§1.7. 一行
二日後の早朝、ダーシー商会の前に集まる。
「揃ったね。じゃあ行こうかい。どうせ時間はあるんだ、挨拶は道々でいいだろ」
マダム・ダーシーは眠そうな目でそう告げ、一行は日の出とともに街を出る。
ダーシー商会からはマダム・ダーシーと徒弟が一人、幌つきの荷馬車が二台とその御者が二人。
護衛として、先日の“グリードベア傭兵団”を名乗る三人組。一人はポールアックスを持った人間族の青年、フランク・フィールディング。残る二人は十七歳か十八歳ほどの猫獣族の少女と、見た目で年はわかりにくいが若いと見られる爬鱗族の青年。
さらに、今回特別にマダム・ダーシーが雇った傭兵である“切り裂き魔”ヴォルフ・ヴァイクス。
それにアズノアとリェーナを加えた計十人の旅になる。
護衛連中は徒歩で、マダム・ダーシーは荷馬車に腰掛けて、今日はキセルを吹かせている。目的地であるウィンスレット大領の領都であるアンガストンまでは十日ほどの道のりだ。
一行は街道沿いに進んでいく。道中、護衛に雇われた者たちでの間での自己紹介と打ち合わせが行われる。
「先日は失礼した。改めて、“グリードベア傭兵団”のフランク・フィールディングだ。見ての通り、前に出て戦える。そこそこ戦えるつもりだが、つい一昨日アズノアさんにコテンパンにやられたばかりだ。気軽にフランクと呼んでくれ」
先日アズノアに倒された人間族の青年から挨拶をする。
爬鱗族の青年も挨拶し、彼が持つはしごの上で軽業師のようにバランスを取りつつ周囲を見回している猫獣族の少女も自己紹介する。
「“鋭き詞の”ジュリー・ジャーヴィスだナー。橙位の魔法使いで、ウィンスレットの学術院卒ナの。得意魔術は“延焼”で、魔法使いだけど、見ての通り見張りとか偵察もできるナー」
ジュリーは器用にもはしごの上で片手で逆立ちしてみせる。
三人に共通して、装備がまだ新しく、また特別な品ではないようにみえる。マダム・ダーシーの言ったとおり、駆け出しなのだろう。それでもマダムに雇われるくらいだから成長の見込みがあるということなのだろうが。
「俺様はヴォルフ・ヴァイクス。ダーシーさんには今回始めて雇ってもらった形だ。そっちの駆け出し共は初見か。よろしくな。
できることァもっぱら切った張っただな。魔法はからきしだ。神聖術はイグナレティオの“戦いの歌”と“戦友の加護”が使える。ま、頼んまァ」
ヴォルフ・ヴァイクスは黒い体毛で全身を覆った犬獣族の剣士だ。腰にサーベル、背中に丸盾を負っている。
促され、アズノアの番になる。
「アズノア・マギリヴラだ。普段は一人で用心棒をしているが、マダム・ダーシーには良くしてもらっている。両手剣を振れる。
それと色位はないが、いくつか魔法も使える。具体的には“土壁”、“土砦”、“岩森”だ。後は“魔法の矢”も三条くらいまでなら」
「“岩森”? それって上級魔法だったナよね? 上級使えるのは凄いナの。ワタシも学術院卒業するために“山火事”を覚えたけど、アレを戦闘中に使える気はしないナの」
「中級の方が大事だ。なんなら中級すらいらん。“魔法の矢”を上手く撃つ方が役に立つ。
それといい忘れてたが、荷馬車の方にいる子供は私の連れだ、迷惑を掛ける」
アズノアはそう言って軽く頭を下げる。
リェーナの足では荷馬車の速度に着いてこられないので、リェーナはマダム・ダーシーと共に荷馬車の荷台に乗っていた。
アズノアは護衛対象であるマダム・ダーシーとあわせて、リェーナの様子も気にかけていた。しかし今のところなにか問題が起きてはいないようだ。リェーナはマダム・ダーシーの話し相手を務めている。
そのまま一行の旅は続く。途中何度か休憩を取りつつ、日が暮れるまで進み続ける。危険らしい危険もなく、一度はぐれの一角狼が迷い出てきたが、“グリードベア傭兵団”の三人だけで危なげなく対処できていた。
日が暮れてきたため、小さな森の木陰で野営の準備となる。今日は宿場町までたどりつけず、野宿だ。
「いやー、疲れたナー」
皆で野営の準備をしつつ、ジュリーが体のあちこちをもみほぐしながらぼやく。
「おいおい、まだ初日だぜ? これが十日続くんだぞ、今からそんな調子で大丈夫かよ」
ヴォルフはそれをみてやや呆れた風に返事をする。
「つか嬢ちゃん、はしごの上で見張りやんの、疲れるだろ。あそこまでしなくてもいいんだぜ? 今回は俺もマギリヴラもいる。よっぽどのことがなきゃ問題ねぇよ」
「でもナー、戦力としてはみんなに劣る分、できるところで役に立たナいと」
ジュリーはそう言いながらペタンと耳を寝かせる。
「その心意気は買うぜ」
その時、アズノアとヴォルフが手を止めてピクリと顔を上げる。
「大丈夫だぜ、こっちに害をなすつもりはない。多分鹿か猪だ」
ヴォルフの耳がピクピクと動き、アズノアもそちらの一点を見通すように目をやる。
「ああ、鹿だ」
「なに、なんナのー?」
索敵に長けた彼らに見えているものが、ジュリーたちには見えていない。ヴォルフが説明してやる。
「二百メートルくらい先に鹿がいんだよ。枝で角研ぎしてるんで、ちょいと騒がしい」
「全然気づかなかったナの」
ジュリーは耳に加えてしっぽもへなっと力なく垂らす。
「だから言ったろ、俺様やマギリヴラもいるって。別に道中、嬢ちゃんに任せてボーッとしてたわけじゃねえんだ」
「狩ってもいいが」
アズノアが鹿のいる方を見つめながら言う。
「いいんじゃねぇか? 手分けしてやりゃ、ぎりぎり日が沈み切る前に解体できるだろ」
「そうだな」
アズノアが詠唱し、“魔法の矢”を放つ。それが木々の隙間を縫って飛んでいく。
「えっ、見えてもないのにあてられるナの?」
「賦活術と、あとは慣れだ」
「んじゃ俺が拾ってくるぜ。マギリヴラたちは設営続けててくれ」
ヴォルフは仕留めた鹿を取りに行く。
ジュリーは野営の準備を手伝っているリェーナに声をかける。
「リェーナちゃんは大丈夫ナ?」
「えっ、あっ、はい、大丈夫、です。馬車乗せてもらってました、し」
リェーナはマダム・ダーシーたちが使うテントを張るのを手伝っている。急に話しかけられて驚いた様子だが、今日一日マダム・ダーシーの話し相手をしていたからか、比較的なめらかに返事をする。表情も明るい。
「それはよかったナの。あっ、それ手伝うの、高いとこ届かナいでしょ?」
「あ、ありがと、ございます」
リェーナは申し訳無さそうに肩をすぼめながらも、ちゃんとお礼をいう。
アズノアは自分から積極的にリェーナに声をかけることはしなかったが、リェーナの様子には常に注意を払っていた。マダム・ダーシーやジュリーたちと一緒に作業しているリェーナを見て、わけもなく少し安心する。
すぐにヴォルフたちが戻ってきて、解体した鹿肉を焚き火で焼いての夕食になる。
獣人族のジュリーとヴォルフはほぼ生のまま肉を食べている。
ジュリーはリェーナの隣に座ってしきりに話しかける。アズノアはそれを見守っている。
「リェーナちゃん、ちゃんと食べてるナの? 好き嫌いしないで何でも食べないと、こわーい喰人鬼に攫われて食べられちゃうナの」
「だ、大丈夫、です。なんでも食べ、ます」
「それならリェーナちゃんも食べてみるナの? 生の鹿肉」
ジュリーがリェーナに捌いたままの生の鹿肉の刺し身を渡そうとする。
「やめておけ。獣人族でないと腹を壊すぞ」
その様子を見ていたアズノアが流石に制止する。アズノアは皆よりやや焚き火から離れた位置に座っている。
「えっと、あ……わかり、ました」
リェーナはきちんと火を通してから鹿肉を食べている。
「もったいナいのー。お肉は血がしたたる生が一番美味しいの。でも焼いても美味しいのはお肉のえらいところなの。ほら、リェーナちゃん、こっちも焼けてるの」
ジュリーはリェーナを気に入ったらしく、妹のようにかわいがっている。
「ありがと、ございます。いただき、ます」
リェーナは串に刺して焼いた鹿肉を美味しそうに頬張っている。焼き立てで熱いのを気にして念入りに息を吹きかけて冷ましながらではあるが。
「そういえばアズノアさんこそ全然食べてないけど大丈夫ナの?」
「私は少食だ、問題ない」
「マギリヴラは昔からそうだぜ、こいつァ酒場でもほとんど酒しか口にしねぇんだ。よくそれで体が保つもんだな?」
生の鹿肉を豪快に食いちぎりながら、ヴォルフが話に割り込んでくる。
「体質だ。あまり腹にものを入れすぎると集中力が落ちる。仕事中は特にあまりものを口にしたくない」
「仕事の時以外でもいつもの干し肉以外のモン食ってるとこ見たことねぇけどな」
「私のことはいい。食いたいだけさっさと食って、休める者は休んでおけ。私達は夜中も交代で寝ずの番になる」
「そうだな」
火を囲みながら、アズノアは昔のことを思い出していた。ここ数年は一人で仕事をすることばかりで、誰かと仕事をするときでもこんな風ににぎやかな談笑をすることはほとんどなかった。このやわらかい雰囲気には、リェーナとそれを可愛がるジュリーの存在が一役買っていた。アズノアだけで仕事を受けた時は、こうはならない。
しかし養父であるブレンダンは人とすぐ仲良くなる人だった。狩りも上手かった。その頃は度々こういった光景もあった。アズノア自身まだ未熟で、先輩の傭兵や用心棒に様々なことを習った。今のリェーナのように、先輩の傭兵にかわいがってもらった覚えもある。
アズノアの「友人をつくらない」という教えはブレンダンから引き継いだものだ。用心棒は不安定な職業。大切なものを抱えても、それを守るほどの余裕はないからと。その上でブレンダンは同業者とアズノアより上手くやっていた。
「なんだか少し、懐かしい」
焚き火に照らされながら、夜は更けていく。




