§1.18. 強襲
アランとアズノアは奴隷商の拠点を目指して山道を一気に駆け上がっていく。二人とも手練れであり、その速度は速い。馬の全力疾走を凌ぐほどだ。
「賦活術を使って走ってる以上、ヴァイクスあたりには誰かが近づいてきてることはバレてるはずだ」
「そうだね。彼ならそれくらい気づいてもおかしくなさそうだ。どうする、アズノア?」
走りながら二人は会話する。
「ある程度相手の状況を混乱させたい。組織だって抵抗されたら私もお前もしんどいだろう。あと天井と壁が邪魔だ。王国式の上級で何かいい手持ちないか? 火と水以外だ」
「“嵐竜”か“颶刃”、あとは“砂嵐”かな? 水が絡んでもいいなら“嵐雨”あたりも使えるけど」
「なら“嵐竜”だな。“颶刃”は殺傷力が高すぎる。万が一リェーナが巻き込まれたら怪我じゃ済まない。“砂嵐”は視界の悪さがヴァイクス有利に働く。見られたくないものは地下に隠しているはずだから、水はダメだ。火も収集がつかなくなる」
「わかった。けど、敵地で上級なんて使い始めたら詠唱してる間に集中砲火をもらうと思うけど、それはどうする?」
「私が守る。“嵐竜”で一撃入れて、場を混乱させて突入する。私は敵の数を減らしながらリェーナを探す。ヴァイクスがいたら私がやる。お前は残りを片付けてくれ」
「オーケー、了解だよ」
「射程に入り次第始めてくれ」
次第に奴隷商たちの館が近づいてくる。アランが詠唱を始める。
「“〈吹け〉〈風よ〉、〈荒べ〉〈突風よ〉、〈集いて〉〈逆巻き〉〈天を〉〈覆え〉、〈広がり〉〈満たせ〉〈地を〉〈剥がせ〉”――」
詠唱によって形作られた構造に、魔力が注がれていく。アランの周囲を余剰魔力が渦巻く。
大きな魔法行使を感知して、館から数人の男たちが出てくる。彼らは口々に詠唱し、アランの詠唱完成よりも早く魔法を撃ち出してくる。
アズノアは両手剣の鞘で地面を叩くと、鞘の内側に記されている“土砦”の魔法紋を使用して二人の前を覆うように弧状に土の壁を作る。
アランは壁の陰に滑り込んで止まりながら、魔法を完成させる。
「――“嵐竜”!」
最初は小さく風が吹き、それが渦を巻く。
凄まじい勢いで成長し、竜巻を形成する。天に届かんばかりの竜巻は雲を巻き込みながら奴隷商の館に近づいていく。
それが館に触れる。館の屋根を引き剥がす。壁をこそげ取り、柱をなぎ倒す。
竜巻はその場に留まって紙細工でも丸めるかのように蹂躙しながら、最後には小さないくつかの竜巻に別れて、近くの木々を倒して更地に変えながら消えていく。
館にいた者たちは突然の敵襲に混乱し、近くの者同士で指示を飛ばし合う怒声が聞こえてくる。
「いい仕事だ。行くか」
アズノアは足元の地面ギリギリに“魔法の糸”で足場を作ると、バネのようにぐっと弛め、その反動で一気に館に飛び込んでいく。
「敵襲ーッ!」
そう叫ぶ男に一直線に突っ込み、肩から体当たりをする。男はくぐもった声をあげながら吹き飛ばされ、後ろにいた二、三人を巻き込んで近場の瓦礫に叩きつけられる。
それを見て慌てて剣を抜いて飛びかかってきた数人の男の攻撃を躱しながら、両手それぞれで別の男の顔を掴み、振り回し、投げ飛ばす。周囲にいた他の男がそれに巻き込まれる。
アズノアの戦いは嵐のようだった。周囲の奴隷商たちが剣を斧を手にしているのに、剣を背負ったままのアズノアに一太刀さえ浴びせられなかった。
いつものように“魔法の糸”で足場を作って遠巻きに少しずつ倒していくこともしなかった。それをするだけの時間がなかったというのもあるが、そんなことをしなくても今のアズノアは造作もなく正面からすべてを押し切れるだけの力があった。
魔力が充実していた。感覚が研ぎ澄まされていた。全身に活力が溢れていた。きちんとした“食事”をとったことで、アズノアは全力を出すことが出来た。
入り口付近にいた十人と少しの男たちを手早く全員瓦礫に叩きつけたあたりで、アランが追いついてくる。
それと同時に、もう少しまともに戦えそうな装備をした者が集まってくる。今倒した連中は、急な敵襲にとっさに手元の武器で戦っていた。今集まってきた連中は、敵を迎撃するためにきちんと装備を整える時間があった者たちだった。物腰をみてもちゃんと戦える者であることがわかる。数も多かった。二十人はいるだろうか。
「アラン、この場は任せる」
「ああ、任せてくれ」
アランは腰から愛用のロングソードを抜き放つ。アズノアもまた、背から中巻の両手剣を抜いて担ぐように構える。
アズノアは集まってきた敵の薄い部分に突っ込み、突破を試みる。アズノアを止めようと切りかかってきた相手を、相手の剣ごと両断する。
並の賦活術では、今のアズノアが賦活した剣から繰り出される攻撃を受け止めることすらできなかった。
そのままアズノアは包囲を抜けていく。邪魔な瓦礫を小枝のように切り払いながら遠ざかっていく。
アランは自分を取り囲む男たちに向き直ると、よく通る声で語りかける。
「僭越ながら、君たちの相手はこの僕が務めさせていただこう。一介の友人として同伴した以上、名乗りをあげるわけにはいかない無礼を許してほしい」
アランの構えは美しかった。軽く翳すように構えられた剣はスッと頭上に伸び、陽光を反射して剣身が輝く。光の加減で幾色にも見えるその剣こそはアランの愛剣“ウィンドレイ”だった。
構え一つとっても、アランの育ちの良さが伺えた。幼い頃からきちんとした師につき、剣術を習ってきたことがわかる。
基本に忠実な型だが、同時に実戦によって鍛え上げられていた。堂々としていながら隙がない構えだった。その構えにアランが掲げる騎士道が詰まっていた。
大勢で一人を囲んでいるにも関わらず、アランのその立ち振舞いに圧倒され、男たちは攻めあぐねていた。
間合いに入った者から切り捨てられるという予感から、誰も踏み込めずにいた。それだけの迫力があった。
「来ないのかい? それならこちらからいかせてもらおうか」
アランが突然、鋭くコンパクトに横に剣を薙ぐ。さらに切り返してもう一振り。アランの剣から風の刃が放たれ、不意を突かれた男が二人、倒される。剣身から風の刃を放つことが“ウィンドレイ”の固有能力だった。
仲間を倒された男たちが、慌ててアランに切りかかってくる。
アランの対応は丁寧だった。
上段から剣で切りかかってきた相手の一撃を剣で受け、そのまま剣身を相手の剣身と擦らせながら間合いを詰め、手首を返して剣身を相手の剣身の上に回り込ませ、相手の首に突き立てる。
斧を振り下ろした男の一撃は身を躱し、伸び切ったその手首を両断する。
あるいは背後から振るわれた剣を賦活した鎧で受けて止め、その間に正面の相手の首に剣を叩きつける。鋭く振り返り、鎧で受けた相手に突きを見舞う。
鋭く突き出された槍を受け流し、その柄を切り落とす。
離れた場所から魔法で援護しようとする者がいれば、剣身から放たれる風の刃でそれを妨げた。
普段のアズノアのような華々しい空中機動もなければ、ヴォルフのような獣のような荒々しい強さもない。しかしアランは的確に攻撃を捌き、反撃を加え、着実に相手を減らしていった。騎士としての経験と技術に裏打ちされた、確かな戦い方だった。
一人、また一人と倒していき、時間こそかかったものの、ついには最後の一人を脇から回り込むように剣を突き立てて仕留める。
アランは軽く剣を振って剣身に付着した血や脂を払い落とすと、剣を鞘に収めた。
「さて。そうは言ってもせっかく踏み込んだなら取り逃がしたくはないからね」
そう言ってアランはリェーナを探しに向かったアズノアとは別の方に、隠れたり逃げたりした奴隷商を捕らえるために駆け出した。




