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§1.4. ペルクスポートの住人(1)

「今日は少し街に出る。仕事柄、私が死ぬときは突然だ。だから、人も少し紹介する。もしものときは上手くやれ」


 朝。アズノアの家にて。アズノアは昨日の内に“逆さ剣(ハングドスティング)”亭で分けてもらっていたパンをリェーナに与え、自分は干し肉を食べながら伝える。

 養父のブレンダンが死んだときも突然だった。死の瞬間に立ち会うことすらなかった。ブレンダンが死んでからしばらくはアズノアも苦労した。

 

「…………」


 リェーナはそれを聞いて、どう反応していいか迷うように目を泳がせる。アズノアが言いたいことだけ言って干し肉に戻ってるのを見て、リェーナもパンを食べるのに戻る。

 アズノアは早々に食べ終わり、リェーナが食べ終わるのを待ってから街に出る。

 

 最初に向かったのはとある両替商のところだった。大通りに面して店を構えており、雰囲気も落ち着いている。

 店の戸をくぐり、中では烏翼族(レイヴン)の青年が店番をしている。烏翼族は烏の獣人で、漆黒の翼を持ち、全身が黒い羽毛で覆われている。青年の背丈はアズノアと同程度。アズノアに気づいた彼は軽く手を上げながら声をかけてくる。


「よぉ姉御。調子はどうだ? 儲かってるか?」


「悪くはない、ジョー」


 アズノアとジョーの付き合いはそこそこ長い。


「俺もまずまずだ。領主様が替わったってんで、ちょっとしたお祭りだったんだが、姉御は外に出てた頃か?」


「ああ。少しリトリトンの方まで行っていた」


「そんで今日はなんの用だい? 単に俺に会いに来たってんでも歓迎だぜ、茶でもだそうか」


 茶を用意するようなジェスチャーをしながら、ジョーは軽い口調で笑みを浮かべつつそうまくしたてる。


「今日はいくらか行くとこがある。預けてある金をいくらか使いたい。ウィンスレット銀貨を二十枚用意してくれ」


「あいよ。ちょっと待ってな」


 ジョーは店の奥に引っ込む。その間にアズノアは自分の背に隠れるように立っているリェーナに説明する。

 

「ジョー・ポールセン。見ての通り、両替商と金貸しをしてる。軽薄そうに見えるが頭はキレる。あれでいて金を増やすのが上手い。私は養父(オヤジ)が残した財産がまとまった額あったから、そのうちのいくらかを預けてる。私は家を空けることが多いからだ」


 リェーナは説明を聞いて、パチパチといくらかまばたきをしてからゆっくりうなずく。銀の髪がそれに合わせて揺れる。

 

「そもそも、この辺の通貨はわかるか?」


 リェーナは恐る恐る首を振る。そこにジョーが戻ってくる。

 ジョーがカウンターに銀貨の載った革のトレーを載せる。


「またせたな姉御。ウィンスレット銀貨二十枚だ、確認してくれ」 


「ああ」


 アズノアは一枚一枚手にとって簡単に確認し、革の巾着にしまいながら、リェーナに説明する


「これがウィンスレット銀貨。ウィンスレット大領の中でならどこでも通じることになってる。この辺じゃ一番信用がある貨幣だ。そうだな?」


「おん? ああ、ここいらじゃまぁ銀貨建てが一番便利だな。金貨はちとでかすぎるし、ウィンスレット銀は結構あちこちで通じるんで人気がある。というか姉御、その嬢ちゃんは? あんたも親父さんも独り身だったろ?」


 ジョーは一通り答えてからリェーナを見つけて首を傾げる。


「仕事がらみでしばらく預かってる。ジョー、この子にここいらの貨幣を説明してやってくれるか。聞ける話はプロから聞くべきだ」


「プロか。俺みたいな金貸しのことそんなふうに呼んでくれるのは姉御くらいだぜ」


「貨幣の扱いに長じていてそれを生業にしてるならプロだろう。違うか」


 アズノアはろくに表情を変えずにそう言う。対してジョーは嬉しそうに笑いながら答える。


「いいぜ、せっかくの姉御の頼みだ、ご要望に応じてルイスランド中の貨幣という貨幣について教えてやる」


「この辺のだけでいい」


「そうかい? ま、いいか。そんならちょいと失礼して……」


 ジョーは店の奥からまたトレーに載せていくらかの硬貨を持ち出してきて、カウンターに並べてみせる。

 

「まずこれがさっき姉御も言ってたが、ウィンスレット銀貨だ。ウィンスレット大領で使われてるが、その外でも結構通用する。便利なやつだな。

 そんで次が――」

 

 ジョーは流暢に説明をしながら、リェーナの前に銀貨や銅貨を積み上げていく。この銅貨が何枚でこの銀貨、という風に積み分けて説明を続ける。

 リェーナは説明をどうにか飲み込もうと、目を泳がせる。いきなり目の前に積まれた銀貨銅貨に驚き、あちこち視線がさまよう。

 話を飲み込みきれず、リェーナの小さな眉間にシワが寄る。

 

「そんでまぁ、嬢ちゃんはそうそう使うこともないだろうが、銀貨よりも上がある」


 そう言って、ジョーはさらに大小二種類の金貨を取り出し、リェーナの前に積んで見せる。

 

「こいつはすげぇぞ、ルイスランド小金貨とルイス大金貨っつって――」

 

 金貨まで積まれると、リェーナはもう話についていけなくなる。もはや圧倒されて目を回している。

 アズノアが助け船を出す。

 

「普通に暮らしてくだけなら金貨なんてそう使うこともない。金貨で金のやり取りをするのは街の中でも一握りだけだ。とりあえずは銀貨と銅貨だけ覚えておけばいい。四半銀四枚で銀貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚」


「そうだな。この辺の話ぁ突っ込めば面白いが、最初はそれでいいと思うぜ」


 ジョーは積み上げた貨幣をトレーに戻し、カウンターの内側にしまう。


「世話になった、ジョー」


「なんだよ、もう行くのか? どうせまたすぐに外に出るんだろ? 街にいる時くらいゆっくりしてきゃあいいのに」


「さっきも言ったが、今日はまだ行くところがある」


「そうかい。ま、いつでも来てくれや。嬢ちゃんも、将来でかい金転がすようになったらポールセンの店をよろしくな」


 ジョーは肩をすくめながら言う。


 アズノアとリェーナは両替商の元を後にする。

 次に向かったのは、前言通り、服屋だ。中古の服を扱っている店に向かう。

 通りに面した大きな店には、「ケンドリック衣装店」と看板が掲げられている。外からでも、店の中に僅かな通路を残して隙間なく洋服が提げられているのが見える。入り口をくぐると、すぐに店の奥から猫獣族(ケルタル)の婦人が出てくる。

 全身がすっかり毛で覆われているので壮年だが、白い毛に青い瞳がキュートでどこか少女のような雰囲気を残した婦人だ。

 

「あらあら、アズノアちゃんじゃない。どうしたの? ようやく私に可愛く着飾らせてくれる気になった?」


 婦人はクスクスと笑いながらアズノアに話しかける。


「私じゃない。今日はこの子に一式服を見繕ってやってくれ」


 そう言って、色とりどりの服に圧倒されてアズノアの後ろに隠れるように立っていたリェーナをぐいっと前に押し出す。

 リェーナはおずおずと前にでると、婦人に小さく頭を下げる。

 

「あら、かわいい子ね。お名前は?」


 リェーナは許可を求めるようにアズノアの方を振り返る。アズノアはそれをみて、小さくため息を付いてからうなずく。


「リ、リェーナ」


「リェーナちゃんね。いいわ。私の好みであわせちゃっていいのかしら?」


「ああ、任せる。このあたりに馴染めて、やたらに高価じゃなければなんでもいい」


 婦人はニコニコ笑いながらまだみすぼらしい格好をしているリェーナを頭の上から足の先までよく観察する。リェーナはそれを受けて居心地悪そうにする。


「そうね、今の格好だとちょっと周りに誤解されちゃうものね。可愛いんだから、ちゃんと着飾ったほうがいいわ」


「座って待ってる。終わったら呼んでくれ」


「あら? あなたも一緒に服をあわせてもいいのよ?」


「勘弁してくれ」


 アズノアは顔をしかめる。


「まあいいわ。こんなに可愛い子が相手だと、私も気合が入っちゃう」


 そう言うと、婦人、ケイト・ケンドリックはリェーナの手を引いて店の奥に連れて行く。

 

「ぇ、ぁ……」


 リェーナはちらりとアズノアの方を振り返るが、アズノアが行くように手で促すと、おとなしく連れて行かれる。

 

 しばらく店の奥からあれこれと服を合わせる声が聞こえてきて、店の入口付近の椅子に座ってうつらうつらしてるうちにアズノアが呼ばれる。

 

「アズノアちゃん、こんな感じでどうかしら~?」


 見に行くと、リェーナはフリルのついたワンピースを着せられている。しっかりした生地の詰め襟で、長持ちしそうに見える。暗い紺に白をあしらった色合いが、リェーナの銀に近い淡い水色の髪色によく合っている。

 髪も編み込みでアレンジされていて、さっきまでとはガラッと雰囲気が変わっていた。さっきまでのリェーナは奴隷出身であることを隠しきれていない格好だったが、今のリェーナは元々の顔立ちの良さも相まって、おおきな商家か、貴族の子女にさえ見える。

 リェーナは腕を広げてくるくると自分の格好を眺めている。口角が僅かに上がっているところを見る限り、満更でもないらしい。

 

「どう? リェーナちゃん、かわいいでしょ?」


 ケイトは自慢げに胸を張る。たしかに、自慢げにするだけのことはある。ケイトの見立てた服は、リェーナによく似合っていた。


「いいんじゃないか。生地も長持ちしそうだ」


「もう、そういうんじゃないのに……ほら、リェーナちゃんからも言ってあげなさい?」


 リェーナはケイトに背中を押されてアズノアに近づく。

 

「ぁ……」


「気に入ったか」


 リェーナは一瞬躊躇ってから、コクンとうなずく。こころなしか表情も明るい。

 

「なら、いい」


 アズノアはリェーナの頭をポンと撫でようとして、綺麗に編み上げられた髪を崩すことを気にして代わりに肩に手を置く。

 

「マダム・ケンドリック。全部でいくらだ」


「ん~、銀貨で五枚でいいわ。ほんとはもうちょっとするけど、私も楽しかったしサービスしちゃう」


「ならそれでいい。また世話になる」


 淡々とそう言うと、アズノアは巾着から銀貨を出してケイトに渡し、リェーナと共に店を後にする。

 

「思ったより時間がかかったな。少し早いが、昼にするか」


 アズノアはリェーナを伴って大衆向けの食堂に入る。席につきながらリェーナに尋ねる。

 

「何か食べたいものはあるか」


 リェーナが首をふるので、今日のオススメだという、羊肉の串焼きと丸パンをリェーナの分頼む。アズノア自身はエールを一杯注文する。

 程なくして料理が届き、アズノアの方を伺ってからリェーナは串焼きを食べ始める。串焼きの串はリェーナが齧るには少し大きく、苦戦しながら串から肉をはずして食べている。

 

 それを眺めながらアズノアがエールをあおっていると、一人の男が声をかけてくる。

 

「相席、いいかな?」


「ああ、構わない」


 そう答えながら声の方を見ると、そこには焦げ茶色の毛で全身を覆った兎獣族(ラビッシュ)の男が立っていた。アズノアよりも背が高い。兎獣族の長い耳を立てれば、さらに高い。身につけている服はどれも質がよくて、肩からかけたマントと腰に下げた美しいロングソードが印象的だ。

 

「フィッツロイ。こんなところで油を売ってていいのか」


「市井を見回るのも仕事のうちさ、アズノア。それにここの料理は雑多だけど美味い」


 彼はアズノアとリェーナの座るテーブルにつきながらキャベツの和え物と今日のスープ、それに丸パンを注文する。

 

「だがちょうど良かった。どこかでお前に会えたらと思っていた」


「光栄だね。僕になにか用事でも?」


 アランはやや芝居がかった仕草でアズノアに返事する。


「この子をしばらく預かることになったから紹介しておきたかった。リェーナ・クリスタノアだ。リェーナ、こっちはアラン・フィッツロイ。カルカス二爵(にしゃく)に仕える騎士で、今はここ、ペルクスポートの領主でもある」


「アラン・デヴィッド・フィッツロイだ。よろしく、小さな淑女(レディ)


 アランはわざわざ一度席を立ち、ひざまずいてリェーナに目線をあわせながら挨拶する

 

「えっ、ぁ……は、はじめま、して……」


雪華族(クリスタノア)なんだね。この辺じゃ滅多に会うことがない。お会いできて光栄だよ。雪華族は年中雪の溶けない山に住むと聞く。今の時期はいいが、ここいらの夏場は堪えるだろう? 何かあったら訪ねてくるといい」


「私、は、ハーフなの、で、夏、少し大丈夫、です……」


 リェーナはどうにか言葉を紡ぐ。

 しどろもどろながらどうにかリェーナが挨拶をしたのを見てから、アズノアは続ける。アランも席に戻る。

 

「アランは腕が立つし、私のような者にも仕事を回してくれる。この街で一番真面目で、一番顔が利いて、一番マトモなやつだと言ってもいい」


「光栄だね。とはいえ、僕だって誰にでも仕事を回すわけじゃないさ。君ほど腕が立つ人材は、騎士団でもそういないからね。僕だって、同時に何箇所もいけるわけじゃない。優秀で信頼できる人材は、いればいるだけいい。魔物の掃討には人手がいるしね」


 アランはそう言ってアズノアにウィンクする。アズノアはそれを気に留めず、淡々と続ける。


「そういうわけだ。しっかり顔を覚えてもらっておけ」


「大丈夫、こんなに可愛らしい淑女(レディ)の顔は忘れたりしないとも。ときにアズノア、彼女は君の弟子、なのかい?」


 レディと言われ、リェーナはどう反応していいかわからず動きを止める。

 アランは運ばれてきたスープを口にしながら、アズノアとの会話を続ける。自分に問いかけられているわけではないとわかり、リェーナは小さく胸をなでおろす。


「そんな大層なものじゃない。行き場が見つかるまで置いてるだけだ」


「ふむ。なら、うちで働いてみないかい? 領主に任命されたものだから、人の出入りもあると思ってわかりやすい家を買ったんだ。だけどまだ、人手が足りてなくてね」


「この子に学はないぞ」


「問題ないよ。雇用を作らなければ経済は回らないし、教育をしなければ有能な人材は生まれない」


 アランは真剣な表情で言う。アランが常日頃から口にしてることでもあった。


「だそうだ、リェーナ。私としてはかなりオススメだ。この街でこれ以上の条件を探すのは難しい」


「え、っと」


 話を振られ、リェーナは答えあぐねる。口をパクパクさせながら、答えを求めて頭を回す。


「僕は急がないから、その気になったらいつでも声をかけてくれ」


 アランはそんなリェーナの方を見ると、柔らかく微笑みかける。

 そのまま食事を済ませると、多めに代金を払って店を後にする。

 アランが立ち去ってから、アズノアがリェーナに尋ねる。

 

「よかったのか。繰り返しだが、私の伝手だとあれ以上の条件はないぞ」


 アズノアは首を掻きつつリェーナに尋ねる。


「わから、なくて」


 リェーナは目を伏せながら答える。


「何が」


「えっ、と……」


 リェーナはまたしても口ごもる。

 

「別にいい。フィッツロイも待つと言っている」

 

 アズノアは、リェーナが食事を終えていることを確認してエールを空にし、席を立つ。

 

 その後も、街を回ってリェーナに必要なものを買い揃えたり、リェーナに人を紹介したりした。

 そうこうしているうちに、日も傾き始める。

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