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§1.6. ダーシー商会

 翌日。アズノアはリェーナを伴ってペルクスポートの港付近にある商会に向かう。

 掲げられている看板は「ダーシー商会」。大きな建物だ。

 アズノアは商会の外を掃除している少年に声をかける。

 

「マダム・ダーシーはいるか。アズノア・マギリヴラだと言えばわかる」


 少年は箒をおいて商会の中に走っていき、しばらくして代わりに使用人が戻ってくる。アズノアとリェーナは商会の応接室に通される。

 全体的に実用重視の品が多いが、どれも質がいいものばかりだ。特に目を引くのは、壁際に置かれた大きな振り子時計だ。時計というものそのものが、貴族の屋敷や大きな商家にしか存在しないものである。そしてさらに、この振り子時計は数年前に改良された機構が発表された新しい品だ。

 そうした調度品からも、ダーシー商会がウィンスレット大領内でも指折りの商家であることが伺える。

 

 少し待つと、ふくよかな人間族(ヒューマン)の女性が姿を表す。比較的背が低く、豪奢な衣服をまとい、葉巻をくわえている。後ろには使用人らしき者を伴っていた。

 

「やっと来たね、アズノア。待ちくたびれっちまったよ」


 マダム・ダーシーは革張りのソファーにどっかりと座り、対面のソファーをアズノアに勧める。

 アズノアも軽く礼してから腰掛ける。リェーナもその隣に座らせる。


「ご無沙汰してる、マダム・ダーシー」


「元気そうで何よりだよ。私からの話はいつもどおりだ、領都アンガストンまでの護衛。だけどあんたの方はいつもどおりとはいかないようだね?」


 ぷかぷかと口から煙を吐き出しながら、マダム・ダーシーはリェーナの方に視線をやる。

 

「ああ。訳有りで、少し預かっている子だ。名はリェーナ。

 リェーナ、こちらはイーディス・ダーシー。ダーシー商会の長、イアン・ダーシーの奥さんだ。ダーシー商会は西との交易とはじめとしてウィンスレット大領北西部で広く商売をしている。

 マダム・ダーシーは陸路での交易を取り仕切っていて、年に二度、冬至と夏至の時期に領都アンガストンに行く。私は養父(オヤジ)の代から、その道中の護衛に雇ってもらっている」

 

「イーディス・ダーシーだ。よろしく。それで?」


 マダム・ダーシーはリェーナの目をしっかりと見据えつつ手短にリェーナへの挨拶を済ませて、アズノアに続きを促す。

 

「この子を仕事に連れていきたい。迷惑を掛ける分、報酬は減らしてもらって構わない」


 アズノアはいつもどおり表情を変えずに答える。


「ほう。リェーナっていったね? あんた、何ができる? アズノアほど戦えるとは期待しないが、なにかできるのかい?」


 マダム・ダーシーはリェーナにぐいっと顔を近づける。リェーナは一瞬体を強張らせながらも、煙たいのを我慢しつつ言葉を紡ぐ。

 

「え、と、戦うこと、は、できません。けど、家事、できます。料理とか、掃除とか、洗濯とか」


 その答えを聞いてからもしばらく、マダム・ダーシーは近くでリェーナの目をじっと見る。リェーナは耐えきれなくなり目をそらす。

 一連の反応でなにかに納得した風で、マダム・ダーシーはソファーに腰掛け直す。リェーナがケホ、とちいさく咳をする。


「ふん、いいだろう。変に自分の力を過信してるんじゃなきゃ、邪魔にはならんだろう。アズノア、一つ条件をつけるよ」


「聞こう」


 マダム・ダーシーはその太い指を一本立てて軽く振りながらアズノアに条件を出す。


「仕事の間は、この子は私を含めた他の同行者と等しく扱うこと。この子だけ優先して守らないこと」


「ああ、当然だ」


「その条件を守れるなら報酬はいつもどおり小金貨で五枚だそう。リェーナ、道中きちんと手伝いをするなら、小遣い程度だがあんたにも報酬を出そう」


 リェーナはそう言われて目を見開くが、マダム・ダーシーは話は一段落したとばかりに葉巻をふかす。


「マダム・ダーシー。それは聞き捨てならねぇな……ですぜ」


 マダム・ダーシーの後ろに控えていた人間族(ヒューマン)の男がそう言う。

 身なりからして、傭兵かなにかのようだ。アズノアより背が高い。年はまだ十代に見える。成人したばかりだろう。短く茶髪を刈り込んだ、少し目付きが悪い青年だ。


「今回の仕事で俺たち“グリードベア”が三人で金貨三枚だってのに、この子連れの女が金貨五枚なのかよ……ですか。納得いかねえ……です」


 青年はたどたどしい敬語を使いつつマダム・ダーシーに意見する。


「口を慎みなフランク!」


 マダム・ダーシーは一喝してから大きくため息をつく。アズノアが尋ねる。


「こいつは?」


「フランク・フィールディング。最近うちの専属として雇った傭兵団のリーダさ。コイツも傭兵団も、まだまだひよっこだよ」


「“シュミット兄妹”はどうした? いただろう」


「もちろん、まだ雇ってるさ。だけどうちもでかくなってきたからね。新しい領主サマの口癖じゃないが、少しは人を育ててみようって気になっただけさね」


「そうか。それで、どうするんだ?」


 アズノアの表情は変わらない。マダム・ダーシーはまた大きくため息をつく。


「この女一人が俺たち三人よりも役に立つっていうのかよ……ですか? マダム・ダーシー」


「アズノア、いいかい」


「構わない」


 マダム・ダーシーとアズノアの間で短くやり取りが交わされる。マダム・ダーシーはさらにもう一つ大きくため息をつき、葉巻を灰皿に置きながら尋ねる。


「ならフランク。アズノアと手合わせして、あんたが負けたら納得するかい」


「ああ、いいぜ。その時は俺たちの報酬を上げてもらう。いいよな……ですか?」


「勝てたらね。庭を貸してやる、壊すんじゃないよ」


 マダム・ダーシーの案内で、ダーシー商会の中庭に移動する。そこは芝が整えられており、適度な広さがあった。置かれているベンチに気をつければ、軽く手合わせをするには十分な広さだ。


 アズノアはこういった事態に備えて、ここへはきちんと装備を整えて訪れていた。

 具体的には、胴だけを革鎧で覆い、左手に板金で覆われたガントレットを着用している。くわえて腰には、左側に大ぶりのナイフ、背中側に投擲用のダガーが装着されている。

 最後にアズノアが主武器にしている両手剣。これは全長がアズノアの背丈ほどの長さに拵えられており、さらに剣身は短く摩りあげられている。代わりに柄が長くつくられており、全体の半分ほどが柄、半分ほどが剣身になっている、風変わりな両手剣だ。銘を“湖面凪ぎ(カームレイク)”という。

 

 対するフランクは、胴から腰までと腕を革鎧で覆い、ポールアックスを携えていた。ポールアックスは特別な品には見えないが、そう悪いものでもなさそうだ。

 フランクは庭に出ると、ポールアックスを軽く振って体をほぐしている。

 

「リェーナ、預かっててくれ」


「えっ」


 アズノアは両手剣をリェーナに預ける。背丈より大きな剣を渡され、リェーナはわずかによろける。

 

「おい、舐めてんのか?」


「これ一本で十分だ」


 凄むフランクに対して、アズノアは表情を変えずに腰から大ぶりのナイフを抜く。

 

「負けたときの言い訳にしちゃ苦しいぜ?」


「大怪我したくないだろう。いいから始めるぞ」


「チッ……“グリードベア傭兵団”団長、“鉄鋼金剛”フランク・フィールディング」


「名乗るほど命がけの試合をするつもりはないが……アズノアだ」


「参る!」


 フランクはポールアックスの柄の両端を持ち、寝かせて構えると、強く地面を蹴ってアズノアに迫る。

 アズノアは素早く全身に魔力を巡らせ、身体構造を賦活する。賦活術は戦士の基本的な魔力法で、魔力を通して物体の持つ性質を強めることで、武具や自身の体の性能を向上させるものだ。当然、フランクの側も自身の体とポールアックスを賦活してから突っ込んできている。


 アズノアは迫るフランクの横薙ぎを、斜め後ろにステップを踏みながら躱す。フランクはすぐに切り返し、逆の胴薙ぎでアズノアに迫る。今度はそれをくぐるように躱し、軽く距離を詰めてやると、フランクはきちんと詰められた分だけ距離を取り、ポールアックスの間合いを保つ。

 

「(想像よりずっといい動きをする。基本はしっかり身についてるし、武具への魔力のノリも悪くない)」


 フランクの鋭い連撃を躱しながら、アズノアはその動きをじっくりと観察して考えを巡らせる。

 

「(だがまだ、技量も武具の質も甘いし、何より動きが素直だ。どうとでもしてやれるが、マダムはこいつを育てたいらしいから、きちんと真っ向から倒してやるべきか。それでいて、仕事に差し支える怪我をさせないように……)」


「どうしたよ! 避けてばっかりか? つってもその短剣一本じゃ近づけねぇか!」


「そう思うか」


 アズノアは足を止める。動きが居着いたアズノアに、好機と見たか基本に忠実なフランクは上段から一気に斧を振り下ろす。渾身の一撃とまでは言わない、外した場合のフォローもきちんと考えてる一撃だが、十分に力が籠もった、まともに当たれば必殺の一撃である。

 アズノアはそれを左手のガントレットに魔力を集中し賦活して受け流してみせる。

 

 フランクはそれを見て一瞬驚きを隠せないが、すぐに急停止して地面を蹴って距離を取ろうとする。仕留められなかった以上、振り下ろした後の隙を突かれることを嫌ってのことだ。

 アズノアは斧が地面を叩くよりも早く、その柄の先を左手で掴む。振り下ろされていた斧が、賦活されたアズノアの握力一つで停止する。これによってフランクはアズノアから距離をとることができなくなる。

 フランクは両手で斧を持っており、全身の力で斧を引くが、片手で反対側を持っているアズノアはびくともしない。

 

「嘘だろ……」


「魔力操作次第で、もっと効率よく必要な箇所だけを賦活できる」


 アズノアは左手でぐいっと斧を引き寄せる。フランクは体勢を崩す。その左手が持つ斧の柄を、アズノアは右手に持ったナイフの柄で強く叩く。フランクの左手が斧から離れる。

 そのままフランクの右手を斧の柄で絡め取るようにして後ろに回しながら、引き倒す。フランクは右腕を極められ、地面に押さえつけられてアズノアに背中に乗られている形だ。アズノアの持つナイフはフランクの首筋に当てられている。

 

「終わりだ。納得できたか?」


「……ああ」


「ならいい」


 アズノアはフランクの背から降りて彼を助け起こす。

 フランクは立ち上がり、体についた土を払う。

 

「終わったぞ、マダム・ダーシー」


 アズノアはリェーナにあずけていた両手剣を背負い直しながら、声をかける。

 

「迷惑かけたね」


 マダム・ダーシーはそう言いつつも、対して悪びれる様子はない。アズノアの方も、それに気分を害することなく応答する。


「別にいい。それに思ったより悪くはなかった。基本はしっかりしていた」


「そうかい。よかったじゃないかフランク、アズノア・マギリヴラに褒めてもらって」


 マダム・ダーシーがそう茶化すと、フランクはなにやら慌てた様子でアズノアの方を伺う。


「ああ。いや待て、待ってくれ、マギリヴラって言ったか? それって“中巻剣(なかまきけん)の”マギリヴラか? “百剣”の弟子の? ……ですか?」


「そう呼ばれている。ブレンダン・マギリヴラは養父(オヤジ)だ」


「敵わねえわけだ……。“中巻剣”は両手剣を振るいながらも自在に空を駆け、敵を狩るってうたわれるくらいだから、俺はてっきりもっと筋肉質な男かと」


 フランクは気まずそうに首筋を掻きながら弁明する。アズノアは特に意に介さない。


「詩人はいつだって大げさだ」


「“中巻剣”っていや、ペルクスポートで随一だっていう話だろ。俺が悪かった」


「別にいい。それにペルクスポートだけでみても、ヴァイクスやフィッツロイがいる」


「ヴァイクス? “切り裂き魔”のヴォルフ・ヴァイクスか?」


「そうだ」


「とんでもないやつを挙げるんだな……」


「強いぞ。まともにやり合いたいとは思わん」


 恐ろしいものを見る目でアズノアを見るフランクに対し、アズノアはいつもどおり淡々と答える。

 いまいち噛み合わないそのやり取りを見て、マダム・ダーシーがまたため息をつく。


「いつまで冬の風にあたってるつもりだい? 納得したなら話はそれくらいでいいだろう。

 アズノア、報酬はさっきも言ったとおり五千ガニス、小金貨五枚だ。出発は明後日、日が出る前においで。いいかい?」


「ああ」

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