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関所

 母が死んで、父が母の家に帰らなくなってから暫くたったある日。私宛に贈り物が届いた。

 お手伝いさんがこっそり渡してくれたそれには、様々な種類の新しい便箋と、使われていない切手の貼られた封筒がたくさん詰まっていた。宛名には全てお父さんの名前が書かれてて……。嬉しくて泣いたのを覚えている。

 それから私は、見たもの、耳にしたもの、感じたこと。たくさんの言葉を綴ってお父さんに送った。

 聞いて欲しかった。私の言葉を。私の想いを。

 もしも今、私の言葉がこの世界を越えられるのなら、伝えたい事があるの。

 綺麗な星空の下で眠った事。

 新しく出来た可愛い友達の事。

 この不思議な世界の話を。

 

 野宿なんて、有り得ないと思ったけど、以外に楽しいものね。あら?アイリスはまだねてるわ。お寝坊さん。

 思い切り伸びをして森の澄んだ空気を吸い込む。ざらざらの毛布も気にならない位ぐっすりと寝れたわ。枕が上等だと睡眠の質も違うのかしら……って頭に手をやり、ぷにっと当たる物に気づき飛びついた。

「ダイフク!」

 育ってる!枕サイズに!

 ……微妙……。

 小さい方が良かったわ……ってあれ?ちっちゃくなれるの?万能ね。素敵。

 ぷにぷにぷにぷに。顔が自然と緩む。

 はぁ……もちふわ……シアワセ。


「あ……お前……アイリス?リリ?」

 リュカスが近くで旅支度をしながらこっちを見てた。若干引いている。

「あ……アイリスですわ」

「リリだな」

「!」

 息を飲む。……なんでわかったの?

「はぁ――やっぱりお前かよ。帰れよ、いい加減……」

 は! 嵌められたわ。

「仕方ない……水だけ汲んどくか……」

 あら、大きな水溜まり。昨日はなかったのに、不思議ね。

「一つ確認しときたいんだが、お前、アンクは持ってるんだろうな?」

 アンク?ああ、あの石ね。どうしたかしら?

「失くしたとかじゃないだろうな?」

 あ――そうね、忘れてたけど。

 ……あるわよ?

「お腹の中に……」

「ん?隠してるのか?」

首を振る。

「じゃ何処に?」

「……飲んじゃった」

「ん?」

「飲み込んだの」

「……………………はぁ!?」

 目を逸らす。

「どうすんだよ……」

 さぁ、そのうち……嫌よ、私、女の子だし。

 そういえばアイリスは人ではないような事を言っていたわね。なら、希望はあるわ。

「はぁ……飲んだって事は、手に持ってたんだよな。って――ええっ!?いち大事じゃねぇか!!まじかよ……最悪」

 どうしたの?めちゃくちゃ苦悩してるわ。もう一度寝る?

「はぁ――。もう、どうにもしょうがねぇか……。なあ、アイリスはお前に身体を使われてる事を嫌がってはないんだろうな?」

 うん!と頷く。

「分かった。これは確認だからな。認めた訳じゃない」


 そういえばマチュー様は?

 キョロキョロしてるとリュカスが、ああ、何か分かってきたわーとか呟き、紙に包んだ硬そうなパンを渡してきた。

「早く食え。あいつは荷物を取りに行ってるんだ。国境付近で落ち合うから、あいつを待たせたくなかったら急ぐんだな」

 りょ!

「ああ、あと、教えておくけどな、泉が現れたという事は、お前の身体があっちにまだあるって証拠だ。前に、日を追う事にアチラに戻れる可能性は薄くなるっていったがな、正確にはな、この世界の物を体に取り込む毎に、この世界に魂が馴染んでいく、と考えられてるんだ。もし、帰る気があるのなら、早めに決断しとけよ。次に水脈近くに行くのは二日後だからな」

 あれ?昨日は今日が最後とか言ってなかったかしら?リュカスは嘘つきね。

 でも、そう……。私、まだ生きてるのね。身体、置いてきちゃった。

 無意識にパンを引きちぎって口に入れようとして止める。そっか、食べるごとに……。

 元の世界に戻りたいとは思わない。

 だって、私がいたらお父さんの家族の邪魔になっちゃうじゃない。私は皆に幸せでいて欲しいの。素敵な家族だから。

 でも……もし、アイリスがこの体に戻りたいって言ったら?

 それも邪魔しちゃダメよね。困ったわ。

 リュカスが水を汲んでいるわ。今のうちに……。私はそっとパンをバッグに仕舞い込んだ。


 昨日よりは少し歩きやすくなった林の中を歩く。この世界、森しかないの?と辺りを見回して見つけた。

 なぜなの?羽虫が着いてるわ。肩に。

 ええ、そうね……そろそろ認めるわ。これは妖精ね。

『精霊なのですわ! 凄い事なのです、リリ。この子きっとランパスですわ!』

 ランパス?

『光の精霊ですの!滅多と人に姿を見せないって言われてるのですわ』

 激レア生物なのね。

 ランパス、あなたもアイリスの可愛さにあてられたの?いいわ。認めてあげる。

 よく見ると、フィギュアみたいで可愛いわね。パン食べる?

『精霊ってパン食べるのかしら……?』

 カバンからパンを出して、少しちぎってあげる。

 パンの欠片を両手で掲げてクルクルしてる。嬉しそうよ?

 おっと、いけない。転けたわ。

「……歩きながら食べるなよ。ガキか」

 キ――ッ!

 ひょいと担ぎ上げられる。

 リュカスに首に手を回すと……あら、楽だわ、これ。

「お前……ちょっとは警戒しようや……そのうち攫われるぞ」

 アイリスを攫うなんて!私が許さないわ。その為にあなたがいるんでしょ?

「おい。歩きづらいから、首締めるなよ。落とす気かよ」

 あら、失礼。

「はぁ――めんどくせ――」

 さあさあ、歩きなさい。もうすぐよ!……多分。


 どのくらい歩いたかしら……リュカスが。

 ようやく森が切れた所でリュカスは私を下ろした。木々の向こうに明るい光が見える。

「……間に合った……疲れた……」

 しゃがみ込むリュカスの肩を叩いて労う。見上げた彼は、死んだ魚の様な目をしてたわ。

 さて!この世界に来て初めて森からでるわけだけど。

 木陰からでて、目の前の開けた場所で体中に暖かい日を浴びようとして……引き戻される。

 え?隠れるの?あ、逃亡中だったわね。でも、ゆるい坂を降りた先から、マチュー様が小走りでやって来てるのが見えたわ。

 手前にはよく踏み固められた街道っぽい道。車でも通れそうなくらい広い道は、先に見える川まで続いてる。

 木の影からこっそり見てみたけど、おっけー!誰も居ないわ。

「お前まで顔出すなよ。本当、迷惑な奴」

 何?……あ、マチュー様、こっちよ!

 手を振って街道脇の大きな木の影に誘う。

 マチュー様はちょっとした荷物を持っていて。

「アイリス、疲れてるだろうけど、急いでこれに着替えてくれ」

 渡される簡素なエプロンドレスと金髪のウィッグ。

 首を傾げる。

「その格好はティルクアーズ向けじゃないんだ。今はなるべく目立ちたくないんだよ」

 りょ!

 今着てるの、コートは地味だけどワンピはアンティークで確かに豪華すぎな気がするわ。アイリスはお姫様仕様だったのね。

『!!……リリ!待って!』

 ん?

『恥ずかしいですわ……私』

 ペタンと座って膝丈のワンピースをたくしあげてると、なにやらアイリスが焦った様子。

「おい、頼むからここで脱ぐなよ、ガキが……」

 む!

 沢山着重ねてるから一枚くらい、いいかって思ったのよ!

「あ、すまなかった、アイリス。そこまで急がなくても……さあ、こっちで」

 マチュー様、顔が赤いですわよ。


 胸元にダイフク。別に盛ってる訳じゃないのよ。隠してるの。ぷにぷにしたダイフクが人肌に温まって気持ちいいわ……幸せ。

 ワニのいる川に架かる橋を渡ると、関所があった。少しだけど建物もある。けれど、どれも時代劇のセットみたいに簡単な造り。……時代劇って言っても西部劇の方ね。

 気が付いてたけど、ここは日本と違っててて、まわりの人は皆、彫りが深い西洋風な顔をしてるの。そしてさすが外人、とても大きいわ。

 マチュー様もリュカスも小柄だったのね。と、いっても、日本じゃ長身だと思うけど。

 長い槍を持ったムキムキの兵の集団に近づくのは何だか怖い。ビクつく私をすかさずマチュー様は抱きあげてくれた。

『リリ、ここからティルクアーズですわ』

 簡単な国境ね。剣と盾のマークが付いた看板がなければ、きっとガレージと勘違いしてたわ。

 不意にマチュー様に外套のフードを被せられる。

 ……ん?

 マチュー様の肩越しに背後を見て、リュカスが居ないことに気付く。あれ?迷子になったの?

 途端に何だか不安になる。

「大丈夫だ……じっとしてて」

 数人並んでる列が進み、怖そうな兵士の前に出る。

「んん?お前さっきも通らなかったか?」

 ボサボサ頭のおっさんに顔を覗かれる。

「ああ、お陰様で妹が見つかったよ。世話になったな」

「ん?あ?ああ、そうか?見つかったのか、良かったな!」

 隣の兵と何か探りあってる。知ってるか?みたいな?

「ありがとう。でも、怖い目にあったのか、この通り怯えててな……このまま通っても構わないか?」

「ああ……気の毒にな。気ぃつけてな」

「恩に着るよ」

 凄いですわ。ザルよ!国境なのに。

 足早に関所から離れる。

「何て言って出てきたんだよ、お前」

 リュカス!どこ行ってたの?もう迷子になっちゃダメよ。

「ああ、妹とはぐれたと。通ったら教えてくれって言っといたんだ。交代もあるし、あいつら顔なんか覚えちゃないからな、適当にこっちに話合わせるんだよ」

「そんな堂々と嘘つく奴いねぇからな。なるほど」

 遠のく関所を見てゾッとする。鞘から剣が抜かれ、蹴倒された男に当てられるのが見えた。

 あ……あれ、長剣でしょ?この世界では普通に皆、武器を持ってるのね。怖いわ。

 お二人は持ってないけど大丈夫なのかしら。簡素なシャツにコート。軽装だし、弱そうよ?


 平原よ!モンスターはどこ?

 冒険者が最初に訪れるフィールドのような、なだらかな丘の続く平原の中の一本道をひたすら歩いた。最初はピクニックみたいで楽しかったけど、変わらない景色に飽きて来る。動物もいるし、森の方がまだ良かったわ。

「アイリス、大丈夫か?まだ歩ける?」

 平気よ。マチュー様。

 頷く。

「ほんと、お前、喋らねーよな。口、あんだろ?」

 あるけど、口は災いの元って言うでしょ?喋っても怒られるなら、喋らない方がマシなの。

「リュカスの口からは悪態しか出てこないから気にするな、アイリス」

「うるせぇ。……まあ、喋らない方がこの先都合がいいがな」

「ん?どういう事だ?」

「ダヴィド王の事を喋られるとここの人間は機嫌が悪くなるからな」

「ああ……」

 大丈夫よ、その人、知らないし。

『お父様ですの……』

 あ、そうか。アイリスのお父様は王様だったわね。

『今はオブシディアンの王なのですけど、昔はティルクアーズの王でしたの』

 まあ、凄い方!そんなめんどくさい役職に二度も着くなんて。

『ふふふっ。お父様もそう言ってましたわ』

 まあ!気が合いそうね。

『いつか会えるといいですわね』

 ええ!私が着いてるんですもの、必ずまた会えますわ!……あ、アイリスの口調が移ってきてる。

『リリ、ありがとう!』


 平原にぽつりぽつりと農園が見え初める。空はピンクに染まり、夕方のちょっと湿った空気が流れ込む頃、ようやく小さな町に到着した。

 本当に小さい。道の両脇に木の看板のぶら下がった建物が、数軒並んでるだけ。人はそこそこ往来してるけど、男ばかりよ。

 で?宿屋はどこ?やっぱりちょっと疲れたみたいなの。

「おい、抱えてやれ。それ、絶対座り込むぞ」

 心読めるの?キモイわね、リュカス。

 大丈夫よ、マチュー様。後ちょっとでしょ。あ、露店っぽいのが見えるわ。ちょっと見させて。

「嫌なのか……え?あちらに何かあるのか?」

 ガシッと捕まえられる。振り向けばリュカス。

「宿を取ってくれ。こいつは俺が捕まえ……抱えとく」

「ああ、頼む。こっちだ」

 リュカスに抱えられ、マチュー様の後に続く。

「お前……アイリスなの、忘れてねーか?」

 耳元で囁かれる。

 は!そうでした。

「頼むから大人しくしててくれ……」

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