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イーリアス

 森の中をどこ目指す訳でもなく逃亡した俺たちは、日も沈み安全を確認した所で設営する事にした。そこで、ちょっと落ち着いた俺は、後は皆に任せてマチューに持たせたダイフクに意識を飛ばしたんだけど……。

「しくった……」

 どういう訳か、マチューではなくアイリスの声がして驚いた。ああ、アイリスじゃない、リリだな。予想通り俺と同じく、泉を渡って来た女の子。しかも俺の事を知ってると言う同郷の子に会えて胸が弾んだ。

 しかし……やはり、と言うべきか、追われているようで、アイリスは森の中、一人で隠れていた。心細いだろうと情報収集を兼ねて話を振り続けてみたんだが……。

 今までの行動からして、リリはアイリスとコンタクトを取れている事が分かっていた。だから、こちらの世界には上手く馴染んでるとばかり思ってたが、違っていたようだ。

 ……俺は完全に失念してた。

 この世界に来た者全てが、ここにいたいから残っている訳じゃない事を。

 ふ、とした瞬間戻ってしまわないよう、慎重に言葉を選んだつもりだ。なのに彼女は泣いた。

 ……という事は、帰りたくても帰れないという事だ。泣かせた後に気付くなんて大失態だ。

 しかもリリとリュカスは信頼関係が怪しいようだし、そこに俺みたいな『知ってる者』が入れば尚更、関係を構築させにくくなる。だから慌てて通信を切ったが……。


「可哀想なことをした」

「どうされました?」

 ニックスが、頭を抱えてる俺に気付いて、横に座る。この男だらけのパーティで唯一いい所は見張りがいらない事。起きているうちは俺のテムだけでどうにかなる。寝る時は交代制で見張るだろうが、今はみんなで休憩出来る。

 設営と水汲みを終えたテオとクレタスが俺の横でゴロンと転がり腕相撲を始める。その横でラビスは剣を磨き、それをテランスが引き気味に眺めてる。キリルはヨモギを撫でつつ、ぼんやり俺の方を見てるな。緩すぎる!いいのか、これで。

 しかし、これにニックスが加わると……。

 何だ?このイケメンパーティは!俺が腐女子なら卒倒してるよ。

「ん――ああ、色々考えてて、頭の整理が追いつかなくてな……」

「でしたら、休んで下さい。見張りはこちらに任せて」

 ニックスが困った様に言うが、俺、ちゃんと座ってるし。

「休んでるじゃん。あ、そうだ。なあ、テランス。レジス側に俺らの事、どう伝わってた感じ?」

「え?あ――聞きたいのか?」

 手を止め、顔を上げるテランス。俺は頷いた。

 テランスは他の奴らを気にしながら頭をかいた。綺麗に整えられてたエメラルドグリーンの髪がくちゃくちゃになると、かなり若く見える。

「なら、怒らずに聞いてほしんだが……。言われたのは確か……子供のお使いに騎士団も持て余してる若造を付けたらしい、と」

 水汲みは確かに子供のお使いだ。

「ふぅ――ん。で?どんな指示貰った?」

「た……隊長抑えれば、後は大したことないから、適当に転がしとけ……と。ア……アンクさえ手に入れば、あとは好きにしていいと……って睨むなよ!寿命縮むから!」

 見事に全員を敵に回すテランス。面白すぎる。

「その情報、アイリスが絡んでないな。何故だ?時差だけじゃないようだが……まあ、出処はオブシディアンで間違いはないだろう。持て余してる若造を付けられる役職の者だな。誰だ?」

「……はっ!やっぱ、あんたおもしれぇな!誰だと思う?あ!ニックスさん、ばらすのはなしだぜ!」

「……知りませんて……俺は……」

 ニックスが頭を抱える。ああ、知ってたらあんな失態する訳ないよな。しかし……舐められ過ぎだろ。俺はともかくコイツらは優秀だろ?……ん?ああ……持て余す、か。ふっ、手に余るって言いたいが、言えなかったってとこか。

「ちょい情報無さすぎだな。……おい!お前らの中で騎士団以外の奴は?」

「え?な……なんで?」

 テランスが落ち着きなくオロオロと慌てる。そんな姿が周りを和ますんだよなぁ。こいつは上品な見た目にそぐわない素直な反応が好感を持てる。しゃーないなぁ……。連れて行くか……と、前を向けばキリルが手を挙げてる。

「お前、近衛隊だったのか」

「はい。近衛第二部隊隊長です」

「すげーな、おい。騎士団から引き抜かれちまった訳だ……と、言うことだ。残念だったな、テランス。お前らは最初から捨て駒だったって訳だ」

「え?ええっ?どゆこと?」

「情報の出処は近衛隊隊長、ミロンだろ?マチューが敬愛する師だな。マチューが俺らを殺す指示を貰ってない事を考えるとだな、情報流した本人が優秀な部下を上手く配置して、オブシディアンの貴重な人材を失う事を避けたんだろう。あ、俺以外でな。アンクを奪取するだけが目的だったようだし……ってとこだろ?どうだ?」

「はぁ?どうだじゃね――よ!じゃ、雇われた俺らって……」

「アンク奪取までの時間稼ぎ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!信じらんねぇ!」

 テランスの叫びに耳を抑えながら、ニックスが肩を叩く。

「リンネ。補足すると、マチューはミロン様の孫に当たります。ミロン様が同士討ちを指示するとは考え難いですからね。納得はいきます……許せませんが」

「だな。孫って……マチュー、あいつ、アンク引き継いだんじゃないのか?カシアさんが言ってたぞ。勝手な事して、大丈夫か?」

「俺も知りませんでしたが……少々心配ですね」

「はぁ、ミロンさんの考えが読めねぇ。そこまでしてなんでレジスにアンクを?……まだ情報が足りないな……。おい!テランス、もうちょっと教えてくれよ。人って創れる?」

「はあ?今度は急になんですか、ダンナ」

「あ――そのダンナってのやめてくれよ。リンネでいい」

「ああ。なら、リンネ――――さん」

「さん?」

 テランスの視線の先を追う。ああ、キリルが許さないか。テランスを睨んでた赤銅色の瞳が俺に気付き、気まずそうに逸らされる。ほんと、忠実だよな。

「なにキリル見て怯えてるんだよ。可愛いじゃん、こいつ」

「可愛いだ?!そんな事言うの、ダンナだけだって……。で?何だって?……ってか、なんで俺に聞くんですかぁ?」

「お前は、もっとも古き人っていう者の教えを受けた可能性が高いから」

「それ言うんだったらそこの隊長さんだって……」

「ニックスは孫。あんたは息子。お前、直で情報入るだろ?……何?言いたくない理由でもあるのか?……例えば創って身を滅ぼした奴がいて、禁忌になってるとか?」

「あ――何かリンネさん相手だと、全部明かされる気しかしねぇ……。しかも、絶対最後に飛んでもない事実とか出てくるんだぜ」

「それはないだろ。俺、無知なのに。でも、そう言うって事は……ティルクアーズ方面だな?ああ、レテが出来る原因になったあれか?」

「はぁ……その通りですよ!リンネさんはイーリアスって知ってるか?」

「イーリアス……アイリスの母親が宿ったアンクの、前の持ち主だな。ああ、なるほど……そこでイーリアスね。知らないな。教えてくれ」

「知ってんじゃねぇかよ……」

「知ってるのは名前だけだ。ティルクアーズの夢見る魂だろ?」

「ああ、類まれなる創造力の持ち主でティルクアーズで女神様と称えられてた人でな、その……人も創造出来たんだとか」

「女神ときたか!これは、ダヴィドの国王失脚に絡んでるとみた。で、軍隊でも創ったか?民衆か、国王か……どっちに着いたのか気になる所だな。ああ、カシアさんの様子だと、民衆側か?」

 ずっと気になってたんだ。ダヴィドの元に集まったティルクアーズのアンク。使うなら、戦だろう。

カシアさんは忌々しいイーリアスって言ってたから、イーリアスはアンクを使って、かなりやばい事をやったに違いない。

「……」

「……いや、違うな。ダヴィド……国王に着いたんだな」

 イーリアスとアイリス。同じ名前じゃないか。自分の子供に名前を付けたほどだ。イーリアスはダヴィドにとって特別な存在だったに違いない。

「……やっぱ、知ってんじゃね――かよ……」

「知らね――から、聞いてんじゃん」

「先生……。すげ――全部当てたッス」

 気が付けば皆の関心が俺達の話に集中してた。

 今、言葉を漏らしたのはクレタスか。……ん?そっか、クレタスは……。

 旅に必要なのは戦闘能力だけじゃない。知識も然り。クレタスもまた、選ばれた者なんだ。

「そうだな。じゃ、クレタス!この先はお前に話して貰う事にしよう」

「え……?」

 クレタスが瞠目する。それを見てニックスがふっと息を吐き微笑んだ。

「それはいい!クレタス、読んで聞かせるといい、お前の得意な詩を」

「隊長――っ!?」

「ほ――クレタスにそんな特技があるとは!楽しみだなぁ」

 はぁ……とため息をつくと、クレタスはチャラい前髪をグッとかきあげ、ちょっと照れつつも目に力を入れた。

「……分かりましたよ。笑わないで下さいよ?」


 これは遠き日々を想う商人の物語。

 彼の泉より降り立ち、幾日か。

 引き寄せられる現生に慄く日々に耐えられず。

 王の元へと空の色持つアンクを献上した日。

 王の傍らに美しき女神を見る。

 王は言う。寂しげに。

「お前もか……」

 と。

 女神は言う。

「恐れる事、弱さならず。卑下るに値せず」

 と。

 王の期待に添えず、感じる不甲斐なさ。

 心は女神に救われ軽くなる。

 しかし。

 王の傍に仕える猛者らの顔を見る度ごとに。

 襲われる後悔の念、泉に慄く日々より苦しく。

「なくなってしまえばいい」

 自ら差し出した物、戻らぬのなら。

 皆平等に持たぬほうがいいと。

 恐ろしき理念に身を任せ。

 猛者らに立ち向かわんと剣を持つ。

 我が声に応える者少なからず。

 波紋は拡がり。止めどなく。

 王は沈黙。

 応えたるは怒れる女神。

「自らの過去と戦うがいい」

 放たれたるは自身。鏡を見るが如き姿。

 立ち塞がる悪夢に果敢に立ち向かうも。

 恐ろしき光景。心は日に日に死に絶え。

 嘆きに王は立ち諭すも。

 生まれし憎しみに耳を貸すもの既になく。

 果てに女神は刈り取られ。

 王は去る。

 女神のヌースを抱きて遠き地に。

 商人は想う。

 こんなはずではなかった、と。


「クレタス。ありがとう。……それしか言えねぇ」

「え……?あ、どもっす」

 あ、いつものクレタスに戻ってる。……ほんと可愛いやつ。

「俺、間違ってたわ。お前は無理してキャラ作ってんのかと思ってたけど、それもひっくるめてお前なんだな。他人の心に寄り添え、ものに出来るのは才能だ」

「才能っすか?……悪くないな」

 クレタスが照れるのを微笑ましく眺めながら、今の詩を味わう。気になる点は幾つもあるが、今は悲しみに沈む者たちに想いを馳せていたかった。

「あ――飯食った後に明日からの方針を決めたいと思いま――す!」

 まずは腹ごしらえだ。

 ……ん?俺の立ち位置、これであってる?


「なんで俺がいきなり飯当番なんだよ」

「いいから……早く。とっとと作って下さいよ」

「俺、テランスさんの料理、食べたいっす」

「隊長に見つかる前に。……さあ!」

 何故か全員から推薦され飯を作るテランス。かき混ぜる鍋からはちゃんとした肉の匂いがする。

 今日は美味いものが食えそうだ、と横を見ると

何故かニックスが悲しそうに鍋を見てるから……いたたまれなくてそっと声をかけた。

「なぁ、ニックス。当初の予定だと、俺ら水汲み後はオブシディアンに帰る予定だったのかな?」

 ハッと振り向くその顔には迷いが見える。

「その事なんですが……」

「ん?どした?言いにくそうだな」

「いえ、その……決まってなかったと言うべきなんでしょうか……」

「ふぅん。自由に楽しんでこい!とでも言われてたか?帰って来るなとは言えないだろうからな」

「……はい」

「なに?お前たち国追い出されたの?」

テランスが手を止めこちらをニヤニヤとこちらを見てる。……耳聰いやつ。

「何嬉しそうにしてんだよ!何かムカつくな。テランス、お前とは違うからな!」

「俺は自分から出てきたんですぅぅってっ!殴るなよ」

 とうとう切れたキリルに殴られてる。グッジョブ!

「陽動だよ。アイリス守る為のな!俺、レジスのアンク持ってる事になってるし!まぁ、違うの持ってるってバレたから、陽動する意味、既にないけどな」

「は?陽動?この人数で?襲われたら一溜りもないじゃん」

「襲ってきて負けた奴に言われたくない」

「…………はい。すんません」

「……とすると、どうするかなぁ……。なぁ、ドワーフの工房って遠い?アイリスがそこを目指すらしいんだよな。出来れば会いたいんだ」

「歩いて丸二日ってとこでしょうか。あの辺りは川が多く、ティルクアーズを通らないとすれば、橋を渡る為、迂回する必要がありまして」

「なるほど。なら、また創るか?橋」

「「「!!」」」

 途端に注目される俺。

「リンネ……辞めておきましょう……」

「何でだよ」

 面白かったじゃん。

「あ……なら、近道通るか?」

 テランスがまた手を止めてる。これじゃ飯はいつになるやら、だ。しかし、流石傭兵。

「ん?あるのか?テランス」

「ああ、中空の回廊を通れば、すぐですぜ」

「すぐ?マジか!そこ行こうぜ!ニックス、地図!」

「あ、一応確認だけど、お前らって、もうレジスに追われてないよな?」

「ああ、多分な。レジスのアンクはアイリスが持ってるようだから」

「そっか――なら大丈夫かな……」

 テランスは顎に手をやり考えてる。何かあるのか?

 ……と、そこでふと思い出した。

 そういえば、皆にも共有しとかないとだな。

「なぁ、みんな!飯作りながらでいいから聞いてくれ。俺、どうやらダヴィドのアンク、引き継いだらしいんだわ。……って事で、今後もよろしく頼む」

 狙われてない今、護衛なんて大層なものいらないかもだけどな!

 ん?なんだよ、みんなポカンとして。


「……リンネ」

「ん?」

「作りながらでいいって話じゃ……いや、いい」

「なんだよ、ニックス。言いたい事あんなら言えよ。気持ち悪ぃだろ?」

 ニックスが首を振り、やっと呼吸を思い出したかのように、ため息をつく仲間たち。

 その中でテランスが唯一、やる気を見せてくれた。

「……俺、ずっと飯当番でいいです。はい」

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