キマイラ
「テオ……聞いてくれ。先生が可愛い」
「次、自分の番っすからね……」
こいつら、俺が動けないのをいい事に、楽しんでやがる……。
大岩の後ろ側には、こんもりと盛った小さな土山があった。まわりの景色に埋もれたそれには、人ひとりがくぐれるサイズの小さな扉がついていて、その前でマルシュが手招きしていた。
開け放たれた扉、テランスに続きニックスがギューって入っていく。俺もクレタスに下ろされ、押されるように中に入った。
半地下になっているのか、二、三段の階段を降りると、中は広い通路になっていた。いくつかの小さなランプに照らされ、映し出されるのは沢山の木の樽だ。しかも、かなりデカい。それが通路のあちこちにゴロンと置かれている。
「樽を作っているのか?」
ニックスの問いにマルシュが答える。
「そーよー。この先は自慢のワイン蔵なの。デオニュソス様のね。ワインが飲みたければ働かないと。さ、こっちよ」
「我々はここで……」
通路は下り坂。この先は地中に潜って行くようだ。ニックスが躊躇する。
マルシュが上を指さした。
「キュクロープスに踏まれたいの?まだここ、地上よ」
「……行くか」
渋々頷いたニックスの後にくっつき、しばらく歩くと、次第に通路は狭くなり、一つの扉の前に着いた。
「いらっしゃ――い」
マルシュの満面の笑みで、開けられた部屋の中は、ランプの暖かい光で満たされ、心地良さそうだ。土壁ではあるが、地下である事を忘れる程天井は高く、広い。食堂なのか、木の実や果物が無造作に部屋の隅に置かれていて、生活感はある。家具は磨かれた大きな木のテーブルに、たくさんの椅子。誰か他にもいるのだろうか。
「いつもは仲間がいるのだけど、あいにく留守でね、寂しかったのよ。自由に寛いでちょうだい」
ここでようやくテランスが剣を納めた。
「すまないな……」
「いいのよん。ね、ワイン飲む?そこの可愛い子も、その鬱陶しいの、脱いじゃって!」
マルシュは俺が気になって仕方がないらしい。
なんでだよ、と思いながらも、フードに手をかけるとクレタスに速攻戻された。
「そのままで!」
「あらん……男の子?」
マルシュに覗き込まれる。……あ、そっか、俺は……。
「「乙女です」」
クレタスと返事が被ってしまった。
ジロっとテランスに睨まれる。
「ふぅ――ん」
マルシュは顎に手を置き、俺を上から下まで舐めるように見ていた。
分かったよ……大人しくしてるよ。
俺はその視線から逃れる様に、コソコソと部屋の隅に移動してうずくまった。クレタスがすぐに横に来て座る。
「先生。いじけないで……」
「違うんだ、酒……」
マルシュが木のコップを持って、部屋の隅に置かれた酒樽に行くのが見えたんだ。
コルクが、キュポッと抜かれ、ワインの香りが漂ってくる。
「飲めないんですか?」
「酔う」
「飲まなきゃいいじゃないですか」
そういう問題じゃないんだ。
俺はローブに深く顔を埋めて目を閉じた。
「キリル!この辺で大丈夫だろう」
「もう追って来てないか?」
「ああ。撒いたようだ。あの、お方からも離せたし、もう戻っても平気だろう」
俺は後ろを任せたラビスを睨んだ。あのお方って……。
「ラビ、素直にリンネ様と言えよ」
この幼なじみは本当に頭が硬い。そう呼んでいいと言われるまで、決して名前では呼べないのだろう。隊長など呼び捨てにしているというのに。……まあ、隊長の立場なら呼び捨てても問題ないのだろうけど。
……と、気付けば、開けた場所に立っていた。
「キリル、どうした」
これまで緊張続きだったせいか、それとも護衛対象から離れ、気が緩んでしまっていたからか。有り得ないミス。咄嗟にラビスの腕を引く。月は薄雲に隠れ、暗闇になった森。光る目から避けたかった。
辺りには血の匂いが漂っていた。
雲の切れ間から月が出てきた。
月明かりに照らされるのは無数の狼の死体だ。
「戻って来てしまったのか?」
ラビスの口を塞ぎ、引きずるように暗闇を探す。
ガヴオオオオ――……!
獣の咆哮だ。
暗い森の中から現れたのは、キマイラだった。
月の光を浴び、金色に揺れるたてがみを持つ頭は獅子。
胴の辺りから伸びた頭、甲高い声で鳴くのはヤギだ。
そして、ふらりと背中に見え隠れする尾は大蛇。
隙のないその生き物は、牛よりも大きかった。
スっと近くに見つけた岩の影に移動しながら様子を伺う。
こちらに気付いているようだが、目の前の食事も気になるようだ。このまま逃がしてくれるといいのだが……。
スンスンと獅子が死体を嗅ぐ。そして……。
こちらを向き、狙いを定めた。やはり、新鮮な肉の方が好みのようだ。
俺は回避を諦め剣を抜いた。獣は動くものを追う。飛びつかれないよう、慎重に様子を伺う。
「キリル、どう戦う?」
早口でラビスが伺う。
「獅子は火炎を吐く。先に殺っときたいが、ヤギを殺らん事には、鳴き声が……動きも俊敏でどうにもならんだろう。蛇は毒を吐くから……これも面倒だな。せめてもう一人欲しかった」
「お前にしては珍しく迷ってるな」
「しょうがないだろ?初めての相手なんだ」
本当なら、最低六人体勢で挑むところ。正直、二人で無事に倒せるとは思えない。
その時、ブルンと胸元が震えた。
「ん?ダイフク?……じゃなくてヨモギか」
そう言えば入れたままだったな、と胸の内ポケットからフニフニと形を変える、柔らかいヨモギを引っ張り出すと、新緑の色をした拳大のそれを、近くの石の上にそっと置いた。
「何をやってる。気を抜く暇はないぞ!」
ラビスはそう言うが、この戦闘を打開する方法なんて他に見当たらない。闇雲に突撃するよりはこの小さな生き物?に力を借りる方がいいように思えた。
いつ突っ込んで来てもおかしくないキマイラに、一人で対峙してるラビスに申し訳なく感じながらも、石の上のヨモギに話しかける。
「ヨモギ、蛇を抑えてはくれないか?」
蛇の吐く毒は身体を容易に麻痺させる。それだけでも、阻止したかった。
ヨモギは岩の影でウニョンと形を変え、赤ん坊サイズの人型になると、何らやポーズを取り始めた。
自らの筋肉を誇張する様に、腕や脚を折る。フィニッシュ!とばかりに胸の筋肉をピクピクと動かすのには、何か意味はあるのだろうか。
まあ、あの人の創る物だ。不気味さの主張は欠かせないのかもしれない。
ふと顔を上げると、ラビスが真剣な顔でヨモギを見入っていた。
俺は慌てて剣を構え、ラビスの前に出る。
「頼むからそれは参考にしないでくれよ」
ラビスの創るテムに影響を与えているのが、コレである事は間違いない。リンネ様に出会ってからラビスは、彼の発想を吸収しまくっているような、怪しげな物を急に創り始めたから。
自前の剣を、調節しながら戦う俺たちの中で、ラビスだけは上手く創れないからと、俺の創った大剣をそのまま使用しているくらいだ。創るだけ、成長と言えるのかは謎だが……頭は固い割に素直なんだよなぁ、こいつ。
ボンッ!!
「おっ……と!」
足元に火炎の玉が飛んでくる。
二人して逆の方向に飛びすさり、お互い、目で合図する。
ラビが正面を切り、走り込むと、獅子の頭に大剣を振り入れる。俺は獅子が怯んだ所でタッチでヘイトをとる。いつもなら、ここにもう一人、クレタスがいてまわすんだが……。
ラビが素早く体勢を整えもう一撃。……硬いな。ラビでも大したダメージが入らない。
すかさず俺のヘイトタッチってとこで、キマイラが急に姿勢を変えた。
メェェェェエエ――!
先程の咆哮とは比べ物にならない音。空気が震えた。ヤギの甲高い声に、隙ができると分かっていても、耳を押さえないと立ってられない。ヤバい!
「ラビ!!」
声が届くはずもないのに、叫ばずにはいられなかった。
俺の目の前で、膝を折り、耳を塞ぐラビスの肩に獅子の牙が刺さる。
「このぉぉぉ――!」
俺が切りつけた剣は、ほんの少しヤギの後ろ足に傷をつけるだけ。それでも……何度も、何度も剣を叩きつけた。
ヤギの鳴き声が止まり、獅子がラビスを離す。
まるで虫けらでも見るように、鬱陶しそうに獅子が俺を見据えた。
「う……」
「ラビ、下がって止血してろ」
俺はすぐに盾を創造し、バンバンと、叩く。
「こっちだ!」
首を振り、ギラッとこちらを見据える目は紅く、血に飢えているように見えた。
これは覚悟を決めないといけないな。
大きく息を吸い口の中に火炎を溜める獅子に、俺は正面から突っ込む。
口を開けた瞬間を狙い、剣を突き出す。
同時に出来うる限りの意思で、自分を守る物を創造すると、腕ごとキマイラに突っ込んだ。
ガァァァァ――!
吐かれた火炎を正面から受け、吹っ飛ばされる。
鼻につく焦げた匂いと、取り損ねた受け身のせいで、一瞬自分自身を見失う。体勢を整えたいが、体が言うことを聞いてくれない。
ガウォ――……。
ここで飛びつかれたらアウトだ。
……しかし、思ってた反撃は来ない。
俺は身体を無理やり捻り、奴をみる。すると……。
ヤギである後ろ足が折れ、首が垂れ下がっているじゃないか。
獅子は俺の刺した剣に悶え苦しみ、その前足だけでズルズルと動くも……すぐに動かなくなった。
「何が起きたんだ?」
俺は軋む腕を押さえながら、ラビスに駆け寄る。
項垂れるラビスの袖を引きちぎり、深く傷ついた肩に巻き付けると、反対側の肩に身体を入れ、立たせる。
事切れたキマイラが気にならない訳じゃない。でも、一刻も早くここを去りたかった。
「ヨモギ!!」
リンネ様の所に行かなくては。今すぐに。
何故か一回り大きくなった、人型のヨモギがどこからかすぐに現れ、俺の代わりにラビスの体を支えてくれる。そして、こっちだと言わんばかりに暗闇に包まれた森の中に、唸るラビスを引き摺り、入っていった。




