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考察

 森の中の日暮れは早い。

 夕闇に覆われた野営地はよく使われる場所なのだろう、木々はまばらで少し開かれていた。

 気持ちよさそうな下草が自然の絨毯となり、キャンプには最高な場所。過ごしやすそうだな、と思ってはいたんだが。


「うーん」

 薪に火をつけ終わった俺は、アンクの欠片を握りしめ、辺りをボケーっと見つめながら唸っていた。

 別に設営をサボってる訳じゃないんだ。

 手伝わせてくれないんだ、あのラビスって奴が。


 奴は何かに目覚めてしまったらしい。

 設営用のアンクを使い、白いドーム型の『空の見えるコテージ風』のテムを二つ創り、俺の前で腕を組み満足そうに頷いてる。

 曲線の美しいそれは、上の開いたかまくらのようでもあるが……。


「スゲーな、お前……」

 発想が。この世界には有り得ないフォルムだ。

「……ふっ」

 職人か!

 眼鏡をクイッとあげるラビス。満足そうで何よりだ。


「どうされました?リンネ」

 周囲の見回りを終えたニックスが俺の横に並ぶ。

 自然と目は俺の手元にいく。


「何か創られるんですか?」

「あ、いやこれはそうじゃなくて……何となく考えてたんだけどさ、アンクって割られたとはいえ、世代が増えると数的に足りなくならない?元は一つだから、ひ孫とかになると何個に分けるんだって感じだろ?なのに、なんで市場に出回ってるの?」

「あーそれは、金になるからでしょうか。なくても生活に困らないので、売る者も多いのですよ」


 そう言いながらニックスは、馬から使い込まれた銅鍋を下ろし、テオに渡す。

「水汲んできまーす!今日は近くに小さな泉、見つけたんですわぁ」

 あ、それステュクスの泉じゃね?

 いやいや、早すぎだと心の中で否定しておく。


「お前すげーな……なんで見つけられるんだ?」

 この広い森の中で。

「落ち着いて注意して見るようにしたら、色んなことが分かるようになったんすよ!」

 すっかり水係に落ち着いたテオの優秀さよ。

「ま、気をつけて行ってこいよ!」


 この世界に来て、俺が遭遇したのはウサギやリス、たまに鹿とか、森のお友達系の動物だけだ。

 ワニは見たが、基本危ない生き物は俺が出会う前に追い払われるか、処分されているようだ。本当に優秀な護衛達だと思う。


「はーい!いってきまーっ!」

 楽しそうなテオに手を振りながら、普通にゆるいキャンプの様だな、と微笑ましくなる。

 この世界はガンガン魔獣が沸いてくるようでもなく、テラ凄いモンスターとかがいる訳でもなさそうだ。

 やはりどこの世界でも、一番の脅威は人間なのかもしれない。


「なあ、アンクってさ、持ってれば便利だと思うけど……実際はそうでもないのか?」

 集めた木の枝に、石を使って器用に火をつけるニックスの横に座る。ホント、俺って約立たず。


「ええ。そもそもテムを創れる程の想像力を持つ者は稀有ですし、実際それを使うとなると、テムの存在を維持するだけの精神力もいります。保存するにもさらに欠片が要りますしね。我々は戦闘で使いますので欠片の支給はされてますし、その訓練も欠かせないので多少は使えますが……訓練以外の日常生活で使う事はあまりないですね」

「なるほどな……」


 カップを創ってミルクを入れても、維持出来なければ、飲めないばかりか零れてしまうという感じかな。そんなに気を使ってまでカップを創る奴はいない。

 若干ダヴィドの認識と違うのは、世代が変わったからだろう。多分この世界は満たされて始めているのだ。

 今あるもので充分だと感じるくらいには。


「リンネは実に器用にテムを創りますよね」

「ん?そうか?」

「はい。形成の美しさはもちろん、錬成の速さは素晴らしいです」


 ニックスの俺への評価は相変わらずくそだが、速さなら……。

 俺は自分の身を守る為に剣を創った事を思い出す。


「創れない方がいいのかもしれないな……強い願いが、攻撃する事であってはいけない気がするよ」

「その通りなのです。ヌースは理性でもあるのですわ」


 その時、近くで大人しく薪をつついていたアイリスが、棒を片手に嬉々として声をあげた。

 マチューがいなくなってから元気がなく、俺では役不足なんだろう、って思ってたから嬉しくなる。


「ヌース……ダヴィドは願いと言ってたな。理性って……アイリスは難しい事、よく知ってんのな」


 アイリスは少し嬉しそうに頬を染めるとコクンと頷いた。

「『揺りかごに乗った我が魂は、テムの創りし世界に降り立ち、束の間の休息を得たり。テムに望めば形になり願いは叶えられた。ただ叶えられぬは我が身のみ。強き願いはテムを動かす力となり、我が手にアンクをもたらしめる。アンクに湛えるはヌース。闇を照らす光と共にあれば、その印現れ願い叶える力とならん』」


 つらつらと出てくる難しい言葉に、ほう、とため息がでる。


「素晴らしいな、アイリス。聞いた事あるフレーズが混じってたけど……ダヴィドに教わったのか?」

「はい!お父様はお忙しい中、わたくしに沢山のお話をして下さいました」


 ダヴィドはちゃんとお父さんしてたんだな。

 この世界は多分、まだ新しい。

 だからなのか、文字ではなく詩人のように言葉で伝える文化があるのだろう。

 それって素晴らしい事だな、とアイリスをみて思う。


 ダヴィドは懐かないと言ってたけど、そう思ってたのはダヴィドだけなんじやないかな?


「なるほど……。その論文、テムが神様のままだよな。かなり古い物語なのかもな。ああ、そっか、オルフェウスがこの世界にやって来た時の話か。……気になるのは後半、アンクに湛えるはヌースってとこからだな。湛える、か。アンクはヌースの入れ物って認識で大丈夫かな?」

 湛えるって、満たす事だろ。


「……何か……リンネ様は言い方が残念ですわ」

それ、ニックスにも言われたわ……。

「魂を運び終えたアンクはただのヌースの入れ物になったんだろ?で、『闇を照らす光』が理性で、理性ある者が、アンクにヌースを込めれば、名前を刻まれるって事かな。 うーん……『闇を照らす光』か。あやふやな思考や行動を闇とするならそれを律するのは光だろうからな、よく言ったものだ。この文章を作ったものが誰かは知らないが、理性ある者しか印が出ないよ、と言ってる事からして、変な事にアンクを使うな、という意図を感じるよな」


 議論を求めて横にいるニックスに目を向ける。

「え?……あ、どうなんでしょうね……」


 何か細長い食材をムシり始めたニックスが、顔を引き攣らせながら横を向いた。

 さてはニックス、脳筋だな。


「面白いな……。逆に考えれば、理性があればアンクは誰でも引き継がれますよって事だろ?……となると、今までの常識が覆されるな」

「え?」

 ニックスが顔を上げる。


「アンクは欠片でも、血を頼りに引き継がれるんだったんだよな」

「はい。例え小さな欠片でも、他人のアンクではテムは創れないはずです」

「でもさっき、ニックスは上手くテムを創れる者は稀だと言ったよな」

「あ――はい。確かに」

「完全なるアンクなら、そこに書かれた名前で、引き継がれた事が分かるが、欠片には名前がない。引き継いでも上手くテムを創れない人がいる以上、親族しか引き継がれないというのは不確かな情報じゃないか?」

「……そうかも知れませんが……」

「アンクをヌースの入れ物と考えるのなら引き継がれる要因は血ではない可能性があるとは思わないか?う――ん……証明するには名付きのアンクが最適なんだが……。ニックス、血族以外でアンクの名が書き変わったって例はないのか?」


 うーんとニックスが唸る。


「ありませんね。リンネが初めてです」


 あ、俺がいたか。


「そもそも完全なるアンクは数少ないですし、完全なるアンクを持つ者は長寿ですから、ご存命の方がほとんどです。亡くなった者のアンクは引き継がれる前でしたので、すべて陛下がお持ちですし……。そもそも完全なるアンクを手放した者など、オブシディアンにはいないので」

「犯罪を犯したレジスが例外だったただけか……」

「はい。他人アンクを奪うことは最大の禁忌です。他人のアンクを持っててもテムは創れないので、危険を犯してまで手に入れようとする者もいなかったのですよ」

「そうだな……だからあの論文か……。もし誰のアンクでも創造物を創れちゃうよ、って事になれば、アンクの取り合いがおきてもおかしくないからなぁ」

「取り合い、というか殺し合いになるでしょうね……兄みたいに。まあ、血族のであっても父の名は刻まれませんでしたがね」


 ニックスが本当に嫌そうに眉を寄せて言うのを見て、崩壊した親子関係を実感する。


「リンネは夢見る魂ですし……特別って事なのでしょうね……」


 まただ……ニックスはどうしても俺を特別にしたいらしい。


「俺はそういうのは信じない。生命は等しく存在するんだ。特別はない」


 完全な形のアンクを持つものの力が、どれほどのものか、今はまだ分からないが、可能性は無限だ。

 持つ者が、持たない者を支配するような事にはなってはいけないと思う。


 アンクに執着するというレジスが、そうだとは限らないが、多分、彼は支配したい側の人間だ。

 アンクに名が刻まれないのは、神様がそれはダメだと言っている証拠だと思うんだ。



 その晩俺は眠らないつもりだった。

 横ではアイリスがスピスピと可愛い寝息を立てている。

 本当なら俺も二棟あるコテージのあちら側……むさ苦しい男側に行くべきだったが、どういう訳かめっちゃ断られた。

 アイリスを一人にはしておけないのかもしれないが、思えばいつもニックスと二人テントだったなと気付く。

 上司と一緒のテントなんて落ち着かないのは分かるが……。


 今日はマチューがいないから、ニックスは徹夜で見張りをするらしく、たまに覗きに来る程度だ。

 交代を断られた俺は、起きていることを悟られないよう、毛布にくるまって自然の音に耳をすませていた。


 多分近くに泉が現れるはずだ……。


 ニックスに教えてもらった、泉の出たという場所は一直線上に並んでいた。

 多分そこに水脈があるのだろう。だから、ぐっすり眠らなくてもこのキャンプの近くに現れる筈なのだ。

 なぜならここは、かつてダヴィドも利用した野営地なのだから。


 俺は目を閉じその時に備えた。

 しかし頭は素直に休んではくれない。


 何故だ……と心が答えを探してた。

 泉に近づけば、俺が引き寄せられるって、ダヴィドが知らない訳が無い。

 何故、教えてくれなかったんだ?


 いや、そもそもどうして俺を泉に近づけた?

 家に帰るべきだという親心なのか……もしくは俺がいらない存在だから……か?


 一人だと思考がマイナスに引っ張られるのは、良くない。

 今、寝ると、確実に明日の朝はベッドでおはようだ。


 頼むから、俺をこの世界にとどめてくれ……。


 俺は願って目を閉じた。

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