§1.9. 新年祭
その後、やや時間はかかったものの無事に山賊達は騎士団に引き渡された。その後は大きな出来事もなく、ウィンスレット大領領都、アンガストンに到着する。
ダーシー商会の領都支店に到着し、報酬の受け渡しも終わる。最初の約束通り、リェーナも小額の報酬を受け取った。
「私らは十日ほど領都に滞在する。アズノア、帰りの都合が合うならまた護衛として雇わせてもらおう。
ヴォルフも、行きほどの報酬は出せないが、帰りも雇ってほしいなら言いな。あんたの腕は気に入った。またそのうち雇わせてもらうよ」
「ああ、わかった」
アズノアは一つ頷く。一方でヴォルフは悔しそうに首筋を掻きながら言う。
「そいつはありがてぇな。ダーシーさんとこは報酬の払いがいいんで、俺としてもやりがいがあるってもんだ。だけど領都でちと知り合いに会う用事があるんでな。そっちの方で仕事ができそうなんで、今回は遠慮しておくァ。また頼むぜ」
「そうかい。なら、またいずれ機会があればだね」
マダム・ダーシーは今日は葉巻を口にしながら、特に頓着する様子もなく言う。
一方、ジュリーはリェーナとの別れを惜しんで頭を撫で回している。
「リェーナちゃん、またねナのー」
「はい、ありがとう、ございました」
リェーナはこの十日でジュリーに随分気に入られた様子だ。リェーナの側も幾分かリラックスしているように見える。
ヴォルフとアズノア、それにリェーナはダーシー商会を後にする。
「ヴァイクス。マダム・ダーシーの誘いを断るほどの仕事なのか」
アズノアが口にした疑問に、ヴォルフがニヤッと笑いながら答える。
「なんだァ? 興味ありってか?」
「お前がマダムの誘いを断るのが意外だった」
「まーそうだな。詳しくは言えねえが、駆け出しの頃から雇ってくれてた知り合いでな。つっても、あんま表に出せないような仕事なんだが」
「そうか。程々にな」
「俺ァ金さえちゃんと払ってくれる雇い主ならなんだってすんのよ。世の中、信じられんのは金くらいだからな。
そんじゃ、またそのうち会おうぜ、マギリヴラ」
「ああ」
ヴァイクスはひらひらと手を振りながら、軽い足取りで去っていく。
「私達も行くぞ、宿を探す」
「はい」
石畳の道を歩きながら、リェーナはしっかりとアズノアと目を合わせて返事をする。リェーナが随分しっかりと返事をするようになったので、アズノアは驚いてわずかに目を見開く。
「楽しかったか」
「え、あ」
そう聞かれ、リェーナは一瞬、微妙に顔を強張らせる。
「別にいい。楽しかったならいいことだ」
しかしアズノアの言葉を聞いてまたすぐに柔らかい表情を取り戻す。リェーナはまだ幼いが、きれいな顔立ちをしている。それだけに、笑っているとそれだけで華やかな雰囲気になる。出会った時からは想像できなかった表情だ。
「は、い。みんな、私に良くして、くれて。特にジュリー様」
「そうだな。ジャーヴィスはお前を気に入った様子だった。随分可愛がっていた」
「楽しかった、です」
「そうか。それなら帰りも同行するか」
「いい、んですか」
「いい」
アズノアがそう返事すると、リェーナはまだすこしぎこちなく笑う。リェーナの嬉しそうな顔を見て、アズノアも無意識にわずかに笑みを浮かべる。
それから数日。
マダム・ダーシーがこの時期に領都に来たのは、新年祭のためだ。ルイスランド王国では、冬至の日が一年の始まりである。新年の訪れはどの街でも街を上げて盛大に祝い、最も長い夜を明るく照らす。
そして今日はその新年祭の日だ。アズノアもリェーナを連れてその場に来ていた。
日が落ちたころから次第に祭りが始まる。あちこちで篝火が焚かれ、街は一晩中、炎の橙に染まる。
商店であったり住人であったり、様々な人々が出店を出し、通りが賑わう。人通りも多く、様々な人が行き交う。共通するのは、皆が新年を祝って明るい顔をしていることだ。
人混みもこういった祭り特有のハレの雰囲気も、これほどの規模のものはウィンスレット大領ではこの時期の領都でしか味わえない。アズノアは度々訪れているため慣れているが、リェーナにとっては人混みも出店も大量の篝火で照らし出された街も、すべてが目新しく映っていた。
「わ、ぁ……」
リェーナが夜にも関わらず明るい街並みを見て、キラキラと目を輝かせる。今にも駆け出したいといった風に、体をウズウズさせている。
「気に入ったか」
「え、と……はい」
リェーナはまた表情を強張らせそうになるが、すぐにそうではないと思い直す。リェーナにもアズノアのことがだんだんと分かってきていた。アズノアの言動にリェーナを叱ったり咎めたりしようとする意図はない。口下手で、ただ直截に尋ねているだけだ。
リェーナは最初は怯えていたが、その必要はないとわかってきていた。
「ならいい」
そう言って一つ頷くアズノアは、嬉しそうなリェーナを見てわずかに満足げな表情を浮かべる。
アズノアは大きな火にいい思い出がなく、今でもそれを見ると心のどこかが僅かに強ばるのを感じる。しかし炎に照らし出された街に見とれているリェーナのことは素直に可愛らしいと思った。
アズノアとリェーナは人の流れに従うように歩く。アズノアがリェーナに羊肉の串焼きを買い与える。
「持ったまま人にぶつからないように気をつけろ」
「はい。アズノア、様、食べないですか」
「私は少食だ、気にしなくていい。それと、アズノアでいい」
リェーナは羊肉を頬張る。やはり串はリェーナの口には大きく、苦戦しながらも美味しそうに食べていた。
その後も通りを歩き、時折出店でものを買いつつ進んでいく。リェーナはさらにミートパイ、甘く焼いたクッキー、棒に巻いて揚げた後に砂糖をまぶしたパンなどを食べた。
リェーナがどれも美味しそうに食べるので、アズノアはついつい色々と買い与えてしまっていた。
「あの、アズノア様。そろそろお腹、いっぱいです」
リェーナは申し訳無さそうに肩をすくめながらそう言う。口には砂糖がついている。
「……そうか」
アズノアは自分が思ってた以上にリェーナにあれこれ買っていたことに気づき、少し目を見開く。
それからしばらく歩いて、町の中央から少し離れた、小高くなっているところに出る。
「そろそろのはずだが」
その言葉の直後、新年を祝う花火が上がる。日付が変わり、王国歴千三年になったのだ。
リェーナは目をパチパチさせながら花火を眺めている。驚きのあまり口も少し開いている。
「ここからだとよく見える。穴場だ」
「すごい、です。あの、すごく、すごい、です」
リェーナはあまり言葉を知らない。それでも今自分が見ている景色への感動をアズノアに伝えようと、手を大きく広げながら花火の音に負けないよう声を張って叫ぶ。
「そうか」
珍しく必死なそんなリェーナの様子を見てアズノアはクツクツと笑う。
花火はしばらくの間、続く。その間リェーナは片時も目を離さずに花火を眺め続け、その白い肌、美しい黄金の瞳が色とりどりの花火の光に照らされる。
花火が終わりしばらくして、花火の音でしびれた耳も元に戻ってくる。祭そのものは夜明けまで続く。しかしリェーナをそこまで連れ回すのも良くないだろうしそろそろ宿に戻ろうか、などとアズノアは考える。
そんな折にリェーナがアズノアの服の裾をクイクイと引き、アズノアを見上げながら思いつめた表情で話しかける。
「あの。一つ、お願い、あります」
「なんだ」
アズノアは短く答える。リェーナは気圧されることなく続ける。
「私に、戦い方、教えて下さい」
「なぜだ」
「旅の間、私、足手まといでした。ダーシー様もジュリー様もアズノア様もみんなよくしてくれたけど、私、役に立ってません。私、ちゃんと、役に立ちたい、です」
リェーナは自分の腕を抱きながらグッと手に力を入れていた。
「それが、お前がそうすべきだと自分で考えた結果か」
アズノアは腰をかがめ、正面からリェーナを見据えながら尋ねる。リェーナはアズノアの強い視線にたじろぐ。
「え、と……」
「私は、お前を育てる気はないと再三言ったはずだ。私はお前を一時的に預かってるだけだと」
「……すみませんでした」
リェーナは耐えきれず、目をそらしてしまう。手からも力が抜ける。
「まずそもそも、中途半端に戦う方法を知っているのは危険だ。『自分は戦える』という思い込みで視野が狭まって、手に負えない危険から逃げることを忘れ、無謀に立ち向かって死ぬ。
私は齧っただけの知識で戦いの場に出てきて死んでいったやつを大勢見てきた。私はお前をそうしたいとは思わないし、お前もそうなりたいわけではないだろう」
アズノアの言葉はハッキリと明確だ。
「は、い」
リェーナはうつむく。アズノアはさらに続ける。
「だが、いざというときに走って逃げられるだけの体力と、それを補う基本的な魔力操作は身につけていても悪いものではない。簡単な賦活術がつかえるのとそうじゃないのとじゃ、逃げるだけにしても生存率は変わってくる」
「え、と……?」
話が飲み込めず、リェーナは首をかしげる。アズノアは小さくため息をつく。
「戦い方を教える気はない。だが基本的な体の動かし方だけなら、教えてもいい。今後いつまでも荷馬車に乗せてもらうわけにもいかんしな。自分で歩けるくらいの体力はいずれにせよ必要だ」
「いいん、ですか」
リェーナはパッと顔を輝かせる。
「お前がいい出したことだろう。私は、お前がそうすべきと考えて行動した結果を尊重する」
「ありがと、ございます」
「ペルクスポートに戻ったら、はじめる。ここじゃ場所がないからな」




