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§1.10. 賦活術

 アズノアとリェーナはその後数日を領都アンガストンで過ごし、マダム・ダーシーに同行してペルクスポートに戻ってくる。道中では相変わらずリェーナはジュリーに可愛がられていた。

 そして今、アズノアとリェーナはペルクスポートから海岸線沿いに南に一時間ほど歩いた場所にある入り江にいた。

 

「ここいらか」


 周囲には海の他には岩場しかなく、足元も悪い。起伏も激しく、ここに来るまでに崖のような道を通ってきた。ここの周囲も崖になっており、帰りも苦労しそうだ。

 リェーナはキョロキョロとあたりを見回す。

 

「ここになにか、あるんですか?」


「なにもない。なにもないから、人が来ない。多少暴れても迷惑にならない」


 リェーナは納得してうなずく。

 

「人は来ないが、海棲の魔物はたまに出るから、私から離れるな」


 その言葉にギクりとリェーナが驚き、海の方から離れるように数歩アズノアの方に寄る。アズノアはそれを見てクツクツと笑う。

 

「そう怯える必要もない。少し説明する、適当に楽にしていろ」


 アズノアは手近な岩に腰掛ける。リェーナもそれに習って、アズノアと向かい合うような形で岩に腰掛ける。


「さて、私がお前に教えるのは二つ。一つは、体力の作り方。もう一つは、基礎的な魔力操作だ。領都でも言ったが、戦い方まで教えるつもりはない。教えるのは『逃げ方』だけだ」


 指を立てながらアズノアは説明する。

 リェーナはそれを真剣な表情で聞いている。リェーナは神妙に一つ頷く。


「体力の作り方、これは簡単だ。お前はまだ成長期だし、ちゃんと体を動かしていれば自然に体はできてくる。具体的には、明日から毎朝少し走り込む。最近はやってなかったが、私も一緒に走る。

 簡単だが、すべての基礎だ。多少疲れてもきちんと動く強い体がないと、何も始まらん」


「はい」


 リェーナはきちんとアズノアの目を見ながら返事をする。

 

「次に、魔力だ。前にエイダから聞いた創世の神話は覚えているか」


「はい。創世神であるソリシア、世界を創り、五柱の子供、作って世界を任せた、です」


 眉を寄せて、前に聞いた話を思い出しながらリェーナは答える。


「そうだ。『ソリシアが名を呼ぶと、世界に形が立ち現れた』というらしい。ソリシアが世界に与えた形のことを、『構造』といい、その構造に流れることで世界を維持しているエネルギーを『魔力』という」


「え、と、『構造』……?」


 リェーナがクテン、と首をかしげる。


「悪いが、私もよくわからない。養父(オヤジ)の受け売りだ。この辺をきちんと知りたければ、学術院を出たやつに聞いてみろ。私よりはマシな答えが返ってくる」


「ジュリー様、とか、ですか」


「そうだ。今はとりあえず『構造』と『魔力』というものがあることだけ覚えておけばいい。魔力は世界中のあらゆるモノの中を流れている。そして人は魔力を溜め込み、扱うことができる

 魔力を扱う方法を“魔力法”というが、“魔力法”は大きく三つに分けられる。一つは“賦活術”、一つは“神聖術”、もう一つが“魔法術”だ。ここまでいいか」

 

「魔力、を扱う方法は、賦活術、神聖術、魔法術」


 言いながらリェーナはコクリとうなずく。

 

「賦活術はモノがもともと持っている構造を、魔力によって強化する術。やってみせる」


 そう言うと、アズノアは足元から適当な石を拾う。それに魔力を通して構造を強化するが、魔力に対する感覚をまだ持っていないリェーナには特に何も感じられない。

 

「持ってみろ」


 アズノアはその石をリェーナに渡す。小石は見た目よりも遥かに重く、リェーナはあやうく取り落しかける。


「え、おもたい……」


 リェーナは石を持ち上げて色んな方向から見回すが、それ自体の見た目は普通の石だ。リェーナは狐につままれたような顔をする。

 

「構造、とはわかりやすく言えば、それ自体が持っている性質だ。その石であれば、『重い』や『硬い』なんかがそうだ。今は石に魔力を通して『重い』の部分に関わる構造を賦活した。これが賦活術だ」


 リェーナが石を持ち続けていると、しばらくしてその重さは元に戻る。

 

 養父は簡単そうに説明していたが、いざ自分が説明する側に回ると思いの外難しいものだとアズノアは思った。

 

「とりあえず説明はこのくらいだ。私も得意じゃないし、聞いた話をそのまま教えてるだけだから掘り下げられない。実践のほうが得意だし、そっちならちゃんと教えられる。

 だから今日は、自分の魔力を意識できるようにする。両手を出せ」


「はい」

 

 アズノアが両手を前に出し、リェーナもそれにならう。

 アズノアは左手でリェーナの右手を、右手でリェーナの左手を掴み、自分とリェーナの腕で輪ができるようにする。

 アズノアに両手を掴まれても、リェーナはリラックスしていた。

 

「お前の左手から右手に向けて、魔力の流れを作る。感じてみろ」


 リェーナとアズノアはそのまましばらく手をつないでいる。傍からはそれだけに見えるが、実際にはアズノアがリェーナに自分の魔力を通してリェーナの体に魔力の流れを作っていた。時に早く、時に遅く、緩急で変化をつけて感覚のきっかけを作る。

 リェーナは目を閉じて、自分の中の感覚に意識を集中させる。

 

「あ……なんとなく、わかります」


 リェーナが目をつぶったまま、むず痒そうに言う。


「手を離す。両手をあわせて、自分の意志でその流れを維持してみろ」


「はい」


 アズノアは手を離し、リェーナは両手を合わせて自分の腕だけで輪を作る。

 

「……あ」


 リェーナはしばらく眉を寄せて難しい顔をしていたが、すぐにしゅんとしてしまう。


「見失ったか」


「はい……」


「なら、もう一度だ」


 またアズノアはリェーナの手を取り、一度流れを作ってから離してやる。リェーナはそれを自力で維持しようと苦戦する。すぐに魔力の流れを見失う。

 

「焦らなくてもいずれできるようになる」


 アズノアはまたリェーナの手を取る。離す。手を取る。離す。それを何度も繰り返し、リェーナは練習を重ねる。

 次第に手を離してからリェーナが魔力の流れを見失うまでの時間が長くなっていく。


 アズノアにとっては懐かしい練習だった。アズノア自身も養父に手を取られながらこうして魔力を扱う練習をしたことを覚えている。

 目を閉じたままのリェーナが百面相をするのが少しおかしくて、アズノアはリェーナの邪魔をしないように小さくクスリと笑った。

 

 日が傾く頃には、一度流れを作ってやれば、リェーナは流れを見失わずに自力で維持できるようになっていた。

 

「一日で流れを維持できるようになるのは筋がいい。私はもう少しかかった覚えがある」


「ありがと、ございます」


 リェーナは集中力を使い果たしてヘトヘトだった。石に座ったまま、ボーッと宙を眺めていた。魔力と一緒に世界もゆっくり回ってる気がした。

 

「せっかくだ。最終的に目標にしてるものも見せておく。お前にはこれができるくらいまで教える。『石投げ』だ」


「石投げ?」


 リェーナは疲れ果てていたが、フルフルと頭を振って気持ちを切り替えるとアズノアの話を聞く。


「そうだ」


 アズノアは足元の適当な小石を拾い上げる。今まではなにも感じなかったが、リェーナは今日一日、魔力を感じる練習をしていた。今のリェーナには、アズノアが石に魔力を通わせたことがなんとなく感じられた。

 アズノアは小石を軽い動作で振りかぶると、サイドスロー気味に鋭く放り投げる。投げ出された石は、三十マーメルくらい先の大きな岩に命中すると、派手な音を立てて岩に大きなヒビを入れる。

 

「これが石投げだ。石投げは、自分と石を賦活したまま、きちんと体を動かせないとできない」

 

「私、もそんなふうに、岩にヒビ、入れられるですか」


「別にヒビは大事じゃない。大事なのは、賦活した体をきちんとコントロールすることだ。コントロールできないと、走っていても転ぶ」


「わかり、ました」


「今日はここまでだな。日が落ちきる前に帰らないと、城門で閉め出される」


「はい」


 リェーナは思わず大きく一つ息をつき、立ち上がって伸びをした。

 アズノアはそんなリェーナを珍しそうに見ていた。領都への旅以降、リェーナは表情も感情も随分と表に出すようになってきていた。


 アズノアとリェーナの訓練はそれからもほぼ毎日続き、リェーナは一週間ほどでアズノアの補助がなくても自分で魔力の流れを作れるようになり、一ヶ月経った頃には自分の体の賦活ができるようになった。

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