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逃げる

「リンネ様、直進でよろしいですか?」

 並走するキリルが剣を抜き問う。

「あ――そこ東!で次北東!」

「了解!」

 道が交差する場所に差し掛かると、ガンガン出てくる衛兵たち。それを、勢いに任せキリルとテオがそれを軽くあしらう。後ろにはニックス。守りは完璧だ。

 しかし、傭兵を家業とするだけあって、数だけは凄い。

 俺はラビスに体を預けたまま片目を瞑り、ヨモギからの景色を見ながら頭の中に退路を叩き込んだ。もう片方の目では流れる景色を追っているのでちょっと酔いそう。人を避けつつ走っているらしく、かなりくねくねと揺らされながら、何とか耐える。


「……何か人、多くね?」

 街は来た時とは比べ物にならないくらいの賑わっていた。大きな荷物を抱え移動してる人、泣きながら空を仰ぐ人。道端で膝まづき、祈る人までいる。

「何かあったのか?……あ、次、東南からの東ね!」

「はい。先程彼らの神が落とされましたので」

 ラビスが軽く答えるがそれは大事だ。

「まじかァ――そりゃ大変だな」

 これは混雑状況も考慮しながらナビしなきゃだな。

 しかし、その混乱のおかげで助かった。

 走り去る俺たちを見た人々は、驚き道を開けてくれるが、チラリと見えたカシアには、人々が群がっている。遅いなぁって思ってたが、そういう訳か。


 混乱に乗じて移動したお陰もあり、追っ手との距離が空いた所で、俺はクレタスを呼び寄せる事にする。

「ラビス、すまなかったな、下ろしてくれ。もう大丈夫だ」

「ふっ、私の剣に比べれば軽いものです」

「……そうか」

 せめて冷凍マグロ位にはなりたいものだ。降ろされた俺はダイフクを耳に掛け、先頭を走り出す。

「あ――もしも――し?」

 ここで試したかったスピーカーとマイク機能を発動させてみる。テムでも微弱な電流は持っているかもだし、共鳴させれば出来るはず。

「うおっ!はい!何でしょうかぁ!?」

 慌てるクレタス。キャラが崩壊しつつある。

「おい、そこ、なんっスかぁ?って言うとこじゃね?」

「あ……先生ッスか?」

「だよ――。いいか?レテの門の北側二百メートル位の所に、防壁に一番近い大木があるだろ?今からそこに行くからな――」

「もう案内はいいんッスか?」

「もう覚えたから大丈夫ぅ」

「じゃ、俺も行きま!」

 やはり走りながらだと、集中が切れ、スピードが落ちてしまうな。最後尾で牽制してたニックスに追いつかれてしまった。しかし振り向けば、カシアの姿は見えない。


 郊外に出たのか、人通りも少なくなった事も手伝って全力で走り、程なく指定の場所に着いた。今は人が住んでいないのか、寂れたツリーハウスの裏。

突き当たったその場所からは、防壁と森しか見えない。

「リンネ、どうするおつもりですか?」

「うん!橋を掛けようと思う。待ってて」

 上から見たが、カシアの連絡がいったのか、門はしっかりと閉められてしまっていた。では乗り越えるしかない、と思い、想像したのはよくある冒険映画のシーン。

 追い詰められた冒険者や海賊が、今にも落ちそうな橋を渡り、向こう岸に着いた途端、敵は橋諸共落ちるってやつだ。ワクワクドキドキの連続だった、あの主人公の様な冒険、やってみたいものだと密かに憧れてた。

 ここは防壁と木の距離が一番近い場所。そして向こうの森に見える木もかなり立派なのが近くに生えてるのだ。ただし、高さはかなりある。


 テランスの手枷に着いていたアンクを握ったまま、俺は膝まづくと、目を閉じ頭の中にある記憶を探った。

「これだな」

 記憶力にはかなり自信がある。望めばそれはすぐに現れた。

 俺の周りに凄い勢いでロープが巻き上がる。次に足場となる板が嘘のように縄から生えてきて、縄がそれらをしっかりと繋げて……。

 しゅるしゅる――。

 生き物のように橋は伸び、防壁を超えると、森の中にある頑丈そうな幹まで到達した。

「おお!すげぇ!流石テム!」

 支柱にした大木の幹に絡めた杭にしっかりとアンクの欠片を入れて、と。かなり長大な吊り橋が出来あが――り?

「……俺、なんでボロく創っちゃったんだろ……」

 出来上がった橋を見て愕然とする。

 どうして完全再現してしまったのかな、俺。


 今にも落ちそうな橋桁。切れそうなロープ……。

 どれもドキドキするくらい危うい。とてもじゃないがワクワクなんて出来そうもない。あれは映画の主人公だから渡り切れるのであって、モブである俺たちでは、普通に落ちてしまうのではないか?

「リンネ……」

「何も言うな、ニックス……。創り直すから」


「ははっ!何だその頼り無い橋は!」

 背中に愉快そうに笑う女性の声が聞こえる。来ちまったようだ。

 数人の衛兵を伴ったカシアが、腰に手をやり大仰な仕草で嘆く素振りをしながらやって来た。これぞ絶体絶命ってやつだ。……でも何かムカつく。なるほど、この牽制が悪役を決めてしまう要因か。

 俺は立ち上がり、ふんっと居丈高に腕を組む。

「ぼ……ボロくないもんねっ!これは、その……侘び寂びってやつだ!」

 強がってはみたが、誰がこの橋を見て一句読みたいな――とか思うだろうか。日本人の俺でもこの橋の奥深さなんて分かりはしない。

「何だ?その仕草、可愛いが。いいからテランスを渡しな」

 俺は振り返る。

「おいっ!呼んでるぞ、テランス」

「ちっとは抵抗してくだせぇ……」

「抵抗する必要性を感じない」

「冷てぇ……ま、そこがいんだが」

 カシアのこめかみがピクリと動く。頼むからこれ以上怒らせないでくれ。

「テランスの気持ちは分かりますが、早く渡りましょう」

 グイッとキリルに腕を引かれる。

「……本当に渡るのかよ」

 ボロッボロだぞ。無理じゃね?

 渋る俺の肩を叩き、テランスが自領の兵の前にでる。

「ダンナ。早く渡りな!俺が矢面に立ってるうちは打って来ないから」

 まじか。ありがてぇ。でも……。

「いっきま――す!」

「え?テ……テォぉぉぉぉ――!?」

 手を挙げ走り出すテオ。それは勇気じゃなくて、自殺だ、と、手を伸ばしてるうちに一気に橋に突っ込んで渡り始めるテオ。グラグラと揺れる橋を易々と。流石だ。

 ラビスが続く。

 バキッ!ボキッ!と橋桁は所々割れ落ち、脚を取られながらも渡る様子はヒヤヒヤものだ。

「あ……あっ……あ――マジごめん……」

「そう思われるのでしたら、次はもう少し頑丈な物を頼みます」

「はい」

 ニックスの言う通りです。

「撃てっ!!」

 声がして振り向くと、二人渡ったところで焦ったのか、カシアが手を降ろすのが見えた。

 シュッ!と矢が飛んでくる。

「ぎゃぁぁぁぁ!っ打ちやがったじゃねーか!テランス!」

 トトトッと、足元に刺さる弓。

「ヒェッ!」

 後ずさる。だが、顔を上げてもそれが俺たちに刺さる事は無い。降ってくる弓を盾を構え次々に剣で払うニックス。さすがナイト。

 と、直ぐに矢は止まる。見れば弓兵が倒れ、そこにクレタスが姿を現した。すかさずテランスが前に出て援護する。

「行きますよ!」

 キリルが橋へと駆け出し、それを見ていた俺の背中がニックスに押される。え?っと思う間に、背中をガンガン押されて、グラグラ揺れる橋に足を踏み出した。

「お!おいっ!落ちるからっ!落ちるから押さないでぇぇぇぇ――!」

 思わずロープにしがみついてしまう。足元を見れば地面は遥か下の方に見える。五階建てビル位か?確実に落ちたら死ねるだろう。

「キリル!運べっ!」

 ニックスが叫ぶ。すぐさまキリルに抱えられ、ロープから引き剥がされた。

「荷物じゃないからっ!お荷物だけどぉぉぉぉ」

 キリルは半泣きの俺を抱え、片手でロープを握ると、ガンガン橋桁を割りながらボロボロになった橋を進みはじめる。俺は縋るものを求めてキリルの首に腕を巻き付けた。

「安心してください。死んでも落としませんから」

 キリルが言う。

「物騒な事言うんじゃねぇよっ!」

 呆れるも、それでも確実に落ち着きを取り戻しだ自分に苦笑する。

 しかしだな、これだと後からくる奴らは綱渡りになるじゃん!キリルが足をかけた橋桁は、ほとんど全て割れて消えてしまっていた。消える?……あ、そうか、無ければまた創ればいいんじゃないか。俺と橋はBluetoothで繋がってるじゃん!


 思いつけば簡単だった。直ぐに橋桁は縄から生えてきた。

 シュルルル――。

「うぇ――い!」

「う……リンネ様……」

 喜ぶ俺とは逆に、キリルが呻く。でも、足場が増え、確実にスピードは上がった。

 ニョロっとロープから生えてくる茶色い木片は、確かに気持ちいいものではない……いや、かなり気持ち悪い。でもこれで渡れるからっ!

 追っ手が来ないな、と顔を上げれば、ある程度、衛兵を片付けたのか、ニックスたちも続いて渡って来るのが見える。カシアはその後ろで額を抑え顔を背けていた。

「お!何か怯んでるぞ!今のうちに一気に行こうぜ!」

 これで助かる!楽しくなってきたぜ。

「…………はい」

 俺の気分に呼応して楽しそうに橋桁がうねる。ニョロニョロと。

「リンネ、落ち着いて」

 ニックスに諭されながらあっという間に渡りきり、対岸の大木に足をかける。下を見ると、こちらにも来てたのか、片付けられた衛兵の中で、テオとラビスが手を上げて安全の確保を伝えてくれた。傍らにはクレタスが手配したのか、荷物の乗った馬もちゃんといる。こいつら本当に優秀な護衛だよな。

 俺はニヤりながら、全員が揃ったのを確認すると、橋を切り、落とした。



「なんて奴らだ……」

 カシアは橋の消えた方向を、あっけに取られたまま、眺めていた。

「騎兵をだしますか?」

「いや、いい……」

 カシアの前には消えた橋の一部、たった一本だけ杭が残されてあった。カシアはそれを前に、片膝をつく。

 大木に直接生える杭は、まだ生き物のようにくねくねと動いている。少し……いや、ものすごく気持ち悪いが、意を決して手をかける。

 先程リンネがこれにアンク片を埋めているのを見ていた。返すつもりだったのか、ご丁寧に見えるようにはめ込まれた黒いアンク片。しかし、しっかりと杭の根元を掴み、引っ張ってもアンクは取れないし、杭は消えるどころかビクともしない。

「フフフ……ハハッ……ハハハッ!」

 面白い!立ち上がり力の限り叫ぶ。

「リンネ――!!息子を頼むっ!!」


 返事はビンッと立ちあがった杭から聞こえた。


「まじかぁぁぁぁぁ――!いらねぇぇぇぇ!」

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