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ダイフク

 足場の悪い木立の中。道無き道を歩く。

 まるで神社にあるような大きな木々の間。

 短い下草に積もった落ち葉は乾いてて、とても歩きにくかった。でも……。


 サクサクサク――。

 大学に入ってからは縁のなかった山の香りを、思い切り吸い込み、うっとりする。

 やっぱり都会より田舎の方が、私は好き。


 どうやらアイリスと私は体型が似ているらしく、アイリスの身体でも違和感なく動けるのだけど、スカートにブーツでハイキングの非効率さ。

 時折スカートをたくし上げながら、頑張って歩いた。


 前を行くのは、収穫直前の稲穗のような、明るい金髪に緑の瞳。宗教画から出てきたような完璧な美青年、と。

 その肩に乗る、白くて丸いダイフク。

 マ虫……改め、マチュー様が歩く度にプルンプルンと揺れる、小さくて丸い、そのユルいフォルムは、柔らかく透けてて……。

 可愛い……触っちゃだめかしら。


 視線が熱すぎたのか、突然マチュー様が振り向いた。

「アイリス、疲れてないか?」

 こくんと頷く。

 アイリスは疲れたらしく、眠ってるみたいけど、私はまだいけると思う……多分。


「なあ、番人……」

 マチュー様が、数歩先を歩く、銀髪オレ様な、リュカスに声をかけた。

「リュカスと呼べよ。もう少し進みたかったが……分かった、休むか」

 リュカスは私を睨みつけて、はあ、とため息をついた。


 倒れた大木に腰掛けて分かる。

 疲れてたのね、私。

 膝下まであるブーツに手をやるも、複雑で脱げそうもないし、頭からしっかりと被せられたマントは重いし、休憩なのに休めない。冒険者って本当、大変よ。


 げっそりする私の横にマチュー様は座ると、氷嚢の様な物を渡して来た。両手で受け取ると、かなりの重量があって驚いた。

 見ればマチュー様の荷物はどれも重そう。小さなカバンひとつの私とは大違いだった。

「飲んでいいんだよ? あ……重いのか。さっき汲めるだけ汲んだからな」

 水筒だったのね。優しいマチュー様の言葉にほっこりした私は、首を振り頑張って水筒を持ち上げた。

「その水は貴重だ。飲みすぎるなよ」

 声の方を向くと、少し離れた所で木に寄りかかったリュカスが目をつぶって休んでいた。

 水は貴重なのね。分かったわ。

 私はマチュー様に手を借り、少しだけ冷たい水を口に含むと、頭をべコリと下げた。ありがとう。

 マチュー様は優しく微笑んだ。


「なあ、リュカス……本当にあの宿で大丈夫なんだろうな?俺たち、そこから侵攻して来たんだが」


 始まりの宿。

 私たちはとりあえずそこに向かっているらしかった。

 リュカスは何かに頷き、目を開けこちらに来ると、私の横に座り、水をぶんどり自分のバックパックに仕舞った。

「ああ、安心しろ。安全は確認できた。まだ敵が近くにいる以上、迂闊に動くより安全なルートを探りたい。……想定外の事が起きたからな」

 マチュー様は何か考えてる様子。

「想定外か……何故レジスはアイリスを? 今回の作戦は、リンネからレジスのアンクを奪うだけだ、と聞いていたんだ。喧嘩を吹っかけるとは思わなかった」


 アイリスの名前が出てきたわ。

 でも、何だか話が長くなりそうね。……寝てようかしら。

 あら、いい枕が。ちょっと硬いけど。

 ……ピクリと動いたわ……じっとしてて。


「分からない。だが、国が欲しいなら、王女誘拐もありだろう? 強欲な奴の考えそうな事だ。お前こそ、なぜ、あんな器の小さい奴に着いたんだ?」

「器の小さい……確かにな。――はぁ、今更隠してもしょうがないか……頼まれたんだよ、ミロン様に」

「ミロン? オブシディアンの盾じゃないか! 近衛隊長が寝返ったって事か?」

「いや、ミロン様の忠義は陛下に捧げてる。ミロン様はただ、レジスの国が欲しかったんだと思う。だから手を貸した……俺もだがな」

「あ――太らせたレジスを打ち破って、その土地を奪う……か。それ、ティルクアーズ侵略だからな。戦争でもするつもりだったのかよ」

「違う。……わかってる……分かってたつもりだったが……」


 不意に髪を撫でられた。気持ちいいわ。

 枕としてのマチュー様は最高品質ね。


「俺は侵略したかった訳じゃない。大切な者たちを護りたかっただけなのに……馬鹿だよな」

はぁ、と、漏れたため息は苦しそう。

「馬鹿だな。仲間が無事だったから良かったものの、下手すれば全滅させられてたぞ」

 あら大変。アイリス、命の危機だったのね。

「仲間は心配してなかった。あんなゴロツキに殺られる様な奴らじゃない。俺はリンネを眠らせてアンクを奪う手筈だったんだが、出来なくて……。外では戦いが始まるし、咄嗟にアイリスを逃がそうとしたが……まさかあんな抵抗を受けるなんて、思いもしなかった。しかもエンキの奴、ニックス様を……」

 枕が固くなったわ。エンキ、許さない……。


「大体、お前の国の奴らはティルクアーズを見くびり過ぎだ。エンキみたいな番人がいる事も忘れるな」

「……やはりエンキは番人だったんだな。あんたが逃がした時点でそうだとは思ったんだ」

「番人がオブシディアンの味方とは限らない。まぁ、それについては、せいぜいリンネに感謝するんだな。あいつも……エンキも強いから。それに気にしてるなら教えとくが、騎士団長様は無事だよ」

 ピクリと枕が跳ねる。


「え?……しかしあの状態では……」

「俺も驚いたよ。テムをどう使ったら腹を塞げられるんだか……あいつは凄いな」

 マチュー様が安堵の息を着くのが分かり、全てが丸く収まった感が伝わった。


「さて、行くか。そいつを起こせ」

 え?もう行くの?

「リュカス……ありがとう。俺の同行を許してくれて」

「礼を言われるような事は何もしてない」

 枕が動き、渋々起き上がる。

 するとなんということでしょう。目の前に、ぷにぷにしてるダイフクが見えたわ。

 手を伸ばすと――リュカスに払われた。


 キ――ッ!


「それよりダイフクだっけ? それをどうにか出来ないか? 宿はティルクアーズにあるんだぞ」

 睨むリュカスに、イ――ってしてる間に、ダイフクを肩に乗せたまま、マチュー様は立ち上がってしまう。

「だよな……やはり国境付近で放しておくか……」

 はっ!

「……ダメです!」

 ダイフクを置いて行くなんて!


 少し驚いた顔をしてマチューが振り向く。

 すぐにふっと優しく微笑むと、屈んで頭を撫でられた。

「アイリス……ティルクアーズにはアンクを持ち込めないんだ。テムにしか見えないダイフクは没収されてしまう」

 アンク?テム?……何処かで聞いた気がするけど。

 首を傾げる。


 マチュー様は頬を染めると、慌ててリュカスの方を向いた。

「なあ、リュカス。何処かに隠して持って行けないだろうか。今はこんな、だけど、リンネのテムだし」

 隠すの? どこかいい所はないかしら。私のポケットとか?

 あら……付いてない。丁寧な造りのワンピースなのに残念仕様ね。


「確かに……あの、ぶっ飛んだ男のテムだしな」

「ぶっ飛んだって……番人やってるあんたでも、そう思うのか?」

「ああ、あのスピードは見た事ないな。速すぎて動きが追えないし、一瞬でテムを錬成するから、攻撃が読めない。しかも同時に数個動かすときた。あいつの頭はどうなってるんだ?」


 あ!いい所があったわ。


「隠すなら……私の懐に!」

 トンと胸を叩く。


 途端に二人に注目された。

 どうしたの?二人共そんな微妙な顔して。

「ん――」

「あ――」

「アイリス、いいのか?それはリンネの……」

 マチュー様が目を逸らし、頭をかく。

 リュカスは何が面白のか、ニヤけてる。

「まあ、いいじゃん。ないんだし……」

 胸……。


 言わなくても分かるわ。でもいいの!

 ダイフク、カモーン!

 両手を差し出す。


 はぁ、とマチュー様がため息をつく。

「いざと言う時の最終手段だな……」


 今じゃダメなの?


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