終末の竜と異世界の大怪鳥の話④
「ゲドウィンさん……!」
「――貴方、またこそこそとこちらの様子を覗き見していたのですか」
忌々しいと睨みを利かすカリストロスに、ゲドウィンはいつも通りの宥めるような仕草で手のひらを向けて、彼の視線を受け止める。
「ああ、見ていたよ。こそこそどころか堂々と。だって彼女の仕事をサポートするのが僕の役目だったからね」
声を荒げたりなどせず、あくまで落ち着いた口調で話すゲドウィンに、メルティカが詰め寄るように話しかける。
「ゲドウィンさん、一部始終を見ていたのなら話は早いです。彼の行いは完全な反逆行為というか、立派な敵対行動ですよ!」
「まあまあ、メルティカさん。気持ちは解りますが落ち着いて。その件については後できちんと取り扱うから、今はひとまず置いておくとしよう」
「置いておくって、そんな……」
メルティカは正直不服そうではあるが、話を拗らせないようにするためにとりあえず、黙って大人しく剣を納めた。
「ありがとうございます。――それでカリストロス君。今、貴方が一番疑問に思ってしょうがないことの解答を僕から説明するとしよう」
「……何ですって?」
カリストロスは急な申し出に怪訝そうな顔でゲドウィンの方を見つめる。
「カリストロス君。説明の前に一つ、貴方のG.S.A.がどんな能力なのかについてを“貴方の口から”話してみてくれないかな」
「……愚問ですね。子供でも一目みたら解るようなことをわざわざ聞くなんて」
「面倒臭がらずに頼むよ。でなければ話が進まないから」
「――――――はあ」
ゲドウィンの有無を言わさぬ態度に、カリストロスはため息をつくと渋々語り出す。
「……私の“イマジナリ・ガンスミス”は貴方がたも知っての通り、銃火器や戦車に戦闘機といった兵器を出現させ、それを自在に操る能力です。これ以上の説明は必要ないと思いますが?」
「ええ、その通り。貴方の言っていることは、全くもって正しい。……だけど、それは全てでもない」
「――何?」
「貴方のG.S.A.は確かに銃火器を出現させるけれど、“銃火器を出現させる能力”ではないんだ。厳密には――貴方が“最強”だと思っているもの、そう信じているものを具現化させる能力なんだよ」
「ッ……?!!」
予想だにしていなかった内容の話をされたことで、カリストロスはつい言葉を失ってしまう。
「言うなれば、貴方の攻撃的な内面や心の中を形にする能力、といったところかな。貴方にとって最強の攻撃手段のイメージが“銃火器”であるため、それが反映されて銃や戦闘ヘリなんかを呼び出すことが出来ているんだ」
ゲドウィンから立て続けに語られたことで暫し呆気に取られてしまったものの、カリストロスは何とか平静を装って余裕そうな表情で反論を返す。
「……で、それがどうしたというんですか? どんな理屈で能力を使おうと事象が同じなら問題はないでしょう。ガスコンロだろうがIHヒーターだろうが、それで加熱した水の質が変わる訳ではないように」
「いやいや、ところがそれが重要なんだよ。……いいかい? 貴方の能力の本質は“具現化させたイメージで他者に干渉する”こと。そしてこれはその性質上、使用者である貴方と攻撃対象との間にイメージの差異があればあるほど、驚異性が増すんだ」
ゲドウィンは人差し指をピンと立てて、更に話を続ける。
「例えばこの異世界の住民は銃を始めとした、我々が元いた世界の現代兵器について知識はおろか概念すら知らない。火薬こそ存在はしているけど魔法技術が発展し過ぎて、兵器として普及しているかというとそうではない。火器の本質的な有用性も、理解しているとは言い難い」
「――――――」
「つまりこれだけ知識や価値観、イメージに差異があった場合、貴方の能力は紛れもなく最強にして、最凶になる。あらゆる魔法や神秘を無効化して一方的に死の洗礼を与える――いわば幻想的世界観殺しだ」
因みにゲドウィンの見立てだと、たとえ大砲や爆弾、マッチロックガナーの銃などの開発や普及に成功していたところで、カリストロスの能力は1割も減衰しないとされる。
雷管などが発明された19世紀くらいの技術レベルを経て、ようやく2割減といったところか。
「ですが逆に、貴方と同じ世界から来た異世界転移者が相手となると話は変わる。そりゃあ単純な知識量では貴方の方が詳しいかもしれないけど、我々の世界の現代兵器に関する概念への理解はほぼ同じ筈。つまり……」
「……つまり?」
「貴方の能力による攻撃は異世界転移者にとってほとんど“ただの物理攻撃”でしかない。何故ならイメージの差異が生じないので、G.S.A.の特攻効果が発生しないからだ」
「ッ……?!!!」
ゲドウィンに残酷な真実を告げられたことで、カリストロスはその内容から導かれる本質を理解してしまい、思わず絶句してしまう。
「我々にとって、単なる物理攻撃がどれだけの影響を及ぼせるかについては……説明する必要もないだろう?」
「…………」
ゲドウィンの言った通り、人外化した異世界転移者たちに魔力を伴わない物理事象によるダメージは無いに等しい。少なくとも致命傷にはけしてなり得ない。
それこそ迫撃砲を正面から受けようがミサイルをぶち込まれようが、せいぜい驚かせるくらいの効果しか望めないであろう。
「……そんな訳があるものか」
だが、カリストロスは肯定できなかった。肯定できる筈が無かった。肯定してしまえば、その時点で――
「そんなものはただの出鱈目な推測でしかない。私の能力は最強であり――」
「いえ、ゲドウィンさんの言っていることは正しいと思いますよ」
カリストロスの言葉を遮って、メルティカが話に割り込んでくる。
「幻想種の頂点たるドラゴンに深手を負わせられる攻撃で、私には大したダメージを与えられなかった。ゲドウィンさんの話通りなら十分に辻褄が合います」
「嘘だ。それはお前が何か……防御系の能力か何かを使ったんだろう」
「いいえ。使ってなんかないですし、使ったところで貴方の能力の効果が働いているなら意味は無いです。それは貴方が一番理解しているのでは?」
「くっ……!」
「カリストロス君。以前、貴方と模擬戦をした時に、不思議に思っていたんじゃないかな? 僕の召喚した精霊は容易く仕留められたのに、僕本人への攻撃の効きが悪いって」
「………………」
畳みかけるように意見を述べる二人の言葉に、カリストロスは言い返せすことが出来なくなってしまう。
認めたくはないが、彼自身思い当たるところがあり過ぎるのである。
だとしても、それを認めてしまえば――彼は自分で自身の存在価値を否定してしまうことになる。
まさか最強無敵だと信じ込んでいた自らの能力が、あの憎たらしい聖騎士どころか、内心見下していた他の連中にすら通じなかったなんて。
落ち込んだ表情など絶対に見せまいとカリストロスはすんでのところで耐えているが、それでも言い返す言葉が見つからずに言い淀んでいる彼を気遣うように、ゲドウィンは声をかける。
「無神経にずけずけと攻め立てるようなことを言ってしまったけど、けして貴方の能力を否定している訳じゃないんだ。貴方の能力は、この異世界を蹂躙する上で紛れもなく最強なのは事実。その本質を理解して、使い道を考えれば――」
「黙れ」
そんな慰めにもなっていない言葉は、ただの嫌味にしか聞こえない。
いちいち思考して使わなければいけない能力など、彼の思い描く最強とは程遠い。
途端、カリストロス達の頭上からはティルトローターの回転音が近づいてくるのが聞こえてきた。
つい先ほど、カリストロスが撤退の為に呼び出したオスプレイが彼らのいるところまで降下してきたのである。
そしてカリストロスは指を鳴らすと、ガンシップに改造されたオスプレイの機体下部に設けられたM134というミニガンをゲドウィンとメルティカに向けて、何の警告もなく発射したのである。
――1秒間に100発も発射可能な電動式ガトリングガンの雨が二人に降り注ぐ。
M134は生身の人間がくらえば、痛みを感じる前に死ねるということから“無痛ガン”とも呼ばれる、極めて強力な機関砲だ。
しかしそれを避けもせずただ突っ立っているだけなのに、ゲドウィンもメルティカもダメージは受けているようには見えない。
せいぜい急な通り雨に降られたくらいの鬱陶しさを感じているくらいだ。
そして二人のどこか憐れむような視線がカリストロスへと突き刺さる。
「くそっ……!」
カリストロスは機関砲の発射を停止すると、オスプレイの開いた扉に向けて一足で機内へと飛び乗り、そのまま逃げるように上空へと一気に飛び立ってしまった。
メルティカはじゃらりと蛇腹剣を構えて追撃しようとするが、ゲドウィンが片腕を伸ばして首を横に振り、それを制止する。
「ゲドウィンさん、彼を野放しにしていいんですか……?!」
「カリストロス君は今、非常に不安定だ。僕が言える立場じゃないけど、彼のことは後で対応するとしよう。今はそれより――貴方の相棒の手当てが先だ」
ゲドウィンに促されて、メルティカはハッとしたような表情になる。
「そ、そういえばそうでした……! ゲドウィンさん、治療をお願いできますか?」
「ああ、すぐに回復させるから彼――いや、彼女だったね。すぐに呼び出してくれ」
メルティカが能力を行使して巨大な光の魔法陣を出現させ、そこから負傷した状態のオメガドラゴンを召喚する。
彼女の相棒である巨竜はまだ生きてこそいたが、大きな二対の翼は無惨な状態でボロボロに千切れ、砕けた鱗と避けた皮膚からは大量に血が流れていた。
明らかに弱っている様子で、早急な手当てが必要なのは見るからに判る有様である。
「ドラゴンの治癒には魔力が多くいるので、今回はこれでブーストするとしよう。早く治してあげないといけないしね」
そう言ってゲドウィンは、賢者の石と呼ばれた赤い結晶体を取り出すと、それを魔力リソースに変換して回復魔法を発動する。
するとオメガドラゴンの傷はみるみるうちに再生していき、数秒後には元の完全な状態へと快復するにいたった。
同時にメルティカの方にも回復魔法をかけており、服や鎧の傷がついた部分から煤で汚れた彼女の肌まできれいな元通りの姿に治している。
「ありがとうございます、ゲドウィンさん。――エンドラちゃん、大丈夫?」
心配して身体を撫でるメルティカに、オメガドラゴンは喉を鳴らしながら目を細めて彼女へすり寄って来る。
どうやらすっかり良くなったようで、メルティカは安心して巨竜へと笑顔を向けた。
「元気になって何よりだ。貴方のドラゴンには、今まで色々とお世話になってますからねえ」
「いえ、私の方こそ――というか、六魔将全員ゲドウィンさんの魔法の力にはすごく助けられていますよ。ゲドウィンさんの能力って何にでも使えて、とても便利ですよね」
「いやあ、能力のスゴさでいったら、メルティカさんの《ドラゴン・レガリア》だって大したものだよ。もし敵に回した時のことを考えると、かなりぞっとするからね」
《ドラゴン・レガリア》
メルティカの保有するG.S.A.
絶対にして絶大なる竜王特権。幻想生物の頂点たる竜種を支配する力。
竜種であるというだけで、質も量も問わずにありとあらゆるドラゴンを無条件で制御下に置く。
契約状態にあるドラゴンをいつでもどこでも気軽かつ自在に召喚可能。因みに彼女の相棒であるオメガドラゴンは、初めからデフォルトで契約されている。
つまりは能力とセットで、人の時代を滅ぼす終末竜の火力だけでも戦略兵器級の破壊性能がある。
また竜種由来の能力や武具に対しての強力な特攻効果と特防効果を持つ。
メルティカに対して、竜種の力や加護を受けた武器や術技で攻撃した場合、たとえ同格以上でもダメージは10分の1以下にカットされる。
逆に竜種の力に依存した防御特性や防具に対しては、メルティカからの攻撃は倍加した上で常にクリティカル状態でダメージ値が算出される。
加えてメルティカの契約下にあるドラゴンは常時、強化がかかる上、メルティカ本人もまた周囲にいる竜種の数だけ能力にボーナス補正が発生する。
ただしメルティカ自身は種族的に竜種とは関係ないので、対竜武装で攻撃したところで特攻効果は意味をなさない。
「それにしてもカリストロスの件、一体どうしましょうか。流石に今回の事を魔王さまへ報告しない訳にもいきませんし」
「彼の身勝手な行動には、魔王さんもずっと頭を悩ませているからねえ。これまでは触らぬ神に祟りなし、と放置されていたけど、いい加減何らかの形で処罰が下されるかもしれない」
「処罰というか……追放? いや……処刑?」
「もし仮にそうなれば実働は僕たちのうちの誰か、もしくは全員で行わなければいけないけど……いくら何でも内輪揉めはしたくないかなあ。あんな彼でも、せっかく一緒に異世界へ来た同期だから」
やれやれと肩を竦めるゲドウィンに、メルティカは眉間へ皺を寄せる。
「その内輪揉めに繋がる原因を一人で全部作っているのが彼だと思いますが。何だったら私が処刑役を引き受けてもいいですよ」
「まあまあ、出来る限り穏便な方向でいこうよ。……とりあえず僕たちだけで決めても仕方ないから、魔王さんにきちんと報連相して指示を仰ぐとしよう。そのための“王様役”だからね」
そう結論を述べたゲドウィンの言い方には何やら含みがある。
というのも六魔将の面々の大半は、魔王を主君と仰いでいるようで実は心から忠誠を誓っているかというと、別にそういう訳でもない。
彼らにとって魔王は上司というよりもあくまで“王の駒”に過ぎず、取られたら負けなので死守しなければならないオブジェクトに他ならない。
組織の中で活動するのは楽だが、組織運営自体は面倒なので、仮初の部下を演じることでそういった役柄は全て魔王に一任して押し付けているようなものである。
「はあ、せっかくならちゃんと仕事を済ませた上で完了報告して、魔王さまの喜ぶお顔が見たかったのですけど……。これじゃあ、あの方に余計なストレスを与えるだけです」
疲れた顔でため息をつくメルティカを見て、ゲドウィンは色々と考えを巡らせていた。
というのも、このメルティカだけは他の異世界転移者たちと異なり、うわべではなく本気で魔王へ忠誠を見せている――ように思える。
その真摯な態度もあって、ここぞという時の魔王から彼女に対する信頼は厚い。
単に魔王から好感を得るために媚びを売っているのか、それとも真に心の底から彼を好いているのか、実際のところ彼女がどんな風に考えているかについては、六魔将の誰も確証を得ている訳ではなかった。
「――前々から知っていたことではあるけど、メルティカさんって本当に魔王さんのこと好きだよねえ」
「え? ……何か問題がありますか?」
不可解そうな表情になったメルティカを見て。ゲドウィンは慌てて言葉を治す。
「ああ、いや。別に他意はないんだ。あんな感じの、渋カッコいいイケオジがタイプなのかなあ、って」
「……まあ、線の細い優男よりは、地に足の着いたダンディな殿方の方がいいですね、はい」
「ほほう」
言いながらメルティカは目を閉じて、魔王の顔でも思い浮かべているのか、ほんの少しだけ頬を緩ませて笑みを浮かべる。
「あと普段は立派なのにちょっと抜けているというか……情けない一面があるのも、逆にギャップがあって魅力的ですよね」
「なるほど……。因みにそれはキャラ愛ですか? それともリアルな恋愛感情?」
ゲドウィンにとっては、魔王も自軍の陣営の重要人物というカテゴリーの“NPC”でしかない。
それこそ半分はゲーム内に登場する架空のキャラクターとして扱っているようなものである。
「うーん、一概に何と決めつけることは出来ませんが……“推し”には沢山課金したりして尽くしたくなるものではありませんか?」
「推し……か。ふむふむ」
メルティカが今の一言で一瞬見せた、色んな思考や感情を含んだ意味深な表情に、ゲドウィンは興味深そうに頷きを返す。
「魔王さま次第では、別に私はずっとこの世界に居続けたっていいのですよ。私としてもそうなることを望んでいます。――まあ、その前に」
そしてメルティカは、カリストロスが飛び立っていった方向の空を見上げて、忌々し気に睨みつける。
「魔王さまの不安の種である、彼をどうにかしなければいけませんが」
(はあ……。好きな人と嫌いな人が同一の人物なのであれば、彼女と彼の溝が埋まることなんてなさそうだねえ……)
仲間の不和ほど、心配になる懸念材料などない。
出来れば六魔将全員と仲良くやっていきたいものだが、そう簡単にもいかないのだろうと、ゲドウィンは先が思いやられる感覚に一抹の不安を感じるのであった。




