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§1.12. シチュー

逆さ剣(ハングドスティング)”亭に入ったリェーナはおずおずと挨拶する。“逆さ剣”亭の客はものものしい男たちが多く、リェーナはいまだに少し怖く感じる。


「こん、にち、は」


「おん? 一人か」


 “逆さ剣”亭は夕食にはまだ早く、ドワーフの亭主(マスター)くらいしかいなかった。ドワーフはややしわがれた声で短く話しかけてくる。

 

「はい」


「食事でいいのか」


 普段ならわざわざ食事でいいのかなどとは聞いてこない。最近はアズノアとリェーナが店に来ると特に何も言わずとも料理を出してくるようになっていた。今日わざわざ聞いてきたのは、普段より早く来たからだろう。

 

「えと、違って。お願いあって、来ました」


 リェーナはギュッと拳を握りながら亭主の方を見る。


「何だ」


「料理、教えてもらえま、せんか」


「理由は?」


「アズノア様に、お礼、したくて。アズノア様、少食だから、心配、で。だから、料理、作りたくて」


 リェーナはつかえながらもきちんと自分の考えを伝える。


「儂の料理は売り物だ。そうそう他人に教えるものでもない――などと言ってもいいが、まあ常連だ。それくらいならいいだろう。

 だがアズノアは儂の料理は食わんぞ。ここが好かんのか、儂の味が好かんのかは知らんが。アレに食わせたいなら、普段食ってるもんを参考にしたほうがいいんじゃないのか。家ではどんな食事をしとるんだ?」

 

「アズノア様、家でもほとんど何も、食べません。いつも持ってる干し肉、くらいです」


「何? 家でも食っとらんのか。それじゃ何を作ったらいいのかもわからんな。

 まあいい。知りたいなら、横で見てりゃいい。今から夕食用にシチューを仕込む。この時間にくれば毎日やってる。見てるだけなら、いつでも来て好きに見ればいい」

 

 亭主はそう言うと調理に戻る。リェーナはカウンターの内側に入り、亭主の手元が見える場所に移る。

 

「ありがと、ございます」


 リェーナは亭主の横でその作業を見て、おぼえようとする。

 そうこうしているうちに日も暮れかけてきたので、沈み切る前に慌てて家に帰る。

 

 家に帰ってしばらくすると、アズノアも戻ってくる。

 

「おかえり、なさい」


「ああ、ただいま」


 アズノアはガシャガシャと机の上に白いものを載せる。大きな牙や骨だ。

 

「これ、何、ですか?」


白牙大蛇(ホワイトサーペント)の牙と骨だ。皮は職人に預けてきた。フィッツロイは正しかった。本当にいた。ほとんど私一人で仕留めたから、素材は好きにしていいと言われた。仕留めるより解体するほうが手間だった」


「大きい、ですね。何に使う、ですか」


 リェーナは骨や牙を手にとって見回す。牙などリェーナの腕ほどの大きさがあった。


「特に決めてない。白牙大蛇はそれなりに大物だ。それだけに質がいい。売ってしまうのももったいない気がするが」


 そう言いながらアズノアは部屋の一角に目をやる。そこには、そうして使いみちを決めないまま積み上げられた魔物の素材が埃をかぶっている。

 

「かといって、抱えてるだけでも仕方がないが」


「そういえば、気になってた、ですけど」


「なんだ」


「魔獣の素材、皮や骨使う、ですけど、肉は捨てるの、なんでですか?」


 リェーナの問いかけに、アズノアは顔をしかめる。


「それはあまり外で口にしないほうがいい。

 ……魔獣が人のなり損ないだというのは知っているか」


「はい」


 リェーナはコクリと頷く。今日エイダから聞いたばかりの話だった。


継人種(けいじんしゅ)の中には、人種族(ひとしゅぞく)を食べる種族がいる」


 そういうアズノアに、リェーナは持っていた大きな牙をゴトリと机に取り落とす。


「え」


腐人族(ゾンビ)骨人族(スケルトン)といった不死族(アンデッド)。人の精を吸う色夢鬼(サキュバス)色夢鬼(インキュバス)。それに生きたままの人を喰らうことさえある喰人鬼(トロール)

 形は様々だが、こうした種族は人種族を何らかの形で主食にしている。昔はルイスランド王国でもこうした種族が普通に暮らしていたという」


「そう、なんですか……」


 リェーナはブルッと身を震わせる。


「昔はな。今のルイスランドでは王国法で食人を禁止しているし、食人を主とする種族は先んじて殺しても罪には問われないことになっている」


 リェーナはその話を聞いて頷いてから、わずかに首を傾げる。質問とアズノアの話がすぐにつながらなかったからだ。しかし少し考えて理解する。

 

「魔獣も人のなり損ない、だから食べちゃいけない、ですか」


「そういうことだな。人ではないから食べることそのものを禁止はされていないが、文化として忌避する傾向が強い。それに、そもそもアクが強くて味も悪い」


 リェーナは少し目をパチパチとさせる。


「食べたことある、ですか」


「え? ああ……。あるかないかでいえば、ある」


 アズノアは一瞬目を見開き、しまった、という顔をする。そしてすぐに眉根を寄せて渋い顔をして吐き捨てるように言う。

 

「あんなもの、一生食わないで済むならその方がいい」


 さらに数日が経ち、アズノアがまた別件で日帰りの仕事をする日。

 朝、リェーナはアズノアに提案する。

 

「アズノア、様。今日の夕食、私が作っても、いいですか」


「作る?」


「はい」


 アズノアは首を掻きながら言う。


「構わないが、台所なんて長らく使ってないぞ。使えるかどうかわからん」


「少しずつ掃除、してました。使えるようになりました」


 リェーナはわずかに得意げな顔をする。


「そうか。そうしたいなら、構わない。いくらか金はおいていくから、材料を買いに行くなら使っていい」


「ありがと、ございます。いって、らっしゃい」


「ああ」


 アズノアを見送り、リェーナはいつもどおり、魔力操作の訓練とランニングの日課を済ませてから街に出る。

 自分の昼食を済ませてから、定期市で食材を買う。

 帰宅して、アズノアが帰ってくる時間を見計らって料理を始める。作るのはシチュー。レシピは“逆さ剣(ハングドスティング)”亭の亭主(マスター)から教えてもらったものだ。

 

 シチューが完成する。味見もして、ちゃんとできていることを確認する。しばらくして、アズノアが帰宅する。

 

「おかえり、なさい」


「ああ、ただいま」


「夕食、できてます。食べます、か」


 リェーナは不安そうにアズノアに尋ねる。


「え? ああ、私は……」


 アズノアはそれを断ろうとする。


「やっぱり食べない、です、か?」


 リェーナはギュッと拳を握っている。アズノアはそれをちらりと見る。

 

「いや、もらおう」


「ありがと、ございます」


 リェーナはホッとして微笑む。


 リェーナはシチューを自分の分とアズノアの分、よそってテーブルに載せる。

 リェーナは冷ましながら少しずつ口に運ぶ。アズノアも少しずつ口にする。リェーナはそんなアズノアをちらりちらりと伺う。

 

 しばらくして、リェーナもアズノアも自分の分を食べ終える。食器を片付けてから、リェーナは恐る恐るアズノアに尋ねる。

 

「どう、でしたか」


 少し迷った後、アズノアは珍しく軽く微笑みながら言う。


「そうだな。なんだか、懐かしい気持ちになった。ありがとう、リェーナ」


 リェーナも一緒になって笑う。


「またつくり、ますね」


「……そうだな。だがたまにでいい」


 しかしその顔はすぐに困ったような表情に変わっていく。


 アズノアは、かつて自分も養父であるブレンダンに手料理を振る舞ったことを思い出していた。その時は散々な出来で、今日のリェーナのようにきちんと作ることは出来なかった。それでもブレンダンは嬉しそうだったことを思い出した。幼かったアズノアが、その時どんな気持ちで料理を作っていたかも。

 

「リェーナ。そろそろ『石投げ』もできるようになる。そうしたら、もうどこか、きちんとした場所に行くんだ」


「え……」


 リェーナの表情が凍りつく。


「フィッツロイのところでもいい。ジャーヴィスやエイダを頼るならそれでもいい。料理を習うなら、亭主(マスター)のところでもいいだろう。きちんと働いて、安定して生きていけるところに行け」


 アズノアはいつも以上に乱暴にそう告げる。

 リェーナはグッと歯を噛み締めながら、ギュッと拳を握って言う。


「私、そんなつもりで料理、作ったわけじゃ、ないです」


「わかってる、リェーナ。わかってる。お前は私を優しいというが、そんなことはない。これくらいは、当たり前のことなんだ」


 もうずっと、心のなかではわかっていた。リェーナが自分をどう思っているかだけでなく、自分がリェーナをどう思っているのかも。しかしアズノアにとって、それを直視することは出来なかった。

 目をそらし続けてきたそれがついに、無視しきれなくなった。

 

 リェーナはアズノアの顔をきちんと見ながら話していた。しかしアズノアはリェーナの顔をまっすぐ見れなかった。


「でも」


 リェーナが何か言おうとするのを遮って、アズノアは言う。


「お前を拾ったのが誰であれ、まともな人であればこれくらいのことはするだろう。立場のあるきちんとした人なら、もっときちんとしたことをしただろう。その程度の事だ。だからお前が私に感謝するのは、間違ってる」


 アズノアは両手をギュッと強く握る。


「アズノア、様」


 さらにアズノアは一方的に続ける。


「リェーナ、リェーナ・クリスタノア。私はお前の過去を詳しくは知らない。だがお前がこれまでに、なにか悪いことをしてきたわけじゃないことくらいはわかる。誰かを襲ったわけでも、何かを盗んだわけでもない。そんなお前が、私のことをどうこう思う必要は、ない。ないんだ……」


 リェーナの方を見ようとしないアズノアに対して、リェーナは落ち着いた声で語りかける。


「アズノア様。

 それでも、アズノア様、でした。私を拾ったの、良くしてくださったの、他の誰かじゃなく、アズノア様、でした」

 

 アズノアがリェーナと初めて会ったから、はや二ヶ月が経った。アズノアの機嫌を伺いながら恐る恐る話していたリェーナが、こうしてきちんと物を言えるようになった。確かにそれだけの時間を共有したし、それだけのことをした。

 

「あなただった、です、アズノア様。あなただった」


 リェーナの視線は穏やかだが力強かった。


「こんなことなら私は……」


 その視線から逃れるように、アズノアはリェーナに背を向ける。

 

「賦活術の訓練は、続ける。だからそれが終わったら、出ていけ。

 ……今日はもうねるぞ」

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