手紙
ありがとう。
すえながくおしあわせに。
日本語で書かれた羊皮紙を見つめ、しばし固まってしまった。
血の匂いの濃い場所から離れ、やって来た河原。
まだ日は高いが、テントを張りようやく落ち着いた俺たちは、ニックスが動けるまで作戦会議を開こうと集まった……先に渡された羊皮紙。
後ろに控えるキリルに、一応確認する。
「あ――これはアイリスにもらったんだよな?」
「はい。間違いなく」
「キリル、お前読める?」
キリルがちょっと眉間にシワを寄せる。字が読めるか?って聞かれた者の反応に苦笑する。
「見てみろよ、これ」
キリルは渡した羊皮紙を胡乱げに見ると、見せても?と頷く俺を確認してから、隣で座ったまま器用に寝ているクルタスを肘で小突く。
「クルタスは一応商家の出ですので、こういったものには詳しいかと」
「一応って……なんっすか?これ」
「変な……文字ですか?」
「ぐるぐる?……文字?」
勝手に覗き込む奴らに苦笑しながら確信する。
この世界に日本人はそうそう居ない。
ではアイリスの近くに日本人がいるのか?あのリュカスって男……違うな。字体的に女だし、大体こんな文章、さっきまで日本にいたって奴しか書けない。だって後半定型文じゃん。結婚式の。
「なぁ、キリル。アイリスに何かおかしな感じはなかったか?」
「……特には」
「アイリス様、急に色っぽくなったっすね」
クレタスが座り直し頭を搔く。
テオとラビスも向かい側に座り、自然と円陣を組む姿勢にちょっと感動する。
しかし……言ってる事がおかしいな。
「クレタス、その時のアイリスの様子を教えてくれ」
「――なんか濡れてて……潤んだ瞳で見上げる様にみつめられて……」
なんだそのラノベにありがちな描写は……。こっちまで恥ずかしくなるからやめてくれ。
「濡れてたのか?雨、降ったりしてねーよな」
「あ、コケたみたいっすよ。音がして行ってみたらびしょ濡れで、リュカスさんが乾かしてくれましたけど」
あ、泉。……なるほど。
アイリスもまた、俺みたいに日本からやって来てたって可能性はあると思ったけど、ステュクスの水を被ったとしたら、さっきやって来たと言うのも有り得なくもないな……。
「クレタス、確かにアイリスだったんだよな?」
「何言ってるんっすか?俺がアイリス様を見間違えるハズないっすよ」
お前、アイリスにて 手を出すなよ?
まあいい。後で試してみるか……大福を。
「分かった……クレタス、ありがとう。この話はここまでだ。次の話もアイリスの話になるけど……先にニックスの事で相談しておきたい。容態は落ち着いてるが、まだ旅を続けるには体力が付いて行かないだろう。何処か近くに安全な宿が取れる場所はないか?」
「あ――すんませ――ん。俺に心当たりがあるんですが」
ラビスの後ろから声がする。縄でこれでもか!ってぐらい、ぐるぐるにされた奴だ。
「ん? いい所があるのか? 何処だ、言ってみろ」
「こっから二キロ位上流になりやすが、ドワーフの大工房行く街道に、ほど近い所に俺らのアジトの一つがございやす」
アジト。こいつら傭兵じゃなかったのか?
「へ――そこに宿が?」
「宿もありやすぜ。冒険者が立ち寄るからな。レテは……まあ、町みたいなもんでして、女子供もいますし、食うものには困りませんぜ」
「なるほど……俺たちを食うにも良さそうな場所だな。足を踏み入れるには少々敷居が高そうだが大丈夫か?」
「ダンナなら大丈夫っしょ?何せあのエンキを捉えた御方。こう見えても、あっしらは用心深いんですわ。そんな御方に手ぇ出すなんて奴なんて、いやしねぇ」
エンキか……。逃げられたが、もしかしたら割と有名な奴なのかもな。そのうちまた出くわす可能性もあるから、情報は欲しい所。
「テランスだよな?お前。組織について喋る気はあるか?」
「さすがダンナ……あの状況で、俺の名前を覚えてたんですか。いいですぜ。その前にあんたの番犬をどうにかしてはくれねぇかな。……何か俺、食材にされそうな気がするんですわ」
確かに……。
デカい剣を地面に突き立て片膝をつくラビスの威圧感はヤバい。って何、眼鏡取って睨んでんだよ。
「ラビス。眼鏡!」
「仕方がありませんね……」
さあ、どうするか……。テランスの話次第では移動を考えた方がいいかもしれないな。多少危険は伴うが……。
「夜の移動を考えてここは一旦解散とする……各自休んどけ。疲れただろ?……ここは俺が見とくから」
コイツの話は俺一人で十分だろう。休める時に休ませとかないと。
「私にしてみれば、リンネ様に一番休んで欲しい所ですが……まあ、いざとなったら抱えて行きましょう」
「っすね!」
「絶対するなよ……」
「愛されてますねぇ……ダンナ」
「いいから話せよ、テランス。お前のアジトの事を」
「いやぁ、ダンナの蹴りが入った時に気絶しときゃよかったって、あん時は本気で思いましたぜ? なのに……あんだけの戦いしといて、こっち来てからまだ数日って……ダンナ、どんだけヤバい奴なんだよ」
テランスの話を聞き始めてすぐの事。俺の認識不足で話は中断した。
「俺は大した事してねーよ。それを言うなら俺を止めた、あのリュカスって奴の方が余程ヤバいと思うぞ」
リュカスと聞いて納得した。言い換えればルカス。光だ。多分ニックスの鳥を撃ったのはあいつの光の矢とかじゃないだろうか。名は体をあらわすって言うしな。あいつ、ずっと俺たちをつけてきてたに違いない。
「おいおい……レジスの耳切ってエンキに投げつけるのは大した事じゃねぇんかよ……」
「まあな、それはいいからさ、早く教えてくれよ。なんでティルクアーズはアンク禁止なんだ?」
忘却の地レテ。
テランスのアジトはそう呼ばれているらしい。そこに住まう者はティルクアーズから逃れて来た、アンク持ち、と呼ばれる者達だと言う。
なんでも、ティルクアーズって国はアンクを持てない国らしい。アンクの数が少ないと言うのもあるらしいが、そもそもの国の成り立ちに問題があるようだ。
ダヴィドが最初に作った国ティルクアーズ。
あのオッサン、オブシディアンを作る前に、国を持ってたらしいのだ。
その頃は神から授かった大事なアンクを『割る』という発想はなかったらしく、夜毎現れる泉に慄く人々は、取り出されたアンクをそのままダヴィド王に献上していたという。お陰でアンクは次々と国の物になっていったのだそうだ。
しかし、中にはアンクを献上しない者もいて……ダヴィドはそういった者達を好み、そばに置いたと言う。
まあ、ダヴィドらしいっちゃらしいわな。
「で、こっから人口が増え、アンクを持たねー奴らの嫉妬からか、ダヴィド王が失脚させられる訳だがな、王の失脚に伴って、アンク持ちも国を追われたのですわ。で、出来たのが忘却の地レテって訳ですわ」
失脚に至った経緯については、いつか本人に聞くとして……。
「なるほど……じゃ、レテの民はダヴィドを憎んでんじゃないか? ダヴィドのせいで国追われたわけだから。俺ら、行ったら石とか投げらつけれない?」
「憎んでるっちゅうなら、ダヴィド王じゃなくて俺らを追い出したティルクアーズの方ですな。まあ、今になったら、それもどうでもいいがな。どちらも今じゃ客でしかねぇ」
なるほど。まぁ、どちらにせよ、入るんならこっそり、ひっそりとしたいな。
「レテに入るのに検問はあるか?目立ちたくないんだが」
「そりゃ無理だろう……。入るのは自由だが、あんたみたいなお綺麗な奴、歩くだけで目ぇひいちまう」
確かに……俺以外はすこぶるお綺麗。
「そういうお前も、割と渋めのいい男だよな。何か顔のその傷も違和感あるし……」
本当にこの世界、イケメンしかいないんじゃないか?
「だ……ダンナ、よしてくだせぃ」
「何焦ってるんだよ。ちなみにさ、お前らのボスもお前と同意見な感じか?ダヴィドとなんか確執あったりしない?」
「お頭とダヴィド王はマブダチですぜ?ってダンナさっきからサラッと国王呼び捨ててんのが気になるんですが……」
「気のせいだ。ふぅーん……ダヴィドとマブダチね」
はぁ……とテランスのため息が聞こえる。
もしかしたらレテの頭はダヴィドのかつての臣下とかなのかもしれない。
「ちょっと会って見たいかも……」
「おう!じゃ、行くか?縄を解いてくれよ、案内するぜ」
「うーん……どしよっかなぁ」
「まだ……何か……?」
「俺ら、お前らに襲われたばっかだしなぁ……一方的にさっ。本当なら、国に連れ帰って、裁判とかしなきゃな立場だしなぁ、俺。……まあ、信じたいのは、やまやまなんだけどなぁ」
「ダンナぁ……あんたら襲ったのは、仕事だったんすわ、仕方ねーって!食うためだ」
「仕事ねぇ? でも、今も俺ら襲わせた誰かに雇われてるかもだしぃ。俺らをアジトに誘い込んでぇあーしたり、こーしたりするかもだしぃ」
「あーしたり……ってなんだよ……って、しねぇって! アイツらとは手ぇ切ったんだって」
「でもなぁ、誰に雇われてるか分かんねぇ奴の言う事なんかさぁ」
「っくそ!わかったよ!話すから、全部。本当は客の事はバラさねー主義なんだぜ……って。あんた分かってて……っくそ!ニヤけてやがる……」
「リンネでいいぞ、テランス。さあ、皆を起こして出発するか」
「お前ら、何か準備早くね? ちゃんと休んだのかよ」
「はい。十分過ぎる程に。先程ニックスさんも目を覚ましましたし、行きましょう。……テオ!」
「ほい!失礼しまーす!」
「!」
軽くテオの手刀が入ったのが分かった。
上手いな……と思いながら……。
暗転。




