治す
すぐ後ろに数人の彼等がついてきてた。
目が合うと、もうダメだった。
先頭は最初にテランスに声をかけたリックという青年だ。その怪我がなければかなりのイケメンだろう。きっとモテただろうに、と思ったらグッと胸がつかえて……。
リックは俺を見て涙を流した。寂しげに。
俺はキリルの抑制を振り切り駆け寄った。
「リンネ!」
ニックスが慌てて俺をの腕に手を伸ばし、引き寄せる。でも……。
「せめて治療だけさせてくれ。テムである彼等には分からないかもしれないが、俺が嫌なんだ」
「ダメだ。彼等はティルクアーズのアンクで出来ている。オブシディアンのあなたでは干渉出来ない」
「やってみないなと分からないじゃないか!」
だって人の形をしてるんだ。こんな場所に打ち捨てられたまま、忘れ去られていいわけない。
俺の感情に引き寄せられたかのように近づくリックの頬に手を伸ばす。
「リンネ!」
ニックスの手を振り切る。
そっと怪我のない方の頬に触れると、リックが上から自分の手を重ね、俺の手を包みこんだ。
なんだ、やっぱり彼は生きてるじゃないか。
「あの御方と同じ匂いがする」
リックは優しい微笑みを浮かべるようとするが、触れてない方の頬は抉れてて難しそうだ。
「匂い?ああ、俺、ダヴィドのベッドで寝たことあるからかな?」
天蓋付きベッドの寝心地を試したかっただけなんだけどな。
「ふふ……。泣かないで、可愛い人」
リックが言う。
そうか、俺が泣いていたんだ。……鏡か。彼等は俺の感情を写し出す。
リックは涙で濡れないよう、俺の手を頬から剥がすと、自分の胸に抱き込んだ。大切な物だと言わんばかりに。すると、彼の表情がハッキリと変化した。
「相手を知るにはこうしなさい、と言われました」
誰に?……創造主にか?
「そうか……で、何が分かったのかな?」
「あなたは、難しい。どんどん変わる」
確かにさっきまでは悲しかった。でも今は何か出来るのではないかという期待が大きい。更には彼等をもっと知りたいと思っている。それが伝わったのか、リックは頷いた。
「我らは知っている。我らの存在があってはならないものだと。今は亡きイーリアス様のアンクを持ったあの御方は、それを嘆き泣いてくださった。だから我らはあの御方に従う事にしたのだ」
ダヴィドにか……。
「そうか。それで、この美しい場所に?」
「静かに暮らすに相応しい、この素晴らしい場所を、あの御方は我々のために用意して下さった。しかし、あの御方はここに来ると悲しい顔をする。だから我らは来ないで欲しいとお願い致しました」
「優しんだな……。なあ、触ってもいいか?その傷口」
痛々しくめくれる皮膚の下がどうなっているのか知りたかった。
「はい。痛みは感じませんのでご自由にどうぞ。あの御方のように泣いてくださった貴方に、私は従います」
「従う……か……」
アイリスと会った日に感じた違和感が蘇る。
彼等はここから出ようとは思わないのだろか、と。従う事しか出来ない訳ではないだろうに。
痛くはないと言ったが、見上げるようにそっと触った皮膚は、シリコンのように柔らかかった。中の筋肉も然り。これなら繋げられるかもしれない。
「リック、まずは後ろを向いてくれ。その背中に刺さった剣を抜きたいんだ」
呆然と立ちすくむ仲間を置き去りに、俺はバックパックを下ろし中を漁った。だが、手にあたる物は何も無い。
そうか。殆どの物はムネーモシュネー戦で燃やしてしまっていたな。
「先生……。よければこれを」
振り向けばクレタスが、袋を差し出してくる。そういえば預けてたっけ?と受け取り中を覗けば、包帯や薬が見えた。よく見ればちゃんと補充してくれているようだ。
「さすがクレタス!ありがとう」
照れるクレタスに礼を言い、ひとまずそれを床に置くと、後ろを向いたリックの背中に刺さる剣に手をかける。
「痛かったら言ってくれ」
力を入れ、グッと引くが、錆びた剣は抜けず、リックが体勢を崩してこちらに引かれてくる。
「うお!」
リックは耐えたが、俺は反動で後ろに倒れそうになる。しかし、そこにしっかりと支えてくれるキリルの腕があった。
「仕方ありませんね……。リックとやら、うつ伏せになれますか?」
俺を上から覗き込むキリルの瞳は苦笑まじりだ。
「可愛い人の従者よ。出来ます。と答えよう」
すぐに膝をつくリックを見て、横からニックスのため息が聞こえた。
「キリルまで……。分かりましたよ、リンネ。私がやりましょう」
「ニックスも、すまないな」
ニックスが目と手でラビスとテオに何やら指示を出し、力のない俺の代わりにリックの背中に手をかけた。
苦労して錆びた剣を抜き、傷口を見る。まるで蝋で出来たように滑らかだが、人と変わりはない。ただ、循環するものが何もない。
「お前たちは痛みを感じないんだな」
「はい。あの御方と共に来られた美しきエルフはこう言いました。あらゆる感情がない、と」
「……なるほど」
エルフの正体は置いといて、今はリックが少しでもいい状態で過ごせるように尽力する。
糸を取り出し、テムで手に馴染んだ器具を創ると汚れを落とした患部を塞いでいく。
う――む……これは治療ではないな。
「しかし、お前たちは自分たちでどうにかしようとは思わないんだな」
「はい。我らは我らの姿が見えませんので……」
「見えないの?」
「はい。我らがいるのは発する声で分かりますが、姿はハッキリ捉えることはできません」
「自身の姿も見えないのか?声だけ?」
「はい、声だけです。故にあの御方は静かな場所を創って下さいました」
「そうか……ああ、今、全ての謎が解けた気がするよ。リック、君のお陰だ。ありがとう」
「いえ、お役に立てたのなら嬉しいです」
ほぼ穴を塞ぐだけの作業を終え、リックの足を何かの骨で真っ直ぐに固定する。
持ってきてくれたのは彼等の一人だ。助手の様に俺の手元を見ていたラビスの頼みを、彼等は聞きいれてくれた様だ。彼等に受け入れられたようで嬉しくなる。
「どうだ?動きやすくなったか?」
完璧ではない。でも、今、出来る事は全て、したつもりだ。
「はい、生まれたてのように。ありがとうございます」
「それはよかった……ふぅ」
と、立ち上がり、振り向くと……。
目の前に彼等が勢揃いしていた。
体育座りの状態で。
集めたのか?と彼等の視線の先を辿ると。
「いいっすかぁ!水を汲み、まずは体を拭くことっす!あとは、この布をぉこう割いてぇ……」
何故かテオが、腰に手をやり、彼等に何かを説いていた。テオの順応性の高さは素晴らしい。
そういやクレタスとキリルは?……と街の方に目をやれば、いつの間に伐採したのか、せっせと木で屋根を治す姿が見えた。
こりゃ、俺も気合い入れてやらないと。
「よし!次だ!」
「まじかよぉ……」
後ろから聞こえる、ため息混じりのテランスの声。その前に乾いた木を積むニックスは、既に諦めていたようだ
「テランス、そろそろ諦めろ。……リンネ、日暮れには出ますよ」
「分かった。すまない」
俺は腕をまくった。
俺は頑張ったと思う。見かけはともかくとして。
「うん!みんな動きやすくなったかな?」
総勢三十人程の若い兵士は、満足そうに微笑み頷いた。首が取れそうだった彼も、これで安心して頷けるってもんだ。服は用意出来なかったので腰布だけだが、そこは若く美しい筋肉でカバー出来るだろう。フランケンな印象は否めないが、まあ、そこはは愛嬌って事で!
「俺……しばらく彼等の夢を見ると思う」
「そうか。よかったな、テランス」
「よくね――よ……」
「じゃあな、リック。彼等も。またいつか寄らせて貰うよ」
今度来る時は服を持って来ようと思う。
「可愛い人。ありがとう。お礼を言わせてください。我らは貴方のヌースを忘れないでしょう」
「こっちこそ、ありがとう。俺の自己満足に付き合ってくれて。お前たちが穏やかに過ごせることを祈ってるよ」
扉の前でお別れを言い、手を振る。
ニックスが頷き、テランスとテオがグッと扉に力を入れた。……しかし。
「開かないのか?」
ほんの少しだけしか動いてないじゃん。
「出る時の方が難しいんでやす」
ニックスとラビスが手を添えるも、なかなか開かない。俺も加わり力を入れるが、ほんの少しだけ動く程度。
「リンネさんでもこのくらいですか……。やばいな」
やばい……か。
なるほど、こうやって出られない者が他にもいた可能性があるな。そういやさっきの骨って、人骨だったよな……いや、考えまい。
「コツがあるっていってたな。なんだ?」
「とにかく楽しい事を考える事」
楽しい事?ああ、彼等に悲しい顔は、見せられないってか。……でもこの状況下でそれを要求する?
「ははっ!ダヴィドらしいな」
ズズズ…………ゴ――――ン
いきなりフルオープン。
「ってぇ……」
みんなして転けた。……と思ったのに。
「なんでだよ……」
俺だけスライディング。
「なんで誰も手を掛けてないんだよ!お前ら、手ぇ抜いたな!ってか、なに笑い堪えてんだよ!」
「こうなると思いましたので……ふっ」
「笑うな!……っくそ。ニックスまで……」
立ち上がり振り向けば彼等もいい笑顔。
それならいいか、と擦れた鼻をかく。
俺達は手を振り、扉をくぐった。
扉がゆっくり閉まり……。
辺りに音が満ちた。




