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31/88

詠まれる

 ポロン……。ポロロン……。

 竪琴の音が酒場に響く。

 夜の帳が下り、酒や食事、ひと時の安らぎを求め人が集う酒場。喧騒に疲れテーブルに頬杖を付き微睡んでいたリリは、美しい音色に目を開け耳を傾けた。


 サティロスに惑わされし者、五人の従者に連れられ忘却の地レテに逃れ来る。

 艶やかなる淡紅の髪。淡く薫る象牙色の肌。

 美しさあまねく人々魅了するも、その漆黒の瞳見る事叶わず。

 その呪い解くは愛する者の接吻のみ。

 解きたるは翡翠の髪持つ、麗しき首領の息子。

 二人恋におちるも美しき者、留まる事はできぬと、頭を垂れる。

「我を連れて行ってください」

 首領の息子、手を取り哀願する。

「いけません。貴方はこの地を護るもの」

 美しき者、涙を流し答える。

 二人の愛を阻むは神竜との誓約。

 首領の息子、この地離れる事叶わぬ身。

 嘆き悲しむ二人の元に降り立つ白き神竜。

「太陽が西の空に落ちるまで我、しばし姿を隠す。その間に門を超えるがいい」

 愛する二人、従者らと共に門を目指しひた走る。

 しかし時は無情にも閉門を告げる。

 二人、絶望に打ちひしがれ闇に身を投じようとしたその時。

 目の前に現れるは古の橋。

「行きなさい」

 聞こえるは古の者達の声。

 慈愛の心に押され、渡る橋は慈しみに溢れ揺れる。ゆらゆらと。

 レテに愛されし者たち。

 夜の帳の降りし森に消える。

 永遠の愛と共に。


『なんて素敵な歌なのでしょう!』

 そう?ハッピーエンドね。つまらないわ。

「淡紅の髪……五人の従者って……」

 リュカスが額に手をやり苦悩してるわ。……あら、マチュー様も頭を抱えてどうしたの?

「あいつら……何やってるんだ?」

「え?何?知り合い?マチュー、その子、そんな美人?」

 まあ、がっついて。フィービ、普通に引くわ。はっ!アイリスにはちょっと早いわね。耳を閉じる。

「まあ……悪くないな」

「ほぉ――」

「そこは否定してやれよ……まあ、居場所は把握できたな。しかしレテって。俺らが避けて通ってる所に突っ込んで行くとは……。しかも首領の息子って、襲ってた奴じゃん。どうやったらこんな事に?」

「……接吻って……何させてんだよ、あいつら……」

「気にするところ、そこ?」

「お手つきかよ……」

「いや、それは無い。安心しろ」

「あいつも、ニックス様というものがありながら!」

「いや、そいつも男だろ?」

「二股かよ。やるなぁ……」

「……はぁ……めんどくせぇ。ん?」

 フィービが突然、髪を耳にかける素振りと共に指を三本立てる。同時にマチューが立ち上がり身支度を始めた。

「さて、そろそろ寝るか。アイリス、行くよ?」

 なにか楽しい事が始まる予感もしたけど、ここは大人しく立ち上がり、ついて行く。

「俺たちはもう少し飲むよ。先に寝といていいぜ」

「ああ、程々にな」


 この世界の宿屋の造りはどれも一緒。階段を上がり、今日は突き当たりの部屋に入る。マチュー様は鍵をかけ扉に耳を付ける。何かを確認した後、さらに窓に素早く寄ると、鎧戸を閉めた。

「靴は脱がずに休んでくれ」

 頷く。ベッドはどっちでもいい?私、壁に近い方がいいの。ギュッと枕を抱きしめぽふっと座る。直ぐにマチュー様が横に座り、髪を撫でてくれた。

 ――途端、手を引く。

 ベッドから飛び降り部屋の端に逃げる。


 シャ――ッ。

 もうこれは確実に毒蛇ねって、分かる模様のついた蛇が私のベッドにとぐろを巻いてた。

「しくった……っつ――」

「!!」

『マチュー様!』

 マチュー様はそれでも腰の辺りから何かを手に取り蛇に突き立てた。蛇が動かなくなったところで駆け寄る。

 まあ大変!

「あ……アイリス?」

 処置は分かってるわ。田舎では普通にやってる事よ。髪を束ねるリボンを取り、噛まれた指の根元に巻き、かぶりつく。毒を吸い出すつもりで何度も。ペっと吐き出しながら。……どうしてか涙が出てくる。


「もういい……ありがとう」

 どのくらいそうしてたのか……よしよしってされて、顔を上げる。マチュー様が微笑んでた。

 ドン!

「どうした?」

 外でくぐもったリュカスの声がする。

「開けてやってくれ」

 ベッドからピョンと飛び降り、扉の鍵を開ける。

 入ってきた二人からは血の匂いがした。眉を顰めながら、リュカスの手を引き招き入れる。

 早く!早く!

「ん?……蛇か。やられたな。飲め」

 リュカスが例の水の入った袋をマチュー様に渡す。マチュー様はちょっと飲んでそれを私に押し付けてきた。首を傾げると引き寄せられ、膝に載せられる。

「口を濯いで。……具合は悪くないか?」

「それ、そいつが?」

「ああ……」

 リュカスの問いにマチュー様はリボンを巻いたままの指を掲げる。指は変な色に変わりつつあった。

「こっちにもいたぞ」

 もうひとつのベッドから声がして目をやると、同じ模様の蛇にフィービがじゃれていた。

「出よう。危険かも知れないが、ここよりマシだろう。マチュー、その水を指にもかけろ」

「ああ、すまない。さ、アイリス水を口に……」

 あら?……手が震えて……。

「かせ!」

 リュカスに袋をひったくられて、あっという間に引き寄せられ、口移しで飲まされた。

 ゴクリ……。

「飲んどけばどうにかなる。マチュー、手を出せ」

「……ああ」

「腫れてるな……。だが多少は免疫があると言ったところか。動けるなら着いてこい。左で剣は握れるか?」

「問題ない」

「こいつは俺が抱える。フィービ、遊んでないで行くぞ」

「いや、この蛇、テムかなぁって」

「ここはティルクアーズだぞ。貴重なテムを簡単にくれてやるものか。急ごう、また湧いて来たぞ」

 何が?って……リュカスに抱えられ、廊下に出て分かったわ。

 どこから湧いて出たのか、数人のガラの悪い男が剣を片手に階段を登って来てた。

「しっかり捕まってろ」


 まるで神楽を舞っているみたいだ、と思った。私の地方だと、ひょっとこの面だったけど。

 体を軸に片手で何かを操っているみたいで、くるりとリュカスが舞うと、面白いように大きな男がドスッと倒れてゆく。その後に続く鮮血の飛沫。目を閉じる。

「リュカ!剣傷に見える様にしろ!また怒られるぞ」

 フィービが叫んでる。

「……はぁ……めんどくせぇ……」

 すぐ横でする声はいつも通りで。違和感を感じる。

「手伝いはいらないようだな」

「いや、手伝ってくれ。加減が難しいんだ。そのうちリュカがキレて宿屋ごと吹っ飛ばしかねん」

 階段を降り、大混乱となってる食堂を抜け、扉を開ける。屋外に出ると目の前には野球チームの遠征並の人たちがバットじゃなくて、剣を構えて立ってた。

 リュカスが脇に避けた瞬間、フィービが刺す。崩れた敵の背にシュッと矢が刺さるのが見えたと思えば、くるりと舞って遠くの誰かが引き倒される。

 ギャッ!

 銃で撃たれたようにあちこちで呻き声があがり、どんどん敵が倒れていって……。

 宿屋が囲まれているように見えたのはほんの一瞬だった。マチュー様とフィービが走り出した時には、包囲網はくずれてた。

 私はリュカスの肩に目を押し付け、二人がトドメを刺すのを……ただそれが終わるのを待った。


 森の香りはとても落ち着く。夜空が見えないのは寂しいけど……目を瞑り深く息を吸い込んだ。マチュー様ほどではないけど、リュカスもなかなか高級枕ね。

「寝たか?」

 フィービが横に座る。

「ああ、そっちもか?マチューの方は意識がないと言った方が正しいがな。熱はかなりあるし、医者に見せるべきだろうか?」

「そうだな。今はステュクスの水でどうにかなってるが……。ドワーフの工房に寄るか」

「……はあ……仕方ねぇな。……なあ、リュカ。そいつ、一言の悲鳴も漏らさなかったよな。声が出ない訳じゃないんだろ?」

「お前もこの前、こいつの声、聞いただろ?」

「一言だがな。無口にも程があるだろ?おかしくないか?」

「飯は食ってるし、普通に歩くから問題ないだろう」

「そういう問題かよ……。まあ、いいが……やっぱり帰る気はないんだろうな、そいつ」

「この世界の物を億さず食ってるって事はそういう事だ。もう向こうに身体が無いって分かってるのかも知れない。泉が現れないしな」

「だからって人の身体、乗っ取っていい訳ないだろ?……てか、そもそもさ、一つの身体に二つの魂が宿ることってあるのか?」

「二人の魂の存在が薄ければ、有り得るのかもしれない。もし違ったとしてもこのまま連れて行くしかないし。お前も見たろ?リリがいなければこの体、生きているかも怪しい状態になるようだから」

「ムカつくけど……仕方ないな」

「死にたくない、の一言でも言えば、可愛げもあるものを……」


『もうしわけないですわ……』

 大丈夫よアイリス。彼らはプロよ。護衛するのが気に食わない相手でもちゃんと仕事はするわ。

『違うのよ……。リリは大丈夫?』

 ええ、私は慣れてるから平気よ。Z指定やっといて良かったわ。アイリスこそ怖かったんじゃない?かなりショッキングな場面だったわ。

『怖かったわ……』

 アイリスには刺激が強すぎたわね。でももう大丈夫。振り切った見たいで、また森の中よ。私、森が大好きになったわ。これ程安心な場所はないわね。

『ふふっ、そうね。ねぇ、リリ、マチュー様、大丈夫でしょうか……』

 大丈夫よ、リュカスがそう言ってるから。

『そう……そうよね!……ねぇ、リリは私には沢山話してくれるのに、どうして声に出さないの?話せばリリはいい子だって、分かってもらえると思うのですの』

 そうかしら?でも私、言葉が迷子だから無理ね。

『言葉が迷子?』

 うん。昔ね、家のお手伝いさんか話しているのを聞いちゃったの。子供は本当に邪魔だって。だから私、邪魔にならないように大人しくしてたわ。そしたら今度はおじい様に、黙ってないでしっかり言いたい事は言いなさい、って怒られるようになってしまったのよ。でも、何か話そうとしても、それは違う、こう言うべきだ!っていつも怒られてばかり。私は何が正しい言葉なのかずっと分からなくて……答えを探すうちに言葉はどんどん迷子になっちゃって……。

『それで、迷子なのですわね。それで?答えはみつかりましたの?』

 いいえ。結局見つからないまま、おじい様は亡くなってしまったわ。

『それは残念ですわ……』

 そうでもないのよ。だって少なくとも、もう答えを探なくていいのだから。

『そうね……でも、なんだか寂しいですわ』

 アイリスは優しいのね。私はアイリスに分かってもらえればそれでいいのよ。


「ん?起きてんのかよ、お前……って、聞いてたのか?さっきの……」

 しっかり聞いてたけど、別にいいのよ。その通りだから。でもちょっと傷ついたからこの呪い、あげるわね。髭と頭髪が入れ替わる呪いよ。

 すぐ近くにあるサラサラの銀髪に手を伸ばす。

『りり?髭……』

 ……はっ!生えてないじゃない!

「っ何!?頭撫でるなよ、気持ちわりぃな」

 このままだと、リュカスはハゲ……。

 ま、いっか!

『ぷっ……』

「はぁ――何考えてんだか……。まあ、喋りたくなきゃそれでもいいけど、危なくなった時ぐらいは声を上げろよ」

 頷く。

 もちろんよ。アイリスの為なら頑張るわ。

『リリ、ありがとう』

 どういたしまして!


 使われる事のない言葉たちが私の周りを漂っては消えてゆく……雪のように。

 でも……。

 今はそれを拾い上げてくれる人がいるの。

 それは奇跡よ。


 アイリスに会えて本当によかった。


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