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§1.20. エピローグ

 奴隷商のアジト

 しばらくして、アランが合流してきた。


「おつかれ、アズノア。リェーナも無事で良かった」


「アラン。お前も問題なさそうだな」


 アランとアズノアは互いにざっと見て相手の怪我の状況を確認する。


「うん。逃げようとしてた奴隷商も捕縛できた。証拠になりそうな書類も一通り押さえられた。上々かな」


「大丈夫なのか。踏み込む理由がなかったんだろう」


「うん。だから君からの通報を受けて踏み込んだ、っていう形にしたいけど、いいかな」


「構わない」


「あの、アラン様、アズノア様、地下室にまだ、他の子がいる、です」


 リェーナがそろそろと切り出す。


「何? 案内してくれるかい、リェーナ」


 リェーナの案内で地下室に行くと、そこには石部屋に押し込まれた少年少女たちが十人ほどいた。彼らは皆そろって目に生気がなく、どんよりとした表情をしていた。


「これは……ひどいな。アズノア、リェーナ。彼らは僕の方で保護するけど、構わないね?」


「ああ」


「それじゃあ、少しここを頼む。ペルクスポートに連れ帰るにも、一度どこかでちゃんと休ませてやらないと旅に耐えられないだろう。リトリトンまで行って、向こうの領主と話をつけてくるよ」


「わかった」


 アランは慌てて駆け出していく。


 その後のことは、ほぼ全てをアランが取り仕切って処理した。

 近隣のリトリトンの領主に話をつけて衰弱した少年少女たちが休める場所を用意し、このあたりの土地を支配しているバーネル二爵(にしゃく)に話をつけて騎士団を連れてきた。

 死体は運び出され、生きていた奴隷商たちは連行された。証拠となる物品もバーネル二爵の元に送られ、そこで裁かれることになるそうだ。

 少年少女たちはいずれはアランが引き取り、彼の館で簡単な仕事の手伝いをしながら育てていくらしい。いずれペルクスポートを担う人材になってほしいとアランは言っていた。


 アランはしばらくリトリトンとバーネル二爵の元を行き来するらしいが、アズノアとリェーナは一足先にペルクスポートに戻った。

 騒動の際に“逆さ剣(ハングドスティング)”亭にいた他の客から噂になり、アズノアが喰人鬼(トロール)であることはアズノアに親しい人には知られていた。

 しかしアランが言ったとおり、神官のエイダや両替商のジョーは驚きこそしたものの、忌避感を示しはしなかった。ジョーなどは、評判に箔が付いていいじゃねぇかと言っていた。


 意外だったのは、“逆さ剣”亭の亭主(マスター)だった。


「悪かった、アズノア。あの時はお前があんなに取り乱すと思わなんだ」


 アズノアの家の近くで彼に話しかけられた。普段はこんなことはないので、彼がアズノアを探していたらしい。

 彼はアズノアを見つけると申し訳無さそうに背を丸めながら話しかけてきた。


「どういう意味だ」


「別に儂は、お前さんが喰人鬼なら店から出ていけとか、街から出ていけとか、そう言うことが言いたかったわけじゃないんだ」


「……そうか」


 アズノアがその言葉がいまいち腑に落ちなかったのは、それならどうして詮索するようなことをしたのかということだった。彼は好奇心で客を探るタイプには思えなかった。

 アズノアがそう思ったのを察したのか、彼は髭面をわずかに赤らめながら言う。


「儂はただ、儂の料理がお前の口に合わないからいつも食わんのかと思っていたから、それを知りたかった。実はこっそりいろいろ工夫していたんだが、お前はいつも食わんから、何なら食えるのかと思っとったんだ。

 つまり、その、なんだ。儂は、お前も食える料理が作りたかった」


「ああ、そういう……」


 そう言われてアズノアは納得する。アズノアにとっても、彼との関係をこれからも続けられることは嬉しかった。

 ドワーフの亭主は頬を掻きながら尋ねる。


「そんで訊きたいんだが、喰人鬼ってのは何なら食えるんだ?」


 しばらく話した後、亭主はアズノアにまた店に来てくれと言い残して去っていった。それと、いつか口に合う料理を出してみせるとも言っていた。


 また、しばらく経ってペルクスポートに帰ってきたアランにアズノアは呼び出された。

 アランは執務室でいくつかの書類を手にアズノアに話しかける。


「アズノア。君をソーンダースの森の魔獣管理官として雇いたい」


 ソーンダースの森はペルクスポートとその周辺の村の共有財産だが、その管理は主にペルクスポートと、それが位置するカルカス小領に任されていた。


「なんだその、魔獣管理官、というのは」


 アズノアは聞き慣れない名称に眉間にしわを寄せる。


「簡単に言うと、ソーンダースの森に定期的に入って魔獣を狩る仕事だね。これまで騎士団で定期的に掃討をしてたけど、ほら、こないだの時に白牙大蛇(ホワイトサーペント)が出ただろう。ああいうことがないように、もう少し密に魔獣を狩ったほうがいいんじゃないかという話が出ててね。

 騎士団による掃討が年に一回か二回程度だから、それよりも高い頻度で魔獣の数を減らしてほしいんだ。


 報酬は月に小金貨一枚くらいになってしまいそうだけど。取れた魔獣の素材は半分くらいは街の方に納めてほしいかな。残りは売るなり使うなり好きにしてくれ。

 仕事としては、最低で月に一度、森に入って魔獣が浅いところに出てきていないか見回ってほしい。危険な魔獣の痕跡を見つけたら、それを討伐。それと数が増えすぎてるようならそれほど危険でなくとも狩ってもらうことになるかな」


 アランはスラスラと説明する。それを聞きながら、アズノアは困ったような微妙な顔になる。


「なんというか、本当にいいのか」


 アランが意図しているところは明らかだった。

 アズノアは暮らしていくために魔獣の肉が必要だ。これまでは人目を避けて狩りをし、人目を避けてそれを加工していたため、十分な量が確保できていなかった。

 アランのこの提案は、アズノアが自由に森に入って魔獣を狩るための正当な理由になる。

 いずれにしてもアズノアは魔獣を狩らなければ生きていけないのだ。自由に森に出入りして魔獣を狩る許可はそれだけで見ても欲しいものだった。それにくわえて報酬が出るというのはアズノアにとって話が良すぎた。

 何かと方便を並べてはいるが、アランがアズノアのためを思ってこの仕事を用意したというのは穿ちすぎた見方ではないだろう。


「なにがだい?」


「私にとって条件が良すぎる。お前だから言うが、別に素材を全部納めてもいいし、報酬がなくてもいいんだぞ」


「そうかな? どんな魔獣が出ても問題なく対処できる人材を月に小金貨一枚で雇えると思えば、僕にとっても悪い話じゃないと思うけど。

 素材はほら、普段は必要なくても大物を仕留めたら手元においておきたくなることもあるかもしれないだろう? 普段の木っ端のような魔獣の素材は面倒ならすべて納めてくれていいいよ。君にとって価値がないものでも、使いみちは色々あるから」

 

 アランは何でもない風にニコニコと笑いながら話をすすめる。しかし喰人鬼(トロール)であるとバレたアズノアを公的に雇うのはどこから反対意見がでてもおかしくない。それをわかった上で、あくまで取引という形をとってくれるアランの気遣が、アズノアは嬉しかった。


「お前がそれでいいというなら、ありがたく拝命する」


「うん、じゃあ現時刻を持って、アズノア・マギリヴラをカルカス小領ソーンダースの森の魔獣管理官に任命する。ここにサインしておいてね」


 アズノアはアランが用意した書類にサインする。


 これによってアズノアの食生活は劇的に改善された。僅かな干し肉で暮らしていたのが、毎日十分な量の干し肉を確保できるようになった。魔獣の肉なので味が悪いのは相変わらずだが、少なくとも空腹に悩まされることはなくなった。


 それからさらにしばらくして、段々と春が近づいてくる季節になる。

 ある日、リェーナがとんでもない提案をする。朝、アズノアの家で食事をしているときのことだった。


「アズノア、様。私、魔獣の肉、料理できるように、なります」


 リェーナが拳を握り、むふーっと鼻息を荒げながら言う。

 アズノアは面食らう。


「なに?」


「アズノア様、いつも干し肉、です。飽きません、か」


 リェーナが首をかしげる。


「飽きたかどうかといえば、飽きた。味も悪い。

 だが魔獣の肉はアクが強い。味もなくなってパサパサになるまで茹で続けでもしないと、あのエグみは抜けないぞ。私はもう味は諦めて保存のためだけに干し肉にしてるが……」


「どうにか、します。じつは、最近、“逆さ剣”の亭主(マスター)、にその相談して、ました。臭みをどうにかできる香草、いろいろ教わりました。調理の仕方、一緒に考えてくれました。試したい、です」


「私としてはもちろん、ありがたいが……」


 リェーナは張り切っていた。


 その日、リェーナとアズノアは森に入って魔獣を狩り、肉を取った。

 そしてその夜、リェーナはいろいろと試しながら料理をしていた。

 しばらくして、リェーナは器に盛ったスープを二人分、テーブルに持ってくる。


「どうぞ。巨蹄牛ヒュージホーフバイソンの、冷製スープ、です」


 アズノアと一緒に、リェーナも恐る恐る口に運ぶ。一口含むと、たしかに香草の良い香りが広がった。味も悪くない。そう思ったが飲み込んだ直後、なんともいえない苦味が舌に残る。

 リェーナはアズノアと目を合わせ、二人して渋い顔をした。そしてお互いにその顔を見て笑い出す。


「ありがとう、リェーナ。私のために作ってくれて」


「どういたしまし、て。でも私がしたいから、してる、です」


 味だけで言うなら、以前にリェーナが作ってくれたシチューの方が何倍も美味しかった。でもこの料理は、リェーナがアズノアのために作った、アズノアのためだけの料理だった。

 リェーナもアズノアも、今こうしてここで一緒に同じものを食べていることが、味などよりも遥かに幸せだった。互いにそう思っていることがわかるから、もっと幸せだった。


 ここがアズノア・マギリヴラとリェーナ・クリスタノアの居場所だった。

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