§1.2. ペルクスポートまで
リトリトンからペルクスポートまでの道のりは山間の道が多く、起伏が激しい。慣れているアズノアにはどうということはないが、リェーナには疲れる道だった。
道中の数日。その間、リェーナは驚くほど何も話さなかった。普通、多少無口な依頼主であっても、数日も旅をともにすればなんらかの会話はある。初対面の間柄での沈黙というのは思いの外気まずいからだ。
少女の喋らなさといったら、大しておしゃべりな方ではないアズノアが沈黙に耐えかねて話しかけるほどだった。
焚き火を囲みながらアズノアは尋ねる。
「リェーナ・クリスタノア、だったな。雪華族なのか」
ルイスランド王国、ひいてはアリアガリア大陸には、数多くの人種族が暮らしている。それらは、大きく二つに大別される。一つは、神々によって「造られた」種族、賜人種。もう一つは神々から「産まれた」種族、継人種。一般に賜人種は数が多く、継人種は珍しい。
雪華族は継人種の一種で、雪山に暮らすという種族だ。
雪華族は透き通るような白い肌と青い髪が特徴だと聞く。リェーナの肌はなるほどうっとりするほど白く、肩ほどで切りそろえられた髪の色は銀に近いが水色といっていいだろう。特徴としては一致する。
少女は問いかけられると、小さく息を呑んでソワソワと目を泳がせる。その中で、こっそりと顔色を伺ってくる。なんと答えればいいのか、そもそも答えていいものなのかを伺う。
それを見てアズノアはため息をつきそうになるが、仮にも今は依頼主であるためそれをこらえる。
「聞いてみただけだ。答えたくないなら、別にいい」
そう言うと、焚き火が爆ぜるパチパチという音に隠れて少女は小さく息を吐き出す。その仕草は普通に呼吸して、その音がアズノアの機嫌を害するのを恐れるかのようだ。
こういった調子でペルクスポートまでの数日を過ごした。そして、この数日で幾度かあった会話――これを会話と言うならだが――はこのような形でのみ行われた。沈黙に耐えられなくなったアズノアが問いかける、リェーナが答えあぐねる、アズノアがそれをはぐらかす。そのやりとりが数度繰り返されただけだ。
途中、何度か魔獣にも遭遇した。大きな猪の魔獣に二度と、アズノアの背丈より少し大きい程度の蛇の魔獣に一度。いずれも大した問題にはならず、あっさりとアズノアに切り捨てられた。
「魔獣を見ても怖がらないんだな」
猪の魔獣から簡単に皮と牙だけ剥ぎ取りながらアズノアはリェーナに話しかける。
「こわい、です」
目を伏せながらリェーナはそう答えるが、その声からはあまり怯えを感じられない。
「その割には、落ち着いて見える」
「ぅ……」
リェーナは身をすくませる。
「べつに、悪いと言ってるわけじゃない。待たせたが、剥ぎ取りは終わった。行くぞ」
魔獣で素材になるのは皮や牙、骨、角などの部分だけだ。道からすこし離れた箇所に穴を掘って、不要な肉は埋めておく。
そこからさらに数日をかけて湾岸都市ペルクスポートに到着する。幸いにして、日の高い内に到着することができた。
ペルクスポートは主に西との海上交易と漁業で栄えている街であり、アズノアが拠点にしている街でもある。豚獣族の奴隷商はおそらく、ここからさらに西へと船で逃げるつもりだったと考えられる。
街の城門をくぐると潮の香りが広がる。石畳を踏む足の感覚と相まって、アズノアは帰ってきたことを実感する。
「ペルクスポートに到着した。これで、依頼された仕事は終わりだ」
「ぁ……」
それじゃあな、と別れてもいいが、いくらなんでもそれは無責任だと思い直す。仮に奴隷商だっとしても、少女の保護者であった豚獣族の男が殺されたのはアズノアのミスでもあるからだ。
「この街で誰か知り合いはいるか? そこまで送ってく」
「ぇ、と……」
やはりリェーナは口ごもり、アズノアの顔色を伺ってくる。しかし流石にこればかりは答えてもらわねば進まない。アズノアは少女の答えを促す。
「いるのか、いないのか」
「いま、せん」
「なら、ウェストポートには? あの商人はおそらく、ここの港からウェストポートに渡るつもりだったと思うが。それならそれで、船の手配くらいはしてやれる」
「い、ません」
「なら、他に、どこか知り合いのいる街はあるか」
「…………」
少女は目を伏せ、押し黙る。
「ないか。参ったな」
路頭に迷う子供はこの世界で決して少なくはない。アズノア自身、かつて似たような境遇の経験もある。見えないところ、知るよしもないところで勝手に死んでくれる分にはいい。しかしいくらなんでも、自分の仕事の不始末で、着の身着のまま天涯孤独の少女を放り出すのは気が引けた。
少女がもう少し社交的なタイプであればいくらかの金をもたせて放り出せば生きていけるだろう。しかしこのリェーナという少女はそういうタイプには見えない。アズノア自身の知り合いでいえばペルクスポートには何人かいるが、基本的に金を介してのビジネスパートナーだ。身元も知れない子供を押し付けられるような親しい者はいない。
身元不明だけならいいが、この子は逃亡奴隷ということになる。かといって元の持ち主が犯罪者だけに返しに行くというわけにもいかないし、そもそも奴隷商が個人だったのか組織だったのかすら定かでない。
とはいえそういった事情が原因でなんらかのトラブルが起こる可能性は常についてまわる。誰かに預けた結果トラブルを呼び込めば、それはアズノア自身の信用にもかかわる。
「面倒になってきたな」
その言葉にリェーナがより深く目を伏せる。仕事の間は仮にも依頼主であったのでそんな様子を気遣ってもいたが、仕事が終わった今はもうそれも面倒だった。
「行くあてがないなら見つかるまでの間うちに来てもいい。来ないなら話はこれで終わりだ。それはそれで、どこへなりとも好きに行くといい」
そう告げて少女に背を向け、足早にその場を後にしようとする。そのままアズノアの姿が雑踏に消える直前、少女の手がアズノアの裾を掴む。
「なら、ついてこい」
面倒だが、これも怪しい依頼をよく調べもせずに請けた自分が悪い。内心そうぼやきながら、アズノアは少女を連れて帰宅する。
アズノアの家は、ペルクスポートの労働者向けの集合住宅の中にある。石造りの集合住宅の内の一部屋を借りている。大部屋一つで、片側にかまどとテーブル、片側にベッドが置かれている。空いたスペースには、魔獣のものと思しき革素材であったり、牙や骨といった素材が雑多に置かれている。天井から吊るされているものもある。
アズノアはリェーナを伴って自室に入る。そのまま、テーブルの横の椅子に腰掛ける。
「悪いが、私は少し休む。やりあったときに、小さな傷をいくつか負った。動くのに支障がなかったから魔力を温存しておいたが、まとめて治してしまう。二、三時間かかる。外に出るならあまり遠くには行くな、日が暮れる前には帰ってこい。休みたいならベッドを使っていい」
一息にそう言うとリェーナの答えを待たず、アズノアは目を閉じる。ゆっくりと魔力を全身に巡らせ、身体を賦活する。治癒能力を向上させ、自然治癒を早める。全身のあちこちに細かく負っていた傷がじんわりと熱くなり、少しずつ治っていく。
アズノアは半ば眠りながらでもある程度魔力操作ができる。依頼の間警戒を続けていた反動で、自然治癒の賦活を続けながらもうとうととしてしまう。
ハッと気づいて目を覚ましたときには、すでに日が傾いていた。傷の治癒もすでに終わっている。
リェーナは部屋にアズノアが眠る前と寸分たがわない位置に立っている。
それを見てアズノアは怪訝に思う。
「私がうたた寝してる間、ずっとそうしてたのか?」
リェーナは、顔色を伺いつつおずおずとうなずく。
「面倒だな……。いや、何も言わなかった私も悪い。当面の間は一緒に暮らすのだから」
その言葉にリェーナは身を縮こませる。
「違う。叱ってるわけじゃない。そうだな、いくつかはっきりさせておこう」
アズノアはリェーナが目線をあわせるまで待つ。リェーナは目を伏せていたが、アズノアが自分とめを合わせようとしているのを理解すると恐る恐る目を合わせる。
「まず、私はお前のご主人でもなければ、お前を商品や奴隷として扱うつもりはない。お前はここをでて行きたくなったら、いつでも出ていっていい。これは文字通りの意味で、出ていけという意味じゃない。
警告が間に合わないほどの危険から力づくで遠ざける時を除いて、私はお前を殴ったり蹴ったりはしない。それに怯える必要はない。
だから、お前は何か訊かれたときに私の顔色を伺いながら答える必要はない。答えたいことには答えればいいし、答えたくないことは無理に答えなくてもいい。
逆に、わからないことは私に訊いていい。私も答えられることは答えるし、答えられないことは答えられない。
私は、お前がそうすべきだと考えて行動した結果を尊重する。いいか」
「……はい」
リェーナは一度は目を泳がせそうになるが、ふるふると頭を振ってそれを振り払い、控えめにアズノアの目を見ながら答える。
そしてぎこちなく続ける。
「あの。母が雪華族、でした。父が猫獣族なので、ハーフ、です」
「なに?」
「え、あ、答え……」
「道中で私が訊いた質問の答えか」
リェーナはこくんとうなずく。
「そうか」
リェーナはアズノアの反応を見て、微かに体を弛緩させた。




