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§1.5. ペルクスポートの住人(2)

 一日中ペルクスポート内のあちらこちらを歩き回り、日も傾き始めた頃合い。

 

「疲れたか」


「大丈夫、です」


「そうか。なら最後にあと一箇所寄っておく」


 そう言って、最後に神殿に向かう。ペルクスポートの神殿はそれほど大きいわけではないが、ペルクスポート自体がウィンスレット大領一の港町であるため、それに応じた大きさはある。

 神殿に入ると、一人の神官がアズノアに気づいて寄ってくる。

 

「アズノアさん! お久しぶりです」


 彼女は人間族(ヒューマン)で、ブロンドの軽くウェーブした髪を長く伸ばしている。パッチリとした二重のまぶたに緑の瞳をした美人だ。アズノアより背が低い。

 無表情だと近寄りがたい美しさがあるが、彼女はコロコロと人懐っこい笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「用があって来たが、とりあえず少し祈っていく」


 神殿に来た時にまず祈りを捧げるのは、養父が生きていた頃からのアズノアの習慣だった。エイダも快くそれを認める。

 アズノアは祭壇の前に跪くと、しばしの間目を閉じて祈りを捧げる。その間、リェーナは入口の近くで居心地悪そうに立って待っていた。

 

「待たせた」


「いえ! 敬虔な祈りは常に尊重されるべきです。それであのぉー、気になってたんですけど、そちらの可愛い子はどなたですか?」


 彼女は手を後ろに回しながら、小首をかしげる。


「リェーナ。しばらく預かることになった子だ」


「リェーナさんっていうんですね。はじめまして、私はエイダ・エバンス。信仰神はウクィミァル、この神殿で神仕官(しんじかん)を務めています」


 中腰になり、ぐっとリェーナに顔を近づけながらエイダは挨拶する。

 神仕官は神殿の役職の一つで、一人前の神官に与えられる職だ。エイダは二年ほど前、十七歳で成人すると同時に神仕官として認められた、優秀な神官だ。


「リェーナ、リェーナ・クリスタノア、です」


 リェーナはきちんと名乗って頭を下げる。一日中あちこちで挨拶をして回っていたリェーナの挨拶は少しだけなめらかになっていた。

 

雪華族(クリスタノア)! 道理で美しいと思いました。あなたのような可愛らしい少女はきっとウクィミァルに好かれます。神官に興味はありませんか?」


 エイダはパッと笑みを広げ、手を打ち合わせながらリェーナに尋ねる。リェーナがそれに少し戸惑ってる様子なので、アズノアが代わりに答える。


「いろいろあって、この子は神や祈りについてあまり知らない。時間があるときでいいから、少し教えてやってくれないか」


「いいですよ! リェーナさんみたいな可愛い子相手なら、いつでも。今からでも構いませんけど」


 エイダは心の底から嬉しそうにニコニコとしている。

 アズノアはリェーナの方に目をやる。リェーナはどうしていいかわからず、アズノアの目をそのまま見返す。アズノアはリェーナの背中を軽く押す。


「だそうだ。教わるといい」


「ではリェーナさん、こちらに」


 エイダはリェーナを長椅子に座らせると、自分もその横に腰掛ける。

 

「それらしく講壇に立って話してもいいですけど、こっちのほうが気安いですからね。ではよろしく」


 エイダが頭を下げる。それにあわせて、リェーナもおずおずと頭を下げる。

 顔を上げた時、エイダの顔からは先程までの人懐っこい笑みは消え、柔らかくはあるが真剣な表情に変わっていた。

 

「最初に、というのならやはり創世の神話からでしょうね。曰く――」


 エイダは語り始める。

 

「――はじめに、混沌があった。

 神は足元を見ると、『それは、地である』と言った。

 そこに地が立ち現れた。

 神は頭上を仰ぎ見ると、『それは、天である』と言った。

 そこに天が立ち現れた。

 神は『それは山であり、川であり、森であり、海である』と言った。

 山が、川が、森が、海が、立ち現れた。

 さらに神の言葉により、地に満ちる動物が立ち現れた。


 ――神はこの景色を共に見たいと思った。

 神は己の心臓を分け、伴侶を作った。

 神は昼を照らし、伴侶は夜を照らした。


 ――神は伴侶との間に五柱の子を設け、彼らに世界を任せた。

 五柱の神々によって世界は回されていた。

 しかし五柱の神々は世界を回すことに疲れ果てた。

 それを見かねた神は人間を作り、彼らを手伝わせた。

 神が「このようにせよ」と言ったので、神々はそれぞれが人を作った。


 ――かくして、地に人々が満ちた」

 

 わかりますか、とエイダはリェーナに微笑みかける。その様は、先程まではしゃいでいた様子とはうって変わって静かで堂に入っている。

 リェーナはそれを静かに聴いている。

 

 エイダは話を続ける。

 話を聞いている内に、段々と情報が増えてきて、リェーナは少し目を回しつつもどうにか話を飲み込む。


「一度に語ってもわからなくなってしまうでしょうから……そうですね、今日はあとは、人の起こりについてお話しましょうか。


 先程語ったとおり、人種族というものはすべからく、神々の意向によって存在しているものです。そのはじまりは、二種類に分けられる。

 一つは、神が既存の動物や植物に魂を与えることで造り出された者たち。彼らを神から命を賜ったもの、という意味で『賜人種(しじんしゅ)』と呼びます。

 もう一つは、神々から直接産み出された者たち。彼らを、神から命を受け継いだもの、という意味で『継人種(けいじんしゅ)』と呼びます。

 

 私やアズノアさんは、人間族です。人間族はソリシアによって混沌に魂を吹き込んで造られた、賜人種です。

 対して、リェーナさんのような雪華族は継人種です。雪華族は冬の朝のウクィミァルの吐息から産まれたと言われています。

 

 リェーナさん、あなたはウクィミァルに非常に親しい種なのです。ウクィミァルは美しいもの、儚いものを愛されます。ゆえに、ウクィミァルから産み出された雪華族もまた、儚く美しいのです」

 

 エイダはリェーナの瞳を覗き込む。

 

「え、ぁ」


 リェーナは美しいといわれ、困惑してしまい目をそらす。わずかに頬が赤い。

 エイダがクスリと笑う。


「困らせてしまいましたか。先程もいいましたが、あなたの美しさはきっと、ウクィミァルに愛されます。もし信仰が決まっていないなら、ウクィミァルをお勧めしますよ。ウクィミァルでなくとも、祈る神というものは持っておくべきです」


 エイダは静かに微笑む。


「は、はい」


「今日はこれくらいにしておきましょう。いいですか、アズノアさん」


 エイダはパッと立ち上がると、また元のようにニコニコとした顔に戻る。


「助かった、礼を言う」


「神の教えを広めるのは当然のことです。お礼でしたらウクィミァルに。……それはそれとして、アズノアさんは個人的に夜に私を訪ねてきてくれてもいいんですよ?」


 エイダは上目遣いにアズノアの瞳を覗き込む。


「何度もいうが、私にその趣味はない」


 そのやりとりを見て、リェーナはわずかに首を傾げている。それを見て、アズノアは一応説明を加える。


「エイダはウクィミァルの敬虔な神官だ。ウクィミァルは愛と恋の女神とも呼ばれ、ウクィミァル自身も多くの男女と愛をなした。ゆえにウクィミァルはその神官に対しても、愛に寛容だ」


「ただし美しくない者を相手にすれば、加護を失います。ですが美しければ男女の別を問いません」


 意味を察したリェーナはギクリと身を固める。


「つまりそういうことだ。子供にはまだ早い話だが、自衛のためにも知っておいて損はない」


 アズノアは何でもないことのように話す。


「怯えなくても大丈夫ですよ。アズノアさんにもすげなくされてばかりなんです」


 エイダはすねたように口を尖らせる。


「それとこれは、私の信仰あるところのイグナレティオと、お前の信仰あるウクィミァルに」


 そう言っていくらかの喜捨を残し、アズノアとリェーナは神殿を後にする。

 

 その後は“逆さ剣(ハングドスティング)”亭で夕食を済ませて、帰路につく。すでに道は暗くなり始めていた。

 アズノアは干し肉をかじっている。リェーナはアズノアの方を時折ちらちらと伺いながら歩く。

 

「どうした」


 しばらくはそのままにしていたが、ずっと伺われているのも気になったのでアズノアから尋ねる。


「えっ、ぁ……」


「言いたいことは言え。訊きたいことは訊け。私がそれでお前をどうこうすることはない」


 リェーナは一瞬迷ってから、言葉を紡ぐ


「……なんで、ですか?」


「なにがだ」


 アズノアは即答で返す。


「なんでこんな、に、私によくしてくれる、ですか。服も、食事も、与えてくれて。私に、何をさせたい、ですか」


 リェーナは拳をギュッと握り、腕をピンと下に伸ばしながら勇気を振り絞って尋ねる。

 リェーナが足を止めたので、アズノアも足を止めて振り返って答える。


「特別良くしたつもりもないし、特に何もさせるつもりはない」


「でも、してもらって、ます。わからない、です……」


 アズノアは軽くため息をつく。

 

「なら、正直に言うが。私がお前に思ってるのは二つ。一つは『どうでもいい』、もう一つは『めんどくさい』だ

 私は仕事で失敗した。お前を連れていたあの商人を死なせてしまったことだ。それがなければ、お前はどこへなりとも行けた。私の仕事が原因でそれを失ったなら、面倒でも最低限の補償はしなければならない」

 

「でも、それよりずっと、よくしてもらって」


 リェーナの言葉を半ば遮るようにアズノアは続ける。


「お前がどんな境遇にいたかも、あの商人が生きていればどんな目にあっていたかも、私にはどうでもいい。お前がどこへ行ってどう生きようと興味もない。依頼人の子供として仕事を請けたお前が目の前で野垂れ死んだり、他の客に余計なトラブルを持ち込んだりしたら、それは私の仕事の不始末だ。そうならないなら、あとはどうでもいい」


 その言葉は乱暴で、これまで多少なりとも取り繕っていたアズノアの気遣いを剥ぎ取ったものだった。リェーナを射竦めるアズノアの視線は冷めきっている。


「ぅ……」


「別に出て行けとは言わん。だがずっとそばに置くつもりもない。別段お前を虐げようとも思わんが、帰る場所を与えようとも思わないし、期待もかけない。

 リェーナ、私はな、友人や恋人、親しい人間をつくらないことにしているんだ」

 

「でも、友人、たくさん……」


 その言葉に疑問を感じたリェーナは恐る恐るそれを口にする。

 しかしアズノアはハッキリと強く、それを否定する。


「違う。友人というのは、自分の利害と関係なく相手を助けたいと思う相手のことだ。自分が不利益を被るとしても守りたいと思う相手のことだ。

 昨日今日会わせたような連中は違う。金を積まれれば私はあっさり彼らのことを売るし、あいつらだって私を売るだろう。愛想よく見えるのは、そうするのが話を円滑にすると互いに理解しているからだ。どの関係も、正当な対価で維持しているにすぎない」

 

「ご、ごめんなさ……」


 リェーナが深く目を伏せ、どこか虚ろな表情で謝ろうとする。流石にアズノアも、強く言い過ぎたと感じる。


「……いや、私が悪かった。変に熱くなった。

 つまり私が言いたかったのは、私はお前を守らないということだ。

 近くにいるうちは多少の面倒は見るが、例えばお前が攫われたりしたなら、わざわざ探してまで助けようとは思わない。

 それが嫌なら、早いところ居場所を見つけろ」

 

 アズノアはいつもどおりの無表情に戻って、話を締めくくる。

 

「……はい」


「なら、話は終わりだ」


 アズノアはリェーナに背を向けると、足早に歩いていく。

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