足を見るも、擦り傷だ。問題はなさそう。ステロの足を撫でてやり、振り向けば、キリルはまだ頭を下げていた。
なぜこいつは俺に頭を下げるんだ?俺は何も謝られるような事は……ああ、そうか、俺は何もしてなかった。俺は自分自身に腹を立ててるんだと、今、分かった。俺は馬鹿だ。
「俺が勝手な事をしたばっかりにラビスが……すいませんでした!」
見つめたまま、何も喋らない俺にキリルがさらに頭をさげる。俺は情けなくて、泣きそうだった。
「お前が謝る事は何も無いんだ」
「しかし……」
「いいか、まずお前は、夜の行軍を決めたニックスに文句を言うべきだと思う」
「え?」
俺が思いもしなかった事を言い出したからだろう。キリルが頭を上げる。
「そしてニックスは俺を罵るべきなんだ。自分で行き先を決め、尚且つ時間がないのを分かっていながら、道草を食った俺を、だ。まあ、しないだろうけどな」
「しかし、それはみな同意のもとで……」
「キリル……ラビスも、本当に済まなかった。俺のワガママのせいで、こんな危ない目に合わせて。俺は護られるのが当然だと、お前らに甘えてきってしまってたんだ。本当に悪かった」
「そんな……」
「ごめんよ、こんな上司で情けない」
俺はさっきまでキリルがしていたように頭を下げていた。すると下から声がする。
「ふっ。貴方のようなお方が自信をなくすとは、調子が狂いますね」
「ラビ!」
いつから聞いていたのか、キリルが目を覚ましたラビスに駆け寄る。
俺も、ラビスの横に座ると、少し肌色の違う肩を確かめるように撫でた。
「そうか?俺、いつも情けない姿晒してんだが」
「ふふ。ですが、貴方が私にいつも 自信をくれるのです。だからそれをなくされては私が困ります」
「ははっ、お前なかなか可愛い事言ってくれるな。ってかお前、いつまで貴方、とかお方、とか言ってんだよ、名前で呼べよ。様とかもいらないからさ」
「ふふ……どうしましょうかね」
ふっと笑うとラビスは目を閉じる。横を向くとキリルが下を向き、プルプルと震えていた。目は涙で潤んでる。
俺はグッとキリルの頭を引き寄せガシガシと撫でた。焦げた匂いがした。
「そんなに怖かったのかよ?キリルくん」
「怖かったですよ!死ぬほどっ!親友は死にかけてるし、一人で真っ暗闇に放り出されて。もうあんなのは二度とごめんです……よっ……」
嗚咽を抑えられなくなったキリルを胸に抱え込む。
「本当に済まなかった」
でも、まだやらなきゃいけない事があるんだよなぁ。アイツが俺の事、ほっといてくれると助かるんだけど。
「デオニュソス。何者なんだよ」
俺のつぶやきにステロが答えてくれる。
『デオニュソス様は優しいよ。気まぐれだけど』ブオオオン
「そうか?」
『うん』ブォフ
「優しい、か。今度会ったらお礼言わなきゃだよな。おかげでラビスは助かったから」
「リンネ様?誰と話してらっしゃるんです?」
下を見ればキリルがくちゃくちゃな顔で俺を覗き込んでいた。こうやって見ると、キリルも年相応に可愛く見えるな。
「ん?誰ってステロだろ?」
「ステロ?」
「聞こえない?……か」
あいつ、俺に変な魔法かけたのか?――そうか、言葉が通じれば、あいつの子ら、とやらに手を出せなくなるからな。俺にだけ聞こえるようにするとか、面倒な事やってくれる。
「あ――いいんだ。あ!ヤバっ!リリが!」
「え?リリ?誰ですか?」
「ん――」
これも説明しなきゃか?どう言ったものか、と考えてると、ワァワァギャーギャーと騒がしいのが近づいて来た。見ればテランスがマルシュと七人のサテュロスを必死に抑えていた。
「あっ、こら!お前ら勝手に付いてくんなよ!」
「きゃ――っ!リンネ様よ!」
そういや、こんなんもいた気がするな、と疲れが増す。逆に、テランスが俺の顔を見て喜びの声をあげた。
「あ、リンネさん。気が付いたんだったら、すぐ出発しましょう。こいつら、しつこいんですわっ、て――お前ら、どうした!?」
いきなりザッと膝まづいて頭を下げるサテュロス達。
俺の目の前で、だ。
何事!?って、思わず手近な赤い頭をギューって抱え込む俺の前に、一番立派な角を持つマッチョが進みでて、膝を折る。
「リンネ様。此度の事、深くお詫び申し上げます。我々サテュロスは、デオニュソス様の加護を得た貴方様を歓迎致します」
マジか。
『ははははっ!これは面白い!ほら、若造。ちゃんと挨拶しろよ』
今度はディオンさんからのチャットだ。頭がパンクしそう。
挨拶しろってか?
「お、おう。よろしくな、って言うのか?なんで俺が?――っあああっもうっ!だいたいお前ら誰なんだよぉぉぉ!」
「きゃ――っ!照れちゃって可愛いわぁ」
頭を抱える。
『リンネ様!兄様が来たよ!』ブォフフォォン
ステロが立ち上がった。
「今度はお兄さんですかぁ!?」
「「きゃァァァァ――!」」
慌てて散るサテュロスたち。
見回すと、森の中から声がした。
「ステロ!!」
現れたのは普通のオッサンだった。
ガッチリした体躯に素朴な服装をした彫刻のようなクッキリ顔のオッサン。ただし隻眼。手に持ってるのは槌か?オッサンはそれを放り投げ、ステロに駆け寄りその足に縋り付いた。
「心配した……大丈夫か?」
『うんっ……グスッ。リンネ様が助けてくれたよ』
ステロがしゃくりあげた。
「そうかそうか。よかった……本当に」
二人して泣いている。感動の再会シーンに俺も涙腺が緩む。ギュ――。
「ン――ン――」
「あ、スマン、キリル」
「リ……リンネさん!ちょ!」
テランスの焦った声に顔をあげれば、森の中から別のオッサンが次々に出てくる所だった。あちらにもこちらにもオッサン……。気付けば槌を持ったオッサンの集団に囲まれていた。
俺から逃れたキリルがすぐに前に出て剣を構える。持っているのはラビスの剣だ。見ればラビスも体を起こしていた。
「待てキリル!」
テランスが押さえる。
「大丈夫ですよ。無闇に出ませんて」
「可愛くね――普通に戻ってやがる」
「あ――ここは俺が」
立ち上がろうとする。
「リンネさんは動かない!」
「リンネ様はじっとしてて!」
「はい」
座る。
俺たちのやり取りにステロのお兄さんが顔をあげ、こちらにやって来た。
「あなたがリンネか?」
俺は頷き、立ち上がった。
「我が弟を助けて……」
「待て!アル!そいつは人間だぞ。信用するな」
森から出てきたオッサンの一人が言う。
「しかし、礼くらいは」
「必要ないだろう。どうせ大した怪我じゃない」
うーん。これは……。かなり嫌われてるな。
「あ――いいんだ。俺はステロが怪我をしてたから見てやっただけだから。別に礼を言われたくてやった訳じゃないし、実際大したことはしていない」
「いえ、しかし」
「アル!ステロを連れて帰るぞ。そいつもそう言ってるんだ。もういいだろう」
また、森のオッサンが言う。
俺は礼を言おうとしたステロの兄様に、迷惑をかけるつもりはなかった。
「行けよ。気にするな。ステロ、元気でなっ!もう捕まるなよ」
俺はステロに向き直り、足を撫でた。
『リンネ様。ありがとう』
ステロが差し出した指に握手する。するとオッサン連中は汚いものでも見るかのような反応をした。
「ステロ!!離せ!!」
これにはさすがに俺もムカついた。
俺は振り向く。オッサンらに対峙するように。
「あ――別に説教をするつもりはないが、ちょっと言わせてくれ。俺は赤ちゃんや子供を見れば、種族とか関係なしに、可愛いと思うし、大切にしたいと思う。だから、怪我をしてたら助けるし、それを当たり前だと思ってるんだがな。あんたらは違うか?別に人間を信じろとか、大層な事は言わないがな、あんたら、人どころか仲間を見る目も曇っちまってるぞ」
フンっとイキッてから、振り返る。ステロを撫でて癒されると、手を振り、踵を返した。
「じゃ、行くか。ラビス、動けそうか?」
「あ、はい、リンネ様。お手を煩わせますが」
俺はラビスの脇に肩を入れて立たせる。慌ててキリルがもう一方を支えた。
「なんだよ、お前も様、とか付けるのかよ。で?どっちだ?ギンヌンガガプは」
テランスを見る。
「あっ待ってくだせぇ。今方向を」
すると、ステロの兄さん、アルが俺の前に立ち塞がった。
「リンネ様。弟を助けて下さってありがございました。良ければ案内させて下さい」
「え?いいのか?」
アルはしっかりと頷いた。
その真摯な態度に、ちょっと恥ずかしくなって顔が赤くなる。
『兄様!僕も一緒に行っていい?』
ステロの言葉にアルの顔が緩んだ。
「ああ、近くまでならな」
いい兄弟だ。
『やった――!』
「いぇい!」
俺は嬉しくなって、右腕を上げた。




