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§1.19. 一騎打ち

 時は少々遡り、一方のアズノア。

 奴隷商の館に突入した後、アズノアは襲撃者の迎撃に出てきた手練れたちをアランに任せて、屋敷だった瓦礫の山をあちらこちらと捜索していた。


「リェーナ、いるか!」


 リェーナを探す一方で、ヴォルフも探していた。ヴォルフほどの腕利きはそういない。彼を倒すことで、アズノアは奴隷商を取り逃がしたとしてももうこれ以上関わってくることはなくなるだろうと考えていた。また、同時にそのためにはヴォルフを打ち倒すことは必須事項だった。


 しばらく探していると、少し離れたあたりで、ガタリと瓦礫が動く。その下からリェーナが出てくる。見ればどうやら、地下室の入り口がそこにあるらしい。


「リェーナ!」


 アズノアはリェーナに駆け寄る。


「アズノア様……? 本当に? どうして……」


 リェーナは目をこすり、目の前にいるアズノアが本物かどうか確かめる。


「怪我はないか」


 アズノアはリェーナの肩に手をかけ、怪我がないか確かめる。


「はい、大丈夫、ですけど……」


「どうやって出てきた? 捕まっていたんだろう?」


「さっきの大きな揺れ、で壁の一部が壊れ、ました。アズノア様の声、した気がしたので、壁の隙間をこじ開けて、出てきました」


「そうか」


 アズノアはホッと一息つく。

 しかしそこに、隠そうともしない足音が響く。


「おいおいおい、勘弁してくれよ。ちょっと離れてただけなのに帰ったら更地になってるじゃねぇか」


 全身が黒い体毛で覆われた犬獣族(リカント)の男。左手に丸盾、右手に曲刀を持っている。ヴォルフ・ヴァイクスだ。


「マギリヴラ。このめちゃくちゃをやったのはお前か? ここにいた他の連中はどうしたよ」


「さあ、どうだろうな」


 アズノアはとぼけてみせる。ヴォルフはそんな白々しい様子をハッと笑い飛ばす。


「つれねえじゃねえか。

 まあお前がやったなら使うのは“岩森(ペトラ・シルバ)”だろ。こうはならねぇ。入り口の方がまだ騒がしいから、他の連中はそっちでやりあってんだろ。てことは、王国式上級を使える奴とそこそこ戦える奴が一緒に来てるわけだ。もったいぶるなよ、誰が来てんだ?」


「アランだ」


 そこまでバレているなら隠す意味も薄い。アズノアは素直に答える。


「あの領主サマが? 勘弁してくれよ。そういう手合いを踏み込ませないために、きちんと証拠は管理してたのによォ……。

 あの人が相手じゃ、ここの連中には荷が重い。どうにもならんだろ。そうなると、そっちも俺様がどうにかしねえといけねぇじゃねぇか」


 ヴォルフはだるそうにパキパキと首を鳴らす。


「もう私に勝った後の心配か」


 そういうアズノアに、ヴォルフはめんどくさそうに答える。


「実際、一回勝ってるからなァ。お前こそ俺に勝てると思ってんのか? てか、せっかく見逃してやったのになんで来ちまうかな」


「そうだな。見逃してもらったのに悪いが、ヴァイクス。私はこの子を守ることに決めた。たとえそれが命がけになってもだ」


「ったく……お前がそのガキを諦めてくれりゃ、俺かお前、どっちかが死ぬような戦いにはならなかったっていうのによォ。

 俺はこれでもお前を結構買ってるんだぜ? 俺は金しか信じねぇ。他人を信じたいとは思わねぇ。そんで俺ァお前もそのクチだと思ってたし、それでやってきたお前のことを尊敬もしてる。

 

 最後に聞かせろよマギリヴラ。なんでそんなにそのガキに入れ込む?」

 

 ヴォルフはスッと鋭い目線でアズノアに問いかける。

 

 アズノアは小さく息を吸い込むと、ハッキリと答える。


「理由なんてない。リェーナである必要もなかった。

 だけど、リェーナだった。

 私が大切にしたいと思ったのは、私にきっかけをくれたのは、リェーナ・クリスタノアだった。

 だから私は、リェーナを守ると決めた」


 アズノアはリェーナの方をちらりと見る。

 リェーナはアズノアに目を合わせて、うなずく。リェーナが料理を作ってくれたあの日、アズノアが誤魔化してしまった答え。

 

 アズノアと出会ってリェーナは生を取り戻した。リェーナと出会ってアズノアは他人を信じられた。

 他の誰でも良かったのかもしれない。しかし互いにとってそれはリェーナであり、アズノアだった。

 だから互いに大切だった。

 それを伝えるのに、目を合わせるだけで十分だった。


「隠れてろ、リェーナ」


「はい、アズノア様」


 リェーナはアズノアの勝利を祈るかのようにニコリと笑うと、少し離れた物陰に身を潜める。

 ヴォルフは曲刀を軽く担ぐようにトントンと肩にあてながら、白けた風にそれを見ていた。


「俺にはわかんねぇな」


「わからなければ戦えないというわけでもないだろう」


 アズノアが使うのは中巻剣。背丈ほどの長さの長剣の、半分を柄、半分を剣身にした奇妙なバランスの剣だ。アズノアはそれを柄の左右の端で持ち、左半身を前にして、右肩で軽く剣を担ぐように立てて構える。胴は袖のない革鎧に覆われ、左手にだけ板金が鈍く光るガントレットをつけていた。

 

 ヴォルフはアズノアの言葉を受けてニヤリと笑う。


「違いねぇ。俺たちは傭兵、金さえ積まれりゃ旧知の仲だろうと斬り殺すのが仕事だ。相手の事情なんざ知ったこっちゃねぇ」


 ヴォルフも左半身を前にして構える。左手で持った丸盾を前に、曲刀を持った右の拳はそれよりもやや高く、顎の高さあたりに。盾と剣を持ってはいる分大きく構えをとっているが、その構えは殴り合いのファイティングポーズに近い。肩と腰まで覆う革鎧は部分的に金属で補強されていた。


「“百剣”ブレンダン・マギリヴラの弟子、アズノア・マギリヴラ」


 真剣な表情で名乗りを上げるアズノアに、ヴォルフは一瞬驚いた顔を見せる。しかしすぐに不敵な笑みを取り戻す。


「名乗るほどの誇りも名誉もねぇが……お前相手にならそういうのも悪くねぇ。

 名はヴォルフ・ヴァイクス。不肖にも我流、故にその証明(あかし)はただ(おの)が剣のみにて」

 

 互いに名乗りを上げ、戦いの火蓋が切って落とされる。


 間合いをはかりながら互いに大きく円を描くように歩く。そしてそのまま、互いに一歩、二歩と踏み込む。

 

 武器のリーチの差の分、アズノアの剣が先に動く。剣を回り込ませるように横薙ぎにヴォルフの胴を狙った一撃。アズノアの剣先がヴォルフに迫る。

 ヴォルフは下がって避けることは容易いが、攻めをとるために一歩踏み込みながらそれを盾で受ける。

 数日前の立ち会いでアズノアの技量は把握しているつもりだった。盾で剣を抑え込み、そのまま踏み込んで曲刀で一閃、十分に届くと思われた。

 

 しかし今のアズノアの一撃はヴォルフの想定より遥かに重く、ヴォルフは盾で受けることに体を使わされる。あまりの重さに抑え込むのは不可能ととっさに切り替え、体を引きながら剣を受け流す。

 そのまま一度離れて間合いを取り直す。距離をとったヴォルフに対し、アズノアも剣を構え直す。


「おいおい、数日前とは別人じゃねぇか」


 ヴォルフは呆れ半分、驚き半分と言った風。対照的にアズノアは真剣な表情を崩さない。


「命をかけてとは言ったが、みすみす死ぬつもりもない」


「こりゃ手こずりそうだ。だが悪い気分じゃねぇってのは、なんだろうな」


 ヴォルフの顔から笑みが消え、鋭い目線がアズノアを刺す。

 ヴォルフは気を引き締め、アズノアの一挙手一投足に集中する。

 

 ヴォルフはアズノアをなるべく早く倒し、アランの方に加勢に行くつもりだった。それは今アランと戦っている者たちのためでもあり、アランがアズノアに合流してきた場合に二対一になれば勝ち目が薄くなるからでもあった。

 しかし今のアズノアの一撃で、そうした勝ち方ができる相手ではないと悟る。この先の事を忘れ、最低限の周囲への警戒を残して目の前のアズノアを打ち倒すことのみに集中する。

 

 アズノアもまた、周囲への警戒を残しつつ最大限ヴォルフのみに集中している。常であればリェーナを守りながらの戦いになる。しかしことこの場においてそれを考える必要はなかった。ヴォルフが他に意識を割きながら戦える相手でないというのもそうだし、ヴォルフにとってリェーナは大切な「商品」だった。仕事に忠実なヴォルフがリェーナを傷つけないことをアズノアは知っていた。


 ヴォルフが様子見に回り、アズノアの動きを待つ。今のアズノアを相手にヴォルフが力押しをすることは難しい。技術的にも経験的にも互いに大きな差はない。

 武器のリーチに劣る分、必ずアズノアの攻撃が先に届く。ヴォルフにとってはそれをどうにかして捌くことが必要だった。

 

 アズノアにとってヴォルフはやりづらい相手だった。アズノアが自分よりも力や技術で上回る相手にいつも使用してきた“魔法の糸(マギア・フィルム)”がヴォルフには通用しないというのが最も大きな理由だった。

 ヴォルフは魔力視によって“魔法の糸”の張られてる位置を正確に視認できる。だから“魔法の糸”を張っても、それに足を取られたりすることはない。

 

 アズノアが戦闘中に使う他の魔法も、アズノアがどういった武器を装備しているのかも、アズノアの武器が持っている固有能力(タレント)も、ヴォルフは把握していた。

 手札をすべて知られている以上、意表をついた手段で楽に勝つことは出来なかった。


 それでもアズノアは“魔法の糸”を使用した。ヴォルフと自分の間に一本、糸を張ってみせる。

 一般的に魔法を使う際には隙が生まれるが、“魔法の糸”の構造ははごく軽量だ。一本や二本張った程度では隙らしい隙にはならなかった。


 しかしヴォルフはそれを見てすぐに踏み込んだ。“魔法の糸”に足を取られることはない。どこに張られているかはわかっているから、簡単に切り落とすこともできた。

 それでも邪魔なことには変わりなかったし、今のアズノアに縦横無尽に飛び回られたら対処しきれるか怪しかった。ヴォルフが様子見を続けている限り、アズノアは“魔法の糸”を張り続けることができる。

 だから自分から先に踏み込んだ。


 アズノアもそのつもりで“魔法の糸”を張っていた。だから踏み込んできたヴォルフに対して、ヴォルフの左肩あたりを狙って素早く剣を振り下ろす。


 ヴォルフは先程より高い位置のその攻撃を盾で受け、その下をくぐるようにして受け流す。そして盾の下、ぐっと沈んだ低い姿勢から全身をひねりながらアズノアの左脇を狙って斜めに曲刀を振り上げる。

 

 アズノアは剣を振り切った状態から柄頭に近い方を握っていた左手を離す。勢いをそのままに右手の手首を返し、剣先を自分の方に向けるようにして剣の刃を自分の左脇に沿わせる。ヴォルフの攻撃と自分の体の間に剣身を滑り込ませる形をとって、その攻撃を剣身で受ける。

 そしてアズノアは左手で鍔を握るとでヴォルフの曲刀を絡め取ってぐいっと押し下げる。ヴォルフの構えが空いたところに、中巻剣の長い柄を突き出す。柄頭でヴォルフの腹に突きを狙う。

 

 しかしヴォルフは絡め取られる勢いに逆らわず、そのまま体を自分の右側に流すようにしてアズノアの突きを躱し、距離をとりながら絡め取られた曲刀をアズノアの剣の下から抜き取る。

 ヴォルフは一度間合いを取りなおすが、そこから待ちに移ればまた“魔法の糸”を張られることがわかっていたので、すぐに踏み込み直して攻めこむ。


 ヴォルフの踏み込みに合わせてアズノアが鋭く両手剣を突きこむ。

 

 ヴォルフはそれを盾で斜めに受け、自分の左に受け流す。そのまま剣身を盾で擦りながらアズノアに迫り、ぐっと体を捻って溜めを作る。アズノアの右肩をめがけて曲刀を振り下ろす。

 

 アズノアは右に弾かれた剣の勢いにまかせて、自分も体を右に捻る。半回転してヴォルフに半ば背を向けるような姿勢で、左手のガントレットでヴォルフの曲刀を受ける。

 ヴォルフの曲刀を左手で抑え込みながらもアズノアの体は回転し、ちょうど一回転して右手で持った剣の柄頭で右腕の伸び切ったヴォルフの脇を殴りつける。

 

 ヴォルフは曲刀を止められた時点で、そのままさらに前に出ながら左に距離をとっていた。アズノアの殴打は空を切る。


 そしてまた一度間合いが開き、即座に再度詰められる。

 それが繰り返された。繰り返す内に加速していった。


 ヴォルフには固有能力があった。ヴォルフの固有能力は“害意を感知する”であり、他者が自分を攻撃しようとする時、攻撃しようとしている場所を知覚することができた。それがヴォルフの最大の強みであり、我流でありながらここまで生き残ってきた理由だった。

 アズノアにはブレンダンから受け継いだ多彩な技術があった。アズノアはロングソード、両手剣、槍、グレイヴなどの技術を応用し、様々な技でヴォルフを崩そうとしていた。


 ヴォルフの切り込みをアズノアが紙一重で躱し、アズノアの打ち込みをヴォルフが盾で受け流す。

 踏み込み、打ち合い、一瞬離れ、また踏み込む。武器と武器が触れ合い、絡み合う。右に回る。左に回る。離れて見たならそれは息のあったダンスのようでもあった。

 

 しかし戦っている当人たちからすれば、そんな優雅なものでも余裕のあるものでもなかった。

 互いに相手の決定的な隙を待ちつつ、相手の技の対応に追われて隙を作るためのあと一手を仕掛ける余裕がなかった。仕掛けるために少しずつテンポが早くなっていった。

 互いに余裕なくギリギリで拮抗してるからこそ、先に対応を誤った方がそこから崩れることは明らかだった。

 しかしどちらも、驚くほど正確に相手に対応し続けた。細い綱の上で全力疾走するようなやり取りを、どちらもバランスを崩すことなく続けていた。

 考えるよりも一瞬早く体が動いた。動かさなければ間に合わなかった。そうした互いの限界点におけるやりとりだった。


 互いに集中力の限界だった。このままやりとりが加速していけば、必ずミスが出る。そう思ってからも一撃一撃のやりとりはより深く、より早くなり続けた。

 互いに相手の小さなミスが喉から手が出るほど欲しかった。どんな小さな隙でも、そこから突き崩す自信があった。だからこそ、互いに一切の隙をみせなかった。


 最初は残していた、周囲への最低限の警戒などもうとっくに吹き飛んでいた。意識は目の前にいる相手にしか注がれていなかった。すべての意識を注ぎ込んでなお足りない場所で、互いに経験と反射を頼りに戦っていた。

 

 だからヴォルフは、アズノアに踏み込む瞬間に自分の左側頭部を狙った攻撃の意識を感じた時、反射的にそこを盾で守った。そこにカツン、と小石がぶつかる。

 ガードが開いたヴォルフに対して、アズノアが魔力を剣身に集中させて渾身の一撃を振り下ろす。それはヴォルフの左腕に命中し、肘から先を切り落とす。丸盾と一緒にヴォルフの左前腕が落ちる。

 

 アズノアもヴォルフも、何が起きたか理解していなかった。どちらも反射的な行動だった。何が起きたかを互いに理解したのは、アズノアが切り返した剣で空いたヴォルフの左腰を切り裂いた時だった。ヴォルフは左腕を失ってバランスを崩し、それを避けきれなかった。


 小石を投げたのはリェーナだった。アズノアが教えた「石投げ」だった。

 リェーナの賦活術はまだ未熟で、本来ならヴォルフがそれに対して防御する必要も避ける必要もなかった。ヴォルフが普通に行っている身体の賦活だけで弾ける攻撃だった。

 しかし魔力が乗った一撃を固有能力で察知し、ヴォルフは反射的に防御を行ってしまった。すべての意識を割かざるを得ない、アズノアとの戦いだからこそ起こり得たことだった。


 均衡は崩れた。もはやその後のやりとりに、先程までのような釣り合った力がみせる美しさは存在しなかった。

 

 左手と盾を失ったヴォルフは、単純に攻撃を受ける手段が足りなくなった。腕を失ったことで体の重心がずれ、あらゆる動きが一瞬遅れた。神経が研ぎ澄まされたアズノアに対しては、その一瞬の遅れがすべて隙となった。

 

 ヴォルフの攻撃に容易にアズノアがカウンターを返す。アズノアの追撃をヴォルフは避けきれない。

 アズノアが剣を振るう度、ヴォルフの傷が増えていった。そしてその傷はヴォルフの動きを少しずつ悪くしていった。

 そしてアズノアが振り下ろした一撃が、ヴォルフの右肩を捕らえる。鎖骨を割り肋骨で剣は止まるが、これでもうヴォルフは右手もまともに動かすことができなくなった。ヴォルフを蹴り倒しながらアズノアは剣を引き抜く。

 

 倒れたヴォルフの喉元にアズノアが剣先を触れさせる。アズノアの勝ちだった。


「殺せよ、マギリヴラ。落とされた腕だって、神官のとこに持ってきゃ治る。金を積まれりゃ俺は何度でも同じ仕事をするぜ」


 両腕を失ってなお、ヴォルフは不敵に笑う。アズノアは表情を変えない。


「わかってる。次また勝てるとは思ってないし、次また見逃してもらえるとも思ってない」


「ああ。こんなことならあの時、マジで見逃すんじゃなかったぜ」


 口でそう言いながらも、ヴォルフはどこかスッキリした表情をしている。そんなヴォルフにアズノアは問いかける。


「なにか言い残すことは?」


「あー……ねぇなァ。言い残すほどの相手も作ってこなかった」


「……そうか。じゃあな、ヴァイクス」


「ああ、あばよ」


 アズノアは表情を変えず、ヴォルフから目をそらすことなく、一突きにその首を刺し、切り裂く。ヴォルフの体から血が失われ、生命が失われる。

 アズノアはその様子を見届ける。

 

 それを見届けてから、アズノアはリェーナに向き合う。


「リェーナ」


「はい」


 リェーナは物陰から姿を表す。落ち着いた様子で、アズノアの目を見ていた。


「さっきは、助かった。

 だが私はお前に隠れていろと言った。なぜそうしなかった。私がお前に賦活術を教えたのは、戦うためじゃないと言ってあったはずだ」


 結果的にリェーナの投げた一つの小石によってアズノアは勝利した。しかしそれが必ずしも上手くいったとは限らず、戦いに割り込むことでヴォルフがリェーナを障害とみなす可能性もあった。


 その問いかけに、リェーナはアズノアから目をそらさずに答える。


「私、がそうしたいと……いいえ、私、がそうすべき、だと考えたから、です」


 それはリェーナがはっきりと示した、リェーナ自身の意志だった。

 それを聞いて、アズノアはフッと笑う。


「そうか。なら、いい」


 つられてリェーナもニコリと笑う。そして続ける。


「アズノア、様。私を、正式に弟子にして、ください。私を、そばに置いて、ください」


「私は喰人鬼(トロール)だ。人の肉を喰らう。私でいいのか」


 互いの問いに悲痛さはなかった。リェーナもアズノアも、互いに相手の答えはもうわかっていた。それでもきちんと言葉にすることが大切だった。


「私、雪華族(クリスタノア)、ですけど半分、猫獣族(ケルタル)です。だから実は生肉、食べられます」


「それは……知らなかった」


 アズノアは一瞬何の話をされているのかわからずに面食らう。


「あと熱いもの、と辛いもの、苦手、です。シチュー、いつも熱かった、です」


「それは、悪かった」


 アズノアはリェーナの言わんとしていることを理解する。リェーナに微笑みかけ、リェーナもまた微笑みを返す。


「アズノア様、でいい、じゃなくて、アズノア様、がいいです。アズノア様のこと、知りたい、です。私のこと、知ってください。


 だから私を、あなたの弟子に、してください」


 アズノアはリェーナをそっと抱きしめる。リェーナもそれを受け入れる。


「ありがとう、リェーナ。今日をもって、お前を弟子とする。

 お前が望む限り、私と一緒にいてくれ」


 アズノアはリェーナの頭をなでる。リェーナは気持ちよさそうに目を閉じる。

 アズノア・マギリヴラとリェーナ・クリスタノアにとって、一つの終わりであり、始まりだった。

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