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テムという創造物

 俺が降り立った、この『オブシディアン』という小さな国は、国王の結界により守られた箱庭だった。


 オークファシルという大陸のほぼ真ん中、天に突き刺さるかの如きそそり立つ、高峰ヴラヒの中程にある、ほんの小さな盆地。

 なかなかの高度であるこの地は、とても寒く、正直、人が住むには難しいって土地だという。

 しかし王はその国土全体を覆う、結界を張り巡らせ、その内側にこの国を創ったのである。

 太陽を光を遮ることの無いその結界は、内側の気温を安定させ、凍てつく大地を溶かした。

 溶けだした豊かな水が、大地を潤し作物を育くみ、何者の手も届かなかった大地からは、豊富な鉱石が採れるという。

 交易品に不自由しないこの国は、商業を中心に栄えていた。


 ダヴィドのこんな御国紹介を聞きつつ、俺は薄暗い城の尖塔の中、無骨な階段を降りまくっていた。

 薄暗いのは狭間からの自然光しか光源がないから。この世界に電気はまだないようだ。

 修学旅行に来た気分でキョロキョロしてる俺を連れ、ダヴィドは機嫌良さげに石造りの城の中をガンガン歩き、外に出ると、下草の茂る中庭を突っ切り進む。どんどん先に行くダヴィドに、俺は小走りでついて行った。

 なかなか立派な城のようでまあまあ広い。城門が見えて来る頃には息が切れていた。

 

 城門にはしっかりと武装した衛兵らしき人が数人立っていて、ダヴィドに気付くと慌てて走り寄って来きた。

 長身マッチョな西洋人さん達だ。簡素な鎖帷子をつけ、よく磨かれた抜き身の剣を、皆、腰に下げていた。

「どうされたんですか? この子供は……?」

 中でも一番上長っぽいナイスミドルが、腕を組み、思い切り不審げに俺を見て言った。重装備の兵隊さんだ。そのガタイも素晴らしく俺が子どもに見えるのも頷ける。

 でも俺、子どもじゃないから。

「ミロン、夢見る魂だ! 愛らしかろう? 急ぎニックスの所に行くぞ!」

 ダヴィドはテンション高めにそう言うと、俺を放置し、大股でどこかに行ってしまう。

「え? ニックスですか?……まさか!!こんな頼りない子どもが?」

 心底驚いた様子のミロンさんも放置だ。

 夢見る魂は稀だとは言ってたから、日本人は珍しいのかもしれない。でもちょっとムカつく。


 周りを見ればしっかりと武装したマッチョたち。

 かたや俺、身長は百六十に近いチビ。体重は子供並だろう。さらには自慢じゃないが、未だ学生に間違えられる程の童顔だ。

 でも、日本人なんて、そんなもんだろ?


「なあ、ミロンさん。珍しいのは分かるが、まずは挨拶だろう。俺はリンネだ。頼りなく見えるのは俺を知らないからだろ? そもそも、俺、子供じゃないから」

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら斜めに見上げる俺。決してにガンを飛ばしている訳では無い。奴らが上からなのがいけない。

「……え?」

 俺が口を挟むとは思っていなかったのか、呆けるミロンさん。だが、癖なのか、剣の柄に手が添えられている。

 おお、かっこいいな、と思った途端、腰の辺りに重みを感じた。チラリと見るが、そこには白い煙の様な物がモヤついているだけだ。見ればミロンさんの目もモヤに釘付けだった。なんだろう、と手をやればそれはすぐに消える。

 

「ミロン、急げ!」

 ダヴィドのその声にミロンさんはハッとする。

 だが、俺の前から動こうとしない。

「ほら、行かなくていいのか?おっさん」

 親切に後ろを指してあげると、ミロンさんはようやく俺から目を離し、厳しい顔のまま急いでダヴィドを追いかけて行った。


 マッチョ達を見送った俺は辺りを観察する。

 まずはRPGの基本。装備の調達だ。

 今の俺は異世界転移によくある初期装備、ジャージという自動回復機能はついていそうな服だ。

 舐められない為にも、せめて旅人の服位は欲しい。と、思えば再びモヤに包まれそうになり、慌てて払う。謎現象だな。

 

 目を付けたのは、門を護る衛兵と何やら話している若者。

 赤い髪に赤銅色の目。兵服らしきカッチリした装備が良く似合うイケメンだ。

 俺はこの辺にいる兵の中で一番若そうな彼に近寄った。

「なあ、悪いが、なんか着るもん、貸してくんねぇかな?」

 彼は少し驚いた顔をするも、爽やかに微笑み、自分の上着を脱ぎ、俺に差し出した。

 

「あのミロン様に正面から対峙する者を初めて見ましたよ。どうぞ、こちらを」

「いいのか?」

「良ければこれも履いて下さい」

 青年は自分のブーツを脱ぎ渡してくれる。

「いや……でも」

「お気になさらずに。すぐに出るようですので」

 有難い。思わず漏れた笑みに、青年は頬を染めると、後ろから来る影に気付き、スっと下がって行った。

 

 ブーツを履き、振り向けばダヴィドが、青毛というのだろうか……デカい黒馬を引いていた。

「リンネ、乗れ、行くぞ」

「いや、無理」

 即答すると、抱えあげられた。

 今の俺は実体があるからまあまあ重いというのに。鍛えられた筋肉の前には、俺の体重などに大したことないのだろう。

 押し上げられた俺は、必死に鞍を跨ぎ、しがみついた。すぐにダヴィドが後ろに跨り、俺の腰をしっかりホールドする。

「すぐに慣れる。行くぞ!」

 すぐに横に騎兵が着く。ミロンさんだ。

「陛下! 出ましょう。大臣が!」

 ん? へいか?

「陛下――!お待ち下さい!!何方に――!?」

 城の方から焦った声。見れば、ギラギラテカるほど刺繍された服を纏った、小太りの男が慌てて走ってくる。

「チッ……」

 頭の上から聞こえる舌打ち。

 あ――もしかして、この舌打ちしてるオッサンが。

「捕まれ!」

 ダヴィドが手網を引く。

「嘘だろ、ダヴィド……あんた国王かよ!」

 大きく揺れる。

「ああ、だがお前は陛下とは呼ぶなよ」

 フレンドリーな国王、ダヴィドは俺の腰にガッチリ腕を回し片手で手網を握ると、乱暴に馬を走らせ、城を出た。


 オブシディアンの街並みは、とても複雑な造りをしていた。

 無計画に広げてきたのだろう、レンガ張りの道は曲がくねっていて、迷子になりそうな感じだし、建物は基本、ヨーロッパ調なのだが、個性的な家が多い。

 狭い土地にギュッとおもちゃの家を押し込んだ感じで、家から家が生えてたりもするし、川の上に普通に家が建っていたりもする。

「おかしい……おかし過ぎる」

 どう見ても建築基準法は通らない。っていうか、重力無視じゃん。よく落ちないな。

「ああ、あれはテムだな」

「テム?」

「創造物の事だ。アンクには神の力、創造の力が込められているのだ……人が多くなってきたな」

 話している間に住宅街を抜けていた様だ。人が多くなり、活気が溢れる市場が見えてきた。

 俺はワクワクと胸を躍らせる。


 高所地域だと聞いていたが、この国はかなり豊かそうに見えた。ただ、露店に群がる冒険者風の男は青い髪をしてるし、噴水で朗らかな表情で立ち話に花を咲かせるご婦人は緑の髪。城でも思ったが、外国人にしてもちょっと見ない髪色や肌色だ。

「なんかみんなカラーリング、凝ってんな」

「驚いたか?この世界の人間の先祖は皆、夢見る魂でな、この者らはその子孫にあたるのだ」

「この世界には元々人間はいなかったって事?」

「ああ、そうだ。この世界は神の創った人の為の世界だ。人が自由に創造し、癒される夢の世界……元はそうだった。だからか、この世界にやってきた夢見る魂は、大抵、魂の記憶した姿よりも理想に近い形をとる事が多い。この様に現世では有り得ない姿になる事も多々ある。この者らは、そういった先祖の資質を受け継いでいるのだろう」

 さすが夢の中。道理で美男美女が多い訳だ。って言うか、みんな、自分を美化し過ぎじゃないか?

 しかし、どこを見ても日本人……いやアジア系の人間はここにはいないようだ。

 俺、小人になった気分。

 どっかにドワーフとかホビットとかいないかな?同じ視点で話せるのが子供だけとか、嫌すぎる。


 やがて建物は少なくなり田園地帯に入った。

 植わる作物も、草を食む動物も、俺のいた世界と変わらない。のどかな風景だ。

 やはりあまり広い国ではないようで、遮る建物が無くなると物々しい城壁が近くに見えてくる。

 その城壁の上の方から空に向かって伸びる、やや透明な壁。これが王の創った結界というやつだろう。

 透明な壁が鋭角の天井に達し陽の光を反射して明るく輝いて見えるのは、かなり不思議な光景。まるでピラミッドの中にいるような気分だ。

 

 よく見れば半透明な結界には継ぎ目のような線が走っているようにも見えるし、これも積み上げ式なのかもしれない。

 でも、これだけのサイズの透明なブロックって?


「なあ、もしかしてあれもテムか?」

 誰かの創造物なのか?と俺はワクワクしながらダヴィドに背を預け、上を向いた。

 ダヴィドがしっかり腰に腕を回してくれてるお陰で、揺れてても安定感が半端ないんだ。

「ああそうだ」

「王の結界って言ってたな、あれ、あんたが創ったのか?」

 俺の顔を上から覗き込むダヴィドは笑いながら頷いた。別にイチャイチャしてる訳じゃないんだからね!

「『テムに望めば形になりて、願いは叶えられた』『テム』は神だが、今では創造物そのものの呼び名となった」

「望めば出てくるって事?その『テム』ってのが」

「ああ。アンクを持っていればな」

 ダヴィドはニヤリと悪戯っぽく口角を上げると、回してた腰から手を離し、俺の目の前でふわりと赤い一輪の薔薇を出した。


「手品かよ! すげーな! 俺にも出来る?」

「やってみるといい。ただし、大きいのは無しだ。馬が潰れる」

 俺が何を望むと思ったんだ? 確かに車に乗りてーとは思ったけどさ。一瞬白いモヤモヤがまた出てきて、俺ははらった。

「うーん……なら、これかな」

 俺は両手を胸に当てると、思い切り空にそれを放った。

 飛び出した白いハト……の様な、白い影はその場でニ、三回羽ばたいて霧のように消えた。

 あ、あのモヤモヤ、これだったんだ。

 

 お――っ!と、近衛兵から歓声が上がる。

 俺は手を挙げ応えた。……って俺、手品から離れろよ。

 ダヴィドがよく出来ました、とばかりに俺の頭をぽんぽんと叩く。なんか恥ずかしい。


「最初にしては、なかなかのものを創ったな。生き物を創れるのは、名入りのアンクを持つものだけだ」

「そうなの? すぐに消えちゃったけど?」

「姿かたちをしっかりと創造するのは難しい。更に創造した『テム』を維持するのは至難の業。しかも手から離れれば消えてしまうときた。だから、創造した物を、個として使用する為に、我々はこうする事を考えた」

 ダヴィドはそう言いながら、腰に下げてある二本の剣に手をやると、短い方を俺に寄越した。

 両手で持つほどの、ずしりと重いシンプルな短剣には、ただ一つ、その柄に宝飾品の黒い石の片鱗が埋め込まれていた。

「これ、アンクの欠片?」

「ああ」

「埋め込むのか……ってことは、これ、誰かの創造物?」

「ああ、そうだ」

「まじかよ……」

 

 俺のなんちゃってハトとは違い、重さといい質感といい本物と変わりはない。てか、王が持っている剣だ。間違いなく斬れるだろう。

 

「この剣はディオンが創った物だ。これ程の『テム』を創れるものは国中……いや、世界中探してもいないだろう」

 ダヴィドはちょっと得意そうに口の端を上げた。

 ディオンさん……。

 確か、ダヴィドが大切な部下で、殺されたって……。切ない。

 俺は剣をそっとダヴィドに返した。ダヴィドは慣れた手つきでそれを腰に戻した。

 

「この国ではな、ほとんどの者がアンクの欠片を持っていて、水を汲みたければ柄杓を、肉を切りたければナイフを創造し、それを使って生活しているのだ」

「ちょー便利!」

 自由にアイテムを創れるって凄く便利なんじゃない?

「しかしな、それは創った者の手を離れると消えてしまう。物として使いたい時は、アンクの欠片に創りたい物の形や大きさ、重さなんかを込めながら創造し、保存するのだ。まあ、アンクは欠片であってもとても貴重だから、余程のことがない限り保存する事は無いがな」

「貴重って、アンクはこの国で採れないのか?」

「この国で、と言うのは間違ってはないが、採れると言うのは些か間違っておるな。アンクの出処はお前が一番知っておると思うが、な?」

 出処?って――俺は思わず胸に手をやる。

「怖っ――」

 そりゃ貴重な訳だ。人から採れるんだから。

 ダヴィドに再び頭をポンポンされる。俺、子供じゃないんだけどな。


「かなり昔の話になるが……儂がこの地を与えられた頃はまだ、この地にはたくさんの夢見る魂が降り立っていた。その頃儂は、毎日夢見る魂を見つけては語りかけ、呼びかけに応えてくれた者達からアンクを取り出した。……お前にしたようにな」

「それってダヴィドがアンクを沢山持ってたって事?」

「いや、元来アンクは神から授かるものだ。その頃のステュクスの泉には、沢山の黒曜石があったのだろう。だから、アンクを授かった夢見る魂が、この世界に降りたっていたのだと思う。しかし今は、お前を呼んだように、こちらから泉にアンクを沈めないと現れない」

「神様は入場制限かけたのか……」

「ああ、寂しいがな。しかしその当時、我が声に応えてくれた者達が、我が国の先祖となり、この国を支えてくれていてな。彼の者達はありがたい事に、自身のアンクを割り、儂に欠片を捧げてくれたのだ。だから儂は、そのアンクの欠片でこの国を護るため、覆う物を創る事にしたのだ」


 さすが王様、規模が半端ない。

 この結界には、いったい幾つのアンクの欠片が埋まっているのだろうか……。


「凄いな……」


 一人ひとりに声をかけるのはもちろんだが、護ろうとする意思を積み上げるのは、恐ろしく根気がいる事だ。

 俺は何だかちょっと感動して創られた天を仰いだ。


「綺麗だ」


 太陽の光が、王の創ったテムを通って降り注ぐ。

 ――淡く優しい光が、とても綺麗だと思った。

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