表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/88

襲われる

 少しだけ眠っていたようだ。

 辺りはまだ暗い。

 丸い月がラビスの創ったコテージの、空いた天井部分に綺麗にハマってみえた。


 人の気配を感じて、俺は身体を上にしたまま入口の方に目を向けた。

 四角く切り取られた入口に、小柄な男が立っていた。

 ウェーブした金髪が、外で炊かれている薪の、柔らかい炎を反射して揺らめいて見える。

 綺麗だな……と眠たい頭でぼんやり思った。


「おかえり、マチュー」

「……!」


 俺が起きているとは思わなかったのだろう。

 マチューは一瞬息を飲むと、四人は楽に寝れるであろうコテージに入り、背中で入口を塞ぐ布を垂らした。

 揺らぐ炎の明かりが隔たれ、室内は暗くなる。

 俺は黒い影と化したマチューの動きを目で追った。


 彼が俺の前を通る時、ふっと懐かしい匂いがした気がした。

 なんだっけな?

 考えてる間にアイリスのすぐ近くまで来たマチューは、腰を屈め、起きる様子もない女の子に手を伸ばしていた。


「ニックスに会わなかったか?」

「……ああ」


 素っ気ない返事はいつも通りだが、いつもより声が固い……緊張?

 俺は毛布を跳ね除け、咄嗟にアイリスの前に体をねじ込ませた。


 アイリスに今にも手が届く、という所で遮られたマチューが、不服そうに舌打ちする。

「……何か?」

 その手に握る布。匂いの正体を俺は知っていた。

 

「お前、どういうつもりだ。まさかそれをアイリスに使うつもりじゃないだろうな」


 部屋に漂う微かな匂いは覚えのあるものだ。人の意識を一定時間、無条件に刈り取るもの。

 確か、それをこの用途で使用されたのは、こんな古い時代ではなかったはず。何故?誰が用意した?

 いかん、今は止めなくては……。


 俺は思考を止めマチューの腕に手をかけるも、その手はあっさりと跳ね除けられる。

 おっふ。俺の軟弱な筋肉よ……。


「マチュー、知ってるか?それで相手を落すとなると、数分間、鼻に当てたままにしなきゃいけない。最悪、窒息死させる危険性もあるんだ。誰に渡されたかは知らないが、そいつはろくでもない奴だぞ」

「……死……」

マチューが布を投げ捨てる。まるで呪いを払い除けるかのように。


 その時、微かな音と共に、テオの切迫した声が壁越しに聞こえた。

「キリルさんっ、リンネ様を……」

 隣の棟で寝ているであろう仲間を呼ぶ声だ。

 

 ピ――――!

 遠くで誰かの口笛が鳴る。

 同時に森の静寂が破られ、複数人の足音が地面を揺らした。

 静かだった森の中……。

 人息で震える空気と相まって、まるで地震が起きたかのような、感覚。息が苦しくなる。


「裏切ったのか……お前」

「アイリス……ごめん……」

 マチューが呟きは、金属音にかき消された。

 マチューは立ち上がり、少し距離をとると腰の剣を抜く。


  ウォォォォラァ!いけぇぇぇぇ!

 外での衝突は突然始まった。


 同時に、目の前のマチューが、彼の細身の剣を俺に向け、突いてきた。


「馬鹿っ!!」

 思わずテムを纏わせた左腕で弾く。

「あぶねーだろ!」


 キーンと嫌な音が耳の横に残り、顔を顰める。

 咄嗟に庇ったせいで、体がアイリスの方に傾いていて、次の一撃に備えられない。

 俺が地面に両手を着くと、剣を構え直したマチューが更に突いてきた。

 

 身体を捻らせ、タイミングを合わせ、回し蹴りで払う。

 低姿勢からの蹴りで勢いはないが、少し足ごたえがあった。

 剣を握る手にでも当たったのだろう、マチューは後ろにジリッと下がると、剣を両手に持ち直した。


「ちょ、考えろや!アイリスに当たるだろ!」

「それがどうした……」


 自虐かよ!

 月明かりでも分かる、奴の泣き笑いの様な顔。

 自分の心を裏切る事に必死なのだろう……。

 彼は裏切り者にしては優しすぎるのだ。


「お前さ、今自分がどんな顔してるか分かってる?」

「うるさい!……大人しく寝てれば良かったものを!」

「寝てても結果は同じだろうよ。お前がもがき苦しむ人間を押さえ続けれるとは思えない」

 苦しむと聞いて顔を顰めるあたり、知らずに持たされたんだろうと分かる。

「怪我を負わせたくないなら眠らせろ、とでも言われたか?殺す覚悟がない奴には、おあつらえ向きの仕事だよな」

「うるさい!!」

 あ……俺、煽ってどうする。

 でもムカついてどうしようもないんだ。


 耳に入ってくるのは外で行われている戦闘の音。

 「うぉぉぉぉ」とか「てゃっ」とか精一杯頑張ってる俺の仲間の声。

 ずっと辿ってるが、途切れるのが怖くてならない。


「どうすんだよ!仲間だったんじゃないのか?みんな殺られちまったら!」

「うるさい!黙れ!」


 くそつ!焦るな、俺。

 大丈夫……彼らは強い。この俺なんかより、ずっと。

 深呼吸して、今はアイリスを護る事だけを考える。


「目的は俺?……それともアイリス?ああ、アンクか。レジスに取って来いって唆されたか?まるで盗人だな」

 横で身動ぎをするアイリスにコソッと「頭下げてろ」と告げ、ヘイトを取りながら俺は低い姿勢のままアイリスから離れる。


「閣下を盗賊扱いするな!知ったような口を利きやがって……」

 マチューの剣先が俺を追ってくる。

 素直な反応に苦笑する。やはりレジスか……。早くここをどうにかしたい。


 俺はコテージの奥へと後ずさりながら、記憶を辿る。

 確かこの辺にラビスがアンクを埋めてたと思ったんだが……。


「知らないよ、俺はこの世界に来たばっかだからな。だけどな、奇襲をかける様な奴を、俺はなんて言うかは知ってる。卑怯者のクソ野郎だ」

「うるさい!」

 と、いきなり凄い速さで斬りかかってくる。

 後ろに跳ぶしか出来なかった。


 キーン――。


「やべぇ……」

 マチューの剣は壁に当たり跳ね返されてた。

 背中に感じる硬い感触。かなり危なかったと冷や汗がでてくる。


 アンクは呼び寄せるしかないようだ、と、俺はマチューの動きを気にしながら、壁に右手を着く。

 片目を閉じ、コテージのイメージを掌握して、小さく……小さくとイメージを固定させた。


 一瞬にして、視界が開ける。

 月明かりで視界が一気に明るくなり、目が眩む。

 瞬間、焦ったマチューが、闇雲に剣を構え踏み込んでくるのが見え、手の中を確認する間もなく、握りしめてた大福サイズの、『コテージの成れの果て』を投げつけた。


「う……!?」

 マチューが呻く。


 見事な雪見……っぽいアンクを包んだ大福は、マチューの腕にベチャッと当たりマチューの細い剣先を反らしてくれた。

 拘束……と、考えて思いついたそれは、マチューの腕を履い、体に巻き付きはじめる。

 振り落とそうともがいてるが、伸び続ける触手に絡められ、手も足も出ないようだ。


「や……止め……!うぐっ……」


 あっという間に体全体をニョロニョロと覆われ転がるマチュー。

 もう声も出ない。


 そうか……。生き物ってモンスターでもいいんだな!

 スライム化した大福を見て今更気付く。


 しかしなぁ……拘束は出来たが、あまりの姿態に自身で創造したものの、やな汗が出てきた。

 美人なマチューの触手プレイは、見るものによっては眼福だが……。


「きも……」


 横から聞こえるアイリスちゃんの怯えた声。

 でも、出来ればそこで言葉切らないで。

 精神的ダメージが……。


 しかし……マチューめ……。

 俺は抵抗をやめ、大人しくなったマチューの前に跪いた。


「なあ、マチュー。何があったか知らんが、仲間を殺す覚悟もないならやめておけ。たとえ、お前が殺らなくても、他のやつが殺りに来るんだぞ。お前の知らない所で、仲間が殺されてもいいのか?本当に?」

「……」

「俺は、お前は護る側の人間だと思ってたんだが、違うか?……まあ、中途半端な覚悟しか持たない奴に護られたくもないがな」

「……」


 こいつはもういいだろう。さて……。何だか静かなんだが?

 俺は立ち上がると、弱くなった薪の明かりを頼りに、辺りをざっと見た。


 薪を挟んだ向こう側、もう一棟あるコテージの前に、敵であろう、身なりの軽い盗賊風数人とクレタスが転がっていた。

 クレタスを庇うように盾をかまえ立っているのは、赤髪のキリル。そして彼が相手にしているのは、ちょっとくたびれた冒険者風の男。

 だが今、何故か二人とも剣を構えたまま固まり、こっちを見ていた。


 バンダナを頭に巻き、皮の装備という軽装。自信の表れか、片手剣一本で挑むその男の目は、大きく見開かれ、俺の足元に転がるマチューに釘付けされている。

 ……ゆっくりと視線が俺に向けられ……。

 カチリと合った。


「お前も大福にしてやろうか……」


 俺の中の悪魔が、俺の口を使ってよく分からないことを言った。

 いや、おれじゃないからね!


「!!」

 男はあからさまに怯え、踵を返すと森の中に消えた。


 俺は急いでアイリスを掴み、横になったクレタスの所まで走ると、膝をつく。


「クレタス様……大丈夫でしょうか?」

 アイリスは涙目だ。

「生きてるよ」

 首筋に手をやるとピクリと反応したし。

 脈はある……てか、まさかの死んだフリじゃないだろうな?


「う……先生……これを……」

 クレタスは仰向けに転がると、俺に何かを押し付ける。


「ん?」


 これはラビスの眼鏡じゃないか!

「ラビス!!無事か!」

「ふっ……お呼びですか?」


 コテージの影からゆらりとラビスが現れた。

「良かった……生きてたか」

 驚いて、本体(眼鏡)に声掛けちゃったじゃないか。

 てかお前、青い長髪を妖艶にかきあげてるが、なんかついてるぞ。

 何だ? そのべっとりとした黒っぽいものは。

 血か? どうしたらそんなことに……!

 だから、剣を振ってばらまかないで!


「早く眼鏡を……これ以上の惨殺は……うぷ」

 クレタスが口に手をやり、込み上げる何かに耐えながら急かす。


 マジか……眼鏡を外すと人が変わるとか。テンプレキャラかよ。


「アイリス……周りを見るな……」


 あ……手遅れか。

 死んだ魚のような目をしたアイリスを胸に抱え込みながら、ラビスに眼鏡を渡す。


「で?あとの二人は?」


 ニックスとテオは見張りだったはずだ。


「テオは先程、姿を見ました。我々に危険を知らせたのもテオです。追われていましたが、逃げ足は早いので、今は何処かに隠れていると思います。あれだけの数、テオ一人じゃ捌ききれませんから」


 キリルは周囲を警戒ながら淡々と報告する。

 俺はその辺に転がる事切れた敵を見回し、そこにレジスらしい人物がいないか確認する。

 あ、こいつ腕三つあるよ……違った、隣のヤツのか。なに刻んでんだよラビス……。


 転がってる敵は七人。比較的若い男ばかりだ。身なりからして傭兵か何かか?

 という事は、ここにいないニックスが、本隊と対峙した可能性は高い。いかん、動悸が……。

 ……落ち着け、俺。


「あ――取り敢えず、ニックスが合流するまではキリルを頭目とし、アイリスの安全を確保しつつにテオを捜索しろ。テオは泉の場所を知ってるはずだから、見つけ次第泉集合で。敵を見つけても深追いはするな。安全第一だぞ」

「うぃ――」

 返事がユルい!お前ら本当に騎士団かよ!

「じゃ、俺は……」


 ニックスを探さなくてはならないんだ。

 約束したから。

 俺は頭の中で創造出来うる限りの戦力を検索していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ