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奪い取る

 やがて、国を囲む城壁にある、唯一の門が見えてきた。


「でけぇ――」

 ポカンと口をあけて見上げる。

 頑丈な木製の門は十メートル以上ありそうだ。今はしっかりと閉められているが……。

「これ、誰が開けるんだよ。巨人でもいるのか?」

「キュクロープスはこの国にはおらんな」

「え?」よそにはいるの?

「この扉は儂のテムだ。わしの認めた者なら簡単に開けられるようにしておる」

「すげぇな、テム。そんな事も出来るのか」

 人選する扉とか。まるで生きたセキュリティだ。

「ああ、そうなるように、アンクにヌースを込めたからな」

「ヌース?」

「願いや想いと言ったところだ。創った者の願いが込められたアンクは、想像以上の力を発揮するものだ」

「へぇー」

 そういうプログラムが組まれているといったところかな。


 城門前に着くと、近衛とは違う騎士のような兵が慌てて駆け寄ってきた。いきなりやって来た王に気付き、慌てて近くの建物に走って行く兵も。気の毒に……。

 騎士が走り込んだ建物は兵の詰所だったのか、出てきた兵の数はなかなかに多かった。

 すぐにミロンさんが対応する。


「降ろしてやろう」

 ダヴィドは後ろから俺を軽々と持ち上げ、馬から下ろしてくれた。すると、すかさず若い騎士が近づき俺の手を取る。

「あ……ありがとうございます」

 俺はうつむき呟いた。

 乙女か! 自分に突っ込む。

「いえ。大丈夫ですか?」

「どうにか……」

 俺はお尻を擦りながら顔をあげて……驚いた。


 何だこのイケメン。


 少し癖のある茶色い髪に、色彩の薄い青い目。まるで映画の俳優のような整った顔立ちだ。

 少しタレ目の所といい、まだ少年っぽさの残るこの顔に、スラリとして筋肉質な身体。優しげな微笑みはなんというか……人の良さが滲み出てるよう。世の中の、いや夢の中の女性は全て彼に惚れてしまうに違いない。


 初めて見る絶世のイケメン前に、ホケーっとしてしまう俺に、ダヴィドは苦笑すると、自分はヒラリと飛び降りる。

「ニックス、ちょっと顔をかせ」

 ダヴィドが声をかけたその騎士、ニックスはピシリと王に挨拶すると、確認するようにチラッと俺を見た。

「陛下、用があるのならこちらから出向きましたのに……。彼は?」

「ああ、お前なら分かるだろう? こやつはリンネ。『レジスのアンク』に宿った夢見る魂だよ」

 俺はとりあえずペコっと頭を下げる。

 つくづく日本人だな、俺。


 しかし俺が顔を上げると、ニックスの目は鋭いものに変わっていた。

 感情のない冷たい目に射抜かれて心臓が跳ねる。

「あちらで話しをしましょうか……陛下」

 声も低く硬い。

「ここでもいいんだが、お前が言うのなら場所を変えるか?」

 何か俺、怒らせた?

 ビクつく俺を、ダヴィドは体育館裏の様な詰所裏の空き地に引っ張っていった。


 よく踏み固められた地面の上に、乱雑に置かれた樽や木箱。建物に囲まれたやや広めの空き地は、鍛錬場になっているらしい。数人の騎士が本物の剣で打ち合いをしていた。


 すげぇ……迫力が半端ない。

 鋭い金属音に驚き、気を取られていると、ダヴィドがこっちを見ろとばかりに俺の頭をポンポンとたたいた。

 いや、ホント子供じゃないからね。

 

「リンネ、紹介しよう。この者は我が国の騎士団長、儂を陥れようとした憎っくきレジスの息子、ニックスだ」

 あ、今、上手いこと言おうとしました?

「って……ん?……はあ!?」

 レジスの息子だってえ?

 その息子が騎士団長?


「見せてもらっても?」

 頭を抱えて悶絶する俺に、ニックスの反応はどこまでも冷たい。最初はあんなに優しかったのにな。

 まあいい、見せてやるか。

 

 俺はブーツを脱ぐと、靴下の中からアンクを取り出した。

「おぬし……そんな所にアンクを……」

 何故か悲痛な顔で呟くダヴィド。

「いや、大切な物だからさ、落としちゃ、やばいと思って」

 俺はアンクをキュッと服で擦り、握った手を差し出した。

 ニックスはアンクを見るなり息を呑み、目を伏せた。

 

「これは……! 陛下は、我が一族を見放されたのですか?」

 ニックスの怒りとも嘆きとも取れる声は掠れてて、こっちまで苦しくなるほどだった。


 でもなんで?

「……一族?」

 俺が呟くと、ニックスの代わりにダヴィドが答える。

「ああ。アンクはな、血を頼りに親から子へと受け継がれる物なのだ。だから、このアンクは本来、ニックスの物になるべきだった。な、そうだろ? ニックス」

 そうか、アンクは夢見る魂が、この世界に降り立つ時に貰う通行証。この世界で生まれた子どもはアンクを持たない。更にはその子どもも……。

 だから受け継がれるのか、と、そこで疑問に思う。


「なあ、ダヴィド。なんでレジスのアンクを使ったんだ? 罪人のアンクを王が持っているのは分かるけどさ、引き継ぐ者がいるアンクを使うってのはあんまりじゃね?」

 彼はレジスの息子だが、騎士団長してるわけだし、親子関係でどうこうって国じゃないんじゃないのか?

「ほんの出来心だ」

「出来心?」

「まさか、魂が宿るとは思わんでな……」

「軽っ……」

 目の前で、めちゃくちゃショックを受けてるニックスが気の毒になる。

 でも、慰めようとした俺を前に、ダヴィドはとんでもない事を言い始めた。


「だからな、選ばせようと思って、急いで連れてきた」

「選ばせるって何を? 所有権か?」

 戸惑う俺を無視して、ダヴィドの目はしっかりとニックスを見据えていた。

「城じゃ何言われるか分からんからな。大臣らは未だお前を認めようとせんし、いい機会だ。奪って見せろ」


 奪うって……。

 それ、俺からだよな?

 なるほど。今、俺の立ち位置がはっきりしたわ。


 完全な当て馬……。

 ダヴィドはレジスのアンクに、子供の様な俺が宿った時点で、こうすると決めたに違いない。

 

 罪人の息子に、国の貴重なアンクを渡す訳にはいかないが、素性の分からないよそ者から国を守る為に奪い取ったなら問題ないって訳だ。

 

 ついさっきこの国に来たばかりの奴より、あんたは仲間を大事にする。

 ……そんな事、わかりきったことじゃないか。


「いいのですか?」

 ニックスはそう言いながらも、早速自身の剣を胸に当て、騎士らしく掲げてみせた。いつの間にか、左腕には小型のバックラーが付いてある。

 もう分かるよ、それテムだろ? てか、剣まで伸びてません?

 

「お前も構えろ」

「何を? あ――武器ね」

 持ってませんが?

「貸そうか?」

 横で俺の様子を眺めていたダヴィドが、ふざけた口調で言う。

「そんな重そうなもん、持てるかよ!」

 さっきまでなら親切心だと思ってただろう、ダヴィドの申し出も、今はただムカつくだけだ。


 くそう……。

 騙されたみたいでなんか悔しい。いや、実際騙されたんだろうけど。

 だから尚更、負けたくない。

 俺は負けず嫌いなんだ。


 とりあえず剣……剣ねぇ……。

 頭に浮かぶのは、手に馴染んだコントローラー、じゃなくて双剣。

 俺が好きなのは、やや長めで優しく湾曲したタイプ。

 お前がナイトなら俺は忍者だ。

 

 想像すれば、意外にすんなりそれは手の中に現れた。そうか、認識度の問題か。

 テムはしっかりとしたビジョンがあれば、それだけハッキリと現れるのかもしれない。


「珍しい物を……。そんな華奢な剣で私に?」

 ニックスめ、ちょっと笑ったな。

 俺がこれでの戦闘研究にどんだけ時間をかけたと思ってるんだ。

 よりダメージを与えられるよう、秒単位で計算し、実際レプリカを作り、動きの確認までした。

 学生時代、毎晩朝方まで遊……頑張ってた俺を、友達は戦闘オタクと言ってたっけ。まあ、敵は画面の中で、人間じゃなかったけど。


 俺が低く構えたのを見て、了承ととったのか、ニックスは長めのソードで一振、空を斬った。

 そして……。

 そのまま踏み込み、左下から切り上げてきた。


 俺は慌てて後ろに飛ぶ。

 そのまま片手を着いてバク転、後ろに目をやりながら、フィールドを確認した。宿舎の壁の前、休憩する為に置かれたものなのか、大きな酒樽が一瞬みえた。

 俺の動きに合わせるように、ニックスが二度三度と踏み込んで剣を振るう。西洋剣術は確か、切るより殴打。当たっても致命傷にはならないかもしれないとは思うが……。

 

 俺はクルクルと避けながら、酒樽の所まで行くと、体を捻り軽く飛び超える。息を吐くと体勢を整えた。

「やべぇ……」

 

 どうにか避けきれた。だがここじゃ広すぎる。

 俺はどちらかと言うと障害物があった方が萌えるんだ。運動場より、公園派。

 このパルクールのような動きは俺の趣味。

 遊具の上を走るな、と近所のじぃさんには怒られたが、子供にはウケたぜ?

「おお――!」

 その辺の騎士にもウケた。嬉しい。

 その声援に応えたいが、その間にニックスさんに刺されれそうだから控える。

 

 しかしニックス……容赦ないな。殺す気か!

「そんな所に隠れて。降参か?」

 楽しそうだな。ムカつく!

 タダでやられるものかと俺は、樽の影から出て再び両手を構えた。

 直ぐに俺の手の中に双剣が現れる。出し入れ自由な剣とはめっちゃ便利だな。


 同時に辺りの様子も伺う。

 歓声を聞き集まって来る兵士達。その横、山のように積まれた大きな木箱までは、十歩ほどか。


 再び斬りこんでくるニックスの剣を避けながら押されるように木箱まで誘導する。

 大振りの剣は動きが読みやすく、曲がった剣二本と、小さい身体で受け流すのは割と簡単。

 さっきは遠くに聞くだけで震えた金属音も、今は耳のすぐ横で小気味よい音を響かせ、心を高揚させてくれる。


 あと七歩……五……。


 追い詰めたと思ったのか、ニックスが大きなストロークで振りかぶる。目の端で捉えた俺は、身体を捻ると助走をつけ木箱の壁を走り登った。


「……ん!?」

 慌てて斬りかかるニックスの上を、回転をつけながら飛び越える。ついでに奴の首に腕を回して、引き倒す。


「――ってぇ……」


 二人して地面に転がる。少々捨て身だった。

 でも思わぬ反撃を食らったニックスの衝撃の方が強かったらしく、反応が遅い。

 俺はニックスに馬乗りになると、やつの首を腕で押さえつけ、体重をかけると、剣を押し当てた。


「そこまでだ!!」

 耳元で声がする。

「ダヴィド……。あんた……」

 すげー近くにいるな。顔、離せよ。ちゅーしちゃうだろ?

「腕を離せ……そっとだ」

 離したいけど、体が言う事を聞かないんだ……。

「ゆっくり深呼吸しろ……」

 そう言われても……。


 目の前のニックスが苦しそうに目を閉じるまで、俺は動けなかった。

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